第43話 セレナだぜ! Do the 我慢!!

文字数 3,729文字

 普段のセレナなら、失礼千万なグランの態度に怒鳴っている。
 だが、事は急ぐ。
 パーティメンバー達に、トーレスとモグリを呼んでくるよう指示を出した。

 初めに到着したのは、数人の連合軍幹部を連れたモグリだった。
 相変わらず、片頬(かたほほ)を歪めて笑っている。

「よーグランの旦那、久しぶりっすねー。
 で、引きこもりが終わった以上、
 楽しい話を聞かせてくれるんっすよねー?」

 軽いセリフと裏腹に、モグリの目は笑っていない。
 カサンが落ちた今、次に戦場となるのは、ここカートンなのだ。
 魔物の種類や数といった敵側の陣容は、重要な情報になる。
 それ次第で、迎撃の戦術は大きく変わるからだ。

「よし、始めるぞ」

 グランが暗い目のまま、話し出そうとする。

「ちょっと待て!」

「ちーと待った方がいいな、旦那」

 セレナとモグリが同時に、グランに待ったをかける。
 領主のトーレスが、まだ到着していない。

「報告は、トーレス殿が到着してからだ」

「モグリがいれば、それでいい。
 ウスノロを待つ気はない」

 セレナの意見を、グランは一蹴する。
 顔を真っ赤にしたセレナが怒鳴り出す前に、モグリが口を開いた。

「俺をそんなに買ってくれるとはねぇ。
 張り切っちゃおうかなー。
 でね、旦那。
 もしもカサンから、
 逃げられた(たみ)がいたとしてぇ。
 逃げられた民……我ながら不細工な表現使っちゃってー。
 難民だ、難民。
 で、その難民達にとって、ここは第一の避難所になるわけでぇ。
 んで、難民受け入れの調整ってぇのが必要になるわけでぇ。
 でもなー、ここも攻撃されるの確実だしなー。
 カサンからの難民とここの民を逃がすのに、
 各国とのパイプ役は必要なわけでー」

 そこでモグリは、グランの目を見据える。
 歪んだ笑みはそのままに。
 不機嫌なグラン相手に、モグリは一歩も引かない。 
 それどころか、愉快気で、ときには強気ですらある。

「ほらー、旦那。
 難民の問題だけでも、領主様は必要なわけでー。
 それとも、もしかして? あれだったりしちゃう?
 ここの民にカサンからの難民が加わったとこで、
 誰一人死傷させずに、旦那は血吸いどもに勝っちゃたりする?」

「お前の指摘どおりだ。トーレスを待つ」

 モグリの指摘に間髪入れず、グランが返答する。
 セレナの顔色は怒りの赤を通り越して、激怒の青になっていた。
 それはそれで、腰まで伸びた金髪と相まって美しかったが。

「旦那が話の分かる相手で良かったぜー」

「俺は、俺が全て正しいと思ったことは一瞬たりともない。
 持論より正しい意見があれば、採用する。
 ま、これまでの人生で、
 そんな意見など、片手で数えられる程度しかないがな」

 モグリとグランがやり取りしていると、宿の玄関が開く。

「遅くなって申し訳ない」

 トーレスが到着した。
 何人かの文官を連れている。
 その文官の一人がトーレスに、

「宿の会議室を使われますか?
 それとも、領主の館に場を移しますか?」

 と尋ねる。
 その文官に、トーレスは冷たい視線を送る。

「君は、バカか?」

「へ?」

「もう、君はどうでもいい。
 書記だけに専念するように。
 さ、グラン殿。さっさと、カサンの報告を聞かせてくれ」

 トーレスが、グランに近い椅子に腰かける。
 来賓用の高級宿とはいえ、その吹き抜けホールで、国家機密級の報告を受ける気らしい。

 正しい選択だ。
 無策なら、ここにいる全員が死ぬ。
 正確な情報を共有し、迅速に準備を行えば、半分は生き残れるかもしれない。
 日に焼けて背が高く、元魔法戦士にして現カートン領主、トーレス。
 彼への評価を、グランは大幅に上方修正する。

 グランの報告が始まる。

 まずカサンの空に、敵の使い魔が無数に現れた。
 使い魔は、偵察に使われる。
 その性質上、空から場を俯瞰(ふかん)できる鳥類であることが多い。
 その例に洩れず、カサンの空を(おお)いつくす使い魔の大軍は、鳥類だった。
 連合軍は、使い魔の殲滅(せんめつ)に総動員をかけた。
 放っておけば、迎撃の布陣や待ち伏せなどの罠が敵に筒抜けになる。
 地の利が、全く活かせなくなる。
 そうやって、連合軍は使い魔に気を取られた。
 カサン側の戦士達の目は全て、空に向いた。

 その時。
 正門前に、百を超えるゴーレムが現れた。
 さらにゴーレムの背後に、上等ミノタウロスが二個中隊、四百匹。
 完全な奇襲。
 正門に設置された(やぐら)に陣取っていた防御部隊は、不意を突かれた。
 慌てて攻撃を開始する。
 だが、統率が()れるまでに時間がかかってしまう。
 その間にも、敵の正門破壊は始まっていた

「正門前に突然、ゴーレムが百体以上、ミノタウロスが二個中隊か」

 トーレスが、眉間に皺を寄せる。

「血吸いめ、
 クッソ生意気に転移魔法を使いやがったな、こりゃ。
 しかも、とんでもねー数を転移させやがって。
 こりゃあ、敵に特級の血吸いがいやがるなー」

「まず指揮官が、特級の血吸いだろうな。
 そして副官は、上等といったところか。
 そして魔物の魔法部隊も、確実に存在する。
 それだけの数を転移させるのは、
 特級と上等の血吸い二人ですら、
 死ぬ危険があるからな」

 魔力の消費量もあるが、強力な魔法を使えば、肉体や精神に反動が必ず来る。

 モグリとグランのやり取りに、セレナパーティのメンバー達の顔から血の気が引いていく。
 特級の吸血鬼。
 その実力は、一匹で国を落とせるほどだ。

 防御部隊の指揮が執れ始めた頃には、正門は半壊していた。
 上等ミノタウロス自身が屈強なのに、さらにゴーレムを盾にしているのだ。
 防御部隊の弓や投げ槍は、ほぼ効果が無かった。
 部隊長は、決断した。
 櫓から降り、正門前で戦う。
 正門は、閉ざしたままで。
 つまり、文字通りの“決死”隊だ。
 櫓にいたところで、正門は破壊され、自分達は殺されてしまう。
 犬死するぐらいなら、地上で戦うことを兵士達は選択した。
 覚悟を決めた兵士達は奮闘したが、空からガーゴイル達が現れた。
 陸と空。
 二方向から攻撃され、部隊は全滅した。
 そして、正門が破られた。
 その頃には、ブラムス旅団全部隊が到着していた。
 正門から堂々と侵攻され、市街地戦が始まった。

 奇襲があろうと無かろうと、カサンは落ちる運命だった。
 それ程、ブラムス一個旅団とカサン連合軍の戦力差は大きかった。
 兵の数が同じとはいえ、魔物達は上等ばかり。
 一匹倒すのに、十人の犠牲を強いられもした。
 人間側はもはや、戦う以前の問題だった。
 後退する時間を、どれだけ稼げるか。
 それ程、一方的な展開になった。
 そして、カサンの半分が落ちた。

「同じ数でも圧倒されるなら、
 ここカートンだって結果は見えてる。
 そうであれ、私は一歩も引く気はないがな。
 派手に散ってやるさ」

 美しい金髪に緑色の瞳を輝かせる女勇者は、外見に反して男前だ。

「世界ランキング一位のリーナパーティがいても、
 結局は……え、リーナ殿達はどうなったんだ!?」

 アマゾネスは、脳味噌まで筋肉でできている。
 そんなレスペは、いかなる状況でも威勢だけはいい。

「最後まで、俺の話は聞け」

「心配しなくていい。すでに手は打った」

 グランとトーレスが同時に返答する。

(「最後まで話は聞け」だと!?
 トーレス殿やモグリ殿が口を挟んだときは、
 応対していたじゃないか!
 私だけ、のけ者にして!)

 怒鳴ってやりたいが、カサンの先が知りたい。
 なので、セレナは必死で激情を殺す。
 レスペは一瞬むくれたが、アマゾネスらしくあっさり自分の非を認め、報告の続きを大人しく待つ。

 都市の半分が落ちたとき、領主のパシは覚悟を決めた。
 自分と連合軍兵士は、ここで一匹でも多く敵の数を減らす。
 しかしリーナパーティは、ここで死なせるわけにはいかない。
 リーナ達には、吸血鬼の女王殺しという大役がある。

 都市の三分の二が落ち、リーナパーティも全滅しかけた、その時。
 パシが自ら決死隊の先頭に立ち、魔物達の群れに突入した。
 その見事な戦いぶりと壮絶な散り際は、歴史に刻まれるだろう。
 決死隊に守られながら、リーナパーティはカサン裏門から脱出した。
 そして移動中に、カサンからの避難民と遭遇し、護衛にあたった。

(パシ……タンク出身だから保守的だと思っていたお前が……。
 お前の意志、確かに私が受け取ったぞ)

 トーレスが内心で誓いを立てる。
 
 結果的にこの誓いが、(きた)る戦争の結果を決めることになる。
 パシをはじめとするカサンで散った戦士達の死は、決して無駄ではなかった。
 この時は誰も、グランでさえ、それを知る由もない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み