第68話 酸撃の巨人

文字数 4,158文字

 魔法分隊と協力して、ユリアは二個小隊・百名を空中に浮かせる。
 平時なら兵士とはいえ、子どものようにはしゃぐ場面だ。
 だが、今は違う。
 敵の幹部、それも手強い巨人を葬るための、第一歩を踏み出したのだ。
 魔法分隊よりユリアの方が、圧倒的に多数の兵士を宙に浮かせている。
 浮いている二個小隊や魔法分隊の兵士達が、驚いてユリアを見ている。
 これが、イチネンボッキの力だ。
 ただ空中といっても、建造物に兵士達が隠れられる程度の高さだ。
 突入前にヨトゥンに見つかっては、元も子もない。

「(第一小隊、突入準備はどうなの?)」

「(いつでも突入できる)」

 ユリアは伝心で、空中に浮いた兵士達と会話を行う。

「(第二小隊の突入準備は、どうかしら?)」

「(同じく、いつでも突入可能だ)」

 二人の小隊長から返ってきた言葉は、死地に(おもむ)く兵士とは思えぬほど、落ち着いていた。
 人は極限状態に追い込まれたとき、本当の自分を見せる。
 特攻を仕掛ける兵士達がいかに勇敢か、その言動が物語っている。

 ユリアは隊長二人に、物理防壁と魔法防壁をかけた。
 相手がヨトゥンなので、気休め程度だが。
 ユリアは魔法分隊の、空間魔法担当兵士を見た。
 彼が、(おとり)である第一小隊突入後、本命の第二小隊に(もり)を渡す。
 その彼が、頷いている。
 決行はいつでも可能というサインだ。
 ユリアが伝心で、それを各小隊長に伝える。

「(よし! 第一小隊突入!)」

 隊長の合図で、第一小隊が建造物の陰から姿を現す。
 すぐに空中で、隊列を組む。
 銛を持った隊長を、他の兵士で取り囲む布陣だ。



 空中で唐突に現れた五十人の兵士達に、ヨトゥンは戸惑った。
 事前の侵略ミーティングと話が違う。
 グラン以外の魔法使いは気にしなくていいと、ネットやゾーフは言っていたのに。
 吸血鬼と魔物達も、伝心でやり取りをしている。
 それによると、グランは今、ネットを追跡中のはずだ。
 ならば、自分に向かってくる五十人の人間達は、別の魔法使いが飛ばしていることになる。
 そして飛んでくる人間達は、自分の胸部を狙っているようだ。
 それなら、大した問題ではない。
 ヨトゥンは鼻で笑った。
 その時。
 背筋が凍った。
 顔面に、攻撃を浴びたからだ。
 人間の塊の何人かは、火矢や雷矢、投げ槍を顔目掛けて放ってくる。
 まさか人間達は、自分がブラムス幹部に上り詰めた「無敵」の謎を解いたのか!?
 いや、それは無い。
 だったら初めから、胸部など狙わないはずだ。
 落ち着きを取り戻したヨトゥンは、自分に向かって飛んでくる人間達を見た。
 美しい女は、一匹もいない。
 吸血鬼のご機嫌取りでしかない生け捕りには、もう飽きた。
 皆殺しにしょう。



 ユリアは地上から、固唾を飲んで見守っていた。
 顔面への攻撃に異常な脅えを見せたが、それも一瞬だった。
 ついに、ヨトゥンが動いた。
 槍を、第一小隊に向けて払う。
 何人かの兵士が、(いびつ)な軌道を描きながら空中を飛んで集結する。
 盾を構え、槍の軌道上に位置している。
 タンク達だ。
 スキル「かばう」を発動したのだ。
 ヨトゥン相手にそれは「死」を意味する。
 だが、選択肢が無い。
 ヨトゥンの槍が、タンク達の肉体を粉々にする。
 生け捕りは、止めたらしい。
 巨躯(きょく)に似合わぬ槍(さば)きで、第二撃を放つ。
 十人以上の兵士が雄叫びを上げながら、槍の軌上に浮き立つ。
 ある者は盾を構え、ある者は剣を構え。
 タンクではない兵士達が、自分の体で第二撃を防ぎにかかる。
 しかしヨトゥンの槍が彼等を通過すると、先程のタンク達と同じ運命を辿った。
 残りの人数から考えて、あと一撃をギリギリ防げるかどうかだ。
 そのとき、残った小隊の兵士達が一斉に、ヨトゥンの顔を矢や槍で攻撃する。
 するとヨトゥンは顔をかばい、槍が止まる。

「(これなら、銛がヨトゥンに届くわ!
 そのまま真っ直ぐ行って!)」

「(もちろんだ!)」

 ユリアの願いに第一小隊長から、頼もしい言葉が返ってくる。
 その直後。
 ユリアは、見せつけられた。
 槍捌きが上手い巨人というだけで、ブラムスの幹部になど、なれない現実を。
 奴等は例外なく、奥の手を残している。
 常人には、ヨトゥンが小隊に(よだれ)を垂らしたように見えただろう。
 だが涎にしては色が濃く、粘り気が足りない。
 何より、小隊を正確に狙っている。
 ユリアにはそれが、水属性の魔法だと分かった。
 体液や血液を、酸化させる魔法だ。
 小隊は、上から多量の酸を浴びた。
 兵士達の大半は骨も残らず、溶けた。
 だが隊長だけは、違った。
 飛行前にユリアがかけた魔法防壁が、かろうじて効いている。
 しかし体の所々が溶け、全身から水蒸気が上がっている。
 それでも彼は銛を離さず、ヨトゥン目掛けて飛び込む。

「巨人の侵略者よ! 怒りの一突きを食らえ!」

 隊長が咆哮し、銛を突き刺そうとして。
 ヨトゥンが、槍で隊長を払った。
 隊長の体は、飛散した。

「悪魔め……何てひどいことを……!」

 ユリアが、沸点に達する。

 『巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった』。
 ずっと聞こえる内なる声を聞き流そうとして、ユリアは固まってしまった。
 分かった。
 内なる声が伝えたい真実が、理解できた。

 だが、すでに遅かった。
 第二小隊は、配置に就いている。
 第一小隊を正面から飛ばして囮とし、第二小隊はヨトゥンの背後を取る。
 その戦術どおり、ヨトゥンの背後で、第二小隊は陣形を組んでいる。
 これが、最後の特攻だ。
 隊長ではなく、最後まで生き残った者が銛を持ち、突き刺す。
 だから、銛は亜空間に預けてある。
 しかしヨトゥンの酸化魔法を見て、小隊の兵士達は顔が引きつっている。
 槍の猛攻をかいくぐっても、酸を吐かれて攻撃されるのだ。

「怯むな! 第二小隊突入!」

 考えるから、恐怖を感じる。
 それを知っている隊長は、兵士達に考える時間をあたえずに、すぐ突入した。
 それが、功を奏した。
 ヨトゥンが人間の気配に気づき、振り返る。
 気付かれた。
 もう駄目だと、誰もが思った。
 ユリアも思った。
 しかし隊長だけは、あきらめなかった。
 部下達が槍や酸の犠牲になりながら、隊長を守る。
 隊長が、地上にいる空間魔法の使い手に合図する。
 直後、何もない空間に、銛が現れる。
 部下達の死片が四散するなか、隊長は酸に焼かれながらも、最後の力を振り絞る。

「うおぉぉぉぉぉ!」

 隊長の銛が、ヨトゥンの胸部を貫く。
 それを見て、満足の笑みを浮かべる隊長。

「勝った……勝ったぞー!」

 魔法分隊が歓喜の声を上げる。

 しかし。
 ヨトゥンは何事も無かったかのように、隊長の体を指先で摘まんだ。
 少しでも力を加えれば、隊長の体は破裂するだろう。
 ヨトゥンは、摘まんだ隊長を自分の顔の前まで持ち上げる。
 隊長の眼前に、ヨトゥンの顔が迫る。
 あまりの自分の小ささとか弱さに、隊長は震え、失禁してしまう。
 それでも、敵に弱さは見せない。

「よく聞け! お前等は魔物を超越して化け物だ!
 だがな! いつか俺のような戦士が……」

 パクッ。
 ヨトゥンは、隊長の上半身を食べた。
 直後、上半身をペッと吐き出し、下半身を放り投げる。

「人間など、食えたものではない。
 吸血鬼達は、こんな種族を食料としているのか。
 ゲテモノ好きな奴等だ」

 魔法分隊だけではなく、敵と戦いながらも、何百何千という連合軍兵士達が、この戦いの顛末を見ていた。
 その兵士達の士気が、下がっていく。
 当然だ。
 目の前の敵を倒しても、無敵の巨人が控えているのだ。
 敗戦は、決まったようなものだ。
 呆然としている魔法分隊の隊長を、ユリアは呼んだ。

「賢者殿よ。もう一体、どうすればいいのか……。
 心臓を貫いても、死なぬ化け物とは……」

「余計な事は言わないで。皆、勝つために戦っているの」

 弱音を吐く隊長に、ユリアが喝を入れる。
 ハッとした隊長の背筋が伸びる。

「しかし、賢者殿。手の打ちようがない」

「あるわ」

「何と!? その戦術は!?」

 ユリアは隊長に、戦術を説明した。
 隊長の顔から、血の気が引く。

「あの巨人相手に、一人で挑むとは!
 しかもこの戦術、わずかなミスで死んでしまう」

「承知のうえよ。あなたは、あなたの役目を果たして」

「承知した」

 隊長は頷き、伝心を使って、ヨトゥンの周囲で戦っている兵士達に離れるよう指示を出した。
 自分に出来るのは、この程度だ。
 後は、賢者・ユリアに頼るしかない。



 そのユリアは、ヨトゥンの目の前に立っていた。
 互いの視線が、宙で激突する。

『巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった』

 無敵の巨人に立ちはだかるは、真実を知った女賢者。

 ユリア対ヨトゥン、開戦。

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 キャラが渋滞してきたので、整理させてください。

☆今、戦ってる最中です組
 〇白魔導士・クロエ、武闘家ミン、タンクで去勢のオルグ 対 エトー
 〇賢者・ユリア 対 ヨトゥン

☆戦闘になるの待ったなし組
 〇領主・トーレス 対 魔法部隊指揮官・サバト
 〇グラン先輩 対 ネット

☆キャラの割に、地味に戦い続けている私を褒めてほしい組
 〇セレナ・レスペ 対 カートン侵略軍

☆外周グルグルダッシュ組
 〇リーナパーティ

☆戦争で手一杯なのに、一体何をやっているのか組
 〇女王・ローラ、アビス 対 竜王・ニーズヘッグ

☆絶対、クライマックスに絡んでくるよな組
 〇首脳会議の「連合軍解散」の公文書を持ち、転移魔法を使って、カートンに急接近中の伝令達。
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