第83話 おドール大戦争線

文字数 4,272文字

 リーナはヴァルキリー本部で、協議したい旨を申し出た。
 対応したのは若いヴァルキリー兵士だったが、礼節ある態度だった。
 戦う乙女の規律と伝統は、受け継がれている。

 リーナ達は、協議の窓口はせいぜい旅団長クラスだと思っていた。
 アポ無しで押し掛けたので、師団長以上の人間が対応するとは思えない。
 ところが、ここでもリーナ達は驚かされた。
 対応はヴァルキリーの副将軍・ドールが行うと、先程の兵士に告げられたのだ。
 ラント国はリーナ達への対応に、やたら重鎮を出してくる。
 「世界ランキング一位」の肩書利用を考えているのは、むしろパーティ外の人間達かもしれない。

 ヴァルキリー副将軍・ドールの名に、ムサイ・ウザイ・ターリロは興奮を隠せない。
 数々の武勇伝を残しながらも、美しさが枯れることなき女戦士。
 男達は、羨望の眼差しを送る。
 その視線には、下品な欲情も大量に混入しているが。
 豪傑にして、未だ処女の女戦士。
 本当に処女か、誰か確かめたわけではない。
 ヴァルキリーは「処女の軍隊」という固定観念が強いだけだ。

 謁見の間に通された。
 謁見もこれで、今日三度目になる。
 一度目は、世界一の軍隊を率いる豪快な将軍。
 二度目は、教皇に次ぐ地位にいながら、神殿の腐敗を体現したデブ枢機卿。
 三つの謁見の間の中で、ヴァルキリーのそれが最も質素だ。
 女しかいないのに、女らしい華やかさが全く無い。
 さすが精鋭部隊、質実剛健だ。

「おい、リーナ。また使い魔でもいるのか?」

 そう聞くウザイの声に、緊張が漲っている。
 それほどリーナは、深刻な顔をしていた。
 ハッと我に返ったリーナが、首をフルンフルンと横に振る。
 黒い長髪も一緒に揺れ、光を浴びて光沢を放っている。

「ううん、違う。今から協議するドール副将軍なんだけど……。
 マギヌンの件もあるし、あらかじめ説明しておくね」

 リーナは自分とグラン、そしてドールの関係を簡潔に説明する。

「グランはドールを、人さらいだと思ってるわけだ。
 実際、やってることはそうだしな」

 ヴァルキリー本部の一室で、ムサイが副将軍の行為を堂々と評価する。
 度胸があるのか。
 馬鹿なのか。
 両方だ。

「リーナ。お前はドールのことを、どう思ってるんだ?
 俺達には、それが最も大切だ」

「そうだ。今いないグランよりも、パーティリーダーの本音が知りたい。
 それがどうであれ、俺達はついていくぜ」

 ウザイとターリロの言葉に、リーナは感謝しかない。
 ニンチは股間を見ながら「早く終わらして復活の儀を……」とブツブツ言っている。
 新手の魔法創生には、神殿の力が必要なのだろうか。
 リーナが本音を話そうと口を開きかけたとき、謁見の間の扉が先に開いた。

 ドールが立っていた。
 自分とグランをサウル村から無理矢理、この国・この都市へと連れてきた女。

 ムサイ・ウザイ・ターリロの荒くれ三人衆は、交渉事に弱かった。
 だが世界ランキングが上がっていくに連れ、政財界の大物達と交渉する機会が増えていった。
 「習うより慣れろ」は、的を射た言葉だ。
 荒くれ三人衆も、経験を通じて交渉を学んだ。
 だから今、目の前にパーティリーダーの天敵らしい人間がいても、澄まし顔でいられる。

「待たせて申し訳ない。取り合えず、かけてくれ」

 ドールの言動はキビキビとして、気持ちいい。
 
(サウル村で会った時と、美しさが変わってない。
 加齢による衰えを感じない。魔力がズバ抜けて高いせいね)

 久方ぶりの再会に、リーナはそんな感想を抱いた。
 そこになぜか、憎しみの感情は無かった。

 前二回の謁見者と違い、リーナ達が座った物と同じ種類のソファーに腰を下ろす。
 権威に無頓着な点も、質実剛健だ。

「貴君等から、協議の申し出があったと聞いている。
 世界ランキング一位パーティにして、
 ブラムスと戦った経験を持つ貴君等との協議は、
 大変重要であると当方は認識している。
 よって、副将軍の私が全権を委任され、協議する」

 ドールの言動に、無駄は無い。
 まるで、リーナとグランの件を忘れているかのようだ。

「ヴァルキリーの対応は、有難い限りです」

 卒なく言い返したリーナは、ドールの目を見詰める。
 だが、何も響いていない。
 まさか、本当に自分とグランの件を忘れたのだろうか?

「貴君等の協議内容は当然、ブラムスに関することだろう。
 単刀直入に言えば、
 我々に先陣切ってブラムスと戦えと言いにきたのだろう?」

 ストレートに言われると、返す言葉がない。
 しばしの無言を破ったのは、リーナだった。

「その通りです。ヴァルキリーが戦いを始めれば……」

「それは不可能だ」

 アッサリと結論を突き付けられ、リーナ達は目が点になる。

「我々が戦えば各国が後に続くとでも、ガルサ将軍に吹き込まれたか?
 大嘘だ。レイジという一つの国を切って捨てる人間達だぞ?
 彼等は、どこでもいいんだ。
 ある程度の規模を持った軍隊が、
 ブラムスと全面戦争を始めれば、な。
 無論、援軍など寄越さない。仕掛けた軍隊は全滅する。
 その過程で、ブラムスに関する膨大な情報を得られる。
 そして全滅した軍隊の弔い合戦という大義名分を立てて、
 戦争に雪崩(なだ)れ込む。
 私はヴァルキリーの将校として、部下達を全滅に追いやることはできない」

 そこまで聞いて、リーナ達は自分達の大変な勘違いに気付いた。
 自分達は人間の集合体とブラムスとを、冒険と戦闘という切り口でしか見ていなかった。
 だが首脳会議を初めとする意思決定機関は、徹頭徹尾、政治的にしか見ない。
 
 万策尽きた。
 吸血鬼に、世界が侵略される。
 指をくわえて、見ていることしかできないのだろうか。

「そう落ち込むな、リーナ。こんなに(たくま)しく成長して」

 突然、ドールの声音が温かくなったような気がした。
 リーナはマジマジと、ドールの顔を見てしまう。

「あの時のことを、忘れるわけが無いだろう。
 『お父さんお母さんと離れたくない』。
 そう泣き叫ぶ幼子を、無理矢理連れ去ったんだ」

 リーナを見るドールの目に、痛みが浮かぶ。

「だが私は、あの日のことを後悔したことは一度もない。
 リーナ、なぜか分かるか?」

 そう問うドールの顔つきは、なぜか母親を思い出させる。

「たとえ親から子を引き離してでも、
 遂げなければならない任務だったからです」

 リーナが真っ直ぐ、ドールの目を見据える。

「それは方法論だ。お前は、目的を語っていない」

 そう言うが、ドールの言葉に険は無い。
 ただ、初めて疲れた表情をチラリと覗かせた。

「お前にも、お前の両親にも、申し訳ないことをしたと思っている」

「グランには、何とも思っていないんですか?」

「彼の母親は、彼が村を出ることに安堵していた。
 当たり前だ。
 闇が濃い黒魔法使いの卵が、あんな田舎にいたんだ。
 悪目立ちして仕方なかっただろう。
 彼にとっても、村を出るのはいい選択だったと思う。
 彼は生まれ故郷に、愛着があるようにも見えなかったからな」

 その通りなので、リーナは言い返せない。

「ただし。
 五歳の子どもを、生まれ故郷から拉致してさらった。
 この事実は、変わらない」

 ムサイはドールの本音を早く聞き出すため、故意に直球を投げた。

「そうせざるを得なかった」

 そう言うドールの顔は当時を思い出したのか、さらに疲労の度合いが濃くなる。

「リーナがそれ程、勇者の資質に恵まれていたからか?
 鍛錬が早ければ早いほど、血吸いの女王を早く殺せると判断したのか?」

「もしくは、グランだな。
 まだ五歳のガキなのに、闇落ちオーラ満々だったんだろう?」

 ウザイとターリロは、ドール副将軍に敬語を使わない。
 先程のムサイもだ。
 堂々と「男は女の敵」と主張する兵がいる女だけの軍隊に、敬意を払えという方が無理かもしれない。

「まあ、二人の言うとおりだ」

 しかしドールは荒くれ三人衆の言葉遣いを気にせず、話を進める。

「リーナとグラン。
 どちらか一人しかいなかったら、強引にテロスへ連れてこなかった」

「どういう意味ですか?」

 質問したリーナの目を、ドールが見据える。

「どちらか一人だけなら、
 吸血鬼の女王・ローラを討ち取るのは難しいだろう。
 だが二人なら可能だと、なぜか確信できた。
 二人の五歳児は、それ程の魔力を放っていたわけだ。
 中には、グランの闇が深過ぎるから、
 拉致して神殿送りにしたと言う者達もいるが。
 しかし、それは大違いだ」

 その時。
 ドールとリーナパーティ全員が、ソファから立ち上がった。
 ターリロとニンチは魔法を練り、他の者達は抜刀して上下左右に油断なく目をやる。
 謁見の間の扉が開かれ、二十人ほどのヴァルキリー兵士が抜刀して突入してきた。
 彼女達は、ドールの護衛だ。
 いくら相手が世界ランキング一位パーティでも、初見の者に変わりはない。
 そんな者達に副将軍を一人で合わせる程、ヴァルキリーは緩い集団ではない。

 廊下から雪崩れ込んできた二十人が、動揺している。
 先程、強い殺気に謁見の間が包まれた。
 だが謁見の間に、ドールを傷つけようとする者はいない。

 まただ。
 自分の鼓動が大きく聞こえるほど、リーナは神経を研ぎ澄ませた。
 世界の最も西側――ブラムス――どころではない。
 人間領域の中枢と言える、超大国ラント。
 その国内にある神聖にして敬虔なる神殿に、姿を見せない巨悪がいる。

「全員、武器を治めよ。お前達は下がれ」

 ドールは最初に剣を鞘に納めながら、廊下から突入してきた二十人に指示する。

「リーナ。どうやらあまり、時間が無いようだ」

 そう言うドールの顔は、やや悲し気で。

「今の殺気は、一体?」

 難敵と戦ってきたリーナ達でも寒気を覚えるほど、強い殺気だった。

「今の殺気は大司教を務める、黒魔導士のプルガが放ったものだ」

 プルガ。
 聞いたことがある名だ。

「グランの師匠だ。……師匠と呼んでいいものかどうか。
 奴は、グランを殺す気だ」
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