第8話 三人の女と去勢野郎、ときどき暗殺者

文字数 3,743文字

  それにしても、暑い。
 気候は確かに初夏で、ミツアキ国自体が南部にある。
 黒魔道士のローブも黒い。
 だが暑さ最大の原因は、疲労だろうとグランは考える。
 色々と有り過ぎた夜だった。
 クロエを犯して心に清涼をあたえていなければ、熱中症にやられていたかもしれない。



 グランは一際目を引く高級店で、ビールで喉を潤した。
 その後、甘ダレで焼いた霜降りの牛肉と年代モノの赤ワインを楽しんだ。
 セレナが自分にどれだけ賃金を払うか興味はない。
 長年、世界一位パーティで戦っていれば、しばらくは生活に困らないだけの貯蓄はできる。
 ムサイやウザイのように散財しなければ。
 追加で注文した海藻のスープにトマトとレタスのサラダに舌鼓を打って、食事を終える。
 もうリーナはいない。
 自由に娼館に行ける。
 だが今は、宿探しが先だ。
 間違いなく襲ってくる連中を迎撃するのに、最も適した地理的条件を満たした宿を探さねば。



 適した宿を見つけたので、宿泊の手続きをとる。
 身分証の提示が必須だが、セレナから冒険者パスをもらっているので、身分を知られずに手続きができる。

 その後、書店によって魔法書を斜め読みしたり。
 風鈴屋に寄って、その音に耳を傾けて涼んだり。
 大道芸人のショーを眺めて小銭をやったり。
 地図屋にも寄ったが、精巧な地図は無かった。
 これが大都市や海辺の都市なら、船舶に乗って海を眺められるし、珍しい輸入品を手に取ったりと時間を潰すのに事欠かないが、無い物ねだりをしても仕方ない。
 酒場で始まった酔っ払い同士のケンカを、ノンビリ観戦することにした。
 今は、心と体を休めよう。
 今夜間違いなく、襲撃される。
 万全の状態で臨みたい。



 夜になった。
 高級宿のカーテンを開けて、グランは外を眺めていた。
 満月ではないが、月光が(ほど)よく照らしている。
 襲ってくる連中にしてみれば、都合のいい夜だ。
 そんな事を考えながら、片頬を歪に上げて笑った。



 セレナはベッドに横たわったが、火照った体が治まってくれない。
 実は同じ時、クロエも全く同じ状態で、自慰行為にふけっていた。
 が、セレナがそれを知る由もなく。

 「勇者」は特別な存在で、飛び抜けた能力を持つ。
 時に、それを専門にするジョブを凌駕するほどの。
 セレナの「存在隠し」の魔法がそうだった。
 今後も通じるかは不明だが、グランがクロエを凌辱している間は効いた。
 クロエへの凌辱に、世界一位と二位の女勇者二人が、存在隠しの魔法を使っていたことになる。
 ただセレナは、メンバーが手分けしてクロエ探しをしている最中で、一人だった。
 そして、見てしまった。
 吸血鬼と魔物用の存在隠しが功を奏し、性交している二人には気付かれなかった。
 本来なら、止めに入るべきだった。
 本来なら、大切な仲間を犯しているグランを攻撃すべきだった。
 けれど。
 グランの股間から屹立する馬より大きい巨根に、目も心も奪われてしまった。
 そうして時間が経つうちに、クロエが女として歓び始めた。
 リーナ達が現れなければ、どうなっていただろう。
 平伏したくなるなるほど、立派で荘厳な男のシンボル。
 しかし世界二位パーティの勇者として、リーナと同じく吸血鬼の女王討伐を優先しなければ……。

 「女」と「勇者」。
 自分の中にある「二人の自分」に引き裂かれそうになる。
 セレナは片手で寝間着をまくり上げると、片手を股間に伸ばした。
 この宿の壁が厚いことは、確認済みだ。
 淫らな声を出しながら、セレナは自分を慰めた。



 黒いレースのネグリジェ姿で、ベッドの端にユリアは座っていた。
 横になっても、なぜか胸がドキドキして眠れない。
 その原因は分かっている。
 黒魔道士・グラン。
 身長がやや高いだけで、中肉中背のスタイル。
 もっとも、黒魔道士のローブを着ているので、どれだけ体が引き締まっているのかは、想像するしかない。
 顔も彫りは深いが、飛び抜けて男前というわけではない。
 でも、彼と会話を交わしただけで。
 彼の近くにいるだけで。
 ユリアの底に眠る「女」の部分を刺激してくる。
 男として、派手なフェロモンを放っているわけでもないのに。
 その存在自体が、女としての淫心をかき立てる。
 ダメよ! 
 と強くユリアは自分に言い聞かす。
 自分は賢者。
 知の神となるため、魔術の真理を追究する者。
 一人の男ごときに、卑猥な感情など抱いてはいけない。
 気付かぬうちに、グッショリと濡らしてしまったパンティを履き替えた。



 それは、レペスも同じだった。
 今は眠るために、袖無しシャツ一枚とパンティ一枚という恰好だ。
 その元気と溌剌さで、パーティを引っ張ってきた。
 アマゾネスとして、男に絶対に舐められないよう、体技と剣技の鍛錬を欠かさなかった。
 生まれてからずっと、戦いの日々だった。
 自分の心は闘志の塊だと思っていた。
 その塊にヒビを入れ、忍び込んでくるグランという名の淫心。
 初めて覚える感情に、レペスはそれをどう処理していいか分からない。
 試しに、右の乳首を掴んでみる。

「アウッ!」

 脳天まで快楽の電流が走る。
 入浴時にも、乳房は触っている。
 そのときは、こんなことは無かったのに。
 物心ついたときには、すでに魔物を倒すべき宿命を背負っていた。
 冒険に出るときには、アマゾネスとして一人前になっていた。
 戦う乙女『ヴァルキリー』への入隊は自然な流れだった。
 そして今、セレナのパーティの一員として、吸血鬼の女王を殺す決意を固めたはず。
 それしか眼中になく、それしか考えていないはず。
 なのに。
 ふと気を緩めると、グランの暗い顔が思い浮かび、ソワソワする。
 感情の激流に翻弄されながら、レペスはパンティを濡らし続ける。



 去勢タンクのオルグは、イビキをかいて寝ていた。



 ミツアキ国・国王直轄部隊である四人の暗殺者達は、衛兵達に知られることなく都市・ダイドウに侵入した。
 今は、グランが泊まっている宿を包囲している。

(魔術結界、完了)

(承知。これで奴は魔法を使えない)

(いかに世界一位とはいえ、魔法を使えない黒魔道士など恐れるに足りず)

(油断はするな。幾多の修羅場をくぐった者だ。また宿は違えど、世界二位パーティに助けを求める(すべ)を確保しているかもしれん)

 暗殺者達は、伝心(でんしん)の魔法で会話していた。
 言葉を発する必要がなく、ある程度距離が離れていても、意志疎通が可能だ。

(計画通りにいくぞ。ベンとアフレックは窓から、俺とワシントンは扉からだ。(サン)!)

 指示が飛ぶと、四人の暗殺者達は音も立てずに建物の天井を素早く移動する。
 ベンとアフレックの二人が、窓の両際で待機する。
 扉組の到着を待っているのだ。
 ほどなく、デンゼルとワシントンの扉組も到着した。

(……デンゼル隊長、何か嫌な予感がします)

 最も若手のワシントンに発言権があたえられているのは、その予感が当たるからだ。

(ムッ……しかし、パーティから離れ一人になった今が唯一最大の好機。陛下からも「必殺」の命が下りている)

 同じ扉組同士なので、互いの距離は近い。
 それでも伝心で会話する。
 標的――グランをナメるどころか、最悪と評価している。

(案ずるな。魔法を封じ、すでに陣形を組んだ我々に、奴は何もできまい)

 窓組のベンがワシントンを励ます。

(……そうですね。考え過ぎでした)

(よし。突入せよ!)

 一斉に窓と扉から四人組が部屋に入り込む。
 が、一切音が無い。
 無音の魔法など使っていない。
 その所作も含めた全てが、超一流の暗殺術。

 しかし、四人は困惑した。
 部屋の中が暗過ぎる。
 窓を開ける際、少しカーテンを開いておいた。
 月光が多少は入り込むはず。
 そもそも闇に眼が慣れて、何も見えないという状態は有り得ない。
 何より。
 自分達は暗殺者として、闇に生きる者。
 闇目が効くよう、充分な鍛錬を積んでいる。

 ドタンッ!

 唐突にアフレックが後方に飛ばされて壁に激突し、派手な音を立てる。

(何事だ!)

 隊長のデンゼルが三人に確認する。

 その時。

(俺が弓で射った。心配するな、心臓を貫いた。苦しまずに即死だ)

(!)

 グランが伝心に乱入したことで、三人が混乱する。

 そもそも伝心の魔法は、あらかじめ連絡を取り合う人間達を決めてから発動する魔法だ。
 他者が入り込む余地などない。
 何より、「魔法」なのだ。
 グランの魔法は結界で封じてある。

(一体、何が起きている!? 分かる者はいるか!?)

 伝心で呼びかけ、自分が失態を犯したことにデンゼルは気付いた。
 この伝心もまた、グランに聞かれているのだ。

 ピュッ……。

 音が聞こえた気がした。
 今のは一体……。
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