第27話 女のケツより牛さんのチチ

文字数 4,771文字

 すでにセレナパーティは、敵中隊と遭遇していた。
 ただ、グランの存在隠しと消音魔法で、メンバーの接近は気付かれていない。
 旅路のオアシスとしては最適な小さな森を、敵は臨戦基地として使っていた。
 その森近辺で、綺麗さっぱりカザマン大隊の足跡は消えている。
 ただし奇妙なことに、カザマンの兵士の死体は一つもない。

 敵が森に姿を隠していれば、確かに奇襲をかけられる地形だ。
 だが今は、セレナパーティの接近に気付かず、通常の偵察陣形を組んでいる。
 視界に、六匹の上等ノールがいる。
 醜く凶暴な面構えに、二足歩行で鋼の胸当てと盾、斧を装備している。
 この六匹と戦った瞬間、自分達の存在は中隊にバレる。
 森の中から、大量のノールが出てくるだろう。
 そして、ミノタウロスも。

 素早く、眼前の六匹を始末する必要がある。
 目とハンドサインで、メンバーが攻撃位置につく。
 セレナが飛び出す。
 それを合図に、ミンとレスペも飛び出す。
 一拍遅れて、オルグも。
 ユリアとクロエは魔法の詠唱に入る。
 飛び出したセレナとレスペが、すれ違いざまにノールを居合切りした。
 二人は剣を鞘に収めず、上段から斜めに振り下ろして、それぞれが二匹目の首を斬る。
 ミンは一匹目の首を手刀でへし折ったたあと、回し蹴りで二匹目の頭部を砕く。

 三人は森へ飛び込む。
 森でたむろしていたノール達が、セレナ達に気付いて、焦り始めた。
 中には、ロクに装備もしていない個体もいる。
 虚をついた三人は、それぞれ攻撃を開始する。
 セレナとレスペは、剣が木に引っ掛からないよう、脇を絞めて小ぶりな斬撃を繰り出す。
 一方、ミンは木で身を隠し、さらに木を盾代わりにしながら戦う。
 ノール達の反撃が始まったが、三人は攻撃を止めない。
 ようやく追いついたオルグが、スキル「庇う」を発動する。
 「庇う」はパーティメンバーへの攻撃を一身に背負う。
 つまり敵による全ての攻撃ダメージは、オルグにいく。
 それを捌くのがタンクの役割だ。
 世界ランキング五十以内のタンクは全員、スキル「庇う」を持っている。
 というより、そのスキル持ちだから、上位パーティに迎え入れられる。
 それ程、貴重なスキルだ。

 突然、三体のノールが火だるまになる。
 ユリアが中規模の火球魔法を発動したのだ。
 森の入り口付近は混戦模様で、大規模魔法は使えない。
 仲間を巻き込んでしまうから。

 グランは一人戦列から離れ、機を窺っていた。
 グランの中隊討伐計画では、タイミングが全てだ。

(この俺が文献まで引っ張って練った戦術なんだ。さあ、牛頭の化け物、さっさと現れろ。地獄を見せてやる)

 グランは強力な物理防壁と魔法防壁を張り、姿隠しと消音魔法を改めてかけ直し、機会が来るのを待つ。

 多勢に無勢。
 地の利も、長く滞在していた敵中隊に利がある。
 それでもセレナ達は、善戦していた。
 が、形成は一気にひっくり返された。
 上等ミノタウロスが、現れたからだ。
 牛の頭部に、巨体を覆うブ厚い筋肉。
 腕まで覆った鉄の鎧は固く重いだろうが、軽々と巨大な斧を片手で振っている。
 空いたもう一方の片手には、魔法の杖を握っている。
 斧と杖には、吸血鬼の紋章が刻まれている。
 下肢も腰まで覆う鉄の鎧を装備しているが、動きは鈍くない。
 露出しているのは、腹部と首から上だけだ。
 セレナとレスペの剣では、鎧を斬ることは難しい。
 腹部は、人間の胴体ほどもある腕でガードされている。
 巨体なので、首から上を攻撃するには、背伸びするか、飛ばなければならない。

 強敵とみるや、セレナは思い切った戦術に出た。
 ノール達は、オルグとユリア、クロエの魔法使い達に任せる。
 自分とミン、レスペの物理攻撃組で、ミノタウロスをとにかく倒してしまう。
 そこでやっとセレナは、グランがいないことに気付いた。
 が、気を回している余裕はない。
 それ程、目の前に立ち塞がるミノタウロスは強い。

 ミノタウロスと戦いながら、他の敵の相手をしている余裕はない、か。
 セレナの、その判断は賢明だ。
 グランは第三者のように、冷静な評価を下す。

 セレナ、ミン、レスペの三人がミノタウロスに包囲網を作ろうと動く。
 だがその前に、ミノタウロスの足元の地面が人の拳や頭部ほどの大きさに割れる。
 その岩石は、三人に向かって飛んでいく。
 ミノタウロスが土魔法を使って攻撃してきたのだ。
 ただ、ミノタウロスは物理攻撃がメインの魔物なので、魔法はそれほど強くない。
 事実、飛んできた岩石を、セレナとレスペは剣で、ミンは気功砲で破壊している。
 魔法攻撃でセレナパーティにダメージをあたえられないのは、当のミノタウロス本人が一番分かっている。
 よって、魔法の狙いは足止め。
 自分を包囲させず、逆に自分がセレナ達との距離を詰める。
 だが目の前にミノタウロスが立とうと、セレナの心は折れない。

「私が前衛を務める! ミンは腹部を、レスペは首を集中攻撃!」

 セレナの指示に、ミンとレスペから「承知!」と頼もしい声が返ってくる。

「もうダメージは負わないように戦って!」

 クロエのそれは、指示というより悲鳴だった。
 タンクのオルグを治癒しながら、ノールの群れと戦っているのだ。
 魔力は削ぎ取られ、オルグの治癒が追いつかない。
 これ以上、パーティメンバーがダメージを負えば、オルグは死んでしまう。

「チッ! ミン! レスペ! 聞いたとおりだ!」

 今からミノタウロスを倒す矢先に。
 無傷でいろと?
 セレナはタイミングの悪さを呪う。

 グランはそんなセレナの心中を見透かし、

(タイミングが悪いんじゃない。ミノタウロスは、この状況が出来上がるタイミングで、参戦してきたんだ。このミノタウロスは、上等どころか特級だな)

 と心中で指摘する。

 吸血鬼や魔物が自ら強さに応じて、特級・上等・中等・下等に分かれているわけではない。
 人間側が、勝手に分けているだけだ。
 上等の中でも、上の上と上の下では、天と地ほどの実力差がある。
 希少だが、上等をも超える魔物は、特級指定される。
 一匹で、二個中隊、兵士四百名ほどの強さを誇る。

 そんな特級を相手にし、無傷での戦いを要求されたセレナ達三人は、攻撃に転じることができない。
 ミノタウロスが振るう斧を受け、かわすだけで精いっぱいだ。
 それでもイチネンボッキの恩恵が無ければ、クロエの魔力はとうに尽きていた。
 そしてクロエの治癒魔法が受けられないオルグは死に、ダメージはそのまま自分達の肉体を襲っていた。
 素早い動きでミンがミノタウロスを何とか牽制しているが、それさえもイチネンボッキの力が無ければ不可能だ。
 セレナ達三人は攻撃を受けながらも、後退ではなく、森の深へ行かざるを得ない足運びを強要されていた。
 オルグ・クロエ・ユリアも、ノールの群れに追われ、森の奥へとおいやられている。
 それをメンバー達は分かっていたが、どうにもならない。
 動く方向を無理矢理変えれば、殺されるだけだ。
 そしていつの間にか、セレナパーティは全員森の深部へと誘導されていた。
 ミノタウロスを筆頭に、ノールの部隊に包囲されている。

 セレナ達は、どうして森の周囲にカザマンの兵士達の死体が無いのか、実感していた。
 森の奥へと、おびき寄せられたのだ。
 そして今の自分達と同じように、包囲された。
 殺されたのか生け捕りにされたのかは分からない。
 どちらにせよ、ブラムスから「回収班」が来て、文字通り回収されたのだろう。
 今はすでに、吸血鬼どもの食糧・飲料になっているはずだ。

(敵ながら、見事な戦術だ。指揮官のミノタウロスに、拍手を送ってやりたいほどに。俺がいなければ、全滅してたな。いや、セレナなら、何とか脱出しているか。だがその場合も、何人か命を落とすのは避けられんだろうな)

 グランは場違いにそんな呑気なことを考え、笑ってさえいた。
 顔は笑っているが、右手の平の上で、球状の魔法を練っていた。
 一見すると、竜巻に覆われているボールのようだ。
 それ程激しく、球形表面を風刀が走っている。
 その風刀は、斬撃だけではなく、魔物の皮膚を焼く砂を含んでいる。
 さらのその砂は、魔物の皮膚を溶かす液体を含んでいる。
 空洞になった球体内部には、稲妻が走っている。
 中央部には、圧縮された炎が小さな火炎となって爆発燃焼するのを待っている。

 上等吸血鬼でも殺せる可能性を秘めた魔法球を、グランはまだ放たない。
 状況は、想定通りに進んでいる。
 あとは、ミノタウロスの行動を待つだけだ。
 手の平の上で浮いていた魔法球が、グランの目の前まで浮かび上がる。
 いつでも放てる。

 包囲されたセレナパーティは、背中を敵に見せない陣形で一塊(ひとかたまり)になっている。
 全員が肩で息をしていた。
 オルグはレスペやミンが支えてやらないと、立っていられない。
 それほどの深手を負っていた。

 いよいよだ。
 グランはミノタウロスを注視する。
 文献どおりなら、奴はこの後、最大の隙をさらす。
 その一瞬を狙って、致命傷をあたえる。
 失敗すれば、グランの存在が露見し、泥沼の混戦に突入する。
 タンクのオルグは死に、他にも死傷者が出るだろう。
 グランが放つ魔法球が、計画通りにミノタウロスに当たるかで、世界ランキング二位パーティの命運は決まる。
 その大前提であるミノタウロスの特徴については、高度に暗号化された文献のいくつかから根拠を得ている。
 だからその点について、グランは全く心配していない。

 包囲されてなお、闘志だけは失わず、構えるセレナパーティのメンバー達。
 そんなセレナ達を残忍な目で見詰め、冷酷に笑いながら、ミノタウロスが一斉突撃の号令を下そうと、魔法の杖を突き上げた。

 待っていた、唯一のチャンスが来た。
 この一瞬で、全てが決まる。
 その時。
 グランの頭の中が炸裂した。
 それほどの勢いで、感じた。
 彼女を。
 彼女が急速に近づいているのを。
 リーナが急接近している!
 その衝動で心身が大きく揺さぶられるのと、魔法球を放ったのは同時だった。
 魔法球は光速で飛び……ミノタウロスの振り上げた腕に直撃した。
 それも手首だ。
 ミノタウロスの手首から先は無くなり、魔法の杖は飛んでいった。
 それだけだった。
 斧を持った腕も、巨体自体にもかすり傷一つついていない。

 ミノタウロスとノールが、驚いたようにグランがいる方角に目を向ける。
 距離はあったが、ノールの一団が襲いかかってくる。
 それを見て、グランの顔色が変わる。

 セレナパーティの誰一人、闘志は失っていなかった。
 失っていない。
 けれど、ほんの一瞬。
 本当に、一瞬。
 セレナも含めた全員の顔に絶望が浮かんだ。
 全員、内心どこかで「グランが何とかしてくれる」と思い、頼りにしていた。
 そのグランが唯一、ミノタウロスにできた隙を逃した。
 頭部に魔法球を当てることができたら、殺せるか、少なくとも戦闘不能には追い込めた。
 
 パーティリーダーのセレナは、万策尽きたことを認めざるを得なかった。
 降伏するか?
 バカな!
 我々は誇り高きヴァルキリーだ!
 最期は、華々しく散ってみせる!
 セレナだけではなく、パーテメンバー全員が、差し違える覚悟を決めた。 
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