第47話 小麦色の天才美女入荷しました

文字数 3,522文字

 パーティは今、いい雰囲気だ。
 そしてこれは、優しい雰囲気だ。
 優しい雰囲気に包まれたなら、口を閉ざしてジッとしていればいい。
 しかしアマゾネスにとって、いい雰囲気は明るく元気いっぱい以外に有り得ない。
 つまり、空気を読めない。

「グランがもっと転移して、魔物達を殺せば、
 さらに相手を弱められるだろう?
 そして、私は画期的な案を思いついてしまった」

 レスペが明るく元気いっぱいで暴走する。
 セレナまで表情が固まってしまった。
 転移後のグランが、心臓を抑えていたのを見てないのか?

「カサンを落とした馬鹿野郎な血吸いの指揮官を殺しただろ?
 きっとブラムスは、新しい指揮官をカサンに派遣する。
 ここカートンを攻めるために、だ。
 だったら、指揮官が新しくなる度に殺せば、
 ブラムスは攻め込んでこられない」

 私は何て天才なんだ! 
 とレスペは鼻の穴を膨らませている。
 逆に、他のメンバー達はゲンナリとしている。
 さすがは、生粋の戦士。
 いい雰囲気すら破壊する。
 
 リーナパーティには、ニンチという空気を読めない大御所がいる。
 お陰でグランは、そうした人種に多少の免疫を持っている。
 だからこの時も、セレナ達はドン引きしているが、彼だけはギリギリ冷静でいられた。

「もう無理だな。
 カサンに居座っているブラムスの奴等は今頃、
 強靭(きょうじん)な魔法防壁を張り巡らしている。
 転移しても、跳ね返されるだけだ」

 素直に落胆するレスペに、グランがトドメを差す。

「それに先程の暗殺は、
 特級の血吸いには珍しい、油断する奴だったから成功した。
 ラーコスだったか。あいつは例外だ。
 次からは、必ず血吸いが複数でいる。
 俺が現れた瞬間に、殺しにかかるだろう」

「分かった。無理だな」

 レスペはアッサリと納得して、引き下がる。
 ニンチよりはマシだとグランは評価する。

「我々は宿を出られない。
 だから鍛錬するしかないが、お前はどうする?」

「俺は俺で、戦争の準備がある」

 セレナの問いに答えたグランの声は、平板だった。
 しかし、本音は違う。
 まだまだ、(はらわた)が煮えくりかえっている。
 勇気あるカサンの連合軍兵士達を、食料と飲料にしか見ていない。
 そして転移した先で見た、廃墟と化したカサン。
 何より、奴等はリーナを傷つけた。

「カートンは、地獄になる。
 人間にではなく、愚かにも侵略してくる奴等にとって」
 
 グランの言葉に、パーテメンバー達が力強く頷く。



 また、洞窟で雨宿りをしていた。
 王国・ラントに向かうリーナパーティ一行は、激しい雨に行く手を阻まれた。
 先程から、いつかの日と同じく、洞窟で雨宿りをしている。
 そして同じように、パーティメンバーの心は平静ではない。
 だがあの日は、これから戦うという高揚感があった。
 結果的に、引き返したにせよ。
 今日は、違う。
 今、洞窟で雨宿りしているパーティは、敗残兵だ。
 世界ランキングの順位は、関係ない。

 この地を守る。
 共に戦う仲間達を守る。
 自分達の誇りかけて、二つのことを誓った。
 そして、戦った。
 その結果、負けた。
 挙句の果てに、仲間達を犠牲にして、生き延びた。
 帰路で、カサンからカートンへと避難する(たみ)達に追いついた。
 特に命令など無かったが、皆が自然と避難民の護衛についた。
 何かしていないと、胸が張り裂けそうだったからだ。
 そして口にこそ出さなかったが、あの時、パーティメンバー全員が思った。
 魔物の一匹や二匹、出てこいと。
 戦っていないと、散っていった仲間達の顔が頭に浮かんで、消えないからだ。

 リーナは、パーテメンバーを見渡す。
 いつも血気盛んな前衛コンビ、ムサイとウザイの顔に表情はない。
 恒例の言い争いや愚痴の吐き合いもせず、鉄仮面のような顔つきでいる。
 冷静なのではない。 
 二人の怒りと悔しさは、一線を越えてしまった。
 感情を殺さないと、精神が破壊されてしまう。
 ターリロは珍しく十字架を取り出し、神への祈りを捧げいる。
 敬虔(けいけん)な信者になったわけではない。
 矛盾しているが、神頼みをしているわけでもない。
 前衛コンビと同じで、破裂しそうな感情を、彼なりのやり方で無理矢理抑え込んでいる。
 ニンチは……目を閉じて、うつらうつらしている。
 きっと悪夢を抑える安眠魔法なのだろう。
 そう信じたい。
 
「ズーピー」

 今のは決して(いびき)などではなく、雨で鼻風邪でも引いてしまったのだろう。
 そう信じたい。
 ニヤニヤと笑い始めた。
 悪夢に打ち勝った勝利の笑顔だ、きっと。
 そう信じたい。

 洞窟の出口に一番近い岩場に座りながら、
 「自分は今、どんな顔をしているんだろう?」とリーナは自問してみる。
 手鏡は持っている。
 だが鏡で見られる上っ(つら)の表情に意味はない。

 外に目を向けても、雨は勢いが衰えない。
 景色が全く見えないほどの土砂降りだ。
 今の私達と同じだ。
 未来が、希望が見えない。
 難民の護衛をしながらも、パーテメンバー全員が確信していた。
 首脳会議がラントかドラガン国に撤退するよう、早馬をよこすのを。
 王侯貴族と官僚達は、吸血鬼が怖いのだ。
 特に、激しく野蛮な宣戦布告を人間に行った女王・ローラが。
 だからローラ殺しのために、自分達を温存しておく。
 その結果、ブラムスにカートンが滅ぼされ、レイジ国が火の海にされようと。
 カートン。
 ラントへの撤退を告げにきた使者に、リーナは確認した。
 あの街には、世界ランキング二位パーティがいる。
 そして、世界ランキング一位の黒魔導士がいる。

 グラン、あなたはきっと逃げ出さないよね。
 いつもみたいに、不敵にニヤリと笑って、敵を見下す言葉を口にして。
 そして目立たない黒魔法で、敵を戦えないほど弱体化させて。

 実際にカサンで戦ったリーナだから分かるが、ブラムスは本気だ。
 本気で、レイジ国を筆頭に、人類を倒そうとしている。
 グランといえど、一人で大丈夫だろうか……。
 そこで、リーナは我に返る。
 自分は、自分達は負けた身だと。
 まだ戦う前であるグランの心配など、おこがましい。

「まあ、何だ。
 本当にこれでいいのか、リーナ?」

 地べたに座り込んだウザイが、リーナを見上げる。
 いつもはムサイが口火を切って、ウザイがそれに乗っかる。
 このパーティが発足した頃から、そんな会話の段取りができていた。
 だから、ウザイが単独で話すのは珍しい。
 そんなウザイを、ムサイは静かに見守る。
 ターリロも祈りを止め、耳を澄ます。
 ニンチは……。

「これでいい、とは?
 具体的に言ってよ」

「俺は政治家どものために、
 冒険をしているわけじゃない」

「私も、そうよ。それで?」

 別にリーナの口調は、怒っていない。
 逆に、中々会話を繋げないウザイをリードしている。

「このまま、ラントに行けば……行けば、失うぞ」

 ハッとさせられる。
 それはリーナだけではなく、他のメンバー達も同じだ。
 
 「失うぞ」。
 言葉足らずのウザイだからこそ出てきた、大切な言葉。
 そう、権力者の言いなりのままに動いてばかりでは……失う。
 失うものの数や質は、パーテメンバーによって違いがあるかもしれない。
 だけど、確実に失うものがある。
 戦士としての、矜持(きょうじ)
 敵を倒し、人類を平和に導くこと。
 その矜持の前なら、全てが無意味で無価値だ。

 私達は冒険者として、世界ランキング一位の力を持っている。
 しかもカサンで、実際にブラムスの軍勢と戦った経験がある。
 そんな私達が、時の権力者達に言われるがまま、安全な国まで逃げ帰る……。
 カサンの二の舞になる可能性が高いカートンに、背を向けて。
 今戻れば、カートンでの戦いに、きっと間に合う。
 けれど、カートン参戦を知った首脳会議は、私達を命令違反と糾弾(きゅうだん)するだろう。

 カートンで戦闘に備える戦士達だけではない。
 リーナパーティのメンバー達もまた、試されていた。

 リーナはもう一度、自問する。
 「グラン。あなたなら、どうする?」
 数秒、リーナは目を閉じた。
 答えが出た。
 リーナが、目を開ける。
 その目に、もう迷いはなかった。
 
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