第92話 火 火 火が出る五秒前

文字数 3,044文字

 短い休憩を経て、行軍は再開された。
 グランとマギヌンに変化は無い。
 だがセレナとミーシャは肌ツヤが良く、内側から(にじ)み出る魅力も魔力も増している。
 特濃淫汁を摂取した成果だ。

 もう目と鼻の先に、巨人が待っている。
 排他領域討伐隊は精鋭集団だが、さすがに緊張が高まっている。
 いつもと変わらないのは、グランとマギヌンだけだ。

「お前は、上手くこの討伐を隠したつもりだろう。
 だが昼食のときに顔を見せた副将軍は、この討伐に気付いているぞ」

「あの副将軍は俺への抵抗勢力の中でも、トップの実力と人脈を持つ。
 だから、俺から近い位置に置いた。
 奴を副将軍に任命したのは俺だ。
 お陰で、抵抗勢力のトップの行動を封じられる。言動も掴みやすい」

「なるほど、この討伐が洩れるのは計画のうちか。
 同じパーティにいたときよりもずっと、
 お前がいやらしい人間になっていて頼もしい限りだ」

 グランが皮肉る。

「そう言うお前も、ミルン国中に使い魔を放っているではないか」

 グランの皮肉に、マギヌンも皮肉で返す。

「お前を殺そうとしている裏切り者達を炙り出す、いい機会だと思ってな」

「実際に今夜、我が国でクーデターが起きたら、お前はどうするつもりだ?」

 マギヌンはニヤニヤしている。
 グランを試しているのだ。

「クーデターが起きても、一向に構わん。
 むしろ、お前を裏切った者達が一斉に表舞台に上がるんだ。
 皆殺しにする絶好の機会だ」

 しれっと言うグランを、マギヌンは頼もし気な表情で見ていた。



 排他領域直前で、グランはユリアに呼び止められた。
 内なる声が聞こえたという。

『鏡に映る自分は傷つける。その鏡を割れるのは明日の自分だけである』。

 これが今回の内容、つまり予知だ。

「鏡か。巨人相手に、鏡は関係無さそうだがな」

 グランの返答に、ユリアは我が意を得たとばかりに、

「ええ、そうなんです。
 排他領域討伐には、不似合いな内容なのです。
 もっと未来のことを、予見しているのかもしれません」

「この戦いが終わって帰ったら、
 お前の内なる声はパーティ内で共有するぞ。
 今後、必ず活きてくる」

 「はい」と頷くユリア。
 従順な態度だ。
 かつて自分はヴァルキリーにして上等賢者だからと、グランに抱かれるのを拒否した女と同一人物とは思えない。
 男に抱かれて、女は変わる。



 偵察に出した兵士達が戻ってくる。
 顔色からして、吉報は期待できそうにない。

「将軍、報告いたします。
 事前情報では、警備の巨人は二十体とのことでしたが……」

 そこで、偵察兵が言い淀む。

「続けるんだ」

 マギヌンの強い口調に、偵察兵が慌てて報告を再開する。

「排他領域に、巨人が五十体はいます」

 周囲で聞いていた兵士達は、静かだった。
 落ち着いているのではない。
 死を覚悟しているのだ。
 巨人五十匹を相手に、人間側は二百人。
 戦うのは自殺行為だ。

「承知した」

 しかしマギヌンの声は、落ち着いていた。
 冷静であり、かすかに自信が感じられる。

「さて、グラン。二百の兵で、巨人五十匹に挑む。お前の見解は?」

「何の問題も無い」

 マギヌンに、グランは短く返す。
 実際にグランは、討伐に何の問題も無いと考えていた。
 ただ、方法は工夫しなければ。

 マギヌンが合図を出すと、兵達が排他領域に散っていく。
 戦術どおりの配置に就くためだ。
 


 排他領域は、広かった。
 戦争後のような廃墟が、一面に広がっている。
 土地は荒れていた。
 だが一か所だけ、植物が密生した場所がある。
 これを利用しないグランではない。

「レスペ。あそこの大きな建造物跡地のような廃墟が見えるか?」

 グランが指差した方向を、レスペが見る。
 討伐隊は闇に目を慣らしたが、アマゾネスのレスペは特に夜目が効く。

「ハッキリ見えるよ」

 グランが示した廃墟を、レスペはハッキリと視野に捉えられる。
 同時に、闇の中で牙を研ぐ巨人の群れも目に入る。
 事前にユリアから、巨人の弱点は教えられていた。
 心臓が頭部にあるので、頭を攻撃するしかない。



 五十匹の巨人の大半は、人型で好戦的なアンタイオスという巨人だ。
 鬼がそのまま巨人化したような、棍棒を持ったオーグルという巨人もいる。
 奴が副官らしい。
 オーグルは、何にでも変身できる能力を持っていると言われている。
 そして、排他領域の中心にいる「魔眼のバラー」が指揮官だ。
 バラーは顎鬚を生やし、体毛が濃い。
 右手に斧を持っている。
 「魔眼」の二つ名は、見ただけで、その者を殺せるスキルからつけられた。
 見られた者は敵味方なく死ぬので、普段は目を閉じている。
 今も、閉じている。



「レスペ。あの廃墟まで偵察に行ってくれ」

「へ?」

 レスペは間抜けな声を出してしまう。
 指示された廃墟は、巨人に包囲されいる。
 一人で行くのは可能だが、巨人にすぐ存在がバレるので、長くは留まっていられない。
 よって、満足な偵察などできない。
 そもそも、何を偵察せよと?

「『へ?』じゃない。行くんだ」

 開戦前とは思えぬほど、グランの声は普段と変わらない。
 それが逆に、凄味を感じさせる。

(ううん……。ま、考えるのは私の仕事じゃないし!
 セレナやグランがやれって言うなら、ヤル!)

「了解!」

 純真なアマゾネスは、決死行を易々と引き受ける。

「よし、行け」

「行ってくる!」

 レスペの大声で存在が露見しそうだが、巨人達は気付いていない。
 レスペが元気よくダッシュする。
 装備がガチャガチャと音を立てるが、巨人達は気付いていない。
 体格に相応しい、鈍感揃いらしい。
 そしてレスペが、廃墟に着いた。
 周りは巨人だらけだ。

「着いたぁ!」

 レスペが大声を上げて、グラン達に手を振る。
 セレナパーティのメンバー達は、溜息をついて顔を伏せてしまった。
 レスペよ、さすがに巨人にバレる……。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 二十匹近いアンタイオス達がレスペに気付き、咆哮を上げる。
 元気過ぎるレスペと鈍感過ぎる巨人。
 排他領域の夜間戦闘は、何とも締まりなく開戦した。

「みんな、気を取り直せ! レスペを救出に行くぞ!」

「行かなくていい」

 気合いを入れたセレナを、グランが止める。

「しかし! あのままでは、レスペが……」

「黙れ。俺が無策だと思うか? ……レスペ、南西を向け」

 グランがレスペに伝心で指示を出す。
 すでに巨人達が迫ってきたので、レスペは抜刀している。

「りょ……了解!」

 レスペは素直に、南西を向く。
 が、前後左右から巨人の群れが襲ってくる。
 悪夢だ。

 その時。
 レスペの尻に、火がついた。
 比喩ではなく、本当に火がついた。
 グランが魔法で発火させた。

「あっつー!」

 レスペが尻を抑えながら、全力で走る。
 その方向には、植物の密生地帯があった。
 セレナがワーワーと騒いでいるが、グランは相手にしない。
 グランの狙いが分かっているマギヌンも、涼し気な顔をしている。
 レスペを食らおうと、巨人達が手を伸ばす。
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