第74話 南門が鬼門で難問で肛門

文字数 5,395文字

「申し訳ないけれど、急がなければいけないの」

 ブラムスの将軍・スピラーノから伝心が来た。
 援軍を二個師団・四万匹投入すると。
 冗談ではない。
 自分達だけで、人間の街など落としてみせる。
 だがスピラーノ将軍は――ブラムスは、現有戦力でのカートン陥落は不可能だと考えている。
 この状況でカートンを落とせば、今以上の地位を狙える。
 「十三の刺客」入りすら、視野に入ってくる。
 明るい未来を想像したサバトは口元に手を当てて笑いながら、強力かつ凶悪な魔法攻撃をトーレスと兵士達に放った。



 サバトが「急ぐ」と言ってから、まだ三分も経っていない。
 だがすでに、生き残りはトーレスと三人の兵士だけになった。
 その兵士達が、トーレスに最後の言葉をかける。

「領主殿。先に逝っております」

「領主殿。ご武運を」

「領主殿。あなたと共に戦えて良かった」

 言うなり、三人はサバトに斬りかかった。
 だが刃が届く直前、一人は焼かれ。
 一人は凍結され。
 一人は稲妻で全身を焦がされ。
 サバトには、かすり傷一つつけられない。
 命は散り、無念だけが残った。

 トーレスは三人の最後を、黙って見ていたわけではない。
 三人の兵士の陰に隠れるように、トーレスもサバトに斬りかかっていた。
 焼かれた兵士の体から、炎が立ち上っている。
 その炎からトーレスが飛び出し、サバトの不意をつく。
 凍結した兵士の盾部分を砕いて作った氷礫(こおりつぶて)を、サバトの顔に投げつける。
 そして空間魔法を使い、(いかづち)魔法で殺られた兵士の体から、剣に稲妻を移動させる。
 トーレスの剣が帯電する。
 雷光が眩しい。
 その剣で、サバトに斬りかかる。
 
 ガッキイィン! 

 激しい音が、空気を振るわせる。
 サバトの不意を突き、目潰しを食らわせた。
 さらにサバト自身が放った強力な稲妻を帯電させた剣で、斬りつけた。
 それでも、サバトに剣は届かない。
 物理防壁が張ってあった。
 人間では破れないほど、強力な物理防壁が。
 その防壁の向こうで、サバトは妖艶な笑みを浮かべている。
 トーレスは防壁の強さに驚愕したが、同時に正体不明の違和感を感じた。

「三人の同族の死を利用して斬り込んだのに、
 徒労に終わった感想はいかがかしら?
 ところで、私の顔に氷礫を当てましたね?
 これは、許されざれる行為です。
 あなたにはとてもとーっても苦しんで死んでいただくことに決めましたわ」

 サバトが言い終わるのと同時に、飛んできた岩石が胸部を強打する。
 息が詰まり、後方へたたらを踏む。
 サバトは水魔法と土魔法が得意らしい。
 トーレスは身をもって、それを知った。
 水鞭で、皮膚が裂けるほど打たれる。
 唐突に地面から突き出る土壁で、体を殴打される。
 出血し、骨が折れる。
 そんな深手を負いながら、トーレスは斬り込んだ際に感じた違和感の正体を探していた。
 あの剣による一振りは、元世界ランキング二位の自分が渾身の力を込めた一撃だった。
 サバトの物理防壁が強力だとしても、防壁そのものが全く歪まず、かすり傷一つつかないのはおかしい。
 サバトの攻撃魔法で(なぶ)られながらも、頭だけは必死に動かした。
 そうでもしなければ、最後に散った三人の兵士達に申し訳ない。
 三人の兵士達……そうだ! 

(サバトの物理防壁は、矛盾している。剣は止められた。
 だが氷礫は通過して、奴の顔面に直撃した。
 あの防壁はおそらく、剣や槍などの武器による攻撃に特化している。
 だから剣では全く歯が立たないが、他の物質は通過するんだ)

 そこでまた、トーレスの前に問題が立ちはだかる。
 では一体、何を通過させればいいのかと。
 魔法防壁は張っているだろうから、魔法攻撃は通用しない。
 自分の肉体は、防壁を通過するだろう。
 しかし、ブラムスの幹部を素手で殺れるほど、武闘に精通していない。
 その時。

 『手に負えない魔女が現れたら、噛みついてやれ。
 喉笛を噛み千切るのは、血吸いどもの専売特許じゃない』

 懐かしい仲間の声が甦る。
 さらに戦前、

『旧友との友情を、自分は大切にしたい。そう思うなら、そうすればいい』

 グランに言われた言葉も思い出す。
 最後に爪痕ならぬ、歯型を残してやろう。
 後でサバトと戦うことになるグランやセレナパーティ、連合軍兵士達のために、トーレスは伝心でサバトの特徴を報告した。
 後は古い親友の言い残しを、額面通りに実行するだけだ。

「ウオォー!」

 いきなり吠えて向かってきたトーレスの迫力に、サバトが数秒、気圧される。
 その数秒で充分だった。
 サバトの喉笛を噛み千切るには。

「っ! 貴様! 何てことを!」

 サバトが本性を現した。
 目は釣り上がり、全身から怒気を放っている。
 言葉遣いも、本性が下品な彼女に相応しいものになった。
 喉笛を噛み千切るといより、単に喉に歯を立て、皮膚を傷つけただけだった。
 それでも、トーレスは満足だった。
 この下品で残酷無比な魔女に、無傷のまま殺されることは阻止した。
 死を覚悟して、トーレスは静かに立っていた。
 だが、サバトからの攻撃がない。
 サバトはトーレスが噛んだ部分を手で抑えながら、どこか虚ろな目をしていた。

「き、貴様のような、弱くて惨めな人間如きに……ならん!
 こんなことがあってはならん! 我はこんな所で終わらぬ!」

 様子がおかしい。
 口から涎を垂らしながら、吠えている。
 そのうち目が血走り、全身が震え出した。
 顔色が病的に青白くなっていく。

「貴様! ど、どこで秘密を知った!?」

「秘密? 一体何のことだ?」

 サバトが鬼のような形相で、トーレスを睨む。
 だがトーレスには、心当たりがない。

「人間のような低能で醜い種族の唾液が体内に入ると……!
 我等魔女は……!」

 それが、カートン侵攻軍・魔法部隊指揮官、サバトの最後の言葉だった。
 死の呪いにかかったかのように、サバトの体から精気が抜けていく。
 白目を剥き、吐血する。
 最後は、体中の穴から血が噴き出した。
 そして――そして、絶命した。

 トーレスはその過程を、ただ呆然と見ているだけだった。
 「魔女は体内に人間の体液を流されると、命果てる」。
 それは冒険につきものの噂や都市伝説の(たぐい)だと思っていた。
 だが、真実だった。
 パシはこれを知っていたのか?
 知った上で、最後のメッセージとして、自分に残したのか?
 それは、今となっては分からない。
 永遠に、分からない。
 ただ自分は、固い絆で結ばれた戦友の言うことを信じた。
 実行したのは、ただそれだけだ。

(いや。人間同士の絆より強いものなど、この世界に存在しないのかもしれない)

 そんなことを考えながら、トーレスは腰の魔法袋を握る。

(パシよ、待っていろ。
 私もお前のように、人類の希望となる戦士達のために散ってやる)

 その思いは一旦、胸の奥に隠した。

(せっかくの戦果報告なのに、声音が暗くなってはマズイからな)

 トーレスは伝心で、全兵士達に報告する。
 ブラムス幹部、サバトを討ち取ったことを。
 出血がひどいので、トーレスは片膝をついた。
 その姿勢のまま、伝心でもう一言つけ加える。

「(グランよ。
 我が友が残した言葉は精神論などではなく、世の真理だったぞ)」

 カートン侵攻軍は、ネット以外の幹部を失った。


 *******************************


 特級の魔物達の中には、視力が復活した者もいる。
 だが大半の魔物はまだ、視覚を奪われたままだ。
 そこでネットは、風鈴の破壊を魔物達に命じた。
 こうして、全ての風鈴が破壊された。
 邪魔な音が無くなった。
 魔物達は気配で人間の位置を把握し、襲ってくる。
 一方、人間側も負けてはいない。
 五人の幹部のうち、四人を討ち取った。
 完全封鎖も、まだ破られていない。
 仕込んだ罠は、まだ数多く残っている。
 兵の士気は高い。

 中央広場は、魔物で埋め尽くされていた。
 二万匹はいるだろう。
 だがすでに、モグリを初めとする連合軍兵士達や、セレナとレスペ以外のセレナパーティのメンバー達も戦いに加わっていた。
 ここでの戦いの行方が戦争の勝敗を決するのは、誰の目にも明らかだ。
 そして流れは、人間側に来ている。

「お前等ぁ、ここはイケイケドンドンだぞー。
 踏ん張るどこじゃ足りねえーぞー。
 魔物御一行を後退させなきゃあ、勝てやしねえぞぉ!」

 モグリは自らも剣を振るいながら、兵達を鼓舞する。

「(セレナ)」

 グランに伝心で呼びかけられて、セレナは危うく剣を落とすところだった。

(やっとあっちから話し掛けてきたと思ったら、強烈に多忙な戦闘中だっつーの!
 グランめ、タイミングの悪い奴だ!)

 その思いは隠し、目の前のワーウルフを斬りながら、返事をする。

「(グラン! この忙しいときに何だ!)」

「(ギガディンを「絞り撃ちしたそうだな」)」

 「絞り撃ち」とは拡散し過ぎる魔力を螺旋(らせん)状に絞って、攻撃魔法を放つことだ。

「(そうだ!
 それも勇者専用の最大破壊魔法・ギガディンだぞ!
 どこかの世界一位の魔法使いでも使えない魔法だ!
 大事なことなので二度言うが、『勇者専用』だからな!)」

「(黙れ)」

 オーク一匹とゴブリン二匹をまとめて斬ったセレナに、グランが短く答える。

「(黙れって、話を振ってきたのは……)」

「(お前はせいぜい、最大破壊魔法を一発撃てる程度だろう)」

 グランの声音に、セレナはゾクリと悪寒がした。
 覚悟と狂暴さを感じた。
 まるで狂戦士(バーサーカー)だ。

「(魔法石一つは消費するがな。
 どのみち、ここで勝てなけれ勝機はない)」

 プツンと伝心が切れた。
 その直後。
 グオォォォツと、尋常ならざる地響きがした。
 立っているのがやっとなほど、大地が数秒激しく揺れた。
 そしてセレナの目は、炎に包まれた。

 五つの火柱が、魔物の群れに放たれた。
 一つの太さは、ヨトゥンほどもある。
 その動線上にいた魔物は一瞬で炭になった。
 直撃を受けずとも、爆風で多くの魔物達が吹き飛んだ。

「(……伝説だと思っていた、ファイヤーフィングズだ)」

 セレナを初め人間達は、圧倒的な魔力の前に、喜びすら忘れて呆然としていた。
 ファイヤーフィングズは最大破壊魔法に準じる特大火柱の魔法を、五つの指から放つ。
 最大破壊魔法に近い魔力消費と反動が来る特大火柱を、五つ同時に放ってみせた。
 魔法石一つの力を借りたとはいえ。
 グランの底知れない力に、セレナはまだ呆気に取られていた。



 しかし、すでに戦闘を再開した者がいる。
 モグリだ。
 魔物の残党数と友軍の数を天秤にかける。
 遂にギリギリだが、勝てる状況まで辿り着いた。

「総員! 突入!」



 モグリの号令と兵士達の雄叫びを聞きながら、グランは痛む心臓を掴んでいた。
 ファイヤーフィングズの反動だ。
 このタイミングでファイヤーフィングズを放った理由は、いくつかある。
 が、最大の原因はネットだ。
 気配さえ、ほぼ感じない。
 戦闘意欲が、今時点では無いようだ。
 だから反動で今のように苦しんでいても、襲われる心配はない。
 グランはそう判断した。
 ではネットは、一体どこで何を?


 *******************************


(ファイヤーフィングズか。これは驚いた。実物を見るのは初めてだ)

 ネットは南門にいた。
 周囲には魔物も人間もいない。
 ネットはここで、スピラーノからの連絡を待っていた。

「(ネット、増援部隊の転移準備が完了した。
 カートンに穴を開け、封鎖を解け)」

「(承知)」

 やっと、この戦争の勝敗を決する決め手がやって来る。

(セレナにグランよ。
 最大破壊魔法を絞り撃ちできるのは、お前達だけではない)

 ネットは南門に向かって、「メドローア」を絞り撃ちする。
 向きが門側とはいえ、そのまま放てば街の半分は消し飛んでしまう。
 生け捕りにした人間達が台無しになってしまう。
 貴重な食料であり、水分なのに。
 「メドローア」は、炎属性と水属性の強力な破壊魔法を組み合わせた最大破壊魔法だ。
 南門の全てを破壊した。
 グランが張った魔法防壁も。
 技師達が作り上げた特殊施錠も。

 カートンの完全封鎖は、破れた。



 南門付近に、二個師団・四万匹の魔物達が現れる。
 スピラーノを初め、ブラムスは使い魔を放ち、戦いをリアルタイムで見ている。
 よって侵入口がどこかは、わざわざ報告するまでもない。

 新たに湧いて出た魔物達が、南門に押し寄せる。
 そして次々と、カートンに侵入していった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み