第74話 南門が鬼門で難問で肛門
文字数 5,395文字
「申し訳ないけれど、急がなければいけないの」
ブラムスの将軍・スピラーノから伝心が来た。
援軍を二個師団・四万匹投入すると。
冗談ではない。
自分達だけで、人間の街など落としてみせる。
だがスピラーノ将軍は――ブラムスは、現有戦力でのカートン陥落は不可能だと考えている。
この状況でカートンを落とせば、今以上の地位を狙える。
「十三の刺客」入りすら、視野に入ってくる。
明るい未来を想像したサバトは口元に手を当てて笑いながら、強力かつ凶悪な魔法攻撃をトーレスと兵士達に放った。
サバトが「急ぐ」と言ってから、まだ三分も経っていない。
だがすでに、生き残りはトーレスと三人の兵士だけになった。
その兵士達が、トーレスに最後の言葉をかける。
「領主殿。先に逝っております」
「領主殿。ご武運を」
「領主殿。あなたと共に戦えて良かった」
言うなり、三人はサバトに斬りかかった。
だが刃が届く直前、一人は焼かれ。
一人は凍結され。
一人は稲妻で全身を焦がされ。
サバトには、かすり傷一つつけられない。
命は散り、無念だけが残った。
トーレスは三人の最後を、黙って見ていたわけではない。
三人の兵士の陰に隠れるように、トーレスもサバトに斬りかかっていた。
焼かれた兵士の体から、炎が立ち上っている。
その炎からトーレスが飛び出し、サバトの不意をつく。
凍結した兵士の盾部分を砕いて作った氷礫 を、サバトの顔に投げつける。
そして空間魔法を使い、雷 魔法で殺られた兵士の体から、剣に稲妻を移動させる。
トーレスの剣が帯電する。
雷光が眩しい。
その剣で、サバトに斬りかかる。
ガッキイィン!
激しい音が、空気を振るわせる。
サバトの不意を突き、目潰しを食らわせた。
さらにサバト自身が放った強力な稲妻を帯電させた剣で、斬りつけた。
それでも、サバトに剣は届かない。
物理防壁が張ってあった。
人間では破れないほど、強力な物理防壁が。
その防壁の向こうで、サバトは妖艶な笑みを浮かべている。
トーレスは防壁の強さに驚愕したが、同時に正体不明の違和感を感じた。
「三人の同族の死を利用して斬り込んだのに、
徒労に終わった感想はいかがかしら?
ところで、私の顔に氷礫を当てましたね?
これは、許されざれる行為です。
あなたにはとてもとーっても苦しんで死んでいただくことに決めましたわ」
サバトが言い終わるのと同時に、飛んできた岩石が胸部を強打する。
息が詰まり、後方へたたらを踏む。
サバトは水魔法と土魔法が得意らしい。
トーレスは身をもって、それを知った。
水鞭で、皮膚が裂けるほど打たれる。
唐突に地面から突き出る土壁で、体を殴打される。
出血し、骨が折れる。
そんな深手を負いながら、トーレスは斬り込んだ際に感じた違和感の正体を探していた。
あの剣による一振りは、元世界ランキング二位の自分が渾身の力を込めた一撃だった。
サバトの物理防壁が強力だとしても、防壁そのものが全く歪まず、かすり傷一つつかないのはおかしい。
サバトの攻撃魔法で嬲 られながらも、頭だけは必死に動かした。
そうでもしなければ、最後に散った三人の兵士達に申し訳ない。
三人の兵士達……そうだ!
(サバトの物理防壁は、矛盾している。剣は止められた。
だが氷礫は通過して、奴の顔面に直撃した。
あの防壁はおそらく、剣や槍などの武器による攻撃に特化している。
だから剣では全く歯が立たないが、他の物質は通過するんだ)
そこでまた、トーレスの前に問題が立ちはだかる。
では一体、何を通過させればいいのかと。
魔法防壁は張っているだろうから、魔法攻撃は通用しない。
自分の肉体は、防壁を通過するだろう。
しかし、ブラムスの幹部を素手で殺れるほど、武闘に精通していない。
その時。
『手に負えない魔女が現れたら、噛みついてやれ。
喉笛を噛み千切るのは、血吸いどもの専売特許じゃない』
懐かしい仲間の声が甦る。
さらに戦前、
『旧友との友情を、自分は大切にしたい。そう思うなら、そうすればいい』
グランに言われた言葉も思い出す。
最後に爪痕ならぬ、歯型を残してやろう。
後でサバトと戦うことになるグランやセレナパーティ、連合軍兵士達のために、トーレスは伝心でサバトの特徴を報告した。
後は古い親友の言い残しを、額面通りに実行するだけだ。
「ウオォー!」
いきなり吠えて向かってきたトーレスの迫力に、サバトが数秒、気圧される。
その数秒で充分だった。
サバトの喉笛を噛み千切るには。
「っ! 貴様! 何てことを!」
サバトが本性を現した。
目は釣り上がり、全身から怒気を放っている。
言葉遣いも、本性が下品な彼女に相応しいものになった。
喉笛を噛み千切るといより、単に喉に歯を立て、皮膚を傷つけただけだった。
それでも、トーレスは満足だった。
この下品で残酷無比な魔女に、無傷のまま殺されることは阻止した。
死を覚悟して、トーレスは静かに立っていた。
だが、サバトからの攻撃がない。
サバトはトーレスが噛んだ部分を手で抑えながら、どこか虚ろな目をしていた。
「き、貴様のような、弱くて惨めな人間如きに……ならん!
こんなことがあってはならん! 我はこんな所で終わらぬ!」
様子がおかしい。
口から涎を垂らしながら、吠えている。
そのうち目が血走り、全身が震え出した。
顔色が病的に青白くなっていく。
「貴様! ど、どこで秘密を知った!?」
「秘密? 一体何のことだ?」
サバトが鬼のような形相で、トーレスを睨む。
だがトーレスには、心当たりがない。
「人間のような低能で醜い種族の唾液が体内に入ると……!
我等魔女は……!」
それが、カートン侵攻軍・魔法部隊指揮官、サバトの最後の言葉だった。
死の呪いにかかったかのように、サバトの体から精気が抜けていく。
白目を剥き、吐血する。
最後は、体中の穴から血が噴き出した。
そして――そして、絶命した。
トーレスはその過程を、ただ呆然と見ているだけだった。
「魔女は体内に人間の体液を流されると、命果てる」。
それは冒険につきものの噂や都市伝説の類 だと思っていた。
だが、真実だった。
パシはこれを知っていたのか?
知った上で、最後のメッセージとして、自分に残したのか?
それは、今となっては分からない。
永遠に、分からない。
ただ自分は、固い絆で結ばれた戦友の言うことを信じた。
実行したのは、ただそれだけだ。
(いや。人間同士の絆より強いものなど、この世界に存在しないのかもしれない)
そんなことを考えながら、トーレスは腰の魔法袋を握る。
(パシよ、待っていろ。
私もお前のように、人類の希望となる戦士達のために散ってやる)
その思いは一旦、胸の奥に隠した。
(せっかくの戦果報告なのに、声音が暗くなってはマズイからな)
トーレスは伝心で、全兵士達に報告する。
ブラムス幹部、サバトを討ち取ったことを。
出血がひどいので、トーレスは片膝をついた。
その姿勢のまま、伝心でもう一言つけ加える。
「(グランよ。
我が友が残した言葉は精神論などではなく、世の真理だったぞ)」
カートン侵攻軍は、ネット以外の幹部を失った。
*******************************
特級の魔物達の中には、視力が復活した者もいる。
だが大半の魔物はまだ、視覚を奪われたままだ。
そこでネットは、風鈴の破壊を魔物達に命じた。
こうして、全ての風鈴が破壊された。
邪魔な音が無くなった。
魔物達は気配で人間の位置を把握し、襲ってくる。
一方、人間側も負けてはいない。
五人の幹部のうち、四人を討ち取った。
完全封鎖も、まだ破られていない。
仕込んだ罠は、まだ数多く残っている。
兵の士気は高い。
中央広場は、魔物で埋め尽くされていた。
二万匹はいるだろう。
だがすでに、モグリを初めとする連合軍兵士達や、セレナとレスペ以外のセレナパーティのメンバー達も戦いに加わっていた。
ここでの戦いの行方が戦争の勝敗を決するのは、誰の目にも明らかだ。
そして流れは、人間側に来ている。
「お前等ぁ、ここはイケイケドンドンだぞー。
踏ん張るどこじゃ足りねえーぞー。
魔物御一行を後退させなきゃあ、勝てやしねえぞぉ!」
モグリは自らも剣を振るいながら、兵達を鼓舞する。
「(セレナ)」
グランに伝心で呼びかけられて、セレナは危うく剣を落とすところだった。
(やっとあっちから話し掛けてきたと思ったら、強烈に多忙な戦闘中だっつーの!
グランめ、タイミングの悪い奴だ!)
その思いは隠し、目の前のワーウルフを斬りながら、返事をする。
「(グラン! この忙しいときに何だ!)」
「(ギガディンを「絞り撃ちしたそうだな」)」
「絞り撃ち」とは拡散し過ぎる魔力を螺旋 状に絞って、攻撃魔法を放つことだ。
「(そうだ!
それも勇者専用の最大破壊魔法・ギガディンだぞ!
どこかの世界一位の魔法使いでも使えない魔法だ!
大事なことなので二度言うが、『勇者専用』だからな!)」
「(黙れ)」
オーク一匹とゴブリン二匹をまとめて斬ったセレナに、グランが短く答える。
「(黙れって、話を振ってきたのは……)」
「(お前はせいぜい、最大破壊魔法を一発撃てる程度だろう)」
グランの声音に、セレナはゾクリと悪寒がした。
覚悟と狂暴さを感じた。
まるで狂戦士 だ。
「(魔法石一つは消費するがな。
どのみち、ここで勝てなけれ勝機はない)」
プツンと伝心が切れた。
その直後。
グオォォォツと、尋常ならざる地響きがした。
立っているのがやっとなほど、大地が数秒激しく揺れた。
そしてセレナの目は、炎に包まれた。
五つの火柱が、魔物の群れに放たれた。
一つの太さは、ヨトゥンほどもある。
その動線上にいた魔物は一瞬で炭になった。
直撃を受けずとも、爆風で多くの魔物達が吹き飛んだ。
「(……伝説だと思っていた、ファイヤーフィングズだ)」
セレナを初め人間達は、圧倒的な魔力の前に、喜びすら忘れて呆然としていた。
ファイヤーフィングズは最大破壊魔法に準じる特大火柱の魔法を、五つの指から放つ。
最大破壊魔法に近い魔力消費と反動が来る特大火柱を、五つ同時に放ってみせた。
魔法石一つの力を借りたとはいえ。
グランの底知れない力に、セレナはまだ呆気に取られていた。
しかし、すでに戦闘を再開した者がいる。
モグリだ。
魔物の残党数と友軍の数を天秤にかける。
遂にギリギリだが、勝てる状況まで辿り着いた。
「総員! 突入!」
モグリの号令と兵士達の雄叫びを聞きながら、グランは痛む心臓を掴んでいた。
ファイヤーフィングズの反動だ。
このタイミングでファイヤーフィングズを放った理由は、いくつかある。
が、最大の原因はネットだ。
気配さえ、ほぼ感じない。
戦闘意欲が、今時点では無いようだ。
だから反動で今のように苦しんでいても、襲われる心配はない。
グランはそう判断した。
ではネットは、一体どこで何を?
*******************************
(ファイヤーフィングズか。これは驚いた。実物を見るのは初めてだ)
ネットは南門にいた。
周囲には魔物も人間もいない。
ネットはここで、スピラーノからの連絡を待っていた。
「(ネット、増援部隊の転移準備が完了した。
カートンに穴を開け、封鎖を解け)」
「(承知)」
やっと、この戦争の勝敗を決する決め手がやって来る。
(セレナにグランよ。
最大破壊魔法を絞り撃ちできるのは、お前達だけではない)
ネットは南門に向かって、「メドローア」を絞り撃ちする。
向きが門側とはいえ、そのまま放てば街の半分は消し飛んでしまう。
生け捕りにした人間達が台無しになってしまう。
貴重な食料であり、水分なのに。
「メドローア」は、炎属性と水属性の強力な破壊魔法を組み合わせた最大破壊魔法だ。
南門の全てを破壊した。
グランが張った魔法防壁も。
技師達が作り上げた特殊施錠も。
カートンの完全封鎖は、破れた。
南門付近に、二個師団・四万匹の魔物達が現れる。
スピラーノを初め、ブラムスは使い魔を放ち、戦いをリアルタイムで見ている。
よって侵入口がどこかは、わざわざ報告するまでもない。
新たに湧いて出た魔物達が、南門に押し寄せる。
そして次々と、カートンに侵入していった。
ブラムスの将軍・スピラーノから伝心が来た。
援軍を二個師団・四万匹投入すると。
冗談ではない。
自分達だけで、人間の街など落としてみせる。
だがスピラーノ将軍は――ブラムスは、現有戦力でのカートン陥落は不可能だと考えている。
この状況でカートンを落とせば、今以上の地位を狙える。
「十三の刺客」入りすら、視野に入ってくる。
明るい未来を想像したサバトは口元に手を当てて笑いながら、強力かつ凶悪な魔法攻撃をトーレスと兵士達に放った。
サバトが「急ぐ」と言ってから、まだ三分も経っていない。
だがすでに、生き残りはトーレスと三人の兵士だけになった。
その兵士達が、トーレスに最後の言葉をかける。
「領主殿。先に逝っております」
「領主殿。ご武運を」
「領主殿。あなたと共に戦えて良かった」
言うなり、三人はサバトに斬りかかった。
だが刃が届く直前、一人は焼かれ。
一人は凍結され。
一人は稲妻で全身を焦がされ。
サバトには、かすり傷一つつけられない。
命は散り、無念だけが残った。
トーレスは三人の最後を、黙って見ていたわけではない。
三人の兵士の陰に隠れるように、トーレスもサバトに斬りかかっていた。
焼かれた兵士の体から、炎が立ち上っている。
その炎からトーレスが飛び出し、サバトの不意をつく。
凍結した兵士の盾部分を砕いて作った
そして空間魔法を使い、
トーレスの剣が帯電する。
雷光が眩しい。
その剣で、サバトに斬りかかる。
ガッキイィン!
激しい音が、空気を振るわせる。
サバトの不意を突き、目潰しを食らわせた。
さらにサバト自身が放った強力な稲妻を帯電させた剣で、斬りつけた。
それでも、サバトに剣は届かない。
物理防壁が張ってあった。
人間では破れないほど、強力な物理防壁が。
その防壁の向こうで、サバトは妖艶な笑みを浮かべている。
トーレスは防壁の強さに驚愕したが、同時に正体不明の違和感を感じた。
「三人の同族の死を利用して斬り込んだのに、
徒労に終わった感想はいかがかしら?
ところで、私の顔に氷礫を当てましたね?
これは、許されざれる行為です。
あなたにはとてもとーっても苦しんで死んでいただくことに決めましたわ」
サバトが言い終わるのと同時に、飛んできた岩石が胸部を強打する。
息が詰まり、後方へたたらを踏む。
サバトは水魔法と土魔法が得意らしい。
トーレスは身をもって、それを知った。
水鞭で、皮膚が裂けるほど打たれる。
唐突に地面から突き出る土壁で、体を殴打される。
出血し、骨が折れる。
そんな深手を負いながら、トーレスは斬り込んだ際に感じた違和感の正体を探していた。
あの剣による一振りは、元世界ランキング二位の自分が渾身の力を込めた一撃だった。
サバトの物理防壁が強力だとしても、防壁そのものが全く歪まず、かすり傷一つつかないのはおかしい。
サバトの攻撃魔法で
そうでもしなければ、最後に散った三人の兵士達に申し訳ない。
三人の兵士達……そうだ!
(サバトの物理防壁は、矛盾している。剣は止められた。
だが氷礫は通過して、奴の顔面に直撃した。
あの防壁はおそらく、剣や槍などの武器による攻撃に特化している。
だから剣では全く歯が立たないが、他の物質は通過するんだ)
そこでまた、トーレスの前に問題が立ちはだかる。
では一体、何を通過させればいいのかと。
魔法防壁は張っているだろうから、魔法攻撃は通用しない。
自分の肉体は、防壁を通過するだろう。
しかし、ブラムスの幹部を素手で殺れるほど、武闘に精通していない。
その時。
『手に負えない魔女が現れたら、噛みついてやれ。
喉笛を噛み千切るのは、血吸いどもの専売特許じゃない』
懐かしい仲間の声が甦る。
さらに戦前、
『旧友との友情を、自分は大切にしたい。そう思うなら、そうすればいい』
グランに言われた言葉も思い出す。
最後に爪痕ならぬ、歯型を残してやろう。
後でサバトと戦うことになるグランやセレナパーティ、連合軍兵士達のために、トーレスは伝心でサバトの特徴を報告した。
後は古い親友の言い残しを、額面通りに実行するだけだ。
「ウオォー!」
いきなり吠えて向かってきたトーレスの迫力に、サバトが数秒、気圧される。
その数秒で充分だった。
サバトの喉笛を噛み千切るには。
「っ! 貴様! 何てことを!」
サバトが本性を現した。
目は釣り上がり、全身から怒気を放っている。
言葉遣いも、本性が下品な彼女に相応しいものになった。
喉笛を噛み千切るといより、単に喉に歯を立て、皮膚を傷つけただけだった。
それでも、トーレスは満足だった。
この下品で残酷無比な魔女に、無傷のまま殺されることは阻止した。
死を覚悟して、トーレスは静かに立っていた。
だが、サバトからの攻撃がない。
サバトはトーレスが噛んだ部分を手で抑えながら、どこか虚ろな目をしていた。
「き、貴様のような、弱くて惨めな人間如きに……ならん!
こんなことがあってはならん! 我はこんな所で終わらぬ!」
様子がおかしい。
口から涎を垂らしながら、吠えている。
そのうち目が血走り、全身が震え出した。
顔色が病的に青白くなっていく。
「貴様! ど、どこで秘密を知った!?」
「秘密? 一体何のことだ?」
サバトが鬼のような形相で、トーレスを睨む。
だがトーレスには、心当たりがない。
「人間のような低能で醜い種族の唾液が体内に入ると……!
我等魔女は……!」
それが、カートン侵攻軍・魔法部隊指揮官、サバトの最後の言葉だった。
死の呪いにかかったかのように、サバトの体から精気が抜けていく。
白目を剥き、吐血する。
最後は、体中の穴から血が噴き出した。
そして――そして、絶命した。
トーレスはその過程を、ただ呆然と見ているだけだった。
「魔女は体内に人間の体液を流されると、命果てる」。
それは冒険につきものの噂や都市伝説の
だが、真実だった。
パシはこれを知っていたのか?
知った上で、最後のメッセージとして、自分に残したのか?
それは、今となっては分からない。
永遠に、分からない。
ただ自分は、固い絆で結ばれた戦友の言うことを信じた。
実行したのは、ただそれだけだ。
(いや。人間同士の絆より強いものなど、この世界に存在しないのかもしれない)
そんなことを考えながら、トーレスは腰の魔法袋を握る。
(パシよ、待っていろ。
私もお前のように、人類の希望となる戦士達のために散ってやる)
その思いは一旦、胸の奥に隠した。
(せっかくの戦果報告なのに、声音が暗くなってはマズイからな)
トーレスは伝心で、全兵士達に報告する。
ブラムス幹部、サバトを討ち取ったことを。
出血がひどいので、トーレスは片膝をついた。
その姿勢のまま、伝心でもう一言つけ加える。
「(グランよ。
我が友が残した言葉は精神論などではなく、世の真理だったぞ)」
カートン侵攻軍は、ネット以外の幹部を失った。
*******************************
特級の魔物達の中には、視力が復活した者もいる。
だが大半の魔物はまだ、視覚を奪われたままだ。
そこでネットは、風鈴の破壊を魔物達に命じた。
こうして、全ての風鈴が破壊された。
邪魔な音が無くなった。
魔物達は気配で人間の位置を把握し、襲ってくる。
一方、人間側も負けてはいない。
五人の幹部のうち、四人を討ち取った。
完全封鎖も、まだ破られていない。
仕込んだ罠は、まだ数多く残っている。
兵の士気は高い。
中央広場は、魔物で埋め尽くされていた。
二万匹はいるだろう。
だがすでに、モグリを初めとする連合軍兵士達や、セレナとレスペ以外のセレナパーティのメンバー達も戦いに加わっていた。
ここでの戦いの行方が戦争の勝敗を決するのは、誰の目にも明らかだ。
そして流れは、人間側に来ている。
「お前等ぁ、ここはイケイケドンドンだぞー。
踏ん張るどこじゃ足りねえーぞー。
魔物御一行を後退させなきゃあ、勝てやしねえぞぉ!」
モグリは自らも剣を振るいながら、兵達を鼓舞する。
「(セレナ)」
グランに伝心で呼びかけられて、セレナは危うく剣を落とすところだった。
(やっとあっちから話し掛けてきたと思ったら、強烈に多忙な戦闘中だっつーの!
グランめ、タイミングの悪い奴だ!)
その思いは隠し、目の前のワーウルフを斬りながら、返事をする。
「(グラン! この忙しいときに何だ!)」
「(ギガディンを「絞り撃ちしたそうだな」)」
「絞り撃ち」とは拡散し過ぎる魔力を
「(そうだ!
それも勇者専用の最大破壊魔法・ギガディンだぞ!
どこかの世界一位の魔法使いでも使えない魔法だ!
大事なことなので二度言うが、『勇者専用』だからな!)」
「(黙れ)」
オーク一匹とゴブリン二匹をまとめて斬ったセレナに、グランが短く答える。
「(黙れって、話を振ってきたのは……)」
「(お前はせいぜい、最大破壊魔法を一発撃てる程度だろう)」
グランの声音に、セレナはゾクリと悪寒がした。
覚悟と狂暴さを感じた。
まるで
「(魔法石一つは消費するがな。
どのみち、ここで勝てなけれ勝機はない)」
プツンと伝心が切れた。
その直後。
グオォォォツと、尋常ならざる地響きがした。
立っているのがやっとなほど、大地が数秒激しく揺れた。
そしてセレナの目は、炎に包まれた。
五つの火柱が、魔物の群れに放たれた。
一つの太さは、ヨトゥンほどもある。
その動線上にいた魔物は一瞬で炭になった。
直撃を受けずとも、爆風で多くの魔物達が吹き飛んだ。
「(……伝説だと思っていた、ファイヤーフィングズだ)」
セレナを初め人間達は、圧倒的な魔力の前に、喜びすら忘れて呆然としていた。
ファイヤーフィングズは最大破壊魔法に準じる特大火柱の魔法を、五つの指から放つ。
最大破壊魔法に近い魔力消費と反動が来る特大火柱を、五つ同時に放ってみせた。
魔法石一つの力を借りたとはいえ。
グランの底知れない力に、セレナはまだ呆気に取られていた。
しかし、すでに戦闘を再開した者がいる。
モグリだ。
魔物の残党数と友軍の数を天秤にかける。
遂にギリギリだが、勝てる状況まで辿り着いた。
「総員! 突入!」
モグリの号令と兵士達の雄叫びを聞きながら、グランは痛む心臓を掴んでいた。
ファイヤーフィングズの反動だ。
このタイミングでファイヤーフィングズを放った理由は、いくつかある。
が、最大の原因はネットだ。
気配さえ、ほぼ感じない。
戦闘意欲が、今時点では無いようだ。
だから反動で今のように苦しんでいても、襲われる心配はない。
グランはそう判断した。
ではネットは、一体どこで何を?
*******************************
(ファイヤーフィングズか。これは驚いた。実物を見るのは初めてだ)
ネットは南門にいた。
周囲には魔物も人間もいない。
ネットはここで、スピラーノからの連絡を待っていた。
「(ネット、増援部隊の転移準備が完了した。
カートンに穴を開け、封鎖を解け)」
「(承知)」
やっと、この戦争の勝敗を決する決め手がやって来る。
(セレナにグランよ。
最大破壊魔法を絞り撃ちできるのは、お前達だけではない)
ネットは南門に向かって、「メドローア」を絞り撃ちする。
向きが門側とはいえ、そのまま放てば街の半分は消し飛んでしまう。
生け捕りにした人間達が台無しになってしまう。
貴重な食料であり、水分なのに。
「メドローア」は、炎属性と水属性の強力な破壊魔法を組み合わせた最大破壊魔法だ。
南門の全てを破壊した。
グランが張った魔法防壁も。
技師達が作り上げた特殊施錠も。
カートンの完全封鎖は、破れた。
南門付近に、二個師団・四万匹の魔物達が現れる。
スピラーノを初め、ブラムスは使い魔を放ち、戦いをリアルタイムで見ている。
よって侵入口がどこかは、わざわざ報告するまでもない。
新たに湧いて出た魔物達が、南門に押し寄せる。
そして次々と、カートンに侵入していった。