第17話 それでも私は、イッてない

文字数 3,318文字

 前衛に就いたレスペは、背後にセレナの殺気を感じた。
 セレナが読んでいる公文書の中身が気になる。
 このパーティの命運を左右する内容かもしれない。
 目の前のカザマン兵士達から目を離さず、

「セレナ、内容を教えて!」

 とレスペは叫んでいた。

「ヴァルキリーの一分隊であるにもかかわらず、
 去勢する気のない男をパーティに加えるなど、
 言語道断だそうだ。
 我々がそうした理由は……」

 セレナが思わず公文書握り潰しそうになる。

「男欲しさに目が(くら)んだからだ、と。
 淫慾(いんよく)の疑いがかかっている……って」

「何て下品で浅ましい考えなのでしょう!
 それは本当に公文書なのですか?」

「信じられねえ!
 私達が男に目が眩むだと!?
 ふざけるな!」

 ユリアは甲高い声で非難し、レスペは吐き捨てるように怒鳴る。

 セレナパーティが殺気を放つ。
 「面白い」とばかりに、カザマン国小隊も臨戦態勢をとる。

(ここまで、か。
 三枚目の公文書に記された「淫慾の疑い」は、
 正解になるんだが。
 これから俺が、パーティの女全員を淫乱にするからな。
 なんにせよ、
 デキの悪いカザマン国しては、楽しませてくれたよ)

 グランは頭の後ろで手を組んで、正門前に姿を現した。
 首には気付かれぬよう、短刀を仕込んでいる。

 唐突に現れたグランに、セレナ達もカザマン小隊もどよめき、束の間、混乱に陥る。

「な、何をしている!
 あの男はグランだ! 捕らえよ!
 抵抗するなら、殺して構わん!」

 大隊長が吠える。
 それを合図に、小隊が動き出そうとした。
 その時。


「我に抵抗する意思なし。
 全て法の下で裁かれることを誓う」

 グランが声を張る。

「今の発言は、
 正門を守る連合軍に聞こえているぞ、小隊長」

 クスリとグランが不敵に笑う。
 タイシの額に怒りの青筋が浮き出る。

「それが何だというのだ……」

「それが何だ、だと?
 公文書を持ち、
 そこに記された内容に沿って行動をとっているんだろう?
 であれば、新たに首脳会議の一国となったか。
 そうでなかったとしても、最低限、
 首脳会議の掟には従って行動しなければならない」

 その通りなので、タイシは黙って続きを聞く。

「俺は先程、無抵抗の投降を宣告した。
 つまり神殿や司法院による裁きが下るまで、
 誰であろうと、俺が暴れでもしない限り、
 俺にかすり傷一つつけることも許されない。
 ”法で守られた容疑者”になったわけだ」

 グランの説明に、部下達の目が無ければ、タイシは地団駄を踏んでやりたかった。
 いや、正規の掟など、我々には関係ない。
 グラン抹殺が、至上命題なのだ。

「この掟を破れば、その様子を連合軍に目撃される。
 首脳会議では、全会一致でカザマン侵攻が決まるな。
 小隊長を務めているなら、分かってるだろう?
 各国は、危険極まりないカザマンを滅ぼしたくて仕方ないと。
 ただし、大義名分が見つかっていないのが現状だ。
 俺への扱い一つで、お前等は故郷を失うぞ」

 ウッとタイシが詰まる。
 カザマンを巡る情勢は、グランの言うとおりだ。
 今なら、グランを殺害できるだろう。
 だが、連合軍の目がある。
 この場所はマズイ。
 しかし連行してしまえば、道中でいくらでも殺せる。
 タイシがその結論に行き着いた瞬間、見透かしたかのように、グランの前方中央部に、人間の頭部ほどの火球が現れる。

「貴様! 無抵抗と言っておきながら……」

「無抵抗だ。その火球は、人体に対して無害だ」

 タイシに言い返しながら、グランは火球に自らの手を突っ込む。
 グラマン大隊から、どよめきが起こる。
 涼しい顔で手を抜いたグランは、その手を小隊に見せつけ、

「見てのとおりだ。
 ただ、酔狂でこの火球を出したわけじゃない。
 この青き火球は、別名を『真実の火球』と言う。
 つまりを、嘘を見抜く火球だ」

 グランの説明を聞いても、タイシを初め大隊の連中の反応は鈍かった。
 そんなことは一切気にせず、グランが続ける。

「今から懐に手を入れるが、
 書類を一枚取り出すだけだ。
 誤解して攻撃するなよ」

 攻撃されたところで、どれ一つ自分には届かないがな、と内心で舌を出す。
 懐から一枚の書面を取り出したグランは、それを小隊と正門の連合軍の方に見せながら、

「これは、冒険者パスだ。
 世界ランキング第二位のリーダーにして、
 勇者・セレナから借り受けている。
 当然、公文書だ。
 もう一度、言う。
 『これは公文書』だ」

 そう言った後、冒険者パスを火球の中に入れて、しばらく待つ。
 そして手を抜く。
 冒険者パスは変わらずに、存在している。

「この通りだ。
 ここで、思い出してほしいことがある。
 先程、同パーティの賢者・ユリアが疑義を提示した。
 『それは本当に公文書なのか』と。
 『それ』が指すのは、
 お前等がリーナパーティに突きつけた三通の公文書であることに、
 議論の余地はない」

 段々、グランが何を言いたいのか理解してきた小隊に、動揺が走る。
 タイシは無表情を貫くことで、内心を隠している。
 小隊中央部にいるチックは、爪を噛み始める。

「真偽を明らかにすることは簡単だ。
 公文書三通とも、この『真実の火球』に入れる」

 そう言ったグランの手には、いつの間にか三通の公文書が握られていた。
 先程まで持っていたセレナは、いつグランの手に移動したのか分からず、ただ驚くしかない。

「待て……」

 タイシが静止する前に、グランは三通の公文書を『真実の火球』に入れる。
 瞬時に、三通の紙が燃え上がる。
 静まり返るグラマンの小隊に対して、大きなどよめきが起こる連合軍が対照的だ。

 『真実の火球』など、もちろん嘘だ。
 火球魔法の色と威力を、調整したに過ぎない。
 ただしそれを本物と相手に信じ込ませる炎の色合いと形状を具現化するには、高度な魔法技術が要求される。
 そして何より、大嘘を演じる人間の所作だ。
 立ち居振る舞いと声音で、相手を騙す。
 高度な心理戦。
 王国・ラントで暗殺者から受けた鍛錬と、その後の冒険で得た経験値が役に立っている。
 こうした回りくどい方法を使ってででも、連合軍を味方につけ、計画通りに事を運ぶ必要がある。

「貴様!」

 案の定、タイシが激高する。
 そのタイミングを見計らって、魔法をかける。
 タイシ本人は魔法攻撃を受けたことに、気付いていない。

「魔法に小細工でもしたんだろうが!
 お前等の身柄を抑える証拠を隠滅(いんめつ)しやがって!
 公文書破壊と証拠隠滅、公務執行妨害でお前等を掴まえてやる!」

 公務執行妨害ときた、か。
 何が公務だ、私利私欲まみれの、ならず者国家の犬のくせに。
 鼻で笑いたいのを我慢して、グランは次の一手に移る。

「小細工とは、無礼にも程がある。
 俺は神殿・デーアで鍛錬を受けた正規の魔法使いだ。
 かつて世界ランキング一位のパーティメンバーであり、
 今は世界ランキング二位パーティのオブザーバーだ」

 自分の経歴と役職の重みを、グラマンと連合軍の兵士達に染み込ませるため、一拍置く。
 さらに、トドメの一撃を放つ。

「我が師は、現・大司祭であられるプルガ高等黒魔道士である」

 この事実はカザマンではなく、連合軍に効いた。
 皆一様に驚愕の表情を浮かべている。
 これで連合軍は、グランに絶対の信用を置く。
 その連合軍だらけの街では、カザマンといえど、好き勝手はできない。
 その事実を認識したカザマン小隊は、憎悪が大半に不安が少々といった様子。

 醜いサディスティックババアでも、役に立つときはある、か。
 内心、自嘲する。

「次も便利な魔法を使う。
 簡単に説明すれば、嘘を行った体の部位が発火する魔法だ」
 
 チックの顔が青ざめる。
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