第64話 異世界で 罠を仕掛けて 生きていく (詠み人知ってる)

文字数 4,200文字

 北門から、続々と魔物達が侵入してくる。
 カートン中を囲んだ壁には、グランが強力な物理・魔法防壁をかけている。
 それが無ければ壁を破壊され、魔物の大軍に街ごと飲み込まれるところだ。

「よっと! キリがねえなー。
 うわっ、ちったぁ休ませろや!」

 ワーウルフを倒したモグリに、ミノタウロスが襲いかかる。
 傷つき、倒れる兵士達が出てきた。
 それでもカートン軍は、奮闘していた。

 その理由は、三つある。
 一つ目は、初動の奇襲が上手くいったこと。
 これで相手の戦意を(くじ)き、味方の士気は上がった。
 二つ目は、世界ランキング二位パーティが目覚ましい活躍を見せていること。
 何やらワイワイガヤガヤ騒いでいるが、着実に敵戦力を削ぎ落している。
 それに女戦士達の活躍は、男性兵士に力をあたえる。
 三つ目は、やはりグランだ。
 未だに、姿を現さない。
 だが貢献度は、最高評価に値する。
 敵の視覚と聴覚を奪い、動作を緩慢にさせる。
 さらに何匹かの魔物達に精神作用の魔法をかけ、同士討ちを仕掛けている。

 モグリには、グランが姿を隠している理由が分かる。

(ま、吸血鬼の皆様方には、旦那を殺せって命令出てるだろうしなー。
 だから早めに旦那が登場すると、魔物達に速攻で囲まれちゃうわけでー。
 だから地味な黒魔法で、お手伝いさんに徹してるわけよ)

 グランには、もう一つの理由がある。
 敵勢から見て、カートンの完全封鎖は免れないだろう。
 その時が、この戦争の勝負時だ。
 よって封鎖後に、魔法トラップを全て発動する。
 自身も、派手に魔法を使う。
 自爆魔法さえ、グランの選択肢に入っている。
 その勝負時まで、戦況を見極めつつ、体力を温存しておきたいのが本音だ。



 悪鬼・バルログが侵入してきた。
 巨躯(きょく)は、炎に包まている。
 同じく炎をまとった鞭と剣を持ち、人間への攻撃を始める。
 そんな手強い悪鬼が、十体もいる。
 北門周辺の兵士達が、次々と絶命していく。

(いかづち)の矢を射ろ!」

 モグリが叫ぶ。
 後方に控えた弓矢部隊から、何百本もの雷矢がバルログ目掛けて放たれる。
 何本かは、バルログに突き刺さった。
 が、致命傷はあたえられない。
 後退しょうとした兵士が、転んだ。
 振り返ると、バルログ。
 兵士は、死を覚悟した。

「止めろ! 悪鬼め!
 そいつにはな、まだ小せえ子どもがいるんだよ!」

 モグリが吠える。
 だがモグリ自身も他のバルログと戦っているので、援護に行けない。
 バルログが兵士目掛けて、剣を振り下ろす。

 ガッキィン! 

 と激しい音が鳴り響いた。
 バルログの剣を、セレナとレスペが自分達の剣で受け止めている。

「聞こえなかったのか、悪鬼よ!
 幼子の父親を(あやめ)める行為は、絶対に許さん!」

 吠えたセレナとバルログが睨み合う。

「聞こえなかったのか、悪鬼よ!
 私は徹夜してしまった! 早く眠らなくては!」

 レスペも睨むが、バルログに反応は無い。
 そんなバルログがなぜか、動揺し始めた。

「賢者は仕事が遅い!」

「勇者は人使いが荒い!」

 セレナと怒鳴り合いながら、ユリアは凍結魔法を放ち続ける。
 バルログの巨躯から炎が消え、少しずつ凍っていく。

「動きが止まった。これで充分だ」

 ミンがギリギリまで、バルログに接近する。
 悪鬼の心臓部分に、拳をつける。
 バルログは必死で鞭を振り回す。
 ミンがゼロ距離で発した特大の気功が、バルログの心臓を貫き、強靭な体に穴を開ける。
 だがバルログの鞭もまた、ミンの左半身を打ち据える。
 轟音を立てて、後方に倒れるバルログ。
 ミンの小さな体は、左右真っ二つに割れそうだ。

「ミン! ちくしょぉぉぉぉぉぉ!
 お前のために俺は童貞でいたのにぃぃぃぃぃ!」

 モグリが目に涙を溜めながら、剣を振るう。
 彼と戦っていたバルログの心臓もまた、破壊された。
 これが童貞力だ。

「ミン! おいミン!」

 モグリの叫び声が、涙声に変わっていく。

「何?」

「へ?」

 ミンが何事も無かったかのように、立っていた。
 その(かたわ)らには、クロエ。

(あの凍結魔法に、その気功に、この治癒魔法ときた!
 イチネンボッキって、どんだけスペシャルだよ!)

 モグリは(なま)でイチネンボッキの力を見せつけられ、呆然としていた。

「二人の関係を根掘り葉掘り聞くのは後だ!
 まだバルログも、他の魔物達もいるぞ!」

 セレナの気合いで、パーティメンバー達は再び戦闘を開始する。
 ミンがふと、立ち止まった。
 不意に、振り返る。

「……心配してくれて、ありがとう」

 それだけ言うと、次のバルログに飛びかかっていった。
 モグリはミンの言葉を思い出し、感傷に浸りたい。
 だが、戦局が許してくれない。

「おっとー、ついにマンティコラまで現れなすったー。
 カサンでは、温存だったのにー。ご苦労様です」

 ふざけた口調と裏腹に、マンティコラが針で攻撃する前に、モグリは一刀両断していた。



 グランはまだ物陰に隠れながら、使い魔で敵の魔法部隊を探していた。
 群れからはぐれたワームが、接近してきた。
 ワームは触手そのものだ。
 だが上等にもなると巨大で、草色の体表を持ち、先端の口には鋭い牙を生やしている。
 動きが素早いので、厄介な敵だ。
 グランは周囲に、敵がいないことを確認する。
 ワームが大口を開けて、グランを食い殺そうとする。
 その口内に槍を突き刺し、雷を流す。
 プスプスと音を立てて、ワームは内側から焦げて絶命した。

 グランの懸念は、敵の魔法部隊だ。
 黒魔法が効きづらいゴーレムを次々と創生されると、厄介だ。
 さらに、外周の壁に張った防壁魔法や、陸と空に仕掛けたトラップ魔法を解除されかねない。
 何より、完全封鎖後の決戦が消耗戦になってしまう。
 魔法部隊は、治癒魔法を使えるからだ。
 どれだけ魔物を負傷させても、治癒し、戦線に復帰されてしまう。
 消耗戦になれば、体力と数で負ける人間側が圧倒的に不利だ。
 その時。
 東西と南の門が、敵に破られてしまった。



 南門を破ったネットは、雪崩のようにカートンに侵入する魔物の大軍を見ていた。
 北門の指揮は、ゾーフに任せている。
 東門からは、ヨトゥンとサバト。
 西門からは、エトー。
 各幹部が部隊を引き連れて、すでにカートン領内に侵入している。
 ……だが、何かある。
 人間達は、まだ策を残している。
 そう感じたネットは領内に侵入せず、外から戦況を観察していた。

 再び、カートンが闇に包まれる。
 陽の光を、遮られたのだ。
 しかも今回は偵察用の使い魔ではない。
 上等の魔物達によってだ。
 空を覆う黒い群れが、一気に急降下する。
 標的は、地上の人間。

(悪手だな。ネットは実力があるのに、なぜか攻め急いでいる。
 拙速がどんな結末を生むか、見せてやる)

 グランは、魔法トラップを作動させた。
 接触型の魔法地雷だ。
 人間には無害だが、魔物や吸血鬼が触れると爆発する。
 そしてその地雷には、姿隠しの魔法をかけてある。
 無数に空に浮かんだ透明の魔法地雷が、次々と爆発する。
 空を覆っていた魔物達の数が目に見えて減り、陽の光を取り戻していく。
 地上でも、東西南北の門付近にいた魔物達が地雷に接触し、吹き飛んでいく。
 この魔法地雷こそが、グランが今朝、即席で仕込んだ罠だ。
 まだ本命の罠を仕込んでいるが、発動は完全封鎖の後だ。

 残すは、敵を中に誘い込んで、完全封鎖するだけとなった。
 ネットは薄々、この戦術に気付いている。
 だが敵の最高指揮官を封じ込めないと、意味が無い。
 そのためには、囮が必要だ。
 一人、囮にうってつけの人間がいる。
 それは自分――グランだった。



 首脳会議の国王達は、結論を出した。
 カートン防衛で、連合軍兵士達は目覚ましい結果を上げた。
 もうこれで、役目は果たした。
 王達にしてみれば、自国から送り出した兵士達だ。
 他国のために死なせるなど、もっての他だった。
 首脳会議の結論が記された公文書を持った伝令達が、転移を使いながらカートンへ急ぐ。
 公文書には「カートンの連合軍は解散。各員、至急、自国に戻るように」と記されている。
 つまり今、領主のパシか連合軍兵士が公文書を見せられれば、カートン軍は解散することになる。
 この街を守るために殉職した兵士達の死は、犬死となる。
 伝令達は猛烈な速さで、カートンに接近していた。



(忌々しい魔法トラップを張ったものだ。
 どうせ、奴の仕業だろう。
 グランの奴め、まだ姿を現さない。また空一面に、使い魔を放ってもいいな)

 ネットがそう考えていたとき。

「俺を探すために、また使い魔で空を覆うような愚行は犯さないよな?」

 いつの間にか、グランが立っていた。

 南門付近の魔物達は、トラップで全滅している。
 グランとネットの二人しかいない。
 グランはネットに気付かれぬよう、完全封鎖に使う南門の鍵を確認する。
 無事だ。
 敵は門を無理矢理こじ開けただけで、仕込んでおいた隠し錠には気付いていない。

「世界一の魔法使いに会えて光栄だよ、グラン」

「それは良かった。いい冥土の土産ができたな、ネット」

 両者が対峙する。
 血と死が支配する戦場に、静寂が落ちる。
 一陣の風が吹き、ミノタウロスの死体が握っていた剣が、音を立てて地に落ちる。
 それが二人にとって、開戦の合図となった。

(やはり魔法使いだけあって、動きは素早くないな)

 ネットは速度で勝ることに、内心ほくそ笑む。

(ネットが南門を超えて、領内に入った。
 これで、完全封鎖が可能だ。
 ネットは俺のことを、ノロマとでも思っているんだろう。
 ノロマなのは、お前の脳味噌だ)

 グランは策がはまったことに、内心ほくそ笑む。

 心理戦を含む、高度な一対一が幕を開けた。
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