第67話 淫魔、会いにゆきます

文字数 5,462文字

 二百匹以上の魔物を、グランは倒した。
 全身、血まみれだ。
 もはや自分の血か返り血か、区別がつかない。
 建造物の壁に背中でもたれると、そのままズルズルと座り込んでしまった。
 平均的な強さの兵士なら、五回は死亡するほどのダメージを負った。
 息が乱れているが、治癒魔法を自分にかける。
 傷口が塞がると、グランは立ち上がった。
 その瞬間、胸に鋭い痛みが走る。
 強力な魔法を使った反動と、治癒魔法で無理矢理治した体が悲鳴を上げている。
 それでもグランは、走ることを止めない。

 ネットを討伐すべく、グランはカートン各所に放った使い魔と目を同期させる。
 するとネットはではなく、敵の魔法部隊を見つけた。
 場所は近い。
 グランは魔法部隊の元へ、駆け出した。
 治癒魔法を使ったとはいえ、先程まで危篤状態だった。
 常人なら、起き上がることすら不可能だ。
 けれど。
 このカートンと外を隔てる壁の向こうに、リーナがいる。
 レイジ国ではすれ違い続きだが、今回は会ってみせる。
 会って、言うべきことを言う。
 そのために、自分は生き残らねば。
 そのために、効率的に敵の急所を潰していにかねば。
 まずは、敵から治癒能力を奪うことだ。

 治癒魔法が使える魔法部隊を殲滅すべく、グランは走った。
 途中、連合軍一個小隊の兵士達と遭遇した。
 グランが事情を話すと、魔法部隊殲滅に参戦してくれることになった。

 魔法部隊を構成する魔物は、中等にあたるシービショップ達だ。
 魚類のようなヒレと尾を持ち、皮膚も(うろこ)で覆われている。
 片手に魔法杖を持ち、高齢の人間のような顔をしている。
 攻撃より、治癒魔法が得意だ。
 その肉体は、非常に弱い。
 一説によると、この世界の魔物ではなく、吸血鬼の女王・ローラが創生したと言われる。
 カートン侵略程度なら、中等の魔法使いでもいいと踏んだか。
 ただし数は、一個連隊・三千匹いる。

「いくらグラン殿でも、敵三千の魔法を封じるのは不可能でしょう?
 我々が奇襲……」

 連合軍小隊長の発言に、グランが割り込む。

「大丈夫だ。これを使う」

 グランは何もない空間から、魔法石三つを出してみせる。

「魔法石は貴重でな。
 ここで三つ使うと、自爆用に使う五つに足りなくなるが。
 まあ、未来の話は後でいい」

 そう言うと、グランは小隊長の返事も聞かず、魔法部隊の正面に身を躍らせる。
 唐突に現れたグランに、魔法部隊は動揺している。
 指揮官のサバトは、使い魔で見つけたカートン領主・トーレス殺害のために移動しており、不在だ。
 お陰で、シービショップ達は指揮の統制が執れず、ただ混乱している。
 グランはそんなシービショップ達の魔法を、封じていく。
 千匹封じる度に、魔法石が一つ砕け散る。
 そしてグランは、三千の魔法部隊から魔法を奪った。

「小隊長、後は任せた」

「承知しました」

 魔法部隊に、さっさと背を向けるグラン。
 次の標的は、指揮官のネットだ。
 その前に、グランはトーレスに伝心する。

「トーレス。
 魔法部隊指揮官のサバトが、お前の殺害に向かった。注意しろ」

『了解』
 
 トーレスが応答する。
 今度こそ、グランはネット探索に集中した。
 連合軍小隊は、魔法なきシービショップ達を、地道に葬っていった。

*******************************

「『巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった』」

 ユリアの内側で、その声はずっと聞こえている。
 近いのだ、この内なる声の答えが。

 ミン、クロエ、オルグ、そしてユリアの四人は、インキュバス・エトーと巨人・ヨトゥン討伐のため、セレナが送り込んだ。
 エトーは、すぐ近くにいる。
 だが、違う。
 ユリアは直感で分かる。
 内なる声が示しているのは、エトーではない。
 では、残るのは一匹のみ。
 ユリアは仲間達に、事情を説明した。
 説明しながら、涙がこぼれた。
 それは、他の三人も同じだった。
 もう何年も、ともに戦ってきた仲間達。
 いつしか、隣にいるのが当たり前になった仲間達。
 それがもう、会えなくなるかもしれない。
 だってそれが「戦争」だから。
 気が付けば、自然と四人で輪を組んでいた。

「絶対に勝とうよ!
 戦争難民のためにも!
 尊き犠牲となった方々のためにも!」

 クロエは泣いていたが、その声音は強かった。

「私は生まれて初めて、自分の気持ちに正直になることに決めた。
 だから、死ねない。みんな、この戦争に勝って、生きて会おう」

 クールなミンの瞳から、涙が一筋流れる。

「俺はグランさんと一緒に、カザマン国を亡ぼすって約束してるから。
 その前に死んじゃったら、大変だよ。
 グランさんのことだから、
 無理矢理生き返らして、ひどい拷問を受けると思う」

 オルグの言葉で、一同から笑いが起きる。

 ユリアは、空を見上げる。
 その方向に、巨大な魔物が一匹。
 その巨大さは、世界中を旅したユリアでも、初めての遭遇だ

 ミンとクロエ、オルグは笑って、ユリアを送り出した。
 ユリアも笑って、彼女達と別れた。
 これが今生の別れになどならならいと、信じて。

 *******************************

 巨人の元へと駆けながら、ユリアは観察を始める。
 ヨトゥンの近辺に行けば、嫌でも戦闘に巻き込まれてしまい、情報収集など不可能だからだ。
 今この時も、槍の一()ぎで多くの兵士が傷つき、命を落としていく。
 そんなヨトゥンを観察して、分かったことが幾つかあった。

(あの巨人は凶悪な性格をしているけれど、相当な槍の使い手ね。
 大きな槍を器用に使っている)

 この時点で、攻守の大半を魔法で行う賢者に、物理攻撃での戦闘という選択肢は無くなった。

(そして、知能も高い。
 多くの兵士を殺さずに、重症を負わせるだけに(とど)めている。
 人間は生け捕りにせよという吸血鬼の命令を、忠実に守っている)

 知能が高いなら、人語は理解する。
 そして下手な嘘は、通用しない。

(あら、でもこの巨人、女好きだわ。
 女性兵士だけは攻撃しないか、
 したところで、男性兵士ほどダメージをあたえていない)

 ヨトゥンの女好きを、早めに把握できた。
 付け入る隙は、ここしかない。
 巨大にして知能が高いなら、物理攻撃では全くダメージがあたえられない。
 魔法攻撃しかない。
 だがあの巨体なら、急所に攻撃魔法を放つしかない。
 だがそのためには、隙を作る必要がある。
 ユリアの頭に、漠然とだが、戦術が浮かぶ。
 だが、その戦術を実現するためには、時間稼ぎが必要だ。
 それも、ヨトゥンのすぐ(そば)で。
 ヨトゥンの高い知性を利用して、「交渉」できないだろうか?

 進んでいくと、物陰で何やら揉めている兵士二個小隊と一個分隊に遭遇した。

「どうしたの?
 あなた達、こんな所で何をやっているの?」

 突然ユリアに話し掛けられて、兵士達は飛び上がらんばかりに驚いた。
 だが二人の小隊長と一人の分隊長は、冷静だった。

「あの巨人を倒す策は練れたのですが、実行に移せないのです」

「魔法分隊の力では、我々を飛ばせられないと。
 それでは、いつまで経っても、あの巨人は殺せない」

「一個分隊・十名では、二個小隊・百名を飛翔魔法で飛ばすのは無理です。
 まして一人は、空間魔法に手を取られるのに」

「お願いがあるんだけど……。
 もう少し話を整理して、教えてくれないかしら?」

 隊長達が一斉に口を開いたので、ユリアは話の整理にかかる。
 彼等がヨトゥン相手に選んだ戦術は、特攻だった。
 十メートはある頑丈な(もり)を二本準備した。
 それを各小隊が一本ずつ持ち、ヨトゥンの心臓目掛けて突き刺す。
 一本目は、防がれる可能性が高い。
 だが、魔法分隊には空間魔法の使い手がいる。
 亜空間に銛を隠し、一本目を防いで油断しているところを狙う。
 問題になるのは、やはりヨトゥンの巨体だ。
 心臓部分を狙うには、飛翔魔法で飛ぶしかない。
 だが一個分隊の魔法使い達には、百名を飛ばす魔力は無い。

「私がいれば、この戦術は実行可能よ」

「おお、協力いただけるか! 賢者・ユリア殿!」

 隊長達の顔に、喜びが広がる。
 だがユリアの表情は、彼等と反比例する。

「あなた方は、この戦術の結末が分かっているの?
 たとえ成功しても、二個小隊のあなた方は、ほぼ全員が……」

 本人を前にして、ユリアは言い淀んだ。
 二人の小隊長は、そんなユリアに笑顔を向ける。

「覚悟は、全員できています。
 むしろ、何もできないまま死んでいく方が悔しい」

「侵攻軍幹部と差し違えられるなら、本望ですよ」

 そう言う隊長達に従う兵士達も、澄んだ瞳と覚悟を決めた笑みを浮かべている。
 血と死が支配する戦場で、(けが)れることなく、笑顔を失わない。
 強い人間達だ。
 本当に、強い人間達だ。

「分かったわ。では、その戦術を実行に移しましょう」

 *******************************

 エトーの魔法攻撃は、開戦当初から猛威を振るっていた。
 当のエトーは頭の後ろで手を組み、呑気にトコトコと歩いている。

「あーあ。女王様の気紛れで、殺さずに生け捕りにしろってさ。
 だらしないモンぶら下げてる男どもは論外として。
 連合軍って、ブッサイクな牝兵士しかいないよね。
 すっごくストレス溜まるよ。
 せめて、一部は殺してもいいよっていう許可下りないかなあ。
 もしくは、美人な牝兵士が現れるとか。あー、ボクへの癒しが不足してるよね」

 そう言うエトーの周りには、魔法で四肢を破壊されて動けない人間達が多数、倒れ込んでいる。
 カートン連合軍の中でも、エトーには精鋭の魔法使い達が挑んだ。
 が、結果は他の兵士と同じだった。

「私では、あなたにとって不足かしら?」

 クロエが立っていた。
 神殿・デーアの紋章が入った、純白のローブを身にまとって。

「お前の癒しになるかどうか分からんが、退屈しのぎにはなるだろう」

 ミンが着ている武闘着は露出が激しく、男性兵士達は目のやり場に困っていた。

「お、俺は……」

「素晴らしい!
 人間だって、やればできるじゃないか! 二人とも、ボクの好みだよ!」

 オルグを無視したエトーがクロエとミンを見て、興奮している。

「そっちのドスケベ武闘着の彼女は、
 ショートの髪形がとても似合っている。
 お股は前の穴も後ろの穴も、とんでもなく締まりがいいんだろ!
 こっちの白魔導士の彼女は少女みたいな顔してるけど、隠れ巨乳だね。
 そしてお股のお毛々は濃いどころか、尻の穴まで覆うほど剛毛だろ!」

 エトーは、得意気な顔をしていた。
 彼は女性の外見だけで、性的な特徴を把握できる。
 強力な魔法が注目されがちだが、特級の淫魔なのだ。
 だが、どれほどスケベ(りょく)が高かろうと、グランの足元にも及ばない。
 だからクロエとミンは、全く怯まない。

「インキュバスごときに、彼女呼ばわりとは。
 私の名は、ミン。亡国の出にして、ドラガン国の武闘家だ。
 お前の言うとおり、締まりは最高だ。だが、お前がそれを味わうことはない」

 ミンが不敵に言い返す。

「私の名は、クロエ。
 王国・ラントの神殿・デーアで、神の教義を説く聖女よ。
 私の体も、お前の言うとおり。
 山より高いお乳と、密林より濃い陰毛を持っている。
 ま、お前がこれを拝める日は来ないけど」

 クロエもミンに負けず、エトーを挑発する。

「俺の名は、オルグ。タンク……」

「ビューティフル!
 ボクがブラムスの幹部になれたのはね、
 実力の他に、ある実績を積んでいるからなんだ!
 何だと思う? って、分かんないよね?
 答えは簡単。吸血鬼は、生殖能力が無い。
 大半の魔物は、人間を妊娠させられない。
 でもボクは、人間の牝を妊娠させられるんだ!
 吸血鬼にしてみれば、貴重な食料・飲料製造機だよ。
 ま、それ以前に、人間の赤子が好きな吸血鬼が多くてね。
 そっち方面が好みの吸血鬼からも、重宝されてるよ」

 聞くに堪えない。

「お前が、最低の下衆(げす)で良かった。
 殺すことに、心理的抵抗が無くなった」

 ミンの鋭い眼光に、殺気が宿る。

「同感よ。ここで、お前に出会えて良かったわ。
 これ以上、被害者を生まずに済むから」

 クロエの体から、魔力のオーラが(にじ)み出る。

「お前がどれだけ強かろうと、タンクの……」

「いいね、ハニー達!
 さっさと自由を奪って、永遠にボクの子を生む出産マシーンにしてあげる!」

 エトーはまた、去勢オルグを無視した。
 エトーが高い知能を持ち、優れた戦術家だったなら、真っ先にタンクのオルグを殺していただろう。
 そうなっていたら、結果は変わっていたかもしれない。

 クロエ・ミン・オルグ対エトー、開戦。
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