第51話 ~拝啓、三日後の君へ~

文字数 4,218文字

 グランは自室で、朝食をさっさと済ませた。
 日が昇るのと同時に、街に出る。
 手には、カートンの詳細な地図。
 この地図を頼りに、今日はカートンの隅々(すみずみ)まで見て回る予定だ。

 グランは毎日欠かさずに、使い魔でブラムスを偵察している。
 まだ誰にも言う気はないが、ブラムスで大きな動きがある。
 無論それは、カートン側にとって好ましくない事態だ。

「旦那、オハっす。
 にしても、朝はっや。
 どう見ても、夜型のキャラなんすけどねー」

「夜は夜で、やることがある」

「昨夜もニヤンニャンコ、オツっす」

 昨夜の性交を、モグリは知っている。
 使い魔や、他の偵察魔法を使っていないのは明らかだ。
 自分にバレずに魔法を使えるほどの魔力を、モグリから感じない。
 魔法で無ければ、答えは一つしかない。
 高い知能と膨大な知識、そして豊富な人脈といった(なま)の情報収集力だ。

 彼がセレナパーティを宿に幽閉した本当の理由も、グランには察しがつく。
 パーティメンバーを外に出せば、敵の使い魔に補足される恐れがある。
 その場合、どの女がイチネンボッキで強くなったのか把握されてしまう。
 ただしそれは、敵にもモグリほどの観察眼のある奴がいれば、の話だ。
 そして残念ながら、特級の吸血鬼どもなら、モグリ程度の観察眼はある。
 結果、開戦と同時に、強くなった女達は集中砲火を浴びて殺される。

 モグリの話を聞いていると、元々彼はイチネンボッキを知っている。
 別にグランは、自分のスキルを隠していない。
 なので、イチネンボッキ自体を知っていても、不思議ではない。
 ただ、モグリはいやに詳しい。
 しかも、どの女がそれで強くなっているかまで、見抜いている。

 何であれ、朝一からニヤニヤ笑われるのを許すほど、グランは寛大ではない。
 俺に向かって「昨夜もニヤンニャンコ、オツっす」か。
 いい度胸だ。
 単に自死願望が強いだけかもしれないが。

 並んで早朝のカートンを歩きながら、舌戦が始まる。

「お前、『バトマス』だろ?」

「おー、さすが旦那だー。
 朝の挨拶に、外国語使うとかさー。
 朝会ったら、俺が住む国での第一声は、おはよう……」

「先程、すでに会話をしているが?」

「おっとー、そりゃあそうだ。駄目だな俺、寝ぼけてるわー」
 
 どこまでもトボけるモグリを見ていると、怒りも薄らいでくる。
 彼からは、自分と同じ匂いがする。
 陰湿で残忍。
 自己中心的。
 幾多の修羅場をくぐってきた。
 己の信念のためなら、命をかけられる。

「拳のタコと手の剣ダコ。
 どちらも潰れてやがる。
 他のジョブでは、手はこうならない」

「うーん、さっすが旦那。
 そうっすよ。
 俺のジョブ、『バトマス』なんで。よろしくどうぞ」

 通称・バトマス――バトル・マスターと呼ばれる希少なジョブがある。
 前衛職である戦士と武闘家、双方を極めたと首脳会議、もしくはラントやドラガンといった超大国が認めた者だけが就けるジョブだ。
 大国の将軍を狙えるほどのステータスがある。
 実戦での戦力としても、特級の賢者並みに頼れる。

「俺はバトマスがお前のジョブだと、一言も言っていないが?」

「へ?」

「お前のジョブは、暗殺者(アサシン)だろう」

 お前の「スキル」はバトル。マスター。
 そしてお前の「ジョブ」――就いた職業は暗殺者だろうと、グランは指摘したのだ。
 飛び抜けて白兵戦に優れたバトル・マスターの中には、それ自体をジョブとしない者もいる。
 バトル・マスターを土台に、さらにステータスの高いジョブに挑んだり、特殊ジョブに就くのだ。

 モグリの片手が剣の(つか)を静かに掴む。
 もう片方の手には、いつの間にか手の平サイズの投げナイフを隠し握っている。
 投げナイフは小型で殺傷能力が低いので、毒を仕込む。
 モグリのナイフも、例外ではない。
 それらの動作があまりに自然過ぎて、常人ならその所作に全く気付かない。

「ブラムスと唯一国境を重ねるレイジ国にあって、
 カートンとカサンは最前線の街と都市だ。
 この二つの人間集落の攻防が、人類存続の鍵を握っている。
 首脳会議は当然、敗北を恐れる。
 が、それ以上に奴等が恐れていることがる。
 この二つの人間集落が血吸いどもの恐怖に屈して、
 寝返ってしまうことだ。
 つまり、領主の裏切りだ」

 説明するグランは、歩く速度も姿勢も変えない。
 モグリの方を見てもいない。

「領主が裏切って投降しても、
 血吸いどもが丁寧に捕虜(ほりょ)扱いするわけがない。
 奴等の保存食が増えるだけだ。
 よって、首脳会議はこんな準備をするんじゃないか?
 『領主がブラムスに寝返った場合、暗殺せよ。暗殺後、領主代行を務めよ』。
 連合軍団長なら、領主代行に就いてもおかしくはない。
 俺の発言の中に間違った点があるなら、訂正してみろ」

 グランは怒っていない。
 挑発もしていない。
 ただ淡々と推察を、モグリに突き付けただけだ。
 だがモグリの方は、見せたことのない殺意を顔に浮かべている。

「旦那ぁ、お利口ちゃんは世間様から好かれる。
 俺も好きだ。
 けどなー、お利口過ぎると、長生きできないってさー」

 モグリが剣を抜きかける。
 その所作すら一切の音はなく、常人なら気付かない。

 知られたら、誰であろうと始末する。
 それが国家機密だ。

「止めとけ。
 お前なら、俺との実力差は簡単に分かるだろう。
 それに俺は、二日続けて心臓を痛めたくない」

 いつでも、消滅魔法をお前に放てる。
 グランはモグリに、そうメッセージを送った。

 張り詰めた緊張の空気を放っているのはモグリだけで、グランは自然体のままだ。
 モグリが逡巡(しゅんじゅん)したのは、一瞬だけだった。
 剣を(さや)に戻す。
 手からはいつの間にか、投げナイフが消えている。

「はあ。
 はいはい、降参ちゃんで、よろしくどうぞ」

(まー、俺って人間じゃん?
 だったらー、化け物に敵うわけないわー。
 吸血鬼の皆様方には負けないにしても)

 モグリが口と本音で、グランに白旗をあげる。

「旦那、このショートな時間で、
 詠唱無しに消滅魔法を仕込めるとかぁ。
 血吸いのローラ女王陛下でも、あの世にビンビン逝かせられるかもよ?」

「女王について考えるのは、もっと後だ。
 今はここカートンに集中しろ」

「へ?
 今、俺、旦那に怒られた?
 ていうか旦那、俺が暗殺者だって気付いた種明かしカモーン」

「足運びを見れば分かる。
 それとな。
 気配は消せるが、体に染み込んだ血の臭いは消せない」

 グランに指摘され、モグリがワザとらしく袖口や脇の臭いをかぐ。

「ったく、本当だから泣けてくらぁ。
 血の臭いが、ムンムンしやがる。
 いい男台無しじゃねーか、もったいねー」
 
 モグリの冗談に、グランは思わず笑ってしまった。
 こいつは、本当に俺に似ている。

「旦那のお利口ちゃんな説明に、補足しちゃおうかなー」

「暗殺後、混乱なく領主代行に就けるよう、
 首脳会議から公文書をあたえられている点か?」

「旦那ぁ、俺のセリフをぜーんぶ取っちゃってー。
 んでも、一生ついてくわー。
 一生つっても、次の戦争ですぐ死ぬかも、だけどぉ」

 フザけた口調だが、モグリには昨日まで感じなかった緊張感がある。

「んでも、旦那。
 戦争だぜ? 大混乱だぜ?
 その混乱に乗じてさ、俺がトーレスの大将を殺って、領主の座を奪うかもよ?
 連合軍の指揮ってさぁ、時々、
 団長の俺さんと大将の二人がボスになることあってぇ。
 何ていうの、指揮系統の一元化? ができなくて現場大混乱? みたいな」

「二つの理由で、トーレスはお前に殺されない」

「ほーほー。理由、カモーンでどうぞ」

「一つ目だが、お前はトーレスを殺さない。
 俺よりお前の方が、よほどトーレスと付き合いが長い。
 使えない奴だと判断したなら、暗殺せずとも、とっくの昔に引きずり下ろているだろ? 特に 今は、殺りづらいはずだ」

「何でっすかねぇ?」

「領主代行を認める公文書だが。
 カザマン国の部隊と戦ったとき、公文書偽造スキル持ちの小僧がいた。
 カートンの兵士や(たみ)は、それを見ている。
 この街ほど、公文書への不信が高い場所はない。
 よって、無用な混乱を避けるためにも、お前はトーレスを排除しない」

「はい、一問せいかーい!
 次のアンサー、ヒウィゴーで」

「トーレスは、そう簡単にやられない。
 俺も当初は過小評価していたが、間違いだ。
 あいつは、生粋の冒険者だ。
 戦士だ。
 カートンの領主を任せられる程のな。
 奴を殺るなら、差し違える覚悟が必要だ」

「旦那が全問正解しても、何のサプライズも無いっていうね。
 で、ボチボチ、お互いにお仕事しますか」

 街の中央広場まで来た。
 噴水があり、くつろげるベンチもある。
 早起きの人々がベンチに座り、街並みを目に焼き付けている。
 今日から、カサン難民と共に、カートンの民の避難が始まる。

「旦那、俺達の持ち時間は?」

「三日だな」

「もしも旦那が、ブラムスの特級指揮官殿とバルログちゃんをおネンネさせてなかったら?」

「今日の深夜から明日の朝の間に、攻め込まれてる」

「ふぅー」

 珍しく、モグリが安堵の溜め息を吐く。
 強い者ほど、相手を甘く見ない。
 まして今回の敵は、都市を一つ壊滅させているのだ。

「こりゃあ、大工衆に発破(はっぱ)衆、
 火薬組を総動員だな、やっぱ。
 油は買い占めたけどー、まだ瓶詰め残ってるしなー、面倒くせー」

 モグリがブツブツ言っているが、目は真剣そのものだ。
 街を一から作り直す覚悟で罠を仕掛け、(いくさ)に臨まないと、勝機は見えない。
 そのための案はある。
 だが残り三日なら、不眠不休の突貫工事でいくしかない。

 実際、グランとモグリは、ほぼ眠らずに開戦を迎えることになる。

 開戦まで、あと三日――。
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