第9話 去勢野郎は黙ってろ!

文字数 4,759文字

(デンゼル隊長、ベンの首にある頸動脈を短剣で切り裂いた。加えて、肝臓も刺しておいた。苦しまずに、すぐに死ぬから心配しなくていい)

(……! なぜ……なぜだ……!? お前の魔法を封じる結果を張った。そして伝心に入り込んでくるなど……)

 すぐ横で、グサリッという音がした。

(デンゼル隊長。お前は本当の闇を知っているか?)

 地獄の底から発せられたような声音に、ミツクニ国最強の暗殺者は、恐怖で怯えた。

 次はすぐ横で、ドサッと何かが倒れる音。

(先程のは、ワシントン坊やの脳天を刺した音だ。そして今のは、彼が絶命して床に倒れた音だよ)

 坊や――ワシントンが若手だということまで、知られている。
 伝心に入り込まれたどころではない。
 突入する前から、自分達は「観察」されていた。
 それも、結界で封じたはずの魔法で。
 先程かけられた言葉が、デンゼルの頭の中でこだまする。

『お前は本当の闇を知っているか?』。

 これが、闇魔法を極めた人間の実力。
 実力差が有り過ぎた。
 自分達の結界などで封じられるはずもなく。
 伝心など、容易く入り込まれ。
 闇目など、本当の闇を知る黒魔導士に通用するわけもなく。
 心折れたデンゼルの首に、筋肉質な腕が絡みつく。

(田舎の暗殺者風情にしては、いい結界だった。褒美に、俺は伝心に入り込むのと、部屋に闇を落とす魔法以外は使っていない。つまり、お前達は魔法抜きで殺すことにした。いいハンディだと思ったが)

 その言葉を聞き終えた瞬間、デンゼルの首の骨が折れる音がした。



 暗殺者達を殺して終わりではない。
 むしろ、今からだ。
 その時。
 窓辺にいた蝙蝠が立ち去る羽音が聞こえた。
 使い魔だ。
 暗殺戦の一部始終を見ていただろう。
 いることは最初から分かっていたが、見せてやることにした。
 使い魔を遣わせた連中も、この暗殺組と同じ人種だと考えたからだ。
 吸血鬼だとしたら、こんな杜撰な使い魔は寄越さない。
 世界ランキング上位パーティは、先のクロエの件があるので、遣わすわけがない。
 下位の連中なら、自分だけでなく、暗殺者達も気付いていたはずだ。

 それはともかく、今からのことを考えねば。
 黒魔道士が世間一般から忌避される大きな理由が、得体の知れなさだ。
 魔法技術院でも神殿でも、「黒魔法」と「闇」の研究は遅れている。
 使い手が少ないので、絶対的なサンプル数が少ない。
 ただ、最も大きな原因は「闇」の深さにある。
 複雑であるとともに、研究者が闇に囚われるなど、危険もつきまとう。
 得体の知れないものを、世間は恐れる。
 特に失うものが多い権力者は。
 パーティのランキングが世界第一位になってから、グランは嫌がらせや否定よりも、圧力や脅迫を受けるようになった。
 実際に脅迫した奴から辿って、黒幕の小国の国王に理由を尋ねると、彼はこう答えた。

「吸血鬼の女王亡き後、世界ランキング上位のパーティは、
 地位も名声も富も欲しいままだろう。
 それでも首脳会議は、その連中を操れると判断した。
 得体の知れない黒魔道士を除いて」

 呆れてモノが言えない。
 吸血鬼の女王の生前・生後も変わらず、権力を掌握したい連中の醜い欲望でしかない。
 その欲望が、黒魔道士への殺意を生んだ。
 真っ先に標的になったのは、世界一位のグランだった。

 ミツアキ国は、そんな国の一つだった。
 自分がパーティから離れて孤立化し、領地内にいると知れば、必ず襲ってくる確信があった。
 その通りになったわけだ。
 そして、ここからが重要だ。
 国王・ミツアキを生かしておけば、少なくとも奴の領地内ではずっと命を狙われ続ける。
 だが、相手は国王だ。
 殺すのは不可能ではないが、骨が折れる。
 ただ、ミツアキ王はその横暴さと凶暴さで悪名高く、レジスタンスがクーデターのためにテロを何度も起こしている。
 だがあと一歩で力及ばず、ミツアキ王の首を取れない。
 では、その「一歩」をあたえることにしよう。
 この都市・ダイドウの領主は、ミツアキ王の二男だ。
 殺せば、さぞかしミツアキ王の横暴と凶暴ぶりは増すに違いない。
 比例して、レジスタンスの攻撃は熾烈になり、何より彼等を支持する民が急増する。
 グランは闇夜の中、建造物の天井を飛ぶように進みながら、都市ダイドウの領主宅を目指した。



 まさかの緊急事態発生に、セレナは驚きつつも手早く装備を身につける。
 グランが保険をかけていなかったら、彼と二度会えなかったかもしれない……。
 パーティ一行は、同じ宿に泊まっている。
 戒厳令を敷く鐘がやかましく鳴り響くなか、セレナパーティは西門を目指して走った。
 西門でまず驚いたのは、門を守る衛兵達が全員昏睡させられていたことだ。
 そして何食わぬ顔で、グランが立っていた。

「万が一の事態が起きたな。行くぞ」

「ちょっと待て。一体何が起きた?」

 詰問したのは、武闘家のミンだった。
 厳しいが、涼しげな清流のような声音だ。
 心が純真なのだろう。

「この都市の領主が何者かに殺害されたらしい。
 だが、犯人は捕まっていない。
 つまり、まだこの都市内にいる。それで、戒厳令が敷かれた」

 ミンの目を真っ直ぐ見据えて、グランが答える。
 グランに見詰められても、ミンは目を離さない。
 それどころか、眼力はその強さを増す。

(いい目だ。屈服させる女としては、上出来な目だ。思わぬ副産物が手に入った)

 グランは内心舌舐めずりする。

「その情報をどこから得た? この街に情報屋でもいたのか?」

 ミンは詰問調だが、それは自分の中にある弱い女の部分を隠すための虚勢だとグランは見抜いた。

「クロエと同じ方法を使った」

「へ?」

 クロエが間抜けな声をあげる。

「使い魔を飛ばした。数え切れないほどな。そして俺は使い魔がバレるような真似はしない」

 クロエがうなだれる。
 処女を奪ったロリ顔の聖職者を、鞭打つのも悪くない。
 筋は通っているので、ミンはそれ以上追及してこなかった。

「なぜ私達が到着した途端に、ダイドウの領主が殺害されるの?
 誰が何のために?」

 問いを投げるのは、賢者・ユリア。
 先程までパンティを濡らしていた卑猥女とは思えないほど、眉間に皺を寄せ、考え込んでいる。
 その目はグランに向けられていたが。

「そこまでは殺害後の混乱で、使い魔でもキャッチし切れなかった情報だ」

 とぼけるグランに、レペスが、

「どうやって領主は殺された? 物理攻撃か魔法か。魔法なら、属性は?」

 と食らいつく。
 彼女もまた、ユリアのようにパンティを濡らしていたスケベ女の姿は微塵も見せず、アマゾネスらしい逞しさを前面に出している。

「何でも俺に聞けば分かると思ったら、大間違いだ。
 領主の館に行って聞いてこい。
 殺気だった衛兵が百人ほどいるから、生きて帰っては来れんだろうが」

 グランの結論に、誰も言い返せない。

「でも……」

「去勢野郎は黙ってろ!」

 タンク・オルグにだけ冷たいグラン。
 普段なら大事な仲間のオルグが怒声を浴びたら、誰も黙っていないが、グランの圧に全員が怯んでいる。

 高価なワインセラーに、安い密造酒を入れられたようで、グランはオルグが許せない。
 今が食い時の女どもなのに、中年のオッサンが混じりやがって。
 他のメンバーがいなければ、グランはオルグを立ち直れないほど罵倒していただろう。
 下手をすれば、冒険できない体にしていたかもしれない。

「セレナ、さっさと決めろ。ここに留まって、兵士達に捕まるか?
 戒厳令が敷かれたんだ、街全体が牢獄になる。犯人捜しが始まる。
 当然、戦闘力が高い冒険者から、取り調べという名の拷問が始まるな」

 突きつけられた現実に、セレナが決断する。

「門を出る。みんな、行こう」

 グランを加えたセレナパーティは、都市・ダイドウを後にした。
 グランは振り返ることなく、内心ほくそ笑んだ。
 ミツアキ国軍と戦わずして、国王を葬り去ったのだから。



 リーナ達が到着した街は、都市ほどの規模がある。
 辺境の国・レイジで、最も繁栄している街・カートンだ。
 吸血鬼の国・ブラムスと唯一国境線を引いている街でもある。
 いつ吸血鬼に攻められても不思議はないので、各国の軍隊が送り込んだ連合軍で防備を固めている。

 そのカートンは、世界一位パーティが来たことと、黒魔導士追放の件で大騒ぎだった。
 ただでさえ活気のある街が、大国祭のような盛り上がりをみせている。
 売っている商品は珍品ながら、手頃な価格だ。
 食事も美味しく、量もほど良い。
 書店には魔法や錬金術、医学や薬草学の古書まである。
 いつもなら、グランが一冊一冊を手に取り、中身を見ずに解説してくれた――リーナは頭を振って、思い出を振り払う。
 経緯がどうであれ、パーティメンバーの処分を決めるのは、リーダーたる勇者の役目だ。
 よって、グラン追放もリーナが決定した。
 彼の影にいつまでも思いを馳せていては、パーティの士気にかかわる。
 リーナはメンバー達を集合させた。

「次は、都市・カサンを目指そう。レイジ国領内において、吸血鬼の国・ブラムスに最も近い人間領域よ。そこを根城にして、まずは情報収集を行おう」

 リーナの提案に、ニンチが渋面を作る。

「ニンチ、何か言いたいことが?」

 リーナが促す。
 また、グランの穴埋め話に戻らなければいいけど。
 昨日の夕食の席では散々、グランの代わりに誰をメンバーにするかで、リーナ以外は盛り上がっていた。
 しかし頑として、補充はないとリーナが押し切った。
 無理に新しいメンバーを加えても、連携が取れず苦戦するだけだと。
 冒険中に、自然と仲間に加わるほどの精鋭がいれば、その時に考える。
 その結論で、一応の決着はついた。
 他メンバーは不満でいっぱいだったが。
 しかしニンチが指摘したのは、全く別の問題だった。

「このカートンの盛り上がりに関係無く、
 ブラムス側の防御が強固になっておる。
 手強い魔物の群れも遊軍的に偵察しているようだ」

「何で、その凶報がカートンの盛り上がりと無関係と言えるんだ?
 この街から洩れたかもしれんだろ?」

 ムサイがニンチに絡む。

「ワシはこの街に到着すると同時に、ブラムス方面に使い魔を複数送った。
 その時にはすでに、ブラムスは固い守備網を完成させておったよ」

「それ、もっと早く言えよ」

 ウザイがボヤく。

「早かろうが遅かろうが、警戒することに変わりはなかろうて」

 もっともなニンチの言い分に、ターロリが質問する。

「なぜ吸血鬼どもは、防御を固めたのだ?」

「リーナの接近を知ったからに決まっておるじゃろ」

 ニンチの返答に全員が「アッ」と声を漏らす。

 先の戦いにおいて、下級とはいえ吸血鬼を、勇者しか扱えない聖剣で斬ったのだ。
 しかも、綺麗に一刀両断している。
 あんな真似ができるのは、人類でリーナしかいない。

「血吸いの化け物どもも、使い魔を出して戦場を見てるだろうしな。
 チッ、バレて当然か」

 忌々し気なムサイに、ウザイも頷く。

「カサン近辺の状況は分かったよ。普段より気を引き締めて、移動しょう」

 リーナが号令を下す。
 世界一位パーティは、都市・カサンに向かって歩を進める。
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