第42話 セレナ待ーつわー

文字数 3,698文字


  一流宿とはいえ、パーティで泊まっている。
 通常のパーティでも、メンバー全員で食卓を囲む。
 食事をしながら、ミーティングが出来る。
 空腹では、いいアイデアも出ない。
 また、同じパーティ同士でしか分かり合えない愚痴を吐ける。
 そうやって、団結心が築かれていく。
 
 セレナパーティも例外ではない。
 むしろヴァルキリーのパーティは、全員で食卓を囲み、神に祈りを捧げるのは当然の習慣だ。
 それをグランは、無断ですっぽかした。

 セレナとレスペは、グランの自室に怒鳴り込みに行く。
 クロエとミンにユリア、オルグは俯いて二人に続く。
 二階にあるグランの部屋に向かう途中、カートンの領主であるトーレスと連合軍団長のモグリと一緒になった。

野暮用(やぼよう)で、こちらに来た。
 それで君達は、これから何をしに行くんだ?」

 セレナの鬼の形相を見たトーレスが尋ねる。
 モグリはセレナを見て、唇を(いびつ)に曲げて笑う。
 修羅場の香りがする。

「パーティの連携を知らないメンバーに、教育的指導を行いに」

「おおっと。こいつぁ、おっかねーなー」

 セレナの返答に、ちっとも怖がっていないモグリが愉快気に反応する。

 グランの行動には、今まで必ず意味があった。
 だから、レスペは怒り半分、困惑半分だ。
 セレナは怒り充分だが。



 グランの自室前に、セレナ達が到着する。
 興味深々のトーレスと、愉快気なモグリも一緒だ。
 領主の前であろうと関係なく、セレナがドアを蹴り破ろうと脚を上げる。

「止めとけ。脚が折れるぞ」

 室内からではない。
 脳に直接、話し掛けられた。
 伝心の魔法だ。
 ただ伝心は、直前に行う者達を決めて、魔法をかける。
 その段取り抜きで行えるのは、一握りの特級クラスの魔法使いだけだと言われている。
 大半の人間が伝説だと思っていたが、実践できる人間が身近にいた。

「これは、伝心か?
 世界ランキング一位の魔法使いになると、
 こんな芸当ができるのか。
 さすがにこれは、驚愕だ」

 トーレスが、率直に感想を述べる。
 驚愕したのはトーレスだけではなく、その場にいた全員だったが。

(ランキングなんざ、関係ねーよ。
 あの旦那は、化け物なんだって。
 何ができても不思議じゃねーだろーが)

 本音を言ってしまえば、世界ランキング二位の女勇者がさらに沸騰しそうなので、モグリは内心に(とど)めておく。

 グランには驚愕させられてばかりだが、セレナは一歩も引かない。

「同じ宿になったとき、
 食事は全員でと決めたはずだ!
 例外は許さ……」

 セレナは怪物じみた伝心など使えないので、口で怒鳴る。
 しかし怒鳴っている途中で、

「ブラムスの旅団と、カサンの連合軍が戦闘中だ。
 使い魔で見ている。
 邪魔をするな」

 グランに言葉を遮られる。
 その内容に、さすがのセレナも怒りが引いた。
 血の気も引いた。
 それは、トーレス達も同様だ。

「グラン殿! ここを開けたまえ!
 事実確認せねばならないことが、山ほどある!」

 トーレスがドア越しに声をかける。

「な……! 遂に始まったのか!?
 状況を逐一報告しろ! 私はパーティリーダーだ!」

 セレナが怒鳴った、その直後。
 ドアが乱暴に開かれる。
 グランが顔を見せた。
 普段のグランは「根暗のグラン」の二つ名に相応しく、決して愛想がいいとはいえない。
 だが、常に皮肉じみた笑みを浮かべ、目には余裕を漂わせている。
 だが、今は全く違う。
 表情は鬼気迫り、レスペやセレナも圧倒される。
 鋭い眼光と目が合っただけで、殺されそうだ。

「次、俺の邪魔をすれば、殺す」

 低い声で告げると、グランはドアを閉めた。
 もう誰も「ドアを開けろ」と言う者はいなかった。

(うひょー、グランの旦那、いいお目々してやがったなー。
 ありゃあ、マジで殺る奴の目だわ。
 ひっさしぶりに見たなー。
 盛り上がってきたぜ、おい)

 ドアの開閉前後で気分が上がったのは、モグリだけだった。



 セレナパーティ全員が、宿のホールに集まっていた。
 円形のテーブルを囲んで、座っている。
 用を足しに行く以外、特にやることもない。
 しかし。
 しかし、グランからもたらされるカサンの結果が気になって仕方ない。
 それ次第では、ついにブラムスの正規軍と戦うことになる。
 セレナパーティは吸血鬼と戦った経験はあるが、成り行きで遭遇しただけだ。
 今回は違う。
 真正面から、激突する。
 それは避けられそうにない。
 ならば、どのレベルの吸血鬼と?
 何匹の吸血鬼と?
 自分達は殺し合うことになるのか。
 セレナ達にできるのは、ただグランの報告を聞くことだけだった。

 トーレスとモグリはブラムスの侵攻に備えるため、宿にいない。
 トーレスは今頃、領主の館で、(たみ)の避難と受け入れ先の調整を行っている。
 モグリは連合軍幹部達と戦術や兵站(へいたん)について、議論しているだろう。

 セレナ達は、民の避難を手伝いたかった。
 その(むね)を申し出ると、トーレスは歓迎の表情を浮かべた。
 だがモグリが、ノラリクラリとはぐらかし、避難のヘルプをさせなかった。
 というより、宿から出ることを断じて許さなかった。
 セレナにしてみれば、トーレスの言うことは聞かねばならない。
 それはトーレスが、セレナパーティより格上という意味ではない。
 首脳会議の指示が、トーレス超しに伝えられるからだ。
 さらに言えば、モグリの言うことは一切聞く必要はない。
 だが、逆らえなかった。
 グランが見せた、本物の殺気を浮かべた顔つきや雰囲気とは違う。
 唇の端を()じ曲げて笑っている表情は、変わっていない。
 けれど、外出禁止を癖のある表現でセレナ達に告げるモグリに、逆らえない「圧」を感じた。
 グランに近い人種だ。

 宿の中に留まる理由をモグリは、

「血吸いどもに、あんた達の存在を知られるのはよくねーなー。
 なんせ、唯一最大の切り札だから、な。
 血吸いどもの中にも、気の早い奴はいるだろうなー。
 絶対に、ここカートンに使い魔は飛ばされてんぜー?
 見つかんねーようになー」

 と軽い口調で言ってのけた。
 だがセレナ達、世界ランキング二位パーティがカートンにいることは、すでに知られている可能性が高い。
 カートン入りは、ブラムスが放った使い魔で見られただろう。
 しかし決定打は、上等ミノタウロス中隊との戦いだ。
 間違いなくブラムスは、使い魔で一部始終を見ていたはずだ。

 モグリが実は、

(去勢の野郎はどーでもいいとしてぇ。
 五人の女のうち、誰がイチネンボッキで強くなったかを、
 教えてやる必要はねーわな。
 知られたら、
 その女達は真っ先に集中砲火浴びて死んじまうっつーの)

 と考えていることなど、セレナ達は知る由もない。

 さらにモグリは、クロエとミン、そしてユリアがイチネンボッキの恩恵を受けたことまで見抜いていた。
 その三人から、明らかに異質な魔力を感じ取ったからだ。

「カートンの最終決戦だっつーのに、
 ミョーなスキル持ちの旦那が現れたもんだ。
 まー、旦那と世界ランキング二位のパーティがいなきゃ、
 俺達は血吸いどもに秒殺だけどなー」

 方頬(かたほほ)を歪めて笑いながら、モグリは対ブラムス戦の準備を抜かりなく続ける。



 ほぼ、丸一日が経った。
 二階からホールに、グランが静かに姿を現した。
 セレナパーティのメンバーが、一斉に立ち上がる。

「モグリを呼んでこい」

 グランは暗い目をセレナに向ける。

「モグリ!? その前に、私に報告することがあるだろう!
 どれだけ私を待たせたと思ってるんだ!」

「おい、モグリを呼んでこい」

 「二度は言わないぞ」。
 そんなグランの怒りが伝わってくる。
 その怒りは近づくだけで、皮膚がチリチリと焼かれるほど激しい。
 カサンは、それ程の惨劇だったのか……。
 しかしカサンの惨状に、思いをはせる余裕がない。
 それほど、グランが初めて見せる怒りは周囲を圧倒していた。
 セレナ以外のメンバー達が、二歩、三歩と後退する。
 セレナだけは歯を食いしばって、その場に留まる。

「……モグリ殿は、呼んでこよう。
 だが、領主であるトーレス殿は無視できない。
 トーレス殿にも同席してもらう。
 カサンの状況を報告するんだろう?」

 セレナは「カサンの勝敗の結果を」とは言わなかった。
 グランの表情と怒りが無くても、結果は分かっている。
 問題は、結果が出るまでの経緯と、今現在の状況だ。

「さっさとしろ」

 ぶっきらぼうに言い、グランが椅子に腰を下ろす。
 テーブルにあったグラスに水を注ぐと、一気に飲み干した。
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