第97話 威勢イイ異性

文字数 2,950文字

 ミルン国の首都・ベウトンに帰還したのは未明になった。
 もうじき、夜が明ける。

「俺は王に、排他領域奪還を報告してくる。
 こんな時間でも、王は報告に喜んでくださるはずだ」

 そう言ってマギヌンは一人、ミルン王の元へ向かった。
 他の討伐隊兵士は、装備や兵站(へいたん)の片づけを行っている。
 早く大衆浴場で体の汚れを落とし、眠りたいのが本音だろう。

(エルフの妙薬。エルフの挙兵。
 マギヌン暗殺集団の奴等の把握。中々、密度が濃くなってきた)

 グランは思案しながら、片付けを行っているミーシャを見詰める。

(大仕事の前に、景気づけは必要だな)

 グランの視線に気付かず、ミーシャは片付けを続ける。



 マギヌンが戻ってきた。

「先程、王への報告を終えた。
 王は排他領域奪還に、大変喜ばれていた。
 皆にも『大儀であった』と伝えよと。
 実に有難いお言葉を頂戴(ちょうだい)した」

 この時ばかりは、人たらしマギヌンも、その顔にギャップとスマイルは無かった。
 王の反応が嘘だと、ここにいる全員が知っているから。
 そして皆が嘘を見抜いていることを、マギヌンも知っているから。
 ミルン王は現在、著しく認知機能が低下している。
 自分が誰かも分からない。
 報告しても返答どころか、理解も無理だ。
 体も弱り、死期も近い。
 それでも、その場にいた討伐隊全員が笑顔を浮かべる。
 皆が、マギヌンの心情を組んだから。
 まだ認知機能が多少残っていた頃、ミルン王は排他領域を懸念していた。
 認知機能は間に合わなかったが、生きている間に、王の悩みを解消できた。
 それで、充分だった。
 優しい嘘に満たされ、排他領域奪還の任務は本当の終わりを告げた。


 ********************************


 ミーシャは大衆浴場で、汚れと疲れを洗い落としていた。
 ミルン国で生まれ育ったミーシャにとって、混浴は当たり前だ。
 ただ、いつの頃からか、胸を露わにするのは苦痛になっていた。
 セレナに巨乳を見せつけられたので、余計に貧乳への劣等感は強まっている。

 ミーシャは湯に浸かりながら、

(悩んでも仕方ないのよ、ミーシャ! 貧乳は生まれつきよ!
 だからこそ、私はハニートラップのために、
 女としての魅力を磨くために『お口』を徹底的に鍛え上げたんだから!
 そうよ、何も卑屈になる必要はないわ!
 セレナパーティの巨乳ぶりが異常なのよ!)

 ミーシャは強く自分に言い聞かせる。
 性界フェランキング二位に、吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)のステータスも得た。
 貧乳を補って余りある。
 ミーシャは鼻歌を歌いながら、湯から上がった。
 真っ平らの胸を張って。


 ********************************


 朝が近い。
 夜間戦闘を戦ったとはいえ、諜報員に朝寝など許されない。

 早く眠ろうと、ミーシャはベッドに近付く。
 諜報員だけあって、普段は地味な恰好をしている。
 その反動からか、自室で一人になると、大胆な恰好になる。
 今も薄い生地で露出が多い、紫色のネグリジェ姿だ。

 眠ろうと、布団に手をかけた時。

「何者だ!?」

 背後に気配を感じた。
 マギヌンではない。
 その気配は、怪しいオーラを放っていたから。
 太腿に仕込んだ短剣を、気配がした方向へ投げる。
 投剣の速度も正確性も申し分無かった。
 だが短剣は、気配の持ち主に届く前に、消滅してしまった。

「…‥‥! 魔法使いか!」

 それも、相当に手強い魔法使いだ。
 気配の持ち主は一切の動作なく、短剣を消してみせた。
 ミーシャは、大きな枕の下に仕込んだ中剣を引っ張り出した。
 魔法では敵わないと、瞬時に判断したから。
 ならば、物理線に持ち込むまでだ。

「覚悟!」

 気合いとともに、中剣を上段からコンパクトに振り下ろす。
 しかし相手に手首を掴まれ、軽く捻られる。
 その動作だけで、ミーシャは剣を落とし、身動きが取れなくなった。
 
(凄腕の武闘家か? でも、魔法も使えるし……)

 自由を奪われ、思案にくれるミーシャ。
 そんな彼女に、気配の正体が話しかけてきた。

「威勢がいいな」

「グラン殿!?」

 グランの声だ。
 発言と同時に、部屋の暗闇からグランが姿を現す。
 部屋は薄暗いが、諜報員なので夜目は利く。
 目の前に、いつもと変わらないグランが立っていた。
 表情には、劣情が浮かんでいたが。

「お前に、危害を加える気はない。むしろ、飛躍的に強くしてやる。
 今日の戦闘へのご褒美と吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)の祝いを兼ねてな」

 グランがミーシャに笑いかける。
 だがミーシャの緊張は、全くほぐれない。

「グ、グラン殿、どうやって、この部屋に……」

 独身のミーシャは、ベウトンの兵舎で生活している。
 それも、諜報員ばかりが集まった兵舎だ。
 警備兵が配置され、二重三重に物理・魔法防壁がかけらている。

「マギヌンから警備兵を命じられただけあって、
 彼等は優秀だった。
 だから精神作用の魔法をかけて、少し夢を見てもらった。
 あとは、姿隠しと消音魔法を使ったまでだ」

 「それでも、どうやって防壁を超えたのか?」。
 そんな愚問を口にするミーシャではない。
 防壁は、ミルン国一流の魔法使い達がかけた。
 だがグランは、世界一の魔法使いだ。
 解除できて当然だ。

「……私に、何の用ですか?」

 ミーシャが警戒を解かずに、グランに詰問する。

「冒険終わりの冒険者が、夜更けに美女の部屋を訪ねる。
 目的は、一つしか無いと思うが?」

 グランが片頬を(いびつ)に上げる。

(私を犯そうと!?
 それにしても、何たる堂々とした夜這い!
 やっぱりセレナパーティは全員、頭が……)

 考えても仕方ないので、ミーシャは切り札を切る決断を下した。

「ご存知ないかもしれませんが。実は私、マギヌン将軍の女なのです」

 きっと、グランは驚く。
 強さは、グランの方が上かもしれない。
 けれど、これまでのグランとマギヌンのやり取りから、過去の友情は生きている。
 旧友の女には、手を出さないだろう。
 そう思ったミーシャだったが、甘過ぎた。
 グランの規格外ぶりを、まだミーシャは知らない。

「知っている」

 短く答えるグラン。
 表情こそ不愉快そうだが、驚きも躊躇もない。

「そしてお前が、性界フェランキング二位であることも」

「なぜそれを!?」

 それはミーシャにとって、自分の正体が諜報員である以上にシークレットだ。

「俺も凌辱と調教で、性界の上位ランカーだ。情報は飛び込んでくる」

「かつての仲間の女を、寝とるつもりですか!?」

「そうだ」

 アッサリと返答するグラン。
 ミーシャは、開いた口が塞がらない。

「夜明けまで、時間がない。ミーシャ、さっさと口で奉仕しろ」

 当たり前のように、グランはミーシャに命じた。
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