第73話 奥様はマゾ

文字数 4,057文字

 カートン領主のトーレスは、連合軍一個中隊・二百名の兵士達と移動していた。
 中隊は当初、トーレス護衛の任務を負っていた。
 実際に領主の館は燃え落ち、魔物達が襲ってきた。
 その第一波は押し返した。
 だがそこから、戦局は泥沼化した。

 今、兵士達にはトーレスを護衛する余裕などない。
 トーレスも護衛される気はなく、自身も抜刀して戦っていた。
 侵攻軍副官のゾーフを初め、ヨトゥンとエトーを討ち取った。
 三匹とも、セレナパーティのメンバー達が倒した。
 トーレスの中では、彼女達が世界ランキング一位のパーティだ。
 三匹の幹部死亡によって兵士の士気は上がり、戦果も上がり始めている。
 中央広場ではセレナとレスペ、そしてグランが魔物の大軍を引き受けている。
 お陰で他の地域は、多少の余裕をもって戦えている。

 カートン軍は、伝心でやり取りをしている。
 グランは大軍と戦っているので、カートン侵攻軍指揮官のネットを追えない。
 彼に代わって、トーレスと一個中隊がネットを追うことになった。
 侵攻軍の幹部は残すところ、あと二人だ。
 最高指揮官のネットを始末すれば、魔物達は烏合の衆になる。
 そう思い、必死でネットを探していた。
 そのトーレスの目が、信じられないものを捉える。
 女性が高速で、飛んできたのだ。
 段々と、姿が明確になっていく。
 中隊の兵士達が、騒ぎ始める。

「隊長、兵士を冷静にさせろ」

 トーレスが中隊長に命じる。

「言葉では無理ですな。私自身、嫌な予感しか感じません」

「嫌な予感、か。それは当たっているよ、中隊長」

 そんなやりとりをしていると、彼女はトーレス達の目の前に着地した。
 黒いドレスを優雅に着こなし、長い睫毛(まつげ)と二重(まぶた)に縁どられた瞳は妖艶な輝きを放っている。
 薄く笑った唇には、真っ赤な紅が引かれている。
 とても戦場で戦う外見ではない。
 だが彼女は、ブラムスの幹部だ。
 グランから映像で、報告を受けている。
 魔法部隊指揮官にして魔女、サバト。

「自分の部隊を放置していいのか?」

「魔法部隊といっても、ねえ?
 あなた達人間の格付けで言うところの、中等の連中だから」

 トーレスの問いに、サバトは冷たい微笑みで答える。

「彼等は長期戦用の魔法使いよ。
 得手(えて)が治癒魔法なんですもの。今は出番が無いわ」

「だから自分の部隊を放置して、領主である私の首を取りにきたのか?」

「ご明察。さすがは、領主殿」

 サバトは、トーレス達が恐怖で脅えていると思っていた。
 だが、事実は逆だ。
 トーレスは中隊長と顔を見合わせて……二人して、豪快に笑い出した。

「……何が可笑しいのかしら?」

 不愉快そうなサバト。

「お前の部隊は、長期戦用か。
 だがどれだけ戦いが長引いても、活躍できそうにないが?」

 トーレスが笑いながら、指摘する。
 不審に思ったサバトは、魔法部隊の存在を感知魔法で探る。
 だが、何も感じない。
 結論は一つ。
 全滅したのだ。

「グラン殿と連合軍兵士達が、すでに魔法部隊は殲滅(せんめつ)した」

 サバトの余裕をたたえた目が一変し、底の見えない破壊と殺意を秘めた闇が映る。

「私の可愛い部隊を傷つけた以上、相応のお礼はさせてもらうわ」

 その言葉自体が、呪詛(じゅそ)のようだ。
 何人かの兵士達は脅えたが、トーレスと中隊長は不敵に構えている。

「先程は、自分の部隊を軽く扱っているように聞こえたが?」

「ええ、そうね。彼等を私が(なぶ)る分には、何の問題もないの。
 だけど私以外の他人には、かすり傷一つつけることすら、許さない」

 この問答だけでも、異様にプライドが高い女だと分かる。
 それに見合った実力の持ち主でもあるが。

「総員、魔法防壁を展開! 抜刀せよ!
 魔法が使える者は、遠隔・中隔から援護しろ!」

 トーレスが中隊に指示を飛ばす。
 二百名の兵士達が、一人の女を相手に、抜刀して陣形を組む。
 どの兵士の顔にも、緊張と闘志が浮かんでいる。
 それ程、目の前の魔女が放つオーラは、妖しい。
 そして、強い。

「人間如きが私に戦いを挑むなど、喜劇にもならなくてよ?」

 サバトの軽口に乗らず、トーレスは号令を下す。

「総員、攻撃開始!」

 トーレス対サバト、開戦。


 *******************************


 完全封鎖から時間が経つほど、魔物達は肉体だけではなく、精神も削られていった。
 道を進めば、両脇の建造物が倒壊してくる。
 多くの魔物達が、瓦礫の下敷きになっていった。
 何とか生き残っても、もうその道は進めない。
 道を変え、もう建造物が壊れそうにないと安堵していると、窓から火が噴き出る。
 中には、建造物自体が爆発する罠まで張ってある。
 そして未だに、隠し窓から弓矢で攻撃される。
 怒りに包まれた魔物の群れは統率を無くし、より深い罠にはまっていく。
 ブラムス側には、悪循環だ。
 (ひるがえ)ってカートン軍は、してやったりだ。
 
 街中を罠だらけにした。
 その罠は結果を出している。
 それでもなお、数的不利はひっくり返せない。
 建造物の外に出て戦って久しいモグリは、それを実感していた。

(ったく、次から次へと魔物の皆様方がわいてきやがる。
 それに比べて、戦う兵の姿は確実に減ってるしなぁ。
 ここらで一発かましておかないと、ジリ貧だわ)

 モグリの分析どおり、大勢の兵士が生け捕りにされるか、命を落としていた。
 このままでは、負ける。
 逆転攻勢のキッカケが欲しい。
 心から欲しいと、モグリは願う。
 そして友軍が欲しいと願うときに、ソッとそれを手渡すのが、グランだ。

「(モグリ! 聞こえているか!?)」

 グランが珍しく、大声を出している。
 それだけ中央広場での戦闘が激しい証拠だ。

「(旦那! バッチリ聞こえてまっす!)」

「(街中の鈴を鳴らせ!)」

 モグリはハッとした。
 思い出した。
 グランから「敵の視覚を奪うから、街中に鈴を仕掛けろ」と指示されていた。
 鈴は鳴らせる。
 だがグランは、魔物達に包囲され、集中砲火を浴びている。
 魔物達の視覚を奪う魔法を、発動できるのか?

(ま、中央広場の魔物達だけなら、旦那は視覚を奪えるな。
 それでいいやー。
 旦那が中央広場から解放されたら、各地域に応援に来てもらえばいいしぃ)

 モグリは、北門寄りで戦っていた。

「(おーい。担当の兵士は、鈴鳴らせー。
 ジャランジャランと派手に鳴らそうやー)」

 モグリが伝心で送ると、カートンのあちこちで、鈴の音が聞こえる。
 同時に中央広場を中心にして、魔物達が視覚を奪われていく。
 モグリはグランの実力もイチネンボッキというスキルの奥深さも、知ったつもりでいた。
 けれど、グランという男の破壊力を図れる人間など、誰もいない。
 目の前で起きた光景を見て、モグリはそれを痛感した。
 視覚を奪われた魔物達は、中央広場を中心に放射状に伸びていく。
 遂には、カートン中の魔物達が視覚を奪われた。

「……言葉が出ねえ」

 中央広場で数百の魔物達と戦いながら、一つの街を黒魔法で覆ってみせた。
 その魔力は至高。
 その存在は人外。

 突如、視覚を奪われた魔物達は混乱に陥った。
 それでも本能で、人間を殺そうと動く。
 さすがは上等揃いだ。
 しかし、そんな魔物達の耳に鈴の音が四方八方から飛び込んでくる。
 魔物達は方向感覚を狂わされ、人間の気配を感知できない。
 それでも無理矢理攻撃した魔物達の同士討ちまで始まっている。

 ここだ。
 モグリは確信した。
 開戦当初から敗色濃厚だった戦局を、ひっくり返す転機がついに来た。

「(みんなー、疲れてるよなー。怪我してるよなー。
 仲間が死んだよなー。
 でもな、一発逆転大勝利を狙うなら、今しかないぞぉ?
 俺達は泣く子も笑って元気になれる連合軍だろう。
 さあ、決戦だ。剣を抜け。剣を構えろ。
 守ると誓った街に土足で入り込んできた皆様を、あの世に退場させろやぁ!)」

 モグリが伝心で喝を入れる。
 カートンの方々(ほうぼう)から、それに呼応する兵士達の勝ち(どき)が聞こえた。


 *******************************


 トーレスと中隊は、魔女一人に苦戦を強いられていた。
 すでに中隊の兵数は、五十人を割っている。
 生き残ったトーレスや兵士達も、サバトの攻撃魔法で傷だらけだ。
 それでもトーレスは折れることなく、サバトに剣の切っ先を向ける。

「私はかつて、世界ランキング二位のパーティにいた。
 魔法戦士だ。魔法でも剣術でも、貴様を討ち取ってみせる」

 それを聞いたサバトは、耳まで裂けるほど口を開き、残忍な笑みを浮かべる。

「何て勇ましい領主様なのでしょう。
 でも、勇敢なあなたを引き立てる化粧が足りていないわ」

 サバトが言った直後、トーレスの顔に人血が降りかかった。
 すぐ隣で剣を構えていた中隊長の首が、胴体から切り離されている。
 風魔法・風刃だ。
 詠唱なしで、これだけの速さと正確性を秘めた風刃を放てる。
 サバトはもはや、化け物だ。
 魔物の域を超えている。

(ここで使うべきか?)

 トーレスが魔法袋を握る。
 中には、魔法石が五つ。

(いや、グラン殿達が街に残っている。
 パシがリーナパーティに生きる道を残したように、
 私も彼等をここで死なせるわけにはいかない)

 元世界ランキング二位の魔法戦士にして、現カートン領主・トーレス。
 彼の最後の戦いが始まった。
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