第86話 寄ってたかって、酔って語って

文字数 4,125文字

「王位継承者は、誰もいないのですか?」

 質問しながら、クロエは答えが分かっていた。
 王位継承者がいるなら、とっくにその者が王座に就いている。

「ミルン王は元々、親類縁者の少ない方だった。
 その方々も大半が、ブラムスの吸血鬼達に……。
 非常に遠い血縁者が貴族にいるが、王位継承権は無い」

 ブラムスに、家族を奪われる。
 西側の国では、珍しくない話だ。
 特に王族や貴族、軍幹部など国家権力の中枢にいる者達は、一族全員を狙われる。
 彼等にだけダメージをあたえるのが目的ではない。
 見せしめだ。
 吸血鬼に逆らった人間とその親類縁者がどうなるか――。

「あれはミルン王が、まだ意識を何とか保っていた頃だった」

 マギヌンとミーシャが、説明を始める。

 マギヌンは突然、ミルン王から呼び出された。
 当時、マギヌンは若き大隊長として辣腕(らつわん)を振るっていた。
 軍上層部からは、嫉妬以上に高評価を得ていた。
 また体を張って民を救う姿は、民衆からの絶大な支持に繋がった。
 申し分のない実績だ。
 が、まだ若過ぎる。
 しかし、その点をミルン王は問題にしなかった。
 彼なら、ミルン国の大国化に成功する。
 そして、世界を正しく導ける。
 その結果、ブラムスに打ち勝つだろう。

「王は俺を将軍にすると、明言された。
 さらに王が職務不能になった場合は、国王代理にすることも。
 俺だけじゃない、筆記していた文官達も飛び上がって驚いたよ」

 マギヌンが苦笑する。

「さて、ここから後のマギヌンの活躍は、
 お前達も噂で知っているだろう?
 今さら、説明する必要はないな?
 それで、お前達が最も興味があるのが……」

 言葉を切ったグランが、セレナパーティ一同を見渡す。
 パーティ一同、手に汗握る。

「(その通りよ!
  本当は、リーナ嬢とただれた関係だったんでしょう!
  聞かせなさいよ!」

 酔っぱらったメンバー達は冒険者ではなく、ただの女子と化している。

「マギヌンがリーナパーティを脱退し、ミルン国に戻ったこと。
 そしてマギヌンが描く、今後のミルン像、いや、世界の在り方だろう」

「(真面目!?)」

 内心ズッコケた女子達だが、将軍とグランの前では取り繕った微笑みを浮かべる。
 女とは、かくも恐ろしき生物なり。

「簡単な話だ。
 こいつの家族が、吸血鬼に噛まれたと伝令が伝えてきた。
 父上に母上、そして妹と全員噛まれた」

 何でもないように話すグランだが、マギヌンはあの日の絶望を忘れない。

「当時、パーティには俺とリーナ、ニンチとマギヌン、他に二人いた。
 六人とも、転移魔法が使えた。
 お陰で、すぐにミルン国のシミッチという村に到着できた」

「その村が、私の生まれ故郷だ」

 なぜかシミッチ村について触れるマギヌンの表情は、苦し気だ。

「村では案の定、マギヌンの家族達が血吸いと化していた。
 正確に言えば、村人全員が噛まれて血吸いになっていた。
 俺と他のメンバーで、マギヌンの家族以外の血吸いを皆殺しにした」

 後は話せと、グランが目でマギヌンに合図を送る。

「……他のメンバーのお陰で、俺は自分の手で、家族を安眠させられた」

 これが、世界の西側だ。
 その壮絶さに、女子達の酔いが一気に醒める。
 あの日、マギヌンは誓った。
 こんな思いをする人間を、もう出さないと。
 その誓いがあるから、今日まで闘い抜けた。

「家族を討ったときのマギヌンの太刀筋は、見事だった」

 グランが淡々と話す。
 ここは瞬間湯沸かし器・セレナの出番だ。

「グラン! いくら旧友とはいえ、口を慎め! 家族が犠牲……」

「良いのだ」

 セレナの怒声は、マギンンに遮られてしまった。

(「黙れ」じゃなくて、「良いのだ」か。紳士的だから、良しとしょう)

 どうでもいいセレナジャッジをよそに、話は続く。

「自分の家族を自分で斬った、あの日。私は誓った。
 『この地から始めよう』と。
 二度とこのような悲劇が起こらないよう、
 ここミルンをブラムス打倒における最前線の砦にしようと」

 そう語るマギヌンの目が一瞬燃えた後、和やかになる。
 女性を初め、多くの人間を魅了する通称「マギヌン・ギャップ」だ。

「それと、セレナ殿。グランを責めるのは、筋違いだ。
 当時、我々はテンスラ山脈攻略を計画していた」

「テンスラ山脈!? 世界で最も東ではありませんか!」

 驚くユリアに、マギヌンが笑顔を向ける。
 難攻不落の堅物女も一発で落とす「マギヌンスマイル」だ。

「他のメンバー達が、転移魔法を連発してくれた。
 グランは途中から、魔法の反動で鼻と耳から出血し始めた。
 だが、止めても聞かなかったよ。
 シミッチ村に着いたときには、
 グランの鼻と耳から、滝のような勢いで血が噴き出していた」

 その状態でも吸血鬼を複数匹、グランは倒している。
 「成り立ての下等」とはいえ。
 その底知れぬ強さに、一同は改めて戦慄を覚える。

「余計な話はいい。そろそろ、ミルンの将来像を説明しろ。
 そして、俺達を助っ人として呼んだ理由もな」

「(グラン様、照れてる! 可愛い!)」

 セレナ以外のグラン四天王娘は、早くも「女子」に戻っている。
 イチネンボッキの深刻な副作用は、異常に女子力が高くなることだ。

「展望は、ハッキリしている。これからは情報戦だ。
 情報を制する者が、世界を制する」

 きっとミーシャのような諜報員が、世界各国へ配置されているのだろう。
 だがそれ以上、その話題に触れるメンバーはいなかった。
 長く冒険をしていれば、諜報の世界と交わることもある。
 そんな諜報分野は、国家にとって最高機密だ。
 助っ人の自分達にも、何一つ教えることはしないだろう。

「で、俺達を呼んだ理由は?」

 グランがマギヌンに先を促す。
 女性陣は、酒を随分飲んだ。
 話が長引けば、居眠りする馬鹿が出てくる恐れがある。

「……それが……。今まで散々、偉そうなことを言っておいて……、
 恥ずかしい話なんだが」

「お前と再会したとき、
 俺がお前と殺し合いを始めると勘違いしたミーシャがこう叫んだな。
 『シミッチ村奪還』と」

「さすがに、鋭いな。
 ……あれから、時間が経った。
 大国化のために、時には大切なものを切り捨てる必要に迫られる……」

 シミッチ村を、ミルン国は捨てたのだ。
 珍しい話ではない。
 魔物の襲撃や天災で、著しく人口が減った地域がその代表だ。
 中には税収不足という理由だけで、国から捨てられる地域もある。
 そんな地域を「排他領域」と呼ぶ。

「なるほど。
 村民全員が吸血鬼になったシミッチ村を、国が放棄するのは当然だな」

 クールな言葉を吐きながらも、グランは生まれ故郷のサウル村を思い出していた。
 サウル村もまた、排他領域だった。
 だがサウル村で、人々は逞しく生きていた。

「無人になったシミッチ村を排他領域にするのは、合理的だ」

 グランは友情を客観性の裏にしのばせる。
 自分の生まれ故郷を、排他領域にしたのだ。
 国として、見捨てるという決断をしたのだ。
 当時のマギヌンは、一体どれだけ苦悩しただろう。

「……排他領域の話題は、そこまでにしよう」

 マギヌンは一瞬だけ、目を閉じた。
 それはかつて、生まれ故郷で生きた村人達への黙祷(もくとう)に見えた。

「シミッチ村一帯を、我々ミルン国は排他領域にしていた。
 ……そんな我々は、どこまでも愚かだった」

 自虐するマギヌンを見て、変わったなとグランは感じる。
 同じパーティにいた頃は、自信の塊のような男だった。
 政治だ。
 冒険者を弱くするのは、常に政治だ。
 将軍職だけならまだしも、国王代理として、マギヌンは政治を行っている。
 牙を剥き出しにした敵と戦う冒険とは違う。
 政治の世界では、敵は味方の仮面をつけている。
 そして笑いながら、後ろから刺してくる。

「お前が愚かなのは、知っている。
 今回は具体的に、どう愚かなのか言ってみろ」

 固まった空気を柔らかくするため、あえてグランはサディスティックに発言する。
 そんなグランに感謝しながら、マギヌンは説明を再開する。

(くだん)の排他領域は、南側にある。最南端だ」

 セレナパーティ一同は、頭に世界地図を広げている。
 ミルンの最南端。
 カートンとの国境。
 しかし、最もブラムスに近い位置だ。
 嫌な予感しかしない。

「血吸い達に、排他領域の無人性につけ込まれた。
 現在、排他領域では西側諸国を滅ぼすための前線基地を、
 血吸い達が建設中だ」

「ちょっと待て! それに気付かなかったのか!?」

 セレナが責めるのも、無理はない。
 事は、ミルンだけでは済まない。

「気付かなった」

「もう一つ!
 まだレイジ国を滅ぼしていないのに、
 ブラムスは世界の西側を支配する気なのか?」

 正直に答えたマギヌンに、セレナが質問を重ねる。

「その通りだ。早晩、レイジは陥落する。
 そしてブラムスは、南部にも前線基地を設置するだろう。
 一気に、世界の西と南を支配するつもりだ」

 一同は世界地図を浮かべるまでもなく、ゾッとした。
 西と南を失えば、人間に逃げ場はない。
 北は氷河で覆われている。
 東は踏破不可能のテンスラ山脈が横断している。
 全く一致団結していない烏合の衆状態で、中央平原で大戦に臨まざるを得ない。

「分かった。協力しよう」

 グランが即答する。
 勝手な返答だが、セレナは責めない。
 セレナも気持ちは同じだからだ。
 新しい国での初戦の日程が、早速決まった。
 明日の夜、だ。
 しかもカートンに引き続き、世界の命運を左右する可能性を秘めた戦いだ。

 その場にいた全員が、強く誓う。

 もう、負けない。
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