第76話 ファーストラブは突然に

文字数 6,124文字

「旦那ぁ、お待たせぇー!」

 モグリの声が、不意に聞こえる。
 どこからか、連合軍兵士達が現れる。
 全員が覚悟を決めた顔つきをしている。
 彼等の放つ圧で、魔物の群れが気圧されている。

「なぜ、まだ残っている? 今回の公文書は本物だろう?」

 グランはモグリに尋ねるが、

「ここにいる兵士全員、家を勘当? とか親から絶好?
 とかされた奴ばっかなんで」

 と、かわされてしまう。
 ネットも連合軍兵士の出現に驚いたらしく、攻撃が止んでいる。

(馬鹿正直に理由言うの、恥ずかしいしんでねー)

 モグリが内心、舌を出す。
 連合軍は結成当初から「寄せ集め」と揶揄(やゆ)されてきた。
 実際、寄せ集めだった。
 指揮統率など取れておらず、仲間意識も無かった。
 しかしブラムスがすぐ隣にあり、戦闘は日常茶飯事だった。
 そんな血にまみれ、死がすぐ隣にある日々が、彼等を変えた。
 ブラムスを相手に、結束したのだ。



 魔物の群れが攻め込んできた。

「お前等さー。旦那ですら、俺達の最優先事項を分かってねえぞー。
 俺達ってぇ、規律と秩序? そんな難しいもん、一番大事にしてたか?」

 兵士達から一斉に、ブーイングが起こる。

「俺達の最優先? 一番に大事? なモノって、よぉ。
 ブラムスへの攻撃と、名誉ある最期で間違ってねえよなあ!?」

 モグリの問いに「オウッ!」と吠えながら、兵士達が襲い掛かる魔物を迎撃する。

「貴君らと最期を迎えられることに、感謝する!」

 セレナがパーティを代表して、メンバーの気持ちを代弁する。
 彼女達もまた、襲い掛かる魔物の群れに一歩も退かず、戦っている。
 人間達は全員、満身創痍だ。
 次々と魔物の牙にかかり、倒れていく。



 グランはネットと魔法や剣で死闘を演じながら、視線を感じていた。
 一人の連合軍兵士が魔物と戦いながらも、こちらをジッと見詰めている。
 顔を覆うタイプの兜を装備しているので、顔は判然としない。
 しかし、女性兵士だということは分かった。
 けれどグランは、その女性兵士に意識を向けられない。
 ネットの攻撃が、加速してきた。
 わずかな隙で、命を奪われてしまう。
 だがそれは、ネット側も同じだ。
 互いに呼吸の乱れすら許されない死闘を演じる二人。
 そこに、

「応援いたしたく」

 唐突に、兵士がグランの応援に入る。
 先程、グランをジッと見ていた女兵士だ。
 剣の腕前も魔法も、突出している。
 ただし、常人の範囲内なら。
 彼女が参戦した戦いは、人外の二人による尋常ならざる戦いだ。
 ネットが彼女目掛けて、土魔法で岩石を飛ばす。
 グランが風刃で岩石を斬るが、破片が女兵士の腹部に直撃する。
 そんな流れ弾のような攻撃ですら、女性兵士は吹き飛ばされてしまった。
 
 だが女性兵士は、目的を達成した。
 グランに秘密のメッセージを送るという目的を。
 彼女はグランに小声で、

(転移の際は、私も一緒に。私も転移を手伝います)

 と囁いた。
 応援は振りだけで、メッセージを伝えるのが、彼女の本当の狙いだった。
 何者かは不明だが。

「邪魔が入った。だが、追い払った。
 さて、一対一を楽しもうか?」

 ネットはポーカーフェイスを崩さない。
 だがグランは、気付いていた。

「何が一対一だ。
 卑しい血吸いのお前達に、そんな誇り高さはない。
 上を見ろ。空に、珍しい魔物がいるじゃないか」

 空に三百匹以上のフレースヴェルグとワイバーンがいる。
 だが、攻めてこない。
 魔物達の中心に浮かんでいる、大蛇を裸体に巻いた美女。
 暗殺に特化した魔物・リリスだ。

「地上でお前の注意を引くのが、私の役目だった。
 可能なら、この手でお前を倒したかったが」

 感情を見せないネットには珍しく、言葉通り、悔しさを滲ませている。
 すでにリリスが、呪いの詠唱を終えようとしているからだ。
 リリスの呪いは、どんな強力な魔法防壁も超える。

「世界一位の魔法使いも、ついに終わりか」

 そう言うネットは感慨深げで、どこか寂しそうですらある。

「呪いの避け方を、血吸いの学校では教わらないのか?」

 そう言ってグランが、左腕の肘に剣を当てる。

「自分の体の一部を切り離して、呪いをそれに当てるか。
 確かに呪い回避には、最も効果がある対処方法だ。
 だが片腕になっても、俺はお前に手加減はしないぞ?」

「誰かしてくれと頼んだか?」

 グランが片頬を歪めて笑う。
 しかし、ネットの言うとおりだ。
 片腕を犠牲にすれば、呪いは防げる。
 だがその次には、ネットとの攻防が待っている。
 片腕では間違いなく殺される。

(最大破壊魔法を放って、ネットもリリスも始末するか?
 だが、カートンも吹き飛んでしまう……)

 グランが魔法の効果を検証するため、周囲を見渡す。
 随分、壁際まで来た。
 ――その瞬間、グランを電撃が貫く。

(リーナ! この壁の向こうに、リーナがいる!)


 *******************************


「グラン! この壁の向こうに、グランがいる!」

「声が大きいのう。敵に気付かれるぞ?」

 ニンチの言葉など耳に入らず、リーナは壁の一点を一心不乱に見詰める。
 そうすれば、想いが壁を越えてグランに届くかのように。
 リーナが空を見上げる。
 そこには無数の空飛ぶ魔物達に守られた、裸体に大蛇を巻き付けた暗殺者(アサシン)が一匹。
 間違いない。
 あの暗殺者(アサシン)――リリスは、グランを狙っている。

「みんな、力を貸して! 空にいるリリスを私が斬る!」

 リーナの願いに、パーティメンバー達は行動で答えた。

「道は作ってやらあ!」

 ムサイは壁を走って助走をつけ、空に身を躍らせる。
 長い滞空時間の間、槍と剣の二刀流で、魔物達を切り裂く。

「行け! リーナ!」

「あの呪い女をブッ殺せ!」

 ウザイとターリロも壁を走って助走をつけ、空の魔物達目掛けて飛ぶ。
 シールドクラッシュを放つウザイの体が、緑色の輝きを放つ。
 あの日のパシのように。

 ターリロは多少、飛行魔法が使える。
 空中で体を止めると、聖なる光の帯・ホーリーレイを放つ。
 その直線状にいた魔物達が、消滅する。
 ニンチは地上から、竜巻を起こした。
 突然現れた竜巻とその威力に魔物どころか、リリスさえ恐怖を抱き、警戒心が散漫になる。

「みんな! 『道』をありがとう!」

 三人の男達と同じく壁を駆け上がったリーナが、天空へと舞い上がる。
 地上に、グランがいた。
 彼もまた、リーナを見詰めていた。
 二人の視線が絡み合ったのは、ほんの数秒だった。

 向かってくるリーナに恐怖を抱いたリリスは、グラン用の死の呪いを、リーナ目掛けて放った。
 だがリーナの身に、何の変化も起きない。

「私は人間の勇者よ! 聖なる戦士にして、光の道を行く旅人!
 闇の呪いは通じない!」

 その呪いで幾多の命を簡単に奪ってきたリリスが、命を奪われる立場に追い詰められる。

「私の幼馴染に、手を出すな!」

 その声に込められた女勇者の殺気に、リリスは背筋が凍った。
 直後、彼女の体はリーナによって一刀両断された。
 地上へと、二つに割れた体が落ちていく。

 壁が二人の視線を遮るまで、リーナとグランは見詰め合った。

「グラン!」

「リーナ!」

 互いの名を呼び合う時間しか、残されていなかった。
 リーナが着地する。

「すぐに転移じゃ!
 リーナ、ターリロ急げ! 行先はラントじゃ!」

 魔法石を握ったニンチが叫ぶ。
 リーナパーティのメンバー達が、密集隊形を組む。
 直後、彼女達の姿はかき消えた。


 *******************************


 トーレスとモグリは、短い話し合いを終えた。
 すでにトーレスは、この戦争の結末を決めている。
 その結末が最高に気に入ったモグリは、喜んで協力することにした。

 目的地へ駆けるモグリの視界に、次々と倒れていく兵士達の姿が目に入る。

(みんな、本当によく頑張ってくれたぜぇ。
 俺は団長として、お前達一人一人を誇りに思うぜ。
 ……みんな。もうすぐ、だ。
 もうすぐ、戦争は終わるからな)
 
 言葉ではなく、モグリは想いを仲間達に届ける。
 そしてモグリは、目的地に着いた。
 ここが、自分の人生を終える場所だ。
 目の前で、グランとネットが死闘を演じている。

「旦那ぁ、助太刀? 応援? ていうか、代わりに戦いに来たぞぉ」

 モグリは剣を(さや)に収め、脛当てに装備した短刀を抜き、ネットに斬りかかる。

「お前には応援が多いな。まあ、応援にならないレベルだが」

 ネットはモグリに不意打ちを食らっても、冷静だった。

「体捌きが遅い。その程度で、私とグランの一騎打ちを邪魔するな」

 そう言って、ネットが易々とモグリの短剣を受け止める。
 直後、ネットの体を高圧電流が流れる。

 それは今朝、魔法油を塗り、グランが雷属性の魔法を仕込んだ短刀だった。
 油断する者は、攻撃をかわさずに受け止める。
 だからモグリはあえて、粗末な体捌きを取った。

「旦那! 領主の館へ!」

「しかし、お前を放って……」

「他のセレナパーティのメンバー達も、そこに集まるから!
 これ、トーレスの大将からの命令!」

 それでグランは、全てを悟った。
 グランとモグリの視線が一瞬、絡み合う。
 それはほんの一瞬だったが、千の言葉より多くを語り合った。

「モグリ! またの日にな!」

「あいよ、旦那!」

 グランはネットと戦うモグリに背を向けて、駆け出した。



 グランはもう、いないはずだ。
 だがモグリは、背後に視線を感じる。
 その視線はなぜか、温かった。

「ネット様よ、ちょっとタンマしてくれ!」

 稲妻を食らって怒りに燃えるネットだが、モグリには調子を狂わされる。
 何しろ自分の目の前で、堂々と振り返っている。
 背中が丸見えだ。
 背後から斬りつけるのが馬鹿馬鹿しいほど、隙だらけだ。

 モグリの視線の先には、ミンがいた。
 茶髪のショートカットに、髪と同色の瞳。
 華のある武闘着をまとった体は、流れるような美しいラインを描いている。

「私、あんたが幼馴染だって覚えてたよ」

 血と死に支配された空間に陽光が差し、美しい花が咲く。

「それと……あんたは私の初恋の人だった。そして今でも、私はあんたが好きだ」

 それだけ言うと、頬を朱に染めたミンはグランと同じ方向に駆け出した。

 生きていて、良かった。
 もう、充分だ。
 モグリは自分の人生に満足した。
 次は、尊敬する先輩と惚れた女が人生に満足できるよう、やるべき事をやるだけだ。

「最後の相手が、あんたみたいな強敵とは!
 かぁー、俺はつくづく贅沢者だぜ!」

 ネットに斬りかかるモグリに、殺意はもうない。
 その顔は、少し微笑んでいた。
 

 *******************************
 

 グランが領主の館に着くと、遅れてミンも到着した。
 領主の館は跡形もなく、焼け落ちていた。
 すでにセレナパーティのメンバー達が全員、集合している。
 そして、謎の女兵士も。

「あんた、何者?」

 セレナが疑心を向ける。
 兵士は兜を脱いだ。
 長髪は珍しく、グランやリーナと同じ黒髪だ。
 アーモンド形の目に、青い瞳。
 整った鼻梁。
 ポッテリとしているが、知性を感じさせる唇。

「私は、ミルン国の者です。
 名を、ミーシャと申します。
 訳あって、皆様の協力をいただきたく。
 取り合えず今は、転移をお手伝いいたします」

「あんたに手伝ってもらわなくても、
 グランがいれば、私達は転移できる」

 セレナはまだ、ミーシャが信用できない。

「ミーシャが手伝ってくれるなら、俺は魔法石を使わずに転移できる。
 どのみち、お前等、行きたい場所も無いんだろう?
 ならば、俺達を必要とする人間領域に行くべきだ。
 それが『冒険』だろう?」

 グランの発言は、筋が通っている。
 この戦争は、終わる。
 けれど、冒険は続く。
 セレナはそれ以上、何も言えなかった。

「よし、転移するぞ。目指すは、ミルン国だ」
 
 トーレスとモグリ。
 そして全ての兵士達に、感謝と祝福を。

 生き続けよう。
 冒険を続けよう。
 戦い続けよう。
 リーナと再会する、その日まで。
 
 グラン達の姿は、転移によってかき消えた。


 *******************************


 伝心での報告で、トーレスはグラン達の転移を知った。
 トーレスは地面に、胡坐(あぐら)をかいて座っていた。
 サバトとの戦闘で多量に出血し、何ヶ所か骨折している。
 動けない。
 だが、魔法袋から魔法石五つを取り出し、魔法を詠唱することは可能だ。
 それは、自爆魔法の詠唱だった。

(パシよ。久しぶりに、酒を飲み合えるな)

 トーレスが、自爆魔法の詠唱を終える。
 キノコ雲ができるほどの、大爆発が起きた。

 爆発の瞬間、ネットは我が身の危機を知った。
 自分の物理・魔法防壁では、あの爆発は防げない。
 転移で脱出しようとした、そのとき。
 剣で心臓を貫いたはずのモグリが、ネットの手首を掴んで離さない。

「急ぐ旅でも無くなったことだし。
 あの世まで、ご一緒しよーや。
 ま、俺は天国、あんたは地獄に行くけどな」

 そう言った直後、モグリは殉職した。
 ただし、ネットの手首を掴んだまま。
 その顔は、彼が初めて見せる穏やかな笑顔だった。

 手首を掴まれたネットは、無表情に立ち尽くしていた。
 そんな二人を、トーレスが起こした爆風が包む。



 その日、カートンでキノコ雲が立ち上った。

 その日、戦争は終わりを告げた。

 その日、世界は変わり始めた。

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 第一章 人間の女勇者 完


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 皆様からのご支援のお陰で、第一章を終えることができました。
 ただ、この第一章は序章です。この物語は、始まったばかりです。
 第二章から、新しい世界が広がります。
 戦争づくしだった一章後半が終わりました。
 次章から、もっとエロスを皆様にお届けできればと思います。
 その準備のため、しばしの間、更新頻度が極端に落ちます。
 どうか皆様方には長い目で、引き続きのご支援のほど、よろしくお願いいたします
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