第84話 Re:ゼロから始めるミルン生活

文字数 5,408文字

「待ってください!」

 混乱したリーナは、ドールの話を遮った。

「私がグランから聞いた話ですが……。
 ヴァルキリーが、グランをプルガに預けた。
 そしてヴァルキリーがプルガに、
 『闇属性の黒魔術関係で依頼書を出した』。
 それが意味するのは……。
 グランが闇落ちしているなら、殺せということだと。
 違うのですか?」

「違う。全て、グランの勘違いだ。
 プルガへの『依頼書』には、鍛錬の詳細を報告するようにと明記した。
 これで鍛錬に見せかけた殺しを、防ぐことに成功した」

 二十数年前の、あの日。
 辺境の村で、二人の偉大な才能に出会った。
 だが一人は、すでに闇に生きる人間だった。

「グランのことですか? 彼は闇落ちなどしていません!」

 リーナが毅然と言い放つ。
 闇落ちとは力を欲するあまり、人間にとって敵対勢力となることを指す。
 その代表ジョブが、暗黒騎士や死霊魔導士だ。

「グランは闇落ちしていない。今の所はな。
 だが、闇の住人として生まれてきた」

 とても看過できないセリフだ。
 闇の住人。
 それは、世界を闇で覆う勢力とされている。
 ただ、どんな実害があるのか、誰も分かっていない。
 漠然とした恐れを抱いているだけだ。

「グランという『闇』がいる。
 だから、リーナ、お前という『光』は輝くことができる。
 逆もまた(しか)りだ。
 お前達は、二人で一つだ。
 一つになった時、
 お前達は神の御心に抱かれて、正義を遂行するだろう」

 二人で一つ。
 リーナの心に、その言葉が刺さる。

「まだプルガが現役の黒魔導士だった頃、
 奴は『闇狩り』の第一人者だった。
 このままでは、グランは殺されると思った。
 だがどこに隠しても、プルガに見つかってしまう。
 ならばいっそ、奴の手元に置くことにした。
 それでグランが死亡すれば、確実に犯人はプルガだからな。
 幼子を死なせれば、神殿はプルガを追放する。
 それが抑止力となり、グランは殺されなかった。
 だが、魔法の実演訓練が行われ始めた。
 最も事故に見せかけて、殺しやすい。
 だから我々はグランを守るため、鍛錬中に護衛を配置した」

 ドールが早口になっている。
 プルガの手は、それ程早く伸びているのだろうか?

 ドールの語った内容は、真実だ。
 つまりグランは、幾つか勘違いをしている。
 だが本人がいないので、勘違いを正すことはできない。

「プルガとかいう大司教様が強いのは、先程の殺気で分かった。
 だから、俺達も手を貸そう。協力して、プルガを倒せばいい」

「賛成だな。ヴァルキリーと俺達が手を組めば、勝ったも同然だ」

 ウサイとムザイが、いつものコンビぶりを発揮する。

「プルガに戦いを挑む大義名分はあるか?」

 ドールに聞かれて、戦士コンビが言葉に詰まる。

「相手は、大司教なんだ。
 枢機卿に次ぐ神殿の大物だ。確固たる証拠が無ければ、手を出せない」

「ならば、プルガもあなたに手を出せないはず」

 リーナはドールの目を覗き込んだ。
 そんなリーナにドールは優しい、けれど弱々しい笑みを浮かべた。

「奴は政治に()けている。
 何より、特級の凌辱師にして調教師だ。
 間違いなく私は奴に犯されて、奴隷にされる」

「そんな!」

 事実を淡々と述べるドールに、リーナが悲鳴を上げる。

「リーナ、よく聞け。
 すでにプルガは枢機卿を、奴隷に堕とした。
 奴が枢機卿を使ってグラン暗殺を目論む度に、
 何とかヴァルキリーで防いできた。
 しかし私が奴の奴隷に堕ちれば、もう止められない。
 神殿・デーアが正式に、グラン暗殺令を出す」

「そんな! どうやって止めればいいんですか!?」

「グランが助かる道は、二つしかない。
 一つは、グランが暗殺部隊を返り討ちにし、
 プルガも倒してしまうこと。
 もう一つは、お前達が中心となって吸血鬼を殲滅し、
 世界に平和を取り戻すことだ」

「私は、後者を選びます!」

「では世界ランキング一位の勇者よ、冒険を再開しろ。
 この世界には、まだ私達が知らない秘密が多く眠っている。
 その中にきっと、世界を平和に導く手がかりがあるはずだ」


 *******************************


「ちょっと! 助けてほしくて私を連れてきたんでしょ!
 なのに出迎えが誰もいないなんて無礼だ!」

 ミルン国に入るなり、セレナはミーシャに怒声を浴びせる。

「も、申し訳ありません!
 出迎えなどという習慣は、我が国に無いので……」

 特級の諜報員であるミーシャでさえ、セレナの剣幕に押される。

「習慣の問題じゃない! 心構えの問題よ! おもてなし!」

「黙れ。街の人間達が注目し始めた」

 グランの一言で、膨れっ面ながら、セレナは黙った。

 グラン達は、ミルン国の首都・ベウトンに到着した。
 これといった特徴がない街だ。
 静かで落ち着いている。

「何か、アピールに欠ける。お祭り騒ぎの一つや二つしなさいよ」

 ベウトンに辛気臭さを感じたのか、セレナはツンツンしている。

「我が国は今、大国を目指して計画的に発展している最中です」

 ミーシャが胸を張る。
 それがまた、セレナには気に食わない。

(偉そうに胸張ってんじゃない! この貧乳が!)

 グランが民家の並びに目を走らせる。

「建造物の強化か。
 自然災害や敵国からの攻撃に備えて、堅牢な国造りの最中なんだな」

「さすがはグラン殿。その通りです。
 今、我が国はインフラ整備を進めている最中です。
 それが終われば、観光に取り組む予定です。
 セレナ殿にも満足いただけるイベントが、
 毎日のように開催されるでしょう」

「確実に大国への階段を上っているな。
 ミーシャ、お前の主人は有能だ」

 ミーシャがセレナに、勝ち誇った表情を向ける。
 セレナの顔が怒りで真っ赤になる。

「この国は、冒険者を受け入れていないの?」

「なるほど。そう言われれば」

 クロエとユリアの会話を、ミーシャは聞き逃さない。

「お二人とも、素晴らしい観察眼をお持ちですね!」

「誰一人、武器を装備していないからな」

 ミーシャの賛辞に、ミンがクールに応える。

(わけ)あって、我が国は現在、帯刀を禁止しています。
 もちろん、皆様は結構ですが。
 ですが、正門で装備を預かるだけです。
 ですから当然、冒険者も入国できます。
 冒険者目当ての商売が繁盛しないと、税収が落ち込みますから」

「帯刀禁止令の理由は、それを出した張本人から聞けばいい。
 つまり、マギヌンだ。
 だから今は、マギヌンがいる城まで急ぐぞ」

 グランとミーシャが、スタスタと歩き出す。
 他のメンバーも後に続く。

(ちょっと! パーティの行動は私が指示するんだって!
 ったく、意地悪魔法使いに貧乳諜報員め!)

 一人だけ怒っているセレナを含めたパーティが、マギヌンとミルン王がいるベルマ城を目指す。
 ベウトンは首都だが、決して華美ではない。
 が、住民の生活レベルは高い。
 決して貧しい国ではない。
 国ぐるみで、上手な金の使い方を知っているようだ。

「あれ、得物を持ってる人達がいるじゃん。って、ミルン国の兵士か」

 レスペの指摘どおり、武装したミルン国の兵士が十人ほど、一塊になっている。
 そこに、ベウトンの民が何人が並んでいる。

「我が国は、水をとても大切にしています。
 生活用水は、未だに全て井戸から組み上げています。
 そして兵士達は井戸を守っているのです」

「インフラ整備は全く進んでいないようだな。
 未だに、井戸から直接とか。どこの村だよ」

 セレナがミーシャに勝ち誇ったように突っ込む。
 しかし、

「大国化には、避けて通れない戦いもあるでしょう。
 その時に備えて、節制した生活を民に意識づけているのです」

 理論的にミーシャに言い返される。

「ど、どうして井戸から直接水を組むことが……」

「黙れ。手間がかかるほど、人間は物を大切にする」

「さすがです、グラン殿」

 ミーシャがニッコリ笑顔をセレナに向ける。
 女達の冷たい戦争、開戦。

「節水に例外はありません。つまり王族も軍幹部も。
 そして、皆さんのようなゲストも。
 皆さん、しばらくミルンにいていだだけるんですよね?」

「急にどうした、貧乳。
 私達の巨乳で劣等感に悩まされるなら、出ていってやるぞ?」

 セレナがふんそり返って、乳を強調する。
 そんなセレナに、クロエとユリアがふんぞり返って爆乳を強調する。
 ここでも、女達の冷たい戦争勃発。

「私が言いたいのは……。
 入浴は全員、大衆浴場を利用するということです」

 貧乳呼ばわりに耐性があるミーシャは、セレナを無視して続ける。

「大衆浴場?」

「混浴だ」

 ピンと来ないセレナに、グランが答えを教える。

「こ、混浴!? まだ嫁入り前なのに!?」

「黙れ。お前に、嫁のもらい手があると思っているのか?」

「何だとグラン! 今のはアッタマきた!」

「先程の兵士達は、井戸を守っていたのね?」

「頭に来ただと? 中途半端巨乳が、偉そうなことを抜かすな」

「その通りです。
 井戸がベウトンの、いえ、ミルン国の命綱ですから。
 敵対勢力は、毒を混入しょうとするでしょう」

「誰が中途半端だ! クロエとユリアの乳房が爆弾過ぎるのだ!」

 余計は華美がない、質実剛健な国。
 そんな国の首都をワイワイガヤガヤと進んでいると、ベルマ城に到着した。
 城というより、要塞に近い。
 城の頂上には、弓矢兵が二個小隊、百人ほど配置されている。
 さらに城の正門から本丸までは、細くジグザグの道が続く。
 これでは、大軍での城攻めは不可能だ。
 さらに、矢を射る小窓があちこちに設置されている。

「戦争でもする気か? 難攻不落過ぎだ。
 マギヌン将軍は、臆病者なのか?」

 セレナがミーシャに一矢報いる。
 ミーシャの顔が怒気で真っ赤になるが、

「マギヌンは、臆病ではない。神経質でもない。
 細部にこだわる傾向はあったが。頭のいい奴だ。
 そして基本的に、真面目だ。羽目を外すときは、とことん外す奴だが」

 グランのフォローで形勢逆転したミーシャが、セレナに満面の笑みを返す。

「腹立つわ、この貧乳スパイ! 今に見てろ!
 勇者の凄さ、思い知らせたるけぇの!」

 怒りで口調までおかしくなったセレナを放置し、一同はベルマ城本丸に入った。
 謁見の間へ通される。
 謁見の間も、神職の居室のようだ。
 必要最低限の物しか置いていない。
 派手さとは無縁の空間。

「ところで、グラン様。
 そろそろ、マギヌン殿との関係を教えてください」

 クロエが口を開く。
 そのうちグランが説明するだろうと、誰もが待っていた。
 が、本人がいつまで経っても説明しない。
 パーティメンバーの我慢は、限界に達した。
 そこでクロエがパーティを代表して、質問した。

「昔、同じパーティにいた。
 今のリーナパーティだ。その初期メンバーだった」

「何だ、想像通り……ええっ!?」

 セレナだけではなく、パーティメンバー全員が驚いた。
 ミーシャまで、驚いている。

「え、“貧乳”もマギヌン殿から聞いてないのか?」

 セレナの問いに、

「ええ、“中途半パイ”。将軍からは、ただ旧友だと……」

 驚愕に満ちた室内に、時の人が現れた。
 マギヌンだ。
 服装こそ礼服だが、帯刀している。

「この度は、よくミルンに来てくれた。まずは、感謝申し上げる」

 そこからマギヌンが一通り、社交辞令を述べる。
 それが終わると、セレナがパーティメンバーを紹介する。
 さて、ついに元パーティ同士の感動の再会だ。
 照れて何も言えないのか。
 気持ちに正直になって、泣きながら抱擁するのか。
 セレナ達とミーシャは、ドキドキワックワクだ。

「で、グラン。久しぶりだな。まだ生きていたか」

「お前こそ。しぶとい奴だ。しかも、将軍の座まで手に入れたか」

 「男同士だから、照れてるのよ! だから、あんな言葉を言っちゃうのよ!」と、密かに女子達と去勢は盛り上がる。

「俺を殺すんだったな?
 バトルマスターにして、魔法戦士の俺を。
 よかろう、返り討ちにしてやる。
 カートンではなく、ベウトンが貴様の死地だ」

「大口を叩くようになったな。ミルン国将軍は今日、殉職する」

 女子達と去勢の目が点になる。
 「何かの冗談だろう?」。
 冗談ではなく、マギヌンは抜刀した。
 グランは魔法を練る。

「お前は、リーナに手を出した。
 骨一片残す気はない。最大破壊魔法で殺す」

「貴様が魔法を放つ前に、俺の魔法剣で串刺しにしてやる」

 新しい土地。
 新しい国。
 新たな登場人物。
 新しい冒険。
 
 その始まりは、今後の嵐を予感させる船出となった。
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