第45話 「報復」絶倒、絶好調

文字数 4,116文字

「指揮官は、特級の吸血鬼だ。
 名は……ラーコス。
 奴は、油断しきってる」

「ほぉー。特級の血吸いの名前が分かったのは、
 他の誰かがそいつを呼んだのを、
 使い魔越しに旦那が聞いたからだよなー?
 それでー、何でラーコス特級閣下は油断してるって分かるのかなぁ?」

 あまりの愉快さに我慢できず、モグリが口を開く。

「カサン連合軍の生き残った兵士三十二人を、
 奴が一人でブラムスに転移するからだ」

「三十二人を転移!? それも一人で!?」

「そんな……そこまでの魔力を持っているなんて……」

 グランの返答に、ユリアとクロエが最も敏感に反応する。
 魔法使いゆえに、三十二人の転移がどれだけ莫大な魔力を要求されるのか、知っているからだ。
 そしてその反動は、特級クラスの吸血鬼でも死亡のリスクを伴うほど激しい。

「私も元魔法戦士だから分かるが、
 本来は『物の移動』専用に作られたのが、転移魔法だ。
 それで、三十二人もの人間を……。
 血吸いどもはどこまでも、人間を物扱いか……」

 一瞬、悔し気な表情を浮かべたトーレスだが、すぐに冷静な領主の顔を取り戻す。

「その転移が終われば、
 確かにラーコスとかいう吸血鬼の魔力は底を尽くだろうな」

 トーレスが顎に手をやる。

「それだけじゃない。
 三十二人と一緒に、報告役の吸血鬼も転移させる。
 つまりこの場合は、副官だ。
 この転移が終われば、カサンにいる吸血鬼はラーコスだけになる。
 俺が暗殺し終わった瞬間に攻撃できる種族は吸血鬼だけだが、
 その連中がラーコス以外、誰もいなくなる……待て、転移……させた」

 トーレスやセレナ達は、息をのんで待った。
 グランがカサンに転移するのを。
 だがしばらく待っても、グランは転移しない。
 最も早く痺れを切らしたのは、もちろんセレナだ。

「何をしている!? 吸血鬼は回復も早い!
 ラーコスとかいう奴の魔力が回復するぞ!」

 転移は反動が大きいとグランに(いか)り、今は転移しないことに怒鳴っている。

「黙ってろ。
 俺は、タイミングを計っている。
 ラーコスとバルログが、直線上に並ぶタイミングをな」

(また私には「黙ってろ」だ!
 たまには会話を成立させろ!
 私一人が怒鳴ってて恥ずかしいだろう!)

 その怒りが、とても他人には聞かせられないという自覚はあるので、セレナは口に出せない。

「しかし暗殺とはいえ、
 特級の血吸いとバルログと戦えば、
 時間がかかってしまう。
 他の魔物達が襲ってくる点については、どんな手を?」

 トーレスの疑問はもっともだ。

「特級野郎には、『消滅』を使う。
 たかが炎の塊でしかないバルログなど、凍らせてしまえばいい」

「……何を聞いても規格外の答えが返ってくるが……。
 敵を遺伝子レベルで消し去る『消滅』の魔法は、
 反動が大きすぎて死亡する可能性が高いと聞く。
 上等賢者が魔法石三個の力を借りて、ようやく放てると聞いているが……」

 魔法石は、便利な魔道具だ。
 用途が豊富な点が大きい。
 身に着けているだけで魔力が上がるモノもあれば、回復させるモノもある。
 トレースが言ったように、消費と反動が大きい魔法の補助としても使われる。
 ただし、その絶対数は少ない。
 レベルが上等の魔物だらけの迷宮の奥底をはじめ、海底や火山などから発見される。
 決死隊が冒険をして、数個手に入るかどうかの貴重品だ。

「特級野郎とバルログを一瞬で殺す以上、
 俺だけリスク無しは有り得ない。
 死ぬかもな。
 で、それがどうかしたか?」

 そんなグランが遠い存在過ぎて、もう誰も口を開かない。

(自分が死ぬかもしれないのに、
 「それが何か?」だってよ!
 旦那のサイッコーっぷりを、
 世界中の吟遊詩人どもに歌わせてやりてー!!)

 モグリの内心だけが、祭り騒ぎだ。

(リーナを、殺そうとした奴等だ。
 実際、パシの英断と覚悟が無ければ、
 リーナは死んでいた。
 カートンで奴等をノンビリ待つ気はない。即、報復してやる)

 その本音を、グランは口にしない。
 恥ずかしさや軽蔑されるリスクが理由ではない。
 自分とリーナの絆は、誰にも分からないからだ。

 セレナの我慢切れ第二波が来る。

「グラン! もうラーコスとかいう特級は……」

「黙れ……来た!」

 言うなり、グランの姿は一瞬で消えた。

 また、「黙れ」だ。
 セレナは涙目を見られないよう、天井を見上げた。



 カサンの魔物達は、苛立っていた。
 そして指揮官である特級吸血鬼・ラーコスは、怒り狂っていた。
 ラーコスは、吸血鬼独特の銀髪をギトギトの脂でオールバックにしている。
 目は釣り上がり、唇の薄さは非情さを物語っている。
 ノータイで、体にピッチリと合ったスーツ姿。
 その色は、闇より濃い黒色。
 吸血鬼の服装は男女問わず、こうしたスーツ姿がほとんどだ。
 例外は、深紅のドレスで着飾った女王・ローラぐらいだ。

 世界ランキング一位のリーナパーティがいる時点で、ラーコスも苦戦は覚悟していた。
 だがブラムス本国が立案した戦術とはいえ、自分は完璧にそれを遂行してみせた。
 実際、世界ランキング一位パーティ殲滅(せんめつ)まで、あと一歩だった。
 そこまで追い込んだ。
 しかし。
 しかし、自分達の養分でしかない下等な人間どもが、最後の最後に抵抗してきた。
 その抵抗は、想像を超える粘りを見せた。
 特に、このカサンの領主だったタンクの戦いぶりは、狂戦士(バーサーカー)としか表現できない。
 お陰で、隷下の魔物達に大損失が出た。
 何より、本国最高幹部達の自分への評価は急降下したに違いない。
 初めから自分が戦っていれば、こんな醜態を(さら)すことはなかった。
 それを最高幹部達は、良しとしなかった。

 指揮官に何かあれば、だと?
 この俺が、養分ごときに遅れを取るとでも?
 ローラ女王陛下やスピラーノ将軍閣下、それにネット副将軍も、自分を過小評価し過ぎている。
 だが、ここで自分のキャリアは終わりではない。
 引き続き、カートン侵攻も任されている。
 だが、いつ女王陛下達の気が変わるか、分かったものではない。
 人間達が勝手にランク付けした「特級」クラスの同族は、他にもいるのだ。
 つまり、自分の代わりはいる。
 交代が嫌なら、自分の代わりはいないという功績を上げるしかない。
 だからさっさとカートンを落として、たっぷり養分を本国へ送るのだ。
 名誉挽回のチャンスは、その一回きりだ。
 そして自分は、そのチャンスを必ずモノにしてみせる。
 さらに上にあがり、副将軍の座を射止めてみせる。

 そんな出世欲の塊であるラーコスにしてみれば、カートン進軍への準備が遅過ぎる。
 そこで一番のお荷物ながら、最大の手柄でもある養分達――連合軍兵士三十二人を、本国へ転移することにした。
 副官には、止められた。
 この副官は、人間達が勝手につけたランキングでは「上等」の吸血鬼にあたる。

 若造のくせに、この俺に意見するとは。
 初めから生意気な口を利く、いけ好かない奴だった。
 だったらお前も一緒に、本国へ転移させてやる。
 どのみち女王陛下は、伝心ではなく、直接の報告を部下達に要求する。
 丁度いい。
 お前が(ひざまず)いて報告している間に、俺は次なる養分の街を落としてやる。

 そしてラーコスは、有言実行した。
 副官は最後まで、三十二の養分と一人の吸血鬼を転移させるなど、自殺行為に等しいと抵抗した。
 だが、無理矢理黙らされた。
 どれだけ正論を吐いても、力で上等は特級に敵わない。

 転移が終わり、ラーコスは安堵した。
 直後、吐血した。
 転移が大量過ぎた。
 体内の魔力バランスが、不均衡過ぎる。
 それでも、攻撃の(かなめ)となるバルログの片腕は、治癒しなければならない。
 今の残存魔力で行えば、吐血で済まないかもしれないが。

 全く、忌々しい領主にしてタンクだった。
 生け捕りにされれば養分になるからと、最後は自害しやがって。
 クソッ、バルログに治癒魔法使っても、俺は大丈夫だろうな?

 数秒後、その悩みから永遠に解放されることを、ラーコスは知る由もない。



 ラーコスが、バルログの治癒に向かう。
 足元がフラついている。
 そのせいで、思ったように歩けない。
 しかし足取りはどうあれ、ラーコスとバルログが直線上に並ぶ。

 その瞬間。

 ラーコスの前に、黒いローブを羽織った男が現れた。
 『魔力の質からして、人間だ』。
 それが、ラーコスの最後の意思となった。
 男が右手で、ラーコスの顔面全体を掴む。
 左腕は、バルログに向かって伸ばす。
 周囲にいた魔物達は突然の出来事に、呆然としている。

 黒いローブ姿の男の目に、廃墟となったカサンの街並みが飛び込んでくる。
 使い魔越しに見た、死を覚悟した悲壮なリーナの表情が浮かんでくる。

「貴様等! これで終わりではない!
 始まりだ!
 人類がお前達にあたえる攻撃、そして恐怖のな!」

 ラーコスは、恐怖や怒りといった感情を抱く暇も無かった。
 男が吠えた直後、最初から存在しなかったかのように、消滅した。
 同時に、バルログが氷結する。
 我に返った魔物達が、一斉に黒ローブの男に襲いかかってくる。
 だがその時にはもう、男の姿はなかった。

 副官の上級吸血鬼がいれば、両手が塞がった男を殺せたかもしれない。
 だがブラムス側にとっては、全てが誤算だった。

 氷結して彫像のようになったバルログが倒れ、砕け散る。

 その様子はまるで、

「近い未来、お前達全員に起きる最期だ」

 との、黒ローブの男からのメッセージのようだ。

 カサンを滅ぼした上等揃いの魔物達全員に、寒気が走った。
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