第58話 おーいおーい、脳筋むーすーめー

文字数 3,610文字

 高級宿の朝は、昨日と同じように始まった。
 執事達が新鮮で美味な朝食を人数分、準備する。
 トーレスにモグリ、セレナパーティの全員が揃った。

「報告が一つある」

 全員が食べ終えたのを確認して、グランが口を開く。

「敵の新しい指揮官と副官についてだ。
 副官は他の吸血鬼に変わったが、上等吸血鬼に変わりはない。
 特筆すべきは、指揮官の方だ」

 グランを見る全員の目が、爛々(らんらん)と輝いている。

「指揮官に就いたのは、ブラムス副将軍のネットだ」

 場が、一瞬静まり返る。
 直後、床が抜けるほど、気合いの(こも)った怒声が飛び交う。

「何を今さら! あらゆる悪を聖なる光で焼き焦がすまで!」

「『副』なの!? 将軍が来なさいよ!」

「まだ侵略する人間領域が二つ目なのに、
 もう副将軍の投入か。吸血鬼達は焦っている」

 最も吠えているのは、グラン三人娘達だ。
 クロエにユリア、そしてミン。

「ブラムスには、
 女王直轄の精鋭部隊『十三の刺客』と呼ばれる連中がいる。
 ネットの強さは、こいつら一匹に匹敵すると言われている」

 また一瞬、場が静まり返る。
 次の気合いが入った怒声は、高級宿を破壊せんばかりの勢いだ。
 戦争前の兵士や冒険者に見られる、「ウォーハイ」の状態だ。

「ジイさんの刺客って、お年寄りばっかりだな!
 余裕だろ!」

「何なら『十三の刺客』の皆様方も、
 ここカートンへ、お気軽に来ればいいのによぉ!
 それはそれは、丁重におもてなしさせていただきますぜぇ!」

「『十三の資格』っすか!?
 ジョブを十三個持ってても意味ねえ!
 ジョブは数で勝負じゃないんだ!」

「『十三の刺客』とも、人間はいずれ戦わねばならない。
 だが今回は、実力が刺客の一人と同等というレベルだ。
 『十三の刺客』は、多種族で構成されている。
 そのため、攻撃の幅が広いらしい。
 思い掛けない角度から、攻撃してくると聞いている。
 そんな連中が参戦してこないなら、不幸中の幸いだ」

「角度!? 『十三の死角』の方か!
 人の死角を十三も見つけるとは! しかし無駄だ!
 死角からでも私がカウンターで斬る!」

「何でもいいから、女王来い! 女王と一対一(サシ)でやってやる!」

 威勢のいい言葉が飛び交う。
 レスペだけが、何か勘違いしている。
 だが、問題はない。
 勘違いしている敵と、今回は戦わないのだから。
 オルグの発言は、全く聞き取れなかった。
 だが、問題はない。
 大したことは言っていないのだから。
 ウォーハイは遅くとも、明日の朝には落ち着いているだろう。

 その時、ユリアは自分の内側から声を聞いた。

「(巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった)」

 その内なる声を発したのが誰かは、分からない。
 だが、明瞭に聞こえる。
 とても重要なことを、教えられている気がする。
 だが、思い当たる(ふし)はない。
 そんなユリアを、グランは黙って見ていた。

 イチネンボッキで力を得ると、人によっては、近い未来が分かるようになる。
 ただし、個人差が激しい。
 また未来の見え方も、人それぞれだ。
 ユリアの顔つきや放つオーラから、イチネンボッキで未来を把握しかけているのが分かる。
 けれど、まだ力不足なので、見えている未来の意味が分かっていない。

(最もイチネンボッキの注入が遅かったユリアが、
 未来を感じるようになったか。
 まだ明確には、見えていないようだが。
 だが、いずれ自分の能力に気付き、上手く活かすようになるだろう)

 ウォーハイの喧騒の中、グランはユリアを静かに見ていた。
 その視線には、期待が込められていた。



 首脳会議を構成する各国の王達は、「他国を見捨てない」アリバイ作りを、もう一つ行った。
 カートン侵攻軍の幹部達の首に、懸賞金をかけたのだ。
 その額は、孫の代まで遊んで暮らしても使い切れない。
 命知らずの懸賞金ハンター達は、飛びついた。
 だが標的を聞いて、次々と退散していった。
 残ったのは、一部隊だけだった。



「弱っちい人間どもが、隠れんぼしてるね。
 ボク一人で、全員殺していいよね?」

 カートンへの行軍は、女王からの「急げ!」という(めい)により、強行軍だ。
 休憩すら無い。
 幹部達ですら、ストレスが溜まっている。
 しかしそれは、体力面での問題ではない。
 余裕だったはずの女王の態度が一変したことに、ストレスを感じている。
 指揮官の言動が不一致を起こすと、現場に不平不満が溜まる。

「たとえ人間とはいえ、あなた一人で、二百人を殺せるの?
 たかが淫魔のあなたに」

「オバサン、キモイよ。
 人間の前に、年増の魔女を先に殺しちゃおうかな」

 インキュバスのエトーと魔法部隊指揮官であり、魔女のサバトの口論が始まる。
 二人の口論を聞き飽きている吸血鬼のネットとゾーフは、ウンザリした。

「黙って進め」

 ゾーフがネットの胸の内を代弁する。

「女王もさ、そんなに大慌てなら『十三の刺客』を使えばいいじゃん。
 ボク達ばっかり、こき使って」

「女王陛下には、陛下なりのお考えがある」

 ネットがピシャリと言うと、エトーはプイッと横を向く。
 「十三の刺客」は人間の大国とエルフ、そしてドワーフ殲滅(せんめつ)に投入する。
 そんな女王の算段(さんだん)をネットは知っていた。
 だが、口が軽いエトーに教える義理はない。

「だがまあ、確かに人間が二百匹、潜んでいるな。
 姿隠しと消音魔法が粗末過ぎて、隠れているうちに入らんが」

 ゾーフが現状を分析する。

「人間の中では、強い方だよ。
 吸血鬼を上手く暗殺できたから、図に乗ってんじゃないの?」

 ネットとゾーフは、生意気なエトーに怒りを覚える。
 しかし痛い点をつかれたので、言い返せない。

「奴等は、カートンから来た奇襲部隊ではない。ただし、正規軍でもない」

 ネットの発言に、サバトとエトーは(しら)けていた。
 ゾーフの表情は、全く変わらないが。

「そんなの、分かってるよ。
 相手は、弱っちい人間だよ?
 でもさ、クッソ真面目に使い魔を飛ばして偵察してるの、
 副将軍だけじゃないよ?」

「人間の中でも特に愚かな王達が、
 私達に懸賞金でもかけた、ってところかしら」

 こんな時だけ、エトーとサバトの息が合う。
 ネットは溜め息をついた。
 エトーもサバトも、特級クラスだ。
 強い者ほど、隙を見せない。
 二人とも使い魔を広く飛ばし、人間の動向を詳細に探っている。

「それでは、こうしょう。
 幹部特権で、我々四人だけで奴等を始末する」

「それでいい」

 ネットの提案に、ゾーフが即答する。
 吸血鬼側も、息の合ったところを見せなければ。
 自分だけで始末したかったエトーとサバトは、渋い顔だ。
 だが、何も言い返してこなかった。

「私も加えろ。私も幹部だ」

 大気がビリビリと震える。
 巨躯(きょく)ゆえに、ヨトゥンの耳は遥か上にある。
 が、地獄耳らしい。

「分かった。では、五人で殺ろう。
 他の兵には手出し厳禁と、指示を徹底させろ。
 どのみち、奴等の狙いは我々幹部の首だ」

 ネットの一言に、他の四人は頷いた。



 グランは一ミリの隙もないよう、カートンの外周全てに物理防壁と魔法防壁をかけていく。
 これでカートン付近に転移魔法を使って、兵を送り込むのは不可能になった。
 カサンでは、転移で現れた敵に奇襲を受け、正門を破られている。
 二の舞にならぬよう、グランは防御にも余念がない。

 モグリは、カートンの要塞化を終えていた。
 今は敵を罠にはめるため、連合軍幹部を引き連れ、技師達と連携を詰めている。
 完全封鎖すれば、カートン内にいる敵に逃げ道は無い。
 地の利を活かして、戦える。
 空には、グランが魔法トラップを仕掛けておいた。
 このトラップは、敵が接触しても、すぐに作動はしない。
 グランが発動させて初めて、トラップが作動する。
 完全封鎖後に、発動させる予定だ。

 完全封鎖は、人間にだけ都合がいいシステムに見える。
 だがそれは、大間違いだ。
 カートン内の人間達にも、逃げ道はなくなる。
 だがその点を、グランとモグリ、トーレスは問題視していない。
 カートンで戦うと覚悟を決めた戦士達の誰一人、逃亡など考えていないのだから。

 グランにとって唯一の懸念材料は、首脳会議だ。
 奴等は使い魔を飛ばし、安全な場所からカートン戦をリアルで見る。
 余計な真似をしなければいいが。

 
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