第14話 滅びの国の中心で、イクッと叫ぶ

文字数 4,885文字

 勇者もラント国で鍛錬を受ける.
 だが鍛錬場所は、デーア神殿ではない。
 ラント城の極秘施設で、極秘鍛錬を受ける。
 だからラントに連行されても、グランとリーナは離れ離れにされた。
 結果として数年間、会うことはなかった。

 グランは内心、首をかしげる。
 世界一位と二位のパーティは、ラント国とドラゴン国の精鋭混成団だ。
 だがどちらの国にも、宮廷付き武闘家というポジションはなかったはずだ。
 あったにせよ、宮廷付きでなく、国王付きなどの名称で呼ばれるはず。

「続きがある。
 門下生を全員倒せるようになったら、
 父が魔物を呼び寄せる。
 魔物は、門下生と違う。
 私を殺すために襲ってくる。
 その魔物達を全滅させるまで、鍛錬は終わらなかった」

 ミンの独白に、誰も言葉を返せない。
 まだ冒険者養成校の対象年齢前なのに、死んでも不思議ではない鍛錬を課す。
 そんなミンの父親とは一体、何者なのか。
 五歳で黒魔導士や勇者の鍛錬を始めたグランやリーナは特例にせよ。

「厳しい父親だったんだな。
 でも、そのお陰で強くなれた。
 父親に感謝だな」

 レスペの感想は、常識からズレている。
 だが生粋の戦士ジョブ・アマゾネスらしい。

「初めの鍛錬は、
 自分の背丈よりも大きい杭にあらゆる技を叩き込むことだった」

「それは武闘家として、基本的だな。
 木の杭を殴って蹴ってたわけだ」

 ミンの重い思い出話に、ワザとセレナは口調を軽くする。

「違う。杭は木製じゃない。鉄だった」

「へ?」

 間抜けな声を出したのはクロエだ。

「鉄の杭は一発突くだけで、拳の骨が砕けた。
 それで父に叱責された」

「なーんかミンの父親って、不思議な人だな」

 感想だけ聞いていると、レスペが農耕民族に思えるほどだ。

「父の教えは『技は体で行うにあらず。
 気で行う。
 体は後からついてくるオマケ』だそうだ」

「オマケって……。
 ユニークな父親を持ったんだね」

 クロエが必死にフォロー。

「つまり、肉体での戦いには限界がある。
 すぐに壊れるからだ。
 また、威力を増すためにも、
 気功法の使い手になれということだろう」

 「そのとおりだ」

 グランの指摘を、ミンが肯定する。

「ということは、お前は気功を撃てるわけか。
 これは心強い」

「あの……気功って何ですか?」

 一人納得するグランに、慌ててクロエが質問する。

「簡単に言えば、己の体内にある気と、
 周囲の空気を圧縮させたものを混ぜ合わせて、
 衝撃波を相手に食らわせるんだ。
 クロエ、なぜお前は同じパーティなのに、それを知らない?」

 グランの最後の一言に、クロエはアタフタと動揺する。

「クロエが余裕を持って味方や敵を見られている間は、
 ミンは気功を使わず、
 肉体による攻撃を行っているからです。
 気功を使うのは、
 戦闘が修羅場になってからなのです。
 その頃には、
 クロエは治癒を初めとする魔法の詠唱で、
 それどころではありません」

 同じ魔法使いのユリアが庇う。

「あの、初めから気功を使った方が、
 戦闘が安全に早く終わりませんか?」

 クロエの素朴な疑問に、ミンが苦笑する。

「内なる気と外なる気を同化させて放つには、
 独特の呼吸が必要だ。
 この呼吸が著しく体力を奪う。
 そして内なる気は有限だ。
 残り少なくなれば、動悸がして息切れがする。
 それでも無理をして使えば、簡単に死ぬ」

 俺の精力は無限だから、何かが有限な人間には同情するよ。
 グランは言葉に出さず皮肉った。

「とにかく、
 世界ランキング二位のパーティに所属できたんだ、
 父親も誇らしいだろう」

 この大雑把な意見は、レスペらしい。

「父は死んだ」

「これは失敬」

 レスペが素直に謝る。

「でも同郷の民達は、
 あなたを誇りに思っているでしょう?
 あなたは、ドラガン国のどこ出身なの?」

 上品に尋ねるユリアを見ているだけで、欲情してくる。
 これはとんだ上物だと、グランは内心舌なめずりした。 

「私が生まれ育った国は、
 吸血鬼に滅ぼされた。
 父は最後まで戦ったが、
 男の高等吸血鬼に、生きたまま血を吸われた」

 話の最悪のオチに、誰も言葉が出ない。

「父とかつて冒険をともにした人のツテで、
 ドラガン国にやってきた」

 メンバー達も自分の辛い過去を思い出しているのか、口を開かない。

(そんな数奇な運命を辿り、
 過酷な試練を乗り越えたのに、
 去勢野郎とヤることはヤッてるわけだ。
 実に面白い素材だ)

 グランだけが、内心楽しんでいた。

(しかし、
 このミンも内に秘めたポテンシャルを開花させれば、
 戦士として、ムサイを超えられる逸材だ。
 まあ、開花を阻止する要因は、大体想像がつくが。
 一応、隙をみて精神作用の魔法で記憶と心の底を覗くか)

 グランの、次の凌辱の標的が決まった。

(ただ、レスペもとても似ている。
 レスペも、ポテンシャル開花を阻止する要因がある。
 ま、おいおい見つけて、俺の精力で解決してやるさ。
 そして)

 グランが、パーティリーダに目を移す。

(セレナ、この女だ。
 勇者らしく気高き女。
 しかし、
 世界一位のリーナに追いつけないもどかしさで、
 悶絶してやがる。
 リーナへの嫉妬の塊だ。
 これは食い甲斐があるから、最後まで残しておこうか)

「そういえば、
 グランとリーナは五歳で鍛錬を始めたんだったな?
 三年間で終わったということは、
 八歳でパーティを組んだのか?
 八歳で冒険開始は、いくらなんでも……」

 最後の楽しみに取っておくことに決めたセレナから問われる。

「プルガのババアからの拷問が、三年で終わっただけだ。
 それから戦士と、それこそ武闘家から鍛錬を受けた。
 肉体でも戦える魔法使いが最強だと言われてな」

「鍛錬時から、世界一位は違うな」

 セレナが溜め息を吐く。

 セレナ達への答えは本当だった。
 ただ、続きを”はしょった”だけだ。
 グランは暗殺家からも鍛錬を受けている。
 そしていよいよ冒険を始めるための準備作りに入ると、自由な時間があたえられた。
 その時間を利用して、超大国・ラントでも指折りの、凌辱師と調教師から鍛錬を受けた。
 各々が過去を振り返っていると、カートンの街が見えてきた。



 カートンの正門に到着した。
 すでにセレナから、冒険者パスを受け取っている。
 ローブで顔を覆えば、正門を守る衛兵達にグランの正体が露見することはない。
 リーナ達がカートンを通ったことは知っていた。
 しかも、自分の追放後すぐに。
 ということは、カートンの領主に経緯報告し、国王報告へ早馬を走らせたに決まっている。
 その過程で、口の軽い兵士や役人達から、自分が追放されたことは洩れている。
 カートンの住民が一番早く、それらを知っているわけだ。
 そして、拡散範囲も広いだろう。
 正体は、バレないようにしなければ。
 自分の顔に、(かすみ)がかかる魔法をかける。
 霞は薄いので、セレナ達に自分の顔は分かる。
 だが第三者には意外と効く。
 便利な魔法だ。

 野宿を挟んだ冒険を行い、互いの過去を打ち明けたせいか、グランはパーティの中でそれほど浮いた存在ではなくなっていた。
 だから宿決めの段階になると、他メンバーは複雑な顔を見せた。
 だがグラン自身が、まだ正式にメンバー入りしていないことを理由に、宿は別にすると決めた。
 このまま問題を起こさないなら約束通り、セレナはラント国に早馬を飛ばし、グランをメンバー入りさせねばならない。
 だが、セレナは知っている。
 あの夜、グランがクロエを凌辱したことを。
 しかもそれを見て、思わず我を見失った――自慰行為に走ってしまった。
 あの時、自分は自分で無かった。
 記憶から抹消してしまいたい。

 それはともかく、昨夜の警戒も疑わしい。
 グランに押し切られて、警戒をクロエと組ませたが。
 寝起きに違和感を覚えた。
 グランがクロエにまた(みだ)らなことをしょうと、眠りの魔法を使った可能性がある。
 そう思うと、どうしても正式なメンバー入りを躊躇してしまう。
 
 セレナはそんな悩みを一切外に出さず、宿に到着すると、他のメンバーの労をねぎらった。
 今から昼食までは、自由時間だ。
 昼食の店と集合時間は、グランの提案を採用した。
 採用するしかなかった、という表現が適切かもしれない。
 威圧的でも脅されてもいないが、女が逆らえないオーラのようなものを感じてしまう。
 それでも……それでも、このパーティのイニシアチブは決してグランに渡さない。
 それは「ヴァルキリー」としての不文律であり、何よりセレナの意地だった。
 あの男に気を許してはいけない、絶対に。

 ふと、グランはどう過ごしているのか気になった。
 クロエが自室に入るのは確認したので、彼女の体を求めることは無さそうだが。
 そんなことを考えているとなぜか股間が熱くなったので、セレナは慌てて自室に入り、シャワーを浴びることにした。



 あの女勇者だけ、眠りの魔法にかけられたことを薄々気付いているな。
 そう確信していたが、グランは気に留めない。
 魔法をかけた痕跡など、綺麗に消した。
 立証などできない。
 今はそんなことより、調べものだ。
 街とはいえ、カートンには図書館があった。
 この国・レイジは辺鄙な場所にあるが、大国だ。
 理由は簡単で、世界で唯一、吸血鬼の国・ブラムスに隣接しているからだ。
 レイジ国が陥落すれば、吸血鬼達は今以上に大軍を各国に送り込める。
 人間をはじめ、エルフもドアーフも、全ての種が蹂躙されるだろう。
 人類にとって要であるレイジ国には、各国の軍隊から構成される連合軍が駐留している。
 人口が増えれば、商魂たくましい商人達が集まる。
 その商人相手の商人が……という具合だ。
 連合軍は当初、様々な問題を起こした。
 所詮は寄せ集めの軍隊だ。
 そこで首脳会議により、対吸血鬼以外の一切の行動が禁じられた。
 つまり目の前で人が殺されそうでも、連合軍は何もしない、できない。
 そのしわ寄せで、レイジ国の治安は悪い。
 有志の自警団がある程度だ。

 図書館に着くと、まず落ち着いて調べものができそうな自席を確保する。
 日中だが、図書館にはそこそこ来館者がいる。
 グランは魔物に関する文献を見つけると、該当ページを丹念に読み始めた。

 陽の上がり具合から、昼食の待ち合わせ時間が近い。
 目当ての魔物調査は終わったが、他に勉強になりそうな薬学や錬金術の文献・書籍があった。
 昼食を終えてから、読むことにしよう。
 それまでは、待ち伏せしている魔物どもが、痺れを切らさぬよう願うしかない。

 図書館を出て、待ち合わせの店に向かいながら、この国・レイジに思いを馳せる。
 連合軍がいるとはいえ、吸血鬼がその気になれば、いつでも滅ばされる。
 問題は「その気」がいつ発生するかだ。
 まだ「その気」にならない理由を、グランなりに考えてみる。
 奴等にとって食料であり飲料である人間の管理が、完全にマニュアル化されていないから、という考えが現時点でシックリ来る。
 単に気分の問題かもしれないが。
 吸血鬼は計算高いが、気分屋の一面もある。
 いつでも人間を滅ぼして家畜にできると考えているなら、(なぶ)って楽しむ気かもしれない。
 同じ嗜好があるので、それはそれでグランは理解できる。
 どのみち、滅ぶ運命にある国だ。
 目の前の街並みが紅蓮の炎に包まれる様を想像しながら、グランは歩を進めた。
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