第85話 尻の痣 私は勇者と ほくそ笑み(詠み人バレバレ)

文字数 4,001文字

「グラン! ここで殺るのは止めろ! ミルンのド真ん中だぞ!
 マギヌンを殺っても、生きてこの国を出られん!」

「将軍! シミッチ村奪還には彼等の力が必要です!
 剣をお納めください!」

「グラン様! 殿中です!」

 グランをセレナとクロエが止め。
 マギヌンをミーシャが止め。
 火花散らす二人の男達の耳に、女達の制止の声は届くのか?
 だが全ては、杞憂だった。

「元気そうで、安心した。カートンでは大儀だったな」

「こちらのセリフだ。
 その若さで一国の軍を(たば)ね、
 さらに統治も行っていると聞いた。
 もっと消耗していると予想していた」

「その若さ、か。グラン、お前とは同い年だろう?
 お前こそ、その若さで世界一の魔法使いとは」

「俺の場合は当然だ」

 マギヌンとグランは声を掛け合いながら、笑って椅子に腰を下ろす。
 仲裁に入った女子と去勢は、何が起きたのか分からない。
 あのグランが、冗談を口にしている。

「ミーシャ、心配するな。これが、私とグラン流の挨拶だ」

 ミーシャに、マギヌンが苦笑する。
 彫りが濃い顔立ち。
 二重瞼で睫毛(まつげ)が長い。
 整った鼻梁は知性を、引き締まった口元は意志の強さを感じさせる。
 背が高く、やや筋肉質な体つきをしている。
 彼が、人類最年少の将軍だ。

「何が挨拶だ。リーナの件を、俺は本当に許していない」

 そう言うグランの顔も、珍しく笑っている。
 マギヌンとの友情がどれだけ深いか、その笑顔が物語っている。

「いやグラン! 許してはダメだろう!」

 懐かしさと癒しの雰囲気が流れ始めたが、セレナの怒声で霧散する。

「リーナ殿に手を出したのだろう! 断じて許さん!」

 この発言にはグランはじめ、パーティメンバー全員が驚いた。
 セレナはリーナに、友情を抱いていたか?

(お前達には、分からないだろう!
 左の尻に龍の痣があるからと、
 物心つく前から勇者として戦うことを義務づけられたんだ!
 女一人で個性が強いメンバー達を束ねながら、
 魔物達と戦う毎日だぞ?
 それがどれだけ孤独で、辛いか。
 これは女勇者にしか分からん)

 そんな本心を言葉にするのは、さすがのセレナでも躊躇った。
 勇者は希望だ。
 人前で、愚痴や弱音を吐くのは厳禁だ。

「グランのせいで、要らぬ誤解を生んだ。
 私はリーナに好意を打ち明けた。
 そして、見事にフラれた。それだけだ」

「へ?」

 女勇者がどうのこうのと、センチメンタルな考えに酔っていたセレナが、現実に引き戻される。

「告白だけでも、俺にとっては大問題だ。
 もしも告白が上手くいっていたら、お前はリーナを抱いていたんだからな」

「もうイジめるのは止めろ、グラン。積もる話もある」

 マギヌンが降参のポーズをとる。
 そんな恰好もいちいち、洒落ている。

 ゴシップ大好き女子達は、勃起なみに聞き耳を立てている。
 今、最もナウでヤングな男が、かつて世界一位の女勇者に……! 

「将軍。グラン殿達は昨日からの戦争と今日の移動で、お疲れです。
 宿と夕食の準備をさせていただかなくては」

 ミーシャが、ホスト国の役割をしっかり演じる。
 内心は、

(うう、私もゴシップに参加したかったなあ!)

 と泣いていたが。



 夕食の時刻になるまで、マギヌンが手配した宿で過ごすことになった。
 カートンの宿で、メンバー達は缶詰を経験したばかりだ。
 「また宿か」と顔に書いてある。
 が、贅沢は言えない。
 ずっと野営が続く日々もある。
 それが、冒険だ。



 今回の宿は、カートンの高級宿よりは見劣りがする。
 だがそれは、見た目の話だ。
 カートンほど豪華ではないが、造りはベウトンの方がしっかりしている。
 調度品も適量で趣味がいい。
 こんな所にも、大国化のために堅実に進む姿が見て取れる。
 ただ、各部屋に井戸で水を組むツルベが置いてあるのには全員が面食らった。
 ゲストと言えど、必要な水は本当に自分で組む必要があるようだ。
 その徹底したストイックさに女子達は、マギヌンは絶対にサディストだと確信した。

 風呂は混浴の大衆浴場らしいが、部屋にシャワーはついていた。
 一応、この宿はカートンと同じく来賓用の宿らしい。
 任務はハッキリしていないが、助っ人である自分達は、色々と便宜を図ってもらっているのだろう。

 荷をかたずけ、セレナはシャワーを浴びることにした。
 他のメンバーも入浴しているだろう。
 何しろ昨日、一つの国を、いや、下手をすれば世界の運命を変える戦争を戦い抜いたのだ。
 さらに今日は移動で、歩き通しだ。
 体が土埃と汗にまみれている。
 下着も変えたい。

 頭から、熱めのシャワーを浴びる。
 筋肉がほぐれ、疲れが抜けていく。
 長い金髪の髪を、湯が流れ落ちていく。
 弾力の塊のような乳と、強きな性格を象徴してピンッと上を向く乳首。
 股を覆う毛は、クロエに次いでパーティの中で濃い。

 シャワーをぬるめにして浴びながら、セレナは鏡に自分の尻を映す。
 左の尻肉に、深紅の龍の痣。
 勇者の証。
 この痣を持って生まれたばかりに、自分の運命は決まった。
 勇者とは唯一無二の存在で、民にとって希望の象徴だ。
 少なくともセレナは、そう信じている。
 ところが現実には、「勇者」という「ジョブ」持ちは何人もいる。
 ランキングは、百位以上が上位とされている。
 そして上位パーティには必ず、勇者がいる。
 つまり少なくとも、百人は勇者がいる。
 それでもセレナは、自分の考えと現実が矛盾しているとは思わない。

 尻の痣を、もう一度見直す。
 厳密には、尻の痣は勇者の証ではない。
 「勇者の資質がある」――その証だ。
 セレナは、そう考えていた。
 そしてやはり、真の勇者は一人だけなのだ。
 その一人とはつまり、世界ランキング一位の勇者だ。
 本物は、一位の一人だけ。
 けれど、二位の自分を卑下する必要はない。
 追いつき、追い越そう。
 ラント国やドラガン国のような大国を目指す、ここミルンのように、
 上だけ向いて駆け抜けよう。
 いつかきっと、百年の宿敵・吸血鬼を倒すため、人類総出の大部隊が結成されるはずだ。
 その先頭に立ってブラムスに斬り込むのは、私だ。



「海料理きたーっ!」

 自室での勇者ポエムを台無しにする、セレナのヒステリックな歓喜。

 セレナ達は、ベルマ城で夕食の席についていた。
 他にテーブルについているのは、マギヌンとミーシャだけだ。
 あとは、給仕が一人立っている程度。
 ゲストが多いので、今日は特別に給仕を手配したのだろう。
 普段は、絶対にいないはずだ。
 そうした無駄をマギヌンが心から嫌うことを、セレナ達は理解し始めていた。

「そんなに喜んでもらえると、食事を準備した甲斐がある。
 後で厨房に伝えておこう」

 マギヌンが笑顔を見せる。
 人懐っこい笑顔だ。

(やれやれ、人たらしめ。
 相変わらず人心掌握(しょうあく)は、お手のものか。
 まあ、そうでなければ、最年少将軍の座を掴むのは不可能だろう)

 グランがマギヌンの横顔をチラリと見て、片頬を歪める。

「それでは、料理の説明に入ろう。まず……」

「メインは金目鯛の煮付で、
 あこうの刺身にあさりとほうれん草のクリームスープ来ましたーっ!
 そして何と何と、ホタルイカの踊り食いまで! これは……」

「黙れ。マギヌン、乾杯の音頭をとってくれ」

 一人興奮して暴走するセレナに、皆が呆気にとられている。
 グランの次に我に帰ったのは、マギヌンだった。

「それでは、セレナパーティの来国に感謝を。
 ここにいる全ての者に、幸多きことを願って」

 マギヌンの発声に、

「ミルン国の繁栄に!」

 と他の者達が声をあげ、木製ジョッキで乾杯する。
 初めはビールだ。
 けれど、部屋の隅で白ワインが冷やされているのを、パーティメンバー達は目ざとく発見していた。

 グランに怒られたセレナがプンプンしている以外は、穏やかな夕食の雰囲気が流れる。

「私、海の料理をいただくのは初めてだわ」

「私もだ」

 ユリアの感動に、ミンが同意する。
 世界は、北を氷河で閉ざされている。
 同じく東も、テンスラ山脈にぶつかってしまう。
 南は、湿地帯と砂漠が広がっている。
 さらに、気難しい種族のドワーフの国・ラーオグがある。
 よって人間領域が海に面しているのは、実質、西側だけだ。
 ただし西側には、ブラムスがある。
 新興国が立つはずもなく、既存国は必死で目立たないようにしている。
 それでは、冒険をする意味が無い。
 よって冒険者といえど、海を見たことが無い者は多い。
 海産物を食べた経験も同様だ。

 しばらくは当たり障りの無い話題が続き、皆が料理に舌鼓を打つ。
 小イワシのあぶり焼きを給仕が運び、甘辛の白ワインがテーブルにやってきた。

「私が将軍になったのは、実力ではない。全て、ミルン王の采配(さいはい)なのだ」

 ワイングラスを揺らしながら、マギヌンが話し始めた。
 どうやら、本題が始まるようだ。

「そう言えば、ミルン王に謁見していないわ。
 何という無礼を。明日の……」

「謁見は不可能だ」

 クロエの言葉を、マギヌンがやや強い口調で遮る。

「ミルン王は現在、著しく認知機能が低下している。
 もう、自分が誰かも分からない。
 さらに、体中を病魔に侵されている……死期は近い」

 白ワインの甘味が消え、苦味だけが舌に残った。
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