第63話 異世界いるけど本気だす

文字数 3,974文字

「空中部隊が、ようやく到着したぞ」

 ゾーフが、冷静さを取り戻す。
 北門周辺の空を、ガーゴイル達が飛んでいる。
 人間達が潜んでいる場所は、地上からは死角になるだろう。
 だが空からなら、発見も容易いはずだ。
 何より空の敵を攻撃するために、人間達は身を乗り出す必要がある。
 ネットを初めとする幹部達に、安堵が漂う。
 ようやく、人間達を殺せそうだ。
 その安堵はしかし、すぐに砕け散った。
 人間達は堂々と死角や建造物の隠し窓から姿を現し、空に向かって矢を放ち始める。

「ガーゴイルの死体がどんどん、空から降ってくるね。雨みたいだよ」

 エトーは楽しそうだ。
 予想外に人間が手強いので、闘志が湧いてきたらしい。

 まだ空高くいるガーゴイル達も、次々に矢の餌食になっていく。

「対空戦用に、風魔法を仕込んだ矢まで準備していたか。
 人間のくせに、小癪(こしゃく)な」

 ゾーフは忌々し気だが、冷静さは失っていない。
 人間達が、ついに姿を現したからだ。
 後は、圧倒的な力でねじ伏せればいい。

「全軍、北門より突入せよ」

 総員突入を命じるネットの声も、荒ぶっていない。
 命令を受けた魔物達が、北門に殺到する。
 ただし北門の大きさから、魔物全員が一気に突入はできない。
 各部隊ごとに、突入していく。

「あーこれって! もしかして、ボク達の出番無い感じ?」

 北門でひしめき合う魔物達を見ながら、エトーが苦情を言い出す。

「私達の出番など、最初から無いのよ。
 大勢の魔物達に人間が飲み込まれるのを、ただ見ているだけ。ショーね」

 サバトが口に手を当てて笑う。

 ブラムスから来た侵略者達は、まだ知らない。
 人間の覚悟を。
 その不屈の覚悟が生む、理屈抜きの力を。



「空の魔物ども()るときはさぁ、風向きを考えてなー。
 魔法油を放つたって、弓の基本は変わんねーぞー」

「あ、そだ。弓矢部隊の皆さんさー。
 火矢であの世に逝かない敵には、(いかづち)の矢を使えばいいんだから。
 だーかーらー、落ち着いて対処していこうぜー」

 モグリが建造物から建造物へと移動しながら、兵士達に指示を出す。
 技師達のカートン改造は、要塞化と完全封鎖だけではない。
 建造物同士を繋げ、罠を張っている。
 正に職人芸だ。

「敵が増えたな、これ。そろそろ、出番かな、と」

 モグリが言うなり、トーレスから伝心で指示が飛んでくる。

「地上部隊は抜刀せよ。表に出て戦え」

 ほら来た、と言いながら、モグリが抜刀する。
 周囲にいた兵士達も、一斉に抜刀した。



 街の死角から唐突に現れた人間達に、魔物達は驚いてしまった。
 全ての魔物が上等クラスなので、感情がある。
 感情があるので、驚いてしまう。
 感情に、体の動きを支配されてしまう。
 それは人間側にとって、幸いだった。
 魔物達が、驚愕で固まっているのだから。
 そんな魔物達に、兵士が次々と斬りかかる。

「あーあ、個体の強さの差? みたいなの、
 ぜっんぜん考えないよねー、人間って。
 刀で斬りかかるとか、バカ丸出し。
 魔物達は全員、人間どもの格付けで言う『上等』だよ?
 勝てるわけないって」

 エトーが溜め息をつく。
 退屈そうだ。
 そんなエトーにゾーフが、

「それはグラン……いや、人間達も分かっているだろう。
 分かったうえで、奴等は戦術どおりに戦っている」

 冷や水を浴びせる。
 エトーは(いぶか)し気な目で、ゾーフを見返す。
 エトーには、ゾーフの言いたいことが理解できない。

(あのゾーフですら、人間の脅威評価を変え始めたか)

 ネットが横目で、二人のやり取りを見ている。

「あら、人間側の魔法使いも出てきたようね」

 サバトの一言で、ネットは視線を戻す。



 カートン領内に侵入した魔物達は、混乱の渦に叩き込まれていた。
 人間達が、自分に向ける(やいば)にではない。
 突然、視覚と聴覚を失ったのだ。
 さらに、体が重い。
 早く動けない。
 人間の気配を察知しても、斬られる一方だ。



 グランは、ただ物陰に(たたず)んでいるように見える。
 だが実際は、魔物達の目と耳を奪い、動作鈍麻の魔法をかけ続けている。
 どのタイミングで精神作用の魔法を使って相討ちさせるか、計算している。
 それでもグランは、平時と変わらない表情を浮かべていた。



 北門一帯に、魔物達があげる断末魔の叫びが響く。
 しかし魔法で創生されたゴーレムだけは、動けた。
 門外のサバト率いる魔法部隊が、操っているからだ。
 そんなゴーレムの前に現れたのは、ゴーレムだった。

「ブラムスの侵略者よ。人間領域へようこそ」

 ユリアが、ゴーレムひしめく道に立っていた。
 薄い紫色を基調とし、胸元にドラガン国の憲章が入った賢者のローブを羽織っている。
 ユリアが創生したゴーレムが、次々と攻撃を開始する。
 だが、数では負けている。

「ほらみろ。ゴーレムを出すタイミングが早いんだよ」

 セレナが鼻を鳴らしながら、姿を現す。
 同時に、ゴーレムの数が倍増する。
 セレナが創生したゴーレム達だ。

「ジョブ的に、勇者は賢者より上らしい。
 だから賢者が使える魔法は、勇者は全て使える。と、聞いている」

「あら、勇者様、余計なことを。
 イチネンボッキで強化された私の魔力なら、あの数で充分なのに」

「イチネンボキ、ねえ」

 言い過ぎに気付いたユリアが、顔を背ける。
 セレナが粘つくような視線でユリアを見る。

「戦場で、脇見をするな」

 セレナが注意した、正にその時。

「人間の女だ! 吸血鬼の皆様の大好物だぜ!」

 上空からガーゴイルの群れが、牙を剥いて襲ってくる。

「私はお前等が大好物だ!」

 叫びながら、レスペが三階建ての屋根から飛び上がる。
 宙を舞いながら、抜刀する。
 地面に着地するまでの間、空中で何度、レスペの剣が舞ったか。
 常人の目では到底、数えられない早さだ。
 そのレスペが、奇麗な着地を決める。
 睡眠不足とは思えない。
 地面には、レスペに斬られたガーゴイルの死体が十体以上転がっている。

「おー、お見事」

 セレナとユリアは、呑気に拍手している。

小癪(こしゃく)な人間の牝どもが!」

 生き残りのガーゴイル達が、猛然と襲ってくる。

「私達を牝と呼んでいいのは一人だけよ!」

「小癪な雄の魔物どもよ、滅びろ」

 クロエとミンが姿を現す。
 ガーゴイル三体の喉笛を、クロエが短剣で切り裂く。
 ミンが気功を放ち、ガーゴイル六体の胴体に穴が開く。
 オルグがソッと、シールドクラッシュでガーゴイル一匹を倒す。

「あんた達、油断大敵よ!」

 眉を吊り上げるクロエにセレナが、

「白魔導士や聖女は『尖り物』を持つのは禁忌だろ?
 なのに、クロエよ。なぜ、お前はそんなに短剣の扱いに()けている?」

 クロエがウッと詰まる。
 「尖り物」とは、先が尖った武器を指す。

「私は特殊だから、剣を握ってもいいの!」

 クロエの攻撃力は、異常に向上している。
 その原因がイチネンボッキだとは、言いづらい。
 まして、ライバルのユリアが口を滑らしたばかりだ。

「ミンも、最初から気功を撃つのか。珍しいな」

 俯くミン。
 事情はクロエと同じだ。

「で、私のパーティの何人が気付いている?
 どっかの根暗男が、お節介を焼いたことに」

 セレナの指摘どおりだ。
 レスペに浮遊の魔法をかけ、空中滞在時間を長くした。
 ガーゴイル達の五感を奪った。
 だがグラン三人娘にとって、セレナの発言は看過できない。
 三人娘が、猛然と抗議する。

「グラン様が魔法で援護してくれたから、
 私達は楽に敵の群れを倒すことができたのよ!
 その魔法の援護は、決して目では見られない。
 けれど、これこそ黒魔法の真骨頂よ!」

 魔法使いらしい、ユリアの抗議。

「根暗! グラン様に失礼過ぎる!
 ああ見えて、笑うときもあるのよ!」

 感情的な聖女らしい、クロエの抗議。

「あんたもたまには、私達にお節介を焼くといい」

 恐いもの知らずのクールビューティらしい、ミンの抗議。

 瞬く間に、セレナの顔が真っ赤になる。
 憤怒したセレナが、リーダー特権で命令を怒鳴り散らし始める。

「全員、前方を注視!
 ミノタウロスにワーウルフ……うわっ、ワームまで来た!
 あの触手魔物って、本当に気持ち悪い!」

 指示を出すのを忘れた女勇者は、ひたすら生理的嫌悪に陥っている。

「やれやれ、ね。
 セレナがいつもの調子だから、大戦争でも落ち着いて戦えるわ」

 ユリアが微笑む。

「いつものセレナだから、私が本気を出すしなかない」

 クロエとミンの声が重なる。

「私も、本気出すのは今からだ! 早く寝たいし!」

 レスペの発言は大問題だが、誰も相手にしない。
 レスペもまた、「いつもの調子」だ。
 オルグも何か言ったようだが、誰の耳にも届かない。
 「いつもの調子」だ。

「むっ! 生意気言ってんじゃない!
 私が『本気出した勇者様』を見せてやる!
 滅多に見られないぞ!」

 セレナの言葉に、メンバー達が微笑む。
 いい笑顔だ。
 劣勢な戦場でも笑えるのは、本当に強い証拠だ。

「さあ! 私達の本気を見せてやれ!」

 パーティメンバーにセレナが、気合いを入れる。

 セレナパーティは、魔物の群れに切れ込んだ。

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