第48話 ジョブジャバ

文字数 3,668文字

「俺が、その、出しゃばってスマン。
 だがな。同じタンクの、パシ殿が……。
 あの姿を見せられたら、黙っていられなくなった」

「タンクとか、ジョブは関係ないだろうが」

 初めてムサイが口を挟む。

「兵士や冒険者なら誰でも、パシ殿の最期に魂が震える」

 ムサイは虚空を睨む。

「パシ殿だけじゃない。
 カサンで共に戦った仲間達の思いは、
 一生背負って生きていく。
 (いくさ)の神が存在するなら、今すぐ俺を、
 血吸いの女王・ローラの目の前に転移させてくれよ。
 聖なる魔法・ホーリーを派手に放って、殺してやる」

 ここまで物騒な白魔導士は、ターリロ以外にいない。

「ホーリーなんて特級魔法使ったら、反動でお前死ぬだろ?」

「血吸いの女王と差し違えられるなら、喜んでこの命、くれてやる」

 ムサイとターリロの会話が、血生臭くなってくる。
 だが同時に、パーティが活気づき始めた。
 全ては、普段は寡黙なウザイの発言から始まった。
 そのウザイを動かしたのは、英霊の魂だ。

「しかしワシ達は、ラントに撤退せねばならん。
 なんせ、首脳会議からの命令じゃからのう」

 ニンチの横槍で、パーティの会話が途切れる。
 ニンチに、事実を突きつけられた。
 自分達の力では(あらが)えない権力の思惑に、いつも翻弄(ほんろう)されてばかりだ。
 そして何より、ニンチが起きていたことに全員ビックリしたが、大人なので黙っておく。

「グランなら、どうするかな」

 もうリーナは心に仕舞(しま)わず、声に出した。
 自分はそれを考え、もう答えを出した。
 けれど、自分だけではない。
 パーテメンバー全員に、それを考えてほしかった。
 それで自分は、最も納得できる結論に辿り着けたから。

 調子づいた前衛職二人が、黙りこむ。

「あの根暗で陰湿な野郎なら、
 首脳会議の言うことなんて、聞くわけがない。
 自分で勝手に動くに決まってる」

 同じ魔法使いのターリロが応じる。

「じゃあ、そのグランが抜けると、
 私達は首脳会議の命令に忠実な下僕になっちゃうのかな」

 リーナの問いにターリロは不機嫌そうな顔をして、

「その言い方はズルいぞ、リーナ」

 と言い返して、プイッと横を向く。

「奴がいてもいなくても、俺達は誰の下にもつかない。
 俺達の冒険は、俺達が決める」

 ムサイが、リーナの目を真っ直ぐ見詰める。

「首脳会議の命令に従うことは、
 この世界で生きる人間にとって当たり前のことだよ。
 けどね」

 そこでリーナが、一旦言葉を切る。
 パーティメンバー一人一人の目を見詰める。

「パシ殿をはじめ、カサンで戦った戦士達の行動と崇高な理念もまた、
 私達冒険者に求められる『当たり前』だと思う」

「矛盾が生まれるよな」

 リーナの言葉に、ウザイが答える。

「矛盾だあ? 何言ってやがる!?
 偉いさんは俺達に『吸血鬼どもを殺せ』と命じたんんだ。
 他の命令は、それを実現させるためのオマケだろうが」

 ムサイはすでに、意志を固めたようだ。

「ほう。お前達、ラントに戻れとの首脳会議の命令に逆らうのじゃな?
 死罪が待っているぞ?」

 ニンチの問いかけに、

「命が惜しいなら、お前だけラントに向かえよ」

 ターリロが吐き捨てるように答える。

「ふん。若造どもだけで、勝てる相手ではない。
 それはカサンで身に染みたじゃろ?
 高等賢者のワシがおらねば、勝負にもなるまいて」

 「お前がいても負けたけどな」。
 誰も、それは口にしない。
 カサンでニンチが担当したオークとゴブリンの混成部隊が、最も数が多かった。
 千匹は超えていた。
 ニンチは連合軍を率いて、その混成部隊と戦い続けた。
 お陰で他のメンバー達は、目の前の敵だけに集中できた。
 何より、敵が魔法部隊を投入したタイミングで、ニンチは何匹かの魔物の魔法を封じた。
 機先を制した。
 それでブラムスは、魔法部隊投入を止めた。
 魔法使いは(しゅ)を問わず、魔法を封じられれば脆弱(ぜいじゃく)だからだ。
 もしも魔法部隊が投入され、魔法攻撃まで受けていたら、カサン陥落は一日早まっていた。
 自分達も、カサンから脱出できなかった。

「グランがいないから、賢者のニンチは必要だよ」

 そう言って、リーナはニコリと笑う。
 屈託のないその笑顔に、男達は毒気を抜かれた。

「グランがいなくても、賢者は必要だろう。そもそも、グランは関係ない」

 ターリロが行軍用の背嚢(はいのう)を背負う。

「あの根暗がいようがいまいが、もう負けねえ」

 ムサイは剣と槍が雨に濡れないよう、防水袋をかける。

「あの役立たずは今、カートンにいるんだろう?
 世界ランキング二位パーティと一緒に。
 ならば、役立たずなりに戦うんだろう。俺達は俺達で戦うだけだ」

 ウザイが背負った盾ごとポンチョを被る。

「リベンジだね。そう、リベンジだ。
 私は覚悟を決めたけど、皆もそれでいい?」

 リーナがメンバーを見回すと、

「パーティーリーダーで勇者のお前は一言、
 『決めた。ついてこい』と言えばいんだ」

 ニンチ以外の三人のメンバーが、異口同音に返答する。

「よしっ! じゃあ、決めた! 私達は、カートンで戦う!」

 リーナの号令に「オウ!」と男達が返す。
 各々が、土砂降りの行軍に向けて最終調整に入る。
 するとリーナの元に、ウザイが近づいてくる。

「言い出しっぺの俺が言うのも、あれなんだが……。
 いいのか、リーナ? 首脳会議の命令に違反することになる」

 ウザイは複雑な心境だった。
 他のメンバー達も最終確認のため、リーナの言葉を待つ。

「命令違反? ラントに戻れとしか、私達は言われていないわ。
 カートンでカサンのリベンジを果たしたら、堂々と胸を張ってラントに戻ろうよ」

 リーナの宣言に、メンバーの男達は一瞬キョトンとして。
 そして一瞬、微笑んで。
 そして、真顔になる。
 冒険者の顔が、戻ってきた。

「首脳会議が飛ばした伝令は、
 『一刻も早く、ラントに戻れ』と言うてなかったかのう?」

「そうね、ニンチ。では一刻も早く、敵を倒そう」

「うちの大将は、人遣いが荒い」

 ムサイの顔に笑みが浮かぶ。

「お前は言動が荒いがな」

 ウザイも、いつもの調子を取り戻す。

「最後に、もう一度だけ確認するぞ?
 屁理屈を並べても、首脳会議への命令違反じゃ。
 重くて、死罪。軽くて、死罪じゃ」

 ニンチはマイペースに、横槍フェチを貫く。

「俺達を殺せる人間勢力がいるなら、お目にかかりたいもんだ」

 白魔導士らしくないのが、ターリロらしさだ。

「よし、行こう」

 リーナが号令をかけた、その時。

「ちょっと、待ってくれ」

「何だ、ターリロ?
 お前までニンチのジイさんみたいに、空気読まずに俺達の足を止めるのか?」

「ニンチと一緒にするな。いいか、真面目な話だ」

 ターリロが初めて見せる澄んだ瞳で、パーテメンバー一人一人を見渡す。

「多難な前途に幸あれと、神とカサンの英霊に祈りを捧げる」

 その一言で、ニンチも含めたメンバー全員がその場で膝立ちになり、胸の前で手を組む。
 ターリロが、短い祈りの言葉を終える。

「よし、行こう」

 リーナの号令で、今度こそ動き出す。
 外は、視界が効かないほどの豪雨だ。
 だが誰も躊躇せず、外へ飛び出していく。
 そんなムサイ、ウザイ、ターリロをリーナは見詰める。
 全員、いい顔だ。
 覚悟を決めながらも悲壮にならず、希望を捨てていない。
 自分も、そんな顔つきになれているだろうか。
 なれているに決まっている。
 私は、このパーティのリーダーで、勇者なのだから。
 リーナも叩きつけるように降る雨の中へ飛び出していく。
 そして、ニンチだけになった。

「リベンジと言うてものう。
 ブラムスの血吸いどもめ、
 こりゃあ、魔物の補充どころじゃないのう。
 もう数を数えられんほど、魔物を送り込みおって」
 
 ニンチが、止まない豪雨に目をやる。

「しかも新しい指揮官は……まあ、ええじゃろう。
 いざとなれば、『自爆魔法』をお見舞いしてやる。
 どうせワシは、生い先短いしのう」
 
 肝心なことは、相変わらずメンバーに伝えない。
 だがニンチは、自爆魔法の覚悟だけは決めた。
 体内外の魔素(まそ)を限界まで体内で凝縮させて、一気に解き放つ。
 大量破壊魔法だが、自分も死ぬ。

 ニンチも叩きつける雨に顔を歪めながら、豪雨の洞窟外へと駆け出す。
 その第一歩目が、洞窟外の大地をしっかりと踏みしめる。

 世界ランキング一位パーティが、戦争名「奇襲と反撃のカートン」に参戦した瞬間だった。
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