第62話 あなたのキシュウを、数えましょう

文字数 4,363文字

「あら、連合軍にも魔法部隊がいたのかしら?
 まあ、痛くも痒くもないわ。所詮は使い魔ですもの」

 言葉と裏腹に、魔法部隊を率いるサバトの顔には苦々し気な表情が浮かんでいる。
 先程、魔法部隊総出で、カートンの空中に使い魔を放った。
 文字通り、空を覆うほど。
 だが、その使い魔達を瞬殺された。
 サバトの(べに)を引いた真っ赤な唇は歪み、目に殺意が宿る。
 しかし指揮官のネットは、満足していた。
 使い魔達は、役目を果たした。
 偵察という役目を。
 お陰で、警備が最も薄い門が分かった。
 北門だ。
 同時にネットは、軽い興奮を覚える。
 放った使い魔達を全滅させたのは、恐らくグラン一人だ。
 相手側の使い魔達が現れるのが、早過ぎる。
 そして現れた使い魔の攻撃力の高さは、人外のレベルだ。
 詠唱なしで、攻撃力が高い使い魔を大量に発生させられる人間など、一人しかいない。

(グラン、か。退屈しないで済みそうだ)

 ネットはまだ見ぬ最強の敵を思いながら、部隊に指示を出す。

「北門へ移動する。斥候部隊は配置に就き次第、侵入して偵察しろ」

 吸血鬼率いる魔物の大軍が移動を始める。



「同志、分かりやすい罠だな」

 北門を眺めながら、ゾーフが呆れ声を出す。
 北門は簡単な施錠がされているだけで、無人だった。
 明らかに、ネット達を誘っている。
 だが罠であれ、攻撃しなければならない。
 女王の厳命により、侵攻は急を要する。

 北門前で配置に就いた斥候部隊が、前進を始める。
 魔法部隊が創生したゴーレム百体の後に、上等ミノタウロス一個小隊・五十匹が続く。
 カサン侵攻と同じ布陣だ。
 機動性は無いが、頑強な部隊だ。
 その耐久性で奇襲を凌ぎ、次々と別部隊が突入していく。
 ブラムスの部隊が、最も多用する戦術でもある。
 斥候部隊が北門の施錠を破壊し、ついにカートン領内に入る。
 が、何も起こらない。
 ついには斥候部隊全員が、カートン領内に入った。
 が、何も起こらない。
 ネットはゾーフとサバト、エトーを見る。
 三人とも首を横に振った。
 人間を感知できないのだ。
 間違いなく、人間達は待ち伏せしている。
 しかしネットですら、一匹も感知できない。
 姿隠しと消音の魔法がかかっている。
 その魔法レベルもまた、人外だ。
 ここでもやはり、グランの陰がちらつく。

「あの忌々しい黒魔導士の仕業ね」

 ようやく、サバトも気付いたらしい。
 グランが手強いのは分かった。
 だが、侵攻は急がねばならない。

「第二部隊、第三部隊も侵入せよ。
 空中部隊は、いつでも飛び立てる準備をしておけ」

 ネットの号令で、本格的な侵攻が始まる。
 二個大隊・千六百匹のオークとゴブリンの混成部隊が、カートン領内に侵入する。
 その後に、ワーウルフ一個大隊・八百匹が鋭い牙を見せながら、控えていた。



 北門からは、建造物の角度的に死角となる場所がある。
 その死角に潜んだ連合軍兵士達が、迎撃の準備を始める。



 吸血鬼の女王・ローラは、命令を下すだけで満足するタイプではない。
 自分好みの任務があれば、現場に行くのも辞さない。
 今回の任務を、ローラは気に入った。
 その任務を命じた「お館様」には、恐怖を抱いていたが。
 「お館様」に命じられた任務は、ドラゴン達を隷下(れいか)に置くこと。
 この世界の種族で唯一、吸血鬼を見下すドラゴン。
 ローラも、ドラゴン狩りは望むところだ。



 そして今、深い地下の底にローラはいた。
 広大な空洞が広がっている。
 際限無き世界が好みのローラは、この場所が気に入った。
 ローラは、女吸血鬼を一人連れていた。
 そして目の前には、一匹のドラゴン。
 そのドラゴンにローラは、高らかに呼びかける。

「では竜王・ニーズヘッグよ!
 宣誓どおり、勝者が敗者となった種族全てを支配する!
 それでよいな!」

 ニーズヘッグは、見上げるほどの巨大なドラゴンだ。
 ヨトゥンより大きく、その双眸は凶悪な破壊の意志で溢れている。
 この場に辿り着く前、ローラは伝心でニーズヘッグに語り掛け、互いに宣誓を結んでいた。
 破れば即死する呪いがかかった宣誓の魔法だ。

「宣誓どおりだ、血吸いの小娘め」

 ニーズヘッグの声は聞くだけで、その者の魂を破壊するような圧がある。

「これが、竜王。
 神話の時代、神々の戦争において、
 死んだ神を世界樹まで運んだという伝説のドラゴン」

 ローラの横に立つ女吸血鬼が感慨深げに、ニーズヘッグを見詰める。
 その目に強い興味はあれど、恐怖はない。
 彼女の強さもさることながら、その強靭な精神力をローラは気に入っていた。
 だからニーズヘッグとの戦いに、彼女を参戦させることにした。

「その通りだ、アビス。
 そして今から私達は、その伝説を葬り去るのだ」

 かつて世界ランキング二位の勇者だったアビスは今、特級の吸血鬼だ。
 そして、ローラの右腕にまで上り詰めた。

「参る」

 ローラが宣戦布告する。
 直後、二人の女吸血鬼はニーズヘッグへ襲いかかる。

小賢(こざか)しき、血吸いの小娘め」

 女吸血鬼達と竜王の死闘が始まった。



 第三部隊のワーウルフが領内に侵入しても、人間の姿はない。
 今はゴーレムとミノタウロス達が前方で停止し、オークとゴブリン達が周囲を調べている。
 が、何も出てこない。
 そのうち、低能でお調子者なオークとゴブリン達が騒ぎ始める。

「人間どもは逃げ出したんだ!」

「そうだ! 我等に恐怖し、尻尾を巻いて逃げやがった!」

 北門の外で騒ぎを聞きながら、ネットはウンザリしていた。

「逃げ出した? では誰が、魔法部隊が放った使い魔を全滅させたのだ」

 その感想はネットだけではなく、ワーウルフ達も同感だった。
 ワーウルフの先頭にいた一匹が、怒鳴る。

「黙れ! 低能なゴブリンに醜悪なオークどもよ!」

 その怒声に、オークとゴブリン達が一斉に静まり返る。
 オークとゴブリンとはいえ、人間の格付けでは上等の連中だ。
 人語を理解し、プライドもある。
 オークの一匹が言い返す。

「貴様こそ黙れ! たかが狼の分際で……へ?」

 オークには、何が起きたのか理解できなかった。
 自分達に怒鳴ったワーウルフの額に、矢が一本、突き刺さっている。
 ゆっくりと後方に倒れるワーウルフ。
 周囲にいた魔物達には、それが最後に見た光景となった。
 建造物の死角や隠し窓から放たれた矢が、次々と魔物達の急所に突き刺さる。
 ゴブリンとオーク、ワーウルフが次々と絶命していく。

「同志、人間どもの悪足搔(あが)きが始まったようだ」

 奇襲を目の当たりにしても、ゾーフは表情一つ変えない。

「領内にいる者は散開しろ! 人間どものいい(まと)になっているぞ!」

 ネットが指示を飛ばす。

「空中部隊は飛び立て! 残りのオークとゴブリンは、全て領内に突入しろ!」

 完全に、人間達の奇襲は成功した。
 先行部隊はゴレームとミノタウロスを除いて、ほぼ全員が死んだか重篤なダメージを負っている。

「続いて、ミノタウロス二個大隊、ワーウルフ二個大隊も領内に突入せよ!」

 ネットは声を張り上げるが、表情は落ち着いていた。
 先行部隊が全滅したところで、戦局は変わらない。
 圧倒的な個の強さと数で、押し切ればいい。

「人間って、やっぱアンポンタンだよね。
 奇襲って言ってもさ?
 せいぜい、先行部隊を殺れる程度なんだもん。
 門を簡単に開けられるようにしておくって、悪手だよ。
 ボク達が侵入を始めたら、もう止められないって」

 エトーの意見に、ネットも同感だ。
 だがそんなことは、人間側も承知している。
 人間が、いや、グランがこれだけで済ませるとは思えない。

(だが、グランよ。多勢に無勢だぞ。貴様はどんな手を打つ?)

 ネットは、まだ姿を現さない強敵に問い掛ける。

 領内に突入した魔物達の混乱が収拾し、バラバラに動き回る。

「同志よ、これで人間どもの思惑は外れたな。
 パニックで固まった者達の急所を、矢で狙い打ちする計画だ。
 しかし、標的に動かれては、急所を射るのは不可能だ。
 急所を外れれば、人間の矢如きで我が軍は倒せない。
 たとえグランでも、全ての矢をホーミングするのは不可能だ」

 ゾーフは、現状を冷静に分析する。
 ホーミングの魔法は、矢などの飛び道具を一発必中にする。
 敵が少ない暗殺には適しているが、数が多い戦争には不向きだ。

「グランも当然、そう考えている」

 それがネットの返事だった。
 嫌な予感がする。

「見ろ、同志よ。
 コソコソ隠れている人間どもが射る矢は、我が兵士達の胴体に刺さるだけだ。
 それでは、攻撃を止められない」

 ゾーフの言うとおり、人間達が放つ矢は魔物達の胴体に突き刺さるだけだ。
 心臓などの急所を、貫いていない。
 結果、魔物達は止まらずに、潜んでいる人間達を必死で探し始めた。
 だがやはり、ネットは嫌な予感しかしない。
 ホーミングせずとも、面積が大きい胴体なら、矢を突き刺すのは簡単だ。
 問題は、次の一手だ。
 その時。
 ネットの嫌な予感が的中した。

「あれ見て! ミノタウロスが燃えてるよ!」

 エトーが指さして叫ぶ。
 屈強な上等ミノタウロス達が、火だるまになっている。
 その胴体には、矢が刺さっている。
 だが、急所は射ぬいていない。

「魔法油を、全ての矢に仕込んだのか。火魔法の属性をかけて」

 それは、気が遠くなるような作業だ。
 同じ結論に辿り着いたゾーフが今、絶句しているように。
 それ程、手間がかかる作業なのだ。
 だが人間達は、やってのけた。

 人間の兵士は二万。
 こちらは四万。
 しかも個体の力で、上回っている。
 指揮官には、「十三の刺客」と同レベルの自分が就いた。
 人間達に、勝機は一切ない。
 それでも、人間達はあきらめなかった。
 個と数の強さを逆転させようと、執念を見せている。

 勝って当然。
 後は、どれだけ早くカートンを陥落させられるか。
 それだけの問題だと思っていた。
 ネットは、そんな自分の見通しが甘かったことを痛感する。
 この奇襲は、グラン一人で出来る代物ではない。
 グラン以外にも、手強い敵がいる。

 そして何より、人間達の知恵と執念に、ネットは気圧されていた。
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