第5話 追放は恥だが、イチモツは勃つ

文字数 2,367文字

  クロエでさえ驚愕のあまり、精子でベタベタの顔ながら、二重の瞼を大きく見開くほどだ。
 引いたのは、リーナだった。

「これ以上、彼女――クロエを傷つければ、その時はあんたでも躊躇わずに殺すわ。ただし……」

「ただし?」

 無表情なリーナに、ニヤけ顔のグラン。

「クロエを無事な場所に送り届けるなら、見逃してあげる」

 他の四人は不満顔だ。
 クロエは急展開についていけない。

「それでクロエを送り届けたあと、俺はどうなる?」

 面白がるように聞くグランに、

「どうもならないわ。あなたはここで、パーティ追放だから」

 リーナが、感情のこもらない声で告げる。
 他の四人は複雑な表情を浮かべていた。
 死罪にしてやりたいのが本音だが、『追放』が落とし所か……。
 こうしてグランは、世界ランキング一位のパーティを追放された。



「聞いたとおりだ。お前を安全な場所まで連れていく」

「ち、近寄らないで! 私の……私の純潔を奪った汚い男……」

「早いか遅いかの違いだけで、どのみち失うんだ。今さらゴタゴタ言うな」

「神に高潔を誓い、それで私達聖女は神の加護により力を……」

「もっと科学的に魔法の勉強をしろ。魔法技術院の研究発表では、精力がそのまま魔力となる。つまり魔力を注ぎ込まれたお前は、処女だった頃のお前より魔力が強くなっているはずだ」

「そんなわけ……え?」

 自分の魔力を確認したクロエが間抜けな声を出す。
 グランの発言は正しかったらしい。

「それでも、私にあんなことをしたあなたなんかに……」

 汚らわしそうに自分を見るクロエに、

「分かってないな。お前を連れていくことは、
 リーナ……世界一の勇者からの命令だ」

 言い返したグランに、反論できない。
 世界ランキング一位の勇者からの命令。
 神殿・デーアの威光があろうと、逆らい難い重さがある。

「それに、だ。使い魔の件は、お前への凌辱で相殺されたとしょう。ただし」

 続く言葉に、クロエがゴクリと喉を鳴らす。

「お前が俺から逃亡すれば、あの女勇者は飛んでくるぞ?
 そして即、戦闘になる。巻き添えで死ぬぞ?」

「甘く見ないで。私は白魔道士ですよ? 防御なら……」

「では女勇者と戦う前に、お前を殺す」

 ゾッとした。
 ハッタリではない響きがある。
 言葉に込められた殺意に、クロエの心は折れた。

「……分かりました。ここから一番近いのは、都市・ダイドウです。そこまで……」

「分かった」

 短く返答する。
 グランは小屋の中を見て回り、使い古された毛布を見つけた。

「これで、そのデカイ乳と毛深い股を隠せ」

「っ! どこまで無礼な!」

 だが他に身につける物はなく、仕方なく毛布を体に巻きつける。
 夜なので、都市までは誰の目にも触れずに済むだろう。

「でも、毛布を巻きつけたままでは、魔物や山賊などが襲ってきたとき、戦えません」

「心配ない。邪魔する奴等は俺一人で皆殺しにしてやる」

 こうして二人は小屋を出た。


 
 夜道を二人は黙って歩いたが、

「都市・ダイドウか。ミツアキ国の所管だったな」

 グランが舌打ちする。

「……ミツアキ国と何かあるのですか?」

「お前には関係ない」

 吐き捨てるように返したグランに、クロエはそれ以上尋ねようとしなかった。
 尋ねる必要もなかった。
 ミツアキ国とグランの間に、何があるにせよ――到着までに、グランは殺される。
 彼は忘れている。
 自分が世界二位のパーティの一員であることを。
 そのパーティメンバーの存在を。
 二人を包囲する陣形を崩さず、漆黒の森で尾行者達はグラン殺害のタイミングを見極めていた。



(グランも、同じ夜空を見上げているのかな)

 夜空を見上げながら、リーナはチラリと考える。
 グランはいなくなったが、先の戦闘による疲労で嬌声一つあげず、他四人は黙々と歩いている。
 誰も、自分の胸中など分かっていない。
 分かろうともしない、グラン以外は。
 そう考えると寂しさに囚われそうになり、慌ててリーナは頭を振って考えを追い出す。

 戦う乙女『ヴァルキリー』に、神殿・デーアに連行されたのはグランだけではない。
 自分もそうだ。
 そして同じく鑑定士の鑑定を受け、勇者と結論付けられた。
 それから再開するまで、血反吐を吐くような鍛錬を耐え抜いた。
 そんな経験も、グランだけではないのだ。
 全ては、グランに再会したとき、偉大な黒魔道士になっているであろう彼に、相応しい女になるため。
 同じパーティになるため。

 拷問のような訓練を受けても、リーナには心の支えがあった。
 それは自分が、グランの一番初めの女になることだった。
 それが夢だった。
 だがそれは今夜、呆気なく破られた。
 元世界二位のパーティで勇者だったアビスへの凌辱疑惑があがっても、リーナは頑なに信じなかった。
 すでに、当時世界ランキングで一位に上り詰めたパーティの勇者がキッパリ否定したことで、凌辱への捜査はウヤムヤになった。
 あのとき、自分は冷静に証拠を見詰めたうえで、グランを信じたのだろうか? 
 ただ盲目的に、信じたかっただけではなかったか?

「リーナ、街が見えてきたぞ」

 ニンチの声で、我に返った。

「街の領主に報告を済ませたら、全員、今日は休もう。
 出発は、明日の朝にしよう」

 リーナの指示に、他四人は安堵する。
 やっと休める。
 今回の事の顛末は、街の領主が早馬を走らせ、国王に伝えるだろう。
 そして、世界中に広まる――世界一位パーティから、一人欠けたと。
 リーナは心の中で泣いていた。
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