第93話 売女領域脱糞性交?

文字数 4,359文字

 巨人・アンタイオスの手は、レスペの体ほどの大きさだ。
 そんな手が何本も、レスペを捕まえようと伸びてくる。
 しかし、レスペは捕まらない。
 アンタイオスは、鈍い巨人ではない。
 アマゾネスのレスペが、すばしっこいのだ。
 元々素早い上に、レスペはイチネンボッキで飛躍的に身体能力が向上している。
 まして今は尻が燃えており、巨人に捕まっている場合ではない。

「あっつー!」

 叫びながら、それでもレスペはグランに指示された方向に走る。

「グラン! 女子の尻に火をつけるとは言語道断!
 仲間の尻に火をつけるとは万死に値する! ヴァルキリーの尻……」

「黙れ。集中している。邪魔をするな」

 大声の抗議もグランに聞き入れられない。
 そのうえ、狙いもセレナには分からない。

(「黙れ」注入は、いつもの調子が出るからいいとして。
 何か考えがあって、レスペの尻に火をつけたのだろう。
 だったらパーティリーダーの私には、戦術を報告すべきだ!
  私を抱いたのは関係がない!
  男女の関係になっても、指揮系統は変わらない!)

  強い怒りを覚えるが、セレナは口にしない。
  つい先程、集中の邪魔をするなとグランに怒られたばかりだ。

そのグランは、レスペを見ていない。
排他領域の荒れ地で、唯一の植物密生地帯を見詰めている。
特級の魔法使いの中には詠唱なしで、しかも目の焦点を合わせるだけで、対象物に魔力を刷り込むことができる。
今正に、グランは荒野で逞しく生きる草々に魔力を浸透させていた。
グランの魔力浸透が終了するのと、レスペが植物密生地に到着したのは、ほぼ同時だった。

「お尻あっつ! だけど! ここで戦う!」

 レスペが抜刀する。
 尻の火は熱いが、巨人に追いつかれた。
 しかも、包囲された。
 ここで戦うしかない。
 そんな悲壮な覚悟を決めたレスペだったが。

「お尻に優しい!?」

 火が消え、心まで温かくなる治癒魔法で尻が癒される。
 全て、グランの仕業だ。

「レスペ、悪かったな。ここからは、俺の出番だ」

 グランが言い終わった直後。
 レスペに襲い掛かろうと動いた巨人の足に、丈の長い草々が絡みつく。
 二十匹ほどの巨人達が、野太い重低音の悲鳴を上げながら、無様に転倒する。

「うわおっ!」

 方々(ほうぼう)から倒れてくる巨人に潰されまいと、レスペがかわしていく。
 まるで、高速で踊っているかのような身のこなしだ。

 そんなレスペを、セレナパーティのメンバー達や兵士は、ボンヤリ眺めていたわけではない。
 弱点は頭部内の心臓と、事前に聞いている。
 そして今、巨人が転倒したので、その頭部に手が届く。
 討伐隊の兵士達が、我先にと飛びかかる。

 黙って見ていなかったのは、残り三十体ほどの巨人達も同様だ。
 周囲の兵士を殺そうと、動き出す。
 その瞬間、彼等は無音の暗闇に放り込まれた。
 グランに視覚と聴覚を奪われたのだ。

 討伐隊の兵士達は、巨人達の周りに丈夫な縄を張っていた。
 見えず聞こえずで混乱した巨人達は暴れ、その縄に足を取られる。
 結果、やはり無様に転倒する。
 そして頭部目掛けて、兵士達が抜刀して突入する。

 立っているのは、指揮官の「魔眼のバラー」と副官のオーグルを除けば、十体ほど。
 その十体に、飛行魔法で飛べるようになったセレナパーティが襲いかかる。
 剣や魔法、気功で顔面の皮膚と筋肉を切り裂き、露出した脳に攻撃を加える。

 セレナは驚いていた。
 イチネンボッキ注入は、まだ二度だけ。
 それなのに、体は軽く、力は強くなっている。
 グランの特異なスキルと特濃淫汁は、賞賛に値する。
 あれをこれから、毎晩注入してもらうのだ。
 右肩上がりに強くなっていくだろう。

「リーナ殿! 勇者ランキング一位はもらった!」

 セレナは生々しい欲望を丸出しにしながら、戦う。

「さっきはお尻熱かった!
 レディのお尻にイタズラするな! 尻ダメ、ゼッタイ!」

 レスペも吠えて剣を振るう。
 尻を燃やしたのは巨人ではなく、グランだが。

 夜空の闇を切り裂き、戦う乙女・ヴァルキリー達が舞う。
 それは死闘にして、刹那の命が輝く舞。
 地上で戦う討伐隊の兵士達は、その戦いぶりが見事過ぎて、しばし見入ってしまった。



 グランとマギヌンはあらかじめ、敵の指揮官と副官は二人で殺すと決めていた。
 クジ引きの結果、

「あんなアホウと戦うのか。いや、戦いにもならん」

 グランは、副官のオーグルと戦うことになった。
 指揮官である「魔眼のバラー」と戦うマギヌンは、慎重に移動している。
 その者を見ただけで殺せる化け物が相手なのだから、当前の行動だ。
 そんなマギヌンを横目で見ながら、グランはオーグルの元へ足早に近づく。

「小さく弱い人間如きが!」

 オーグルの怒声を聞きながら、グランが顔をしかめる。
 うるさい。
 ブラムスが副官に抜擢するだけあって、魔法耐性は優れているらしい。
 視覚と聴覚を保持している。
 だがグランは、全く焦らない。

「最強にして最大の巨人、オーグルよ」

 グランが呼びかけると、オーグルは叫ぶのを止めた。
 グランをジッと見ている。

「黒き魔法使いよ。我に何用か?」

(戦場で「何用か?」だとよ。こんなアホウは初見だ)

 その内心を隠しつつ、グランはオーグルに語りかける。

「偉大なる巨人・オーグルよ。
 そなたはあまりに優れているので、巨人でありながら、
 何者にでも変身できる能力を持っていると聞く」

 先程からグランが名を呼ぶ度に、「最強にして最大」や「偉大」と形容しているので、オーグルの表情は満更(まんざら)でもない。

「いかにも。我は魔王にも貴様にも変身できる」

 得意気に語るオーグルは、馬鹿丸出しだ。
 周囲のアンタイオスが次々と、人間達に葬られているのに。

「さすが、最も優れた巨人だ。だが」

「だが?」

 オーグルが、片方の眉をピクリと上げる。

「吟遊詩人達は、そなたのことをこう歌っている。
 何者にも変身できる。
 けれど、吸血鬼には変身できない。
 なぜなら、巨人は吸血鬼に隷属しているから。
 主人である吸血鬼に変身するのは無礼であり、そんな度胸は無い、と」

「何を愚かな! 我、巨人としての誇りを忘れず!
 吸血鬼であろうと、変身できる!」

「では、ここで証明願いたい。
 吸血鬼の中でも特級である、ネット副将軍に変身してみせよ」

 グランの願いに一瞬、オーグルは躊躇した。
 しかし、

「無論」

 短い返答のあと、オーグルはネットに変身してみせた。
 ”等身大のネット”に変身してみせた。
 さすがの変身能力。
 どこからどう見ても、副将軍のネットだ。

 等身大のネットに変身したことで、オーグルは巨大さを失った。
 その頭部は充分過ぎるほど、グランの射程圏内だ。

「ほう。本当に、小憎(こにく)たらしいネットにソックリだな。
 少しは、ストレス発散になりそうだ」

 グランの発言の意味にオーグルが気付いたときには、すでに遅かった。
 グランが土魔法で飛ばした岩石は、ネットに変身したオーグルの頭部を粉砕した。

「やはり、アホウだ」

 溜め息をつきながら、グランはマギヌンの戦闘を見物することにした。
 すでにアンタイオス達は、大半を討伐隊やセレナ達に討たれている。



 バラーは目を閉じながら、聴覚と嗅覚に集中していた。
 人間どもが、奇襲をかけてきた。
 血の臭いが濃い。
 それも巨人の血だ。
 驚いたことに、多くの同胞達が人間の前に散ったようだ。
 つい先程、副官・オーグルの血の臭いもした。

 ここが勝負時だ。
 目を放とう。

 バラーが瞼を持ち上げた瞬間、グランは風刃を顎に食らわせ、視線を上向きにさせた。
 これで地上の討伐隊が見られるまでに、数秒、時間は稼げる。

「マギヌン! 貴様は遅漏だったのか!」

 グランが吠える。
 『将軍に何て言葉を!』。
 討伐隊の兵士達が、驚愕の眼差しをグランに向ける。
 今回の助っ人達には、驚かされてばかりだ。



(マギヌン……。ミルン国の将軍か。奴が、私の相手か。
 顔を拝んでやろう。その瞬間、奴は死ぬわけだが)

 風刃を食らいながらも、バラーは冷静だった。
 自分には絶対の「殺しの目」がある。
 さあ、地上を眺めてやろう。
 人間どもに、死をあたえてやろう。
 バラーの視線が、下がっていく。

「永遠に、目を閉じていろ」

 ゾクリ。
 バラーの背筋が凍る。
 背後から、死神の声。
 マギヌンは飛行魔法で飛び、バラーの頭部真後ろにいた。
 
 常に目を閉じているバラーは、聴覚と嗅覚、何より気配で敵の侵入を察知する。
 その全てを、マギヌンは魔法と戦闘技術でかいくぐった。

「それと、俺は遅漏じゃない!
 どちらかと言うと早(そう)ろ……。
 魔眼のバラー、覚悟!」

 大声で、マギヌンが遅漏を否定する。
 そして魔法を仕込んだ剣を、深々とバラーの後頭部に突き刺す。
 剣の表裏には、属性が正反対の炎と水を仕込んである。
 後頭部に剣が入ると、マギヌンは剣に仕込んだ炎と水の魔法を融合させる。
 相反する物質がぶつかり合い、小爆発が起きた。
 バラーの頭部内で「ゴボッ」とくぐもった音がした直後、彼の頭部は四散した。



「排他領域奪還は、楽勝だったな」

 セレナが胸を張る。
 この時ばかりは、他のパーティメンバーや兵士達も同感だった。
 楽勝とまではいかないにせよ。

 すでに排他領域を警備する巨人達を全員、討ち取った。
 後は、勝利の勝ち(どき)を上げるだけだ。
 そう考えていないのは、グランとマギヌンだけだった。

「楽勝なのか、セレナ?」

「私達の戦いぶりを見たか?
 お前は、間抜けなオーグルを相手にしただけだ。
 私達は空を飛び、巨人を切り裂き、そして粉砕した」
 
 グランの問いに、セレナが歌うように答える。
 パーティメンバー達も、浮かれている。

「実に頼もしい。なあ、マギヌン?」

「そうだな。では、後方のあの連中の相手も、任せるとしょう」

 グランとマギヌンのやり取りを聞いて、セレナパーティは嫌な予感がした。
 恐る恐る、後ろを振り返る。

 憤怒で血管は浮き出し、充血した目が吊り上がった吸血鬼が二匹いた。
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