第55話 インネンvsイチネンvsインラン

文字数 5,010文字

「戦う前から、勝ち負けがどうこうと議論するのか?
 お前達は、戦争から離れ過ぎだ。思い出せ。
 戦争が始まって、敵の矢が頭をかすめた瞬間、
 勝ち負けなど、どうでもよくなるだろ?
 立ち塞がる敵を、始末していくだけのはずだ」

 モグリとセレナパーティのメンバー達が、数秒、戦争経験を思い出す。
 グランの指摘どおりだ。
 自分達は長い間、戦争から離れていた。
 勝ち負けを意識するのは、戦争が終盤になってからだ。
 「撤退するか否か」「撤退するなら、殿(しんがり)の部隊は?」などを、決める必要があるからだ。
 それまでは、自分の誇りと仲間の命を守るため、ただひたすら戦うまで。

「まだ不安に思う奴はいるか? 心配するな。
 もし負けそうになれば、俺が自爆魔法を使ってでも、
 奴等と差し違えてやる。
 この街は吹き飛ぶが、ブラムスの奴等も生き残れないだろう」

 グランの声音は、いつもと変わらない。
 余裕と冷静さを含んでいる。
 一同の間に、安堵の空気が流れる。
 ここでグランの口から「敗北」の二文字が出ていれば、心折れる人間がいたかもしれない。

「旦那、自爆魔法使えるんすね」

「さすがに、魔法石一つの助けは借りるがな」

 特級や上等の魔法使いになると、莫大な魔力を内に秘めている。
 それを内側で暴走させることで、最強破壊魔法すら超える自爆魔法を放てる。
 ただし、敵味方の区別なく、周囲一帯を無に帰す。
 さらに、魔法の代償は自分の命だ。

「グランでも、魔法石の力を借りるのか?
 お前のインネンボッキだかインランボッキだかの魔力は無限だろう?」

 レスペが無邪気過ぎて、誰もその無知ぶりを責めない。

「正しくは、イチネンボッキだ。
 自爆魔法は一瞬だけだが、途方もない魔力量を求められる。
 それは、人間が持てる量ではない。
 だから、魔法石を使う。分かったか?」

「分かった」

 レスペがあっさり頷く。

「お前の素直さを、誰かさんに見習ってほしい」

「誰かさんとは誰のことだ!」

 グランの一言にセレナが噛みついていると、

「遅れて申し訳ない」

 トーレスが現れた。

「取り合えず、朝食を摂れ。お前の分も、執事が準備してくれた」

「有難いな。いただきながら、君の報告を聞くとしょう。
 それで、私への陰口は終わったのか?
 兵士増員で無邪気に喜ぶ無能者とでも、罵っていたんだろう?」

 セレナパーティのメンバー達は驚いて、顔を見合わせる。
 だが、グランとモグリは涼しい顔だ。

「俺達を、試したんだろう。それで、俺達は合格か?」

 グランの発言の意味が分からず、メンバー達はキョトンとしている。

「その通り。血吸い率いる魔物の大軍相手に、増援はたった一万人。
 まるで、殉職者を増やすことだけが目的のような決定だ」

 トーレスが、モグリと同じ表現を使う。

「それでも、喜ぶフリをした。
 追従して喜ぶ愚か者がいたなら、
 事実上、司令塔となっているこのメンバーから去ってもらうつもりだった」

 (したた)かな(たぬき)だ。
 その場にいる全員が、トーレスをそう評価する。
 しかし現実問題として、そんなトーレスの性格は貴重だ。
 聖人君子が指揮を執って、勝てる戦争ではない。

 グランは、トーレスが朝食を終えるまで待った。
 トーレスは凄まじい速さで食べ終えたので、他の者が待たされることはなかった。

「冒険者時代の習慣でね。食事を迅速に終わらせることを、体が覚えている」

 このトーレスの発言には、現在進行形の冒険者であるセレナ達や、兵士のモグリも頷いている。
 戦場で、ノンビリ食事を摂る余裕などない。

「さて、グラン君。報告を聞こうか」

 組んだ手の上に顎を乗せたトーレスが、グランに報告を促す。

「カサン戦で、ブラムス側も魔物を失った。
 さらに俺が、奴等の指揮官を殺した」

 グランが静かに語り始める。

「そこで、奴等も戦力を補充する必要性に迫られた」

「それは知っている! それが緊急報告の内容か!?」

 セレナが()れる。

「黙れ。俺の報告を聞く気がないなら、部屋で剣でも振ってろ」

 また、「黙れ」。
 セレナの心は折れそうだ。
 だが、続くグランの報告に、セレナはそれどころではなくなった。

「俺達人間は、兵の数を増援した。結果、兵士の数は二倍になった」

 グランはそこで一旦、言葉を切る。

(おいおい、まさかなー。
 でも俺の悪い予感って、的中率十割だったりするしー)

 話の先が読めたモグリの表情が、やや強張る。

「血吸いどもも、同じことを考えたらしい。
 つまり、魔物を補充しただけではない。
 ブラムス本国から増援が送り込まれた」

 ホールに束の間、静寂が落ちる。
 それを破ったのは、トーレスだった。

「何匹、魔物は増えたんだ?」

 その問いは「何匹の敵がここを攻撃するのか?」を意味する。

「三万匹」

 そこにいた全員の顔から、徐々に表情が消えていく。
 モグリでさえ、例外ではない。

「これでカサン駐留軍は、二個師団、四万匹の編成になった。
 今日中に、進軍を開始するだろう。
 大所帯なので、移動に時間はかかるがな。
 それでも到着は、当初の見立て通り、明後日の朝になる」

 全員の顔から表情は消えているが、怯えている者は一人もいない。

「なぜブラムスは、それだけの大軍をカートンに送り込むんだ?
 ここには、世界ランキング一位のリーナパーティはいないぞ?」

 セレナの発言が、珍しく的を射ている。

「人間側の増援が一万なら、奴等だって同じ数でいいだろう。
 実際にカサンには、連合軍兵士と同数の軍を侵攻させたんだからな」

「そのカサンが原因だ。
 カサンの連合軍やリーナ達との戦いで、奴等は多くの被害を出した。
 痛い思いをすれば、バカでも目が覚める。気付く。
 人間が決して()めてはいけない種族だと」

 グランの指摘は当たっている。
 だがあと二つ、ブラムスが増援した原因がある。



 ブラムス。
 建国百年と歴史は浅い。
 だが、超大国・ラントとほぼ同じ領土を持つ。
 公的な記録上、人間は誰一人足を踏み入れていない。
 保存食として搬入された人間達は別だが。
 広大な領土には、数え切れないほどの高い塔が立っている。
 中には、魔物達が詰めている。
 また大地には塹壕というより、大きく底が見えない穴も無数に存在する。
 穴同士は通路で繋がり、魔物達が行き来できる。
 この大穴から攻撃もできるが、むしろ地下で人間の保存や武器の製造といった作業を行っている。
 この塔と大穴が障害物となり、ブラムス中央に立つボスコ城は大軍では攻められない。

 カサンが陥落し、グランが指揮官である特級吸血鬼・ラーコスを暗殺した日。
 ボスコ城の謁見の間には、三人の吸血鬼がいた。

 女王・ローラ。
 腰まで伸びた金髪は、暗い謁見の間ですら光っている。
 二重瞼に長い睫毛(まつげ)、そして深紅の瞳。
 さらに高く整った鼻梁(びりょう)にやや厚めの唇で、女王の名に相応しい美しさだ。
 深紅のドレスを身にまとっている。
 百年前、彼女が人間に宣戦布告した。

 将軍スピラーノは髪を短く刈り、長身瘦躯で黒いノータイのスーツを着ている。
 冷酷さが、細く鋭い目と薄い唇に表れている。
 彼が、吸血鬼と魔物の最高指揮官だ。
 ただし、ブラムスが誇る最精鋭部隊「十三の刺客」は女王直轄部隊だ。
 よって、彼は「十三の刺客」のみ、指揮権を持たない。

 副将軍ネットは、背がスピラーノより高く筋肉質な体格の持ち主だ。
 やや長めに伸ばした髪を後ろで括り、顎鬚を生やしている。
 服装はスピラーノと同じく、黒のスーツ姿だ。
 彼はスピラーノを補佐し、場合によっては現場で戦う。
 実力は「十三の刺客」と同等だ。

 謁見の間は、上下左右が無限に伸びており、何本もの柱で支えられている。
 ボスコ城自体の大きさは変わらないので、ローラが空間魔法を使っているのだ。
 彼女は広さというより、際限が無い世界を好む。
 そんな際限無き空間で、存在しているのはローラ一人が座るソファだけだ。
 ソファに斜めに座ったローラは、肘掛けに片腕を預け、手に頭を載せている。
 半分、寝そべりながら、長い脚を組んでいる。
 スピラーノとネットはローラの前で、直立不動の姿勢をとっている。

「カサン侵攻において、一個旅団に甚大な被害が発生しました」

 報告するスピラーノの声には、何の感情もこもっていない。

「この世界の魔物どもが何匹死のうが、何の問題がある?
 補充すれば良いだけの話だ」

 ローラは妖艶(ようえん)な笑みを浮かべる。

「魔物だけではなく、指揮官である同志・ラーコスも殉職しました」

 そう報告するネットは緊張していた。
 彼が臆病だからではない。
 吸血鬼にとって何よりの凶報が、吸血鬼の死亡だからだ。

 吸血鬼は、生殖能力を持たない。
 ホムンクルスで生まれてくる。
 しかし、そのホムンクルスが技術不足で、吸血鬼の数は中々増えない。
 よって吸血鬼一匹の死亡は、魔物千匹の死亡より痛手だ。

「奴はすぐに油断する悪癖を持っていた。
 人間はともかく、
 どのみちエルフやドワーフとの戦争では生き残れなかっただろう」

 特級の吸血鬼が死亡しても、ローラは泰然としている。

「陛下、ラーコスは戦争ではなく、戦後に暗殺されました。
 目撃した魔物達によると、
 暗殺者(アサシン)は突然現れてラーコスを消し去り、
 姿を消したそうです。
 転移魔法と消滅魔法を同時に使ったのでしょう」

「それがどうした?
 お前達二人でも、その程度なら造作もないだろう」

「人間如きが先の魔法を同時に使うなら、
 魔法石の力を借りねば不可能です。
 魔法量の消費と反動が大きく、
 魔法石無しでは、貧弱な人間なら死んでしまうからです」

 そこで言葉を切ったネットを、ローラは面白がるように見ている。

「続けよ」

「ですが現場を調査した者によると、
 魔法石の使用形跡が見当たりませんでした。
 つまり人間なのに、
 魔法石無しで転移と消滅を同時に使える者が存在するのです。
 なお、その暗殺者は黒のローブを身にまとっていたそうです」

 深刻な報告をするネットだったが、ローラは口に手を当てて笑い出した。

「なるほど、黒のローブか。
 あの忌々しい黒魔導士、グランだろう。
 奴は今、カートンにいる。
 丁度よい。
 世界ランキング一位のパーティは逃したが、
 次の戦争で世界一の魔法使いを殺せ」

「承知」

 スピラーノとネットが返答して軽く頭を下げる。
 頭を上げたときには、ローラの姿は無くなっていた。
 謁見の間も、普段の広さに戻っている。
 ローラが空間魔法を解いたのだ。

「ネットよ、次の戦争において勝利は当然だが、被害は最小限に抑えろ。
 そのための手を打て」

「承知」

 結果として、ブラムスは補充だけではなく、魔物を三万匹も増援する。
 ローラはともかく、スピラーノとネットは追い詰められた人間の底力を不安視していた。
 戦争名「開戦の都市カサン」で領主が最後に見せた命がけの反撃。
 あれが無ければ、被害もここまで大きくならず、世界ランキング一位パーティも殺せた。

「それと、グランは次で殺せ。
 奴と勇者のリーナによって、同志達を何人も失った」

「承知」

「具体的に、どう動くつもりだ?」

 スピラーノは先程からずっと、無表情のままだ。

「カートン侵攻軍の指揮官は、私が務めます。
 また、グランが暗殺を用いるなら、
 こちらも奴を暗殺します」

「誰にやらせる?」

「リリスを投入します」

 リリスは飛行能力を持つ魔女で、全裸に大蛇を巻き付けている。
 彼女の呪いの前では、どんな強固な魔法防壁も意味を成さない。

 この日初めて、スピラーノは笑った。
 冷たく、残忍な笑みだった。

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