第87話 ぼくたちは密談ができない

文字数 4,158文字

「排他領域奪還は、基地造りの魔物達がいない夜に行う」

「造り手の魔物どもはいなくても、警備の魔物どもはいるだろう?
 それに、血吸いがいる可能性が高い。
 奴等の中には、夜行性の連中が多くいる」

 プランを示したマギヌンに、グランがリスクを説く。

「その通りだ。警備している魔物だが……巨人だ」

 それを聞いて、セレナパーティのメンバー達が顔を見合わせる。

(やはり世界ランキング二位とはいえ、巨人は脅威に感じるか)

 だがそれは、マギヌンの大きな勘違いだった。
 セレナが、これみよがしに胸を張る。
 ゴムマリのような弾力満点の巨乳が存在をアピールする。

「いやあ、将軍殿は幸運だ!
 カートンの戦争で、
 うちの上等賢者が巨人の倒し方を見つけたばかりだ!」

 セレナは自分の手柄のように誇り、さらに胸を反らす。
 貧乳のミーシャに、見せつける狙いもある。
 女達の冷たい戦争に、終戦など無い。
 もはや勇者というより、盛りのついた雌猫だ。

 しかしセレナは、知らない。
 今夜、その巨乳が乱暴に犯される運命にあることを。



 夕食後、マギヌンはミーシャに退室を命じた。
 マギヌンはただ、人払いがしたかったけだ。
 ただ言い方は、

「ミーシャ、カートンでの諜報と戦争、大儀であった」

 と威厳を込めて言う。
 ミーシャが平伏する。
 その直後に、

「今日は、もう寝ろ。ゆっくり休んでくれ」

 直属の部下でも、相手が女なら「マギヌンスマイル」と「マギヌンギャップ」は発動される。
 その点、グランは直球だ。

「マギヌンと二人きりで話したい。
 お前達は邪魔だから、さっさと宿に帰って寝ろ。
 どれだけ酔っぱらってるんだ……。
 寝る前に、井戸水は組んでおけよ。
 そうしないと、寝起きの顔で井戸まで往復することになる。
 寝癖も直せんぞ」

 グラン四天王は従順に従う。
 セレナはなぜか、難しい顔をして退室した。
 けれど、さして重要な案件を抱えていた試しが無いので、全員がスルーする。
 そしてそれは、当たっていた。



「場所を変える必要があるか?」

「その必要はない。この部屋は防音仕様だ」

 自分が答えなくても、分かっているくせに。
 マギヌンはクスリと笑う。
 他人に聞かせられない話をする可能性がある。
 だからグランは、マギヌンの立場を考慮した。
 だが当のグランが、特級の諜報員なみの情報収集力を持っている。
 この部屋が、監視も盗聴も不可能だと把握している。
 また、グランにバレずに護衛や諜報員をしのばせるのも不可能だ。
 それでも、マギヌンを気遣った言葉をかけずにいられない。
 そんな不器用ぶりは変わっていないと、マギヌンは嬉しくなる。

「なぜ、俺達なんだ?
 今や飛ぶ鳥を落とす勢いのミルンなら、
 リーナ達へ正式に応援依頼を出せただろう。
 そしてリーナは、お前からの依頼なら無下にはしないはずだ。
 なぜ、ランキング二位の俺達を選んだ?」

「ランキング一位になると、自由が利かない。
 その点、二位ながら、
 ヴァルキリー分隊であるセレナパーティは柔軟に対応できる。
 そう考えて、助っ人はセレナパーティにした」

 マギヌンの言うとおりだ。
 ランキングが上がるほど、首脳会議などの権力者達が横槍を入れてくる。
 一位になってしまうと、自由はほぼ無い。
 セレナパーティは二位だが、神殿と密接な関係にあるヴァルキリーの分隊だ。
 権力者達も、顎で使いづらい。
 ヴァルキリーの(おきて)さえ守っていれば、意外とセレナパーティの自由度は高い。
 「ヴァルキリーは処女たれ」の掟をさっさと破った点からは、目を背けるにせよ。

「それだけではないだろう?」

「グラン。お前がいるからだ」

「ほう。
 リーナに惚れていたお前が、同性愛者じみた発言をするか。
 これは笑止。
 しかも今は、あのミーシャを女にしているのに。
 俺は間違ったことを言ったか?」

「全く、お前は全てをお見通しだな。だが」

 苦笑したマギヌンだったが、すぐ真顔になる。

「先程の発言は、俺の本音だ」

「パーティメンバー達は、イチネンボッキで飛躍的に強くなっている。
 ウサイどもを抜くのは時間の問題だろう。
 ただ、俺がリーナより強いとでも思っているのか?」

「見る角度によって、変わってくる。
 お前とリーナが揃えば、リーナは無敵になる。
 ただしグラン、お前は強いが無敵にはなれない。
 だがバラバラになると、リーナは途端に力が落ちる。
 でもお前の強さは、変わらない」

「リーナがいてもいなくても、俺の力は変わらないと?
 そして、リーナはその真逆だと?」

「その通りだ」

 マギヌンの知性が高いのは、よく分かっている。
 だからきっと、彼の発言は当たっているのだろう。
 自分がいれば、リーナは無敵か――。

「ミルン王がまだ意識を保っておられるうちから、
 ブラムスの排他領域への侵入が始まった。
 王は懸念しておられた。
 王が天に召される前に、排他領域の敵だけは討ち取りたい」

 マギヌンの意志は固い。

「俺達は明日の夜出発して、排他領域を奪還する。
 それ以外の結末は無い。
 王にその結果を報告したいなら、医師に明日の夜まで延命させろ」

「随分、今のパーティに自信を持っているじゃないか?
 セレナ達はリーナ達の補欠パーティとして編成されたんだぞ?」

「だから立場を逆転できないと、誰が決めた?
 去勢タンク以外は、全員女だ。
 イチネンボッキで、いくらでも強くなれる。
 ところで、俺がリーナパーティを抜けた話題には触れないのか?」

 グランが不敵な笑みを浮かべる。

「お前のことだから、ただの気紛れだと思っている。
 お前が話したくなったら、その時は聞こう」

 爽やかな発言と裏腹に、マギヌンもまた不敵な笑みを浮かべる。

(なるほど。全て知っているわけだ。大した情報網だ)

 グランは肩をすくめた。

「ところで。
 ニンチの様子が最近、おかしいとの情報がある。
 心配だ。王の例もある。ニンチも、年を取った。もう高齢者だ」

「元々、ニンチはおかしな奴だ」

 マギヌンは一瞬だけ考えたあと、「それはそうだ」と呟き、アッサリこの話題を終えた。

「それにしても。
 今はラントにいるはずのニンチの様子まで、把握しているとは。
 お前のことだ、すでに諜報網は世界中に張り巡らしているんだろう?」

「なあ、グラン。
 世界を変えるためには、何を変えるべきだと思う?」

 マギヌンの目に、闘志と暗い炎が同居する。

「政治だろうな」

「さすがだよ。その通りだ。
 では政治を変えるために、具体的に何をすればいいと思う?」

「首脳会議を止めて、世界を一国独裁化する。
 もしくは逆に、首脳会議を本当の民主制に改革する」

「一国独裁は頭になかった。お前には昔から、驚かされてばかりだ」

 マギヌンが微苦笑し、真顔に戻る。
 相手がオスでも、マギヌンスマイルとマギヌンギャップは欠かさない。

「俺は後者の方法を選択した」

「首脳会議を正常化させると?
 それはつまり、ラントやドラガンとの戦いを意味しているが?」

「立ち塞がるのは、その二大大国だろうな。
 実質、首脳会議を仕切って甘い汁を吸っている超大国だ」

 マギヌンが遠くを見詰める。
 まだ同じパーティだった頃、リーナからよく言われた表情だ。
 『グランとマギヌンって時々、同じ表情するよね。
 遠くを見詰めてるんだけど、それは漠然と遠くじゃなくって。
 確実に他の人より二手三手先を読んでるみたいな』
 俺はこんな辛気臭い表情をしていたのかと、グランは愕然とした。

「マトモに正面からぶつかる気はない。
 そのために、諜報網を敷いている」

 戦闘力の差を、情報力で埋めるつもりらしい。
 現実的な案だ。
 いわゆる「弱者の兵法」。
 勝敗は不確定だ。

 だが自分より巨大な相手に、創意工夫して闘う。
 その姿に、グランは好感を抱く。
 自分もそうやって戦ってきたから。
 相手が巨大でも、屈することを絶対に良しとしなかったから。

「ところで。俺に隠し事はやめろ。
 水の節制? 中央平原の次に水源が豊かな西側でか?
 冗談はお前の作り笑いと人たらしだけにしろ」

「言い過ぎだ」

 今度は、マギヌンは微苦笑しなかった。
 グランは深くまで知り過ぎだ。

「使い魔を少し飛ばしただけで、
 お前が地下に水を溜め込んでるのが分かった。
 他に医薬品や食料、武器もな。
 すでに、五十万の兵を(まかな)える量だ。
 お前は自分が主役じゃないと、気が済まないタチだ。
 それが今では、兵站役を演じてる。
 誰に説得された? 誰の入れ知恵だ?
 ヒラリーか? サガンか?」

 ヒラリーとサガン。
 初期のリーナパーティにいた二人だ。

「……グラン、その名は口にするな。
 もう彼等とは(たもと)を分かった」

「そうだな。
 だがブラムスと全面戦争するなら、
 この二人の助力は必須だ。
 俺が言わなくても、お前は気付いているだろう?
 そしてどちらかと連携し、策を練っている。
 いや、ほぼ命令に近いか?」

「……そこまでにしておけ」

 リーナ・グラン・マギヌン・ニンチ。
 四人にとって、他二人の話題は禁忌だ。
 その理由を明かせば、世界が根底から崩れてしまうから。

「話題を変えよう。
 お前からの依頼が終わったら、
 エルフの妙薬をセレナパーティのメンバー達に飲ませる」

 今度はグランが、今後の展望を語る。
 が、片目を使い魔と同期させたグランが、立ち上がる。

「マギヌン、話はまたの機会に」

「こんな夜遅くに、誰かと約束でもあるのか?
 まさか、女を抱くわけではあるまい?」

 冗談で言ったマギヌンに、

「半分外れで、半分正解だ。
 約束などしない。だが、女を抱く」

 グランは真顔で返答した。
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