第72話 13人の排卵日

文字数 4,052文字

 (あるじ)がいない国と城を預かるのは、大役だ。
 その大役を任されても、ブラムス将軍・スピラーノの言動は一切変わらない。
 女王・ローラは、竜王・ニーズヘッグ討伐に向かった。
 女王が負けることは考えていない。
 負けるわけがないからだ。
 だから考え、憂慮すべきは、カートン侵攻軍だった。

 スピラーノの見立てどおり、侵攻軍副官・ゾーフをはじめ、幹部のヨトゥンとエトーが殺られた。
 まだ優勢だが、戦局は不透明さを増すばかりだ。
 侵略初戦のカサンでも、苦戦を強いられた。
 カートンではすでに、苦戦は必至だ。
 だが、敗北だけは許されない。
 侵略は、始まったばかりなのだ。
 ここで(つまづ)いていては、先が思いやられる。

 広く暗い将軍の間を、スピラーノは歩いていた。
 すると、待ち人達が現れた。
 彼等は音を立てず、気配を感じさせない。
 ここは敵地ではないが、身に着いた戦闘の習性は出てしまう。
 彼等は、十三人いた。
 女王直轄の精鋭部隊「十三の刺客」だ。
 巨躯(きょく)の持ち主が何人かいる。
 だからスピラーノは、空間魔法で部屋を際限なき空間にしておいた。

「女王でもない貴様に呼び出されるとは。まずは非礼を詫びよ」

 巨人族ながら、最高の知恵を持つ魔法使い・ミーミルがスピラーノを責める。

 十三の刺客を構成する全員が、この世界の住人ではない。
 亜空間の異世界から転移してきた者達だ。
 各々が転移前の世界を支配していただけあって、プライドは高い。
 吸血鬼に対しても、ローラの命令には従うが、他の者は歯牙(しが)にもかけない。

「今は、ブラムスの緊急事態だ。
 礼節云々を言っている場合ではない」

 スピラーノが静かに、だが厳かに言い返す。

「緊急事態とは笑わせる。
 そう言う貴様は、何も慌てていないではないか」

 腕に百の蛇頭を持つテユポンが豪快に笑う。
 腰から上は人間、下は蛇だ。
 神話で、神と闘ったという伝説を持つ。

「慌てる?
 そんな醜態を(さら)しても、事態は好転しない。
 無意味な行動は取らない主義だ」

 スピラーノには威厳があり、常に冷静だ。
 相手が「十三の刺客」でも、決して卑屈な態度は取らない。

「何が問題なのか、説明しろ。そして、その解説策もな」

 死霊魔術師・ベルマが問う。
 漆黒のローブに身を包んでいるだけではなく、周辺の空間が、底無しの闇へと変貌している。
 「生」よりも魔法探究に取りつかれ、闇落ちした魔導士だ。

「現在、カートンを攻めているのは分かっているな?」

 スピラーノが確認する。
 ローラからの命令以外、「十三の刺客」にとっては他人事だ。
 吸血鬼の任務に、彼等は興味がない。
 だがスピラーノは十三人の顔を見回し、カートン侵攻を把握していると判断した。

「そのカートンで幹部五人のうち、三人が殺された。
 戦局は不透明だ。そこで」

 スピラーノが言葉を切り、十三人の反応を観察する。
 全員が、話に興味を持っているようだ。
 興味が無ければ、平気で去る者もいる。
 それどころか、スピラーノの話を不快に感じたら、殺そうとさえする。
 彼等がスピラーノの部下ではないのも理由だが、それだけの実力を持っている点が最も大きい。

「私は女王が行ったように、大規模な援軍を送ることに決めた。
 しかし、時間がない。
 つまり援軍は、転移魔法を使って送り込むかしかない」

「転移など、
 貴様の部下であるザントマンやルサールカどもにやらせればいいだろう」

 暗黒騎士・ジェフの声は、凄味のある低音だ。
 悪魔や邪神を信仰し、契約することで、人外の破壊力を得た黒騎士。
 甲冑の隙間から、双眸が赤く光っている。

「無論、魔法部隊は総動員する。ザントマンやルサールカ達も例外ではない」

 ザントマンは鼻だけ高い面をつけた魔法使いで、砂を操る能力に長けている。
 ルサールカは、長髪の美しい女性の姿をしており、水魔法を得意としている。
 ザントマンもルサールカも、人間の格付けで言えば特級だ。

「では、何が問題なのだ」

 九尾の狐が下から、スピラーノの顔を覗き込む。
 九尾の狐は九つの尾を持つ狐で、物理と魔法、両方の攻撃に秀でている。
 美しい牝に化けて、その世界の権力者に取り入り、いくつもの支配層を破壊したと言われる。

「転移させる魔物が多過ぎて、数が足りない。
 だからお前達にも、魔物達を転移してもらいたい」

「一体、何匹をカートンに転移させようとしているの?」

 問いを発したゴルゴンは、髪が蛇の女だ。
 目の焦点を合わせただけで、対象を石化できると言われている。

「女王と同じ数だ。つまり、二個師団・四万匹だ」

「転移に協力して、我々に何の見返りがある?」

 コカトリスが甲高い声を発する。
 雄鶏の体にドラゴンの翼、蛇の尾を持つ。

「お前等は、人間の大国とエルフ国・ベンゲル、
 そしてドワーフ国・ラーオグを攻め落とす要員として、
 温存されている。
 だが、人間領域の支配が遅々として進まなければ、お前等の出番はない。
 永遠に、退屈と付き合って生きていくのか?」

「吸血鬼風情(ふぜい)が、口だけは達者になりおって」

 冥界の番犬にして、三つの頭を持つケルベロスが反応する。
 だが、スピラーノへの批判は感じられない。

「良かろう。転移に協力してやる。他の者達も、それでよいな?」

 巨大なカバに似た外見を持つ不死の怪物・ベヒモスが他の十二人を見回す。
 協議で発言の無かった死霊使いのテリー、冥土への送り人・ガルラ、生物の長・麒麟、毒竜・ゲオルギウスからも異論は出なかった。
 ドラゴン達は吸血鬼を見下し、敵対関係にある。
 百年前、吸血鬼がこの世界に現れたとき、ゲオルギウスも同じく異世界からやってきた。 
 そして彼は単身、女王・ローラに牙を剥いた。
 そして返り討ちに遭って以来、「十三の刺客」として女王の命令に従っている。

 スピラーノは伝心で、ネットに呼びかけた。

「(聞いていたな? 二個師団・四万匹を援軍として、転移で送る。
 ネット、お前は最大破壊魔法で、完全封鎖に穴を開けろ。
 転移の準備が終わり次第、こちらから連絡する)」

「(承知)」

 カートン破滅の足音は、その大きさを増しながら、着実に迫りつつあった。


 *******************************


 姿隠しと消音魔法を使っていても、動く以上、接近した敵に存在はバレる。
 ネットを探していたグランだったが、カートン中央部で、ミノタウロスの部隊に見つかった。
 さらにミノタウロスが応援を呼び、魔物達が続々と集まってくる。
 魔物達も、伝心でやり取りしている。
 グランの脅威は、魔物達に伝わっていた。

(全く、数だけは無駄に揃えたものだ)

 グランが、片頬を歪めて笑う。
 ここは、ネットと一戦交えた中央広場だ。
 グランを取り囲む魔物の数は、三百を超え、さらに増え続けている。
 空にも、ワイバーンやフレースヴェルグ達が集まり出した。

(死なない。死ねない。俺はこんな所で、死ぬわけにはいかない)

 魔物を睨みつけるグランの双眸が、底無しの闇に落ちかける。

「だから!
 何で背後からの奇襲の度に、あんたはワザワザ、
 三階の建物から飛び降りるわけ!?」

「だって……! ……そだ! 学校でそう習ったからだ!
 先生がそうしろって言ってた!」

「そんな学校も先生もいない!」

 魔物の一角が、左右に割れる。
 そこを怒鳴り合いながら、セレナとレスペが現れる。
 グラン包囲網を敷く魔物に、背後から奇襲をかけたらしい。
 奇襲は成功したが、方法について、セレナ側に異議があるようだ。

「よお、グラン! 何か久しぶりだな!」

 屈託のないレスペに、グランは苦笑するしかない。
 体と心が、殺戮の支配から脱していく。
 このレスペとセレナコンビのお陰で、闇落ちせずに済んだ。

「すっごい数の魔物達だ!」

「怖いなら、逃げてもいいぞ?」

 純粋なレスペにグランは内心、舌なめずりした。
 この戦争が終わった後の、標的が決まった。

「怖くはないけど。ただ、私は早く寝たいの!
 なのにこれ、この数!
 全部斬るのに、いっぱい時間かかるから嫌だなって思った」

 どこまでも純粋無垢なレスペを、底無しに(けが)してやりたい。
 早朝から戦争への対処続きで、シンボルである欲情を感じていなかった。
 でもレスペのお陰で、凌辱心と調教心を取り戻すことができた。
 グランが、いつもの彼に戻っていく。
 その時。
 コホンと咳払いして、セレナが自分の存在をアピールする。

「大量の魔物に囲まれて、困っているな。助太刀してやろうか?」

「黙れ」

(何か久々に「黙れ」聞いたみたいな感じ。
 あ、「黙れ」が気持ちいい。
 いやいや、私はイジめられて喜ぶ女じゃないぞ!?)

「勘違いするなよ、グラン!」

 最後の一言だけ、口に出てしまった。
 レスペは呆然とし、グランには氷の目で見られる。

 魔物の群れが、一際けたたましい雄叫びを上げた。
 標的に襲いかかる合図だ。
 四百に迫る魔物達が、四方から唸り声を発して威嚇してくる。
 が、グラン達は怯まない。
 一歩も退く気はない。
 そして、魔物の群れが襲いかかってきた。

「醜い魔物どもよ、束になってかかってこい」

「早く寝たいから、早斬りするぞ!」

「三階飛び降りフェチのレスペ! 黙れフェチのグラン!
 私のストレスは溜まりまくりだあ!」

 三人はそれぞれ気合いを入れると、襲いかかってくる魔物の群れに立ち向かっていった。
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