第69話 だからあなたも、イき抜いて

文字数 6,337文字

 目の前に、一人の女が立っている。
 その女は、美しかった。
 紫色を基調としたローブをまとっている。
 高位の魔法使いだろう。
 青いセミロングの髪が、よく似合う。
 涼し気な目元に、青い瞳。
 やっと出会えた美女に、ヨトゥンは心躍った。
 慎重に手足の骨を折って、動けなくさせよう。
 馬鹿正直に、吸血鬼に差し出す気はない。
 ヨトゥンが女の自由を奪おうと、手を伸ばす。
 体を片手が握りしめる直前、稲妻が何筋も走り、手を直撃する。

「ウグッ! 小癪な人間の女め!
 それ以上抵抗すれば、殺すぞ!」

 ヨトゥンは脅迫抜きだ。
 実際に次、攻撃されれば、女を殺すつもりだ。

「聞いてちょうだい。私は人間だけど、ブラムスの(がわ)につきたいの」

 人間でも、ブラムス――吸血鬼として生きたいと望む者は、確かにいる。
 ヨトゥンもよく知っているアビスは、今でこそ女王・ローラの右腕だが、元は人間だ。
 それも、世界ランキング二位の勇者だった。
 吸血鬼になりたい人間は、欲望にまみれている。
 永遠の若さ。
 財力。
 そして、人間では得られない強さ。
 ヨトゥンは目の前の女から、欲望は感じる。
 だが吸血鬼に種族を変える程、欲望にまみれているようには見えない。

「私の名は、ユリア。世界ランキング二位の賢者よ」

 世界ランキング二位の賢者!
 大物が釣れた。
 吸血鬼に差し出せば、待遇は格段に良くなる。
 それとも自分の住処(すみか)で、コッソリ飼うのもいい。
 どのみち、この距離なら女――ユリアを、自分は絶対に逃がさない。
 戦況はブラムス側に、大きく傾いている。
 自分は戦わずに、美しい女との会話を楽しめる状況だ。

「ユリアよ。なぜブラムスの側につきたい?
 それは吸血鬼になりたいという意味か?」

「そうよ」

 ユリアは即答した。
 まだ、事の真偽はハッキリ決められない。
 が、問題はない。
 いい女と話す時間を、たっぷり堪能しよう。
 自分は利口だ。
 人間の嘘など、必ず見抜ける。

「私の母はたった一度、過ちを犯した。
 夫がある身でありながら、他の男に抱かれたの。
 その相手が、神殿の司祭だった。
 それを知った父の魔法一族は、母を拷問して追放した。
 私にも母の血が、売女の血が流れていると言って、
 母と同じ目に遭わされたわ」

 ヨトゥンは、視覚と聴覚を研ぎ澄ませる。
 ユリアは嘘を言っていないようだ。

「世界二位の賢者になったけれど、父の一族は巨大過ぎる。
 叩き潰すには、吸血鬼の力が必要なの。
 今までの特級や上等の魔物達は人語を理解できたけれど、
 あなたほど、私の話を親身に聞いてくれたのは初めてよ」

 美女に褒められ、鼻の下が伸びる。
 見れば見るほど、いい女だ。
 高貴な美しさと、男の欲情をそそる売女の香り。
 相反する二つの要素を、(あわ)せ持っている。
 この女を裸にひん剥いて、全身の臭いをかぎたい。
 その後、体中を舐め回してやる。
 欲望が、ヨトゥンを支配し始める。

「初対面で私を信用しろと言っても、それは都合が良過ぎるわよね?」

 その通りだ。
 ヨトゥンはまだ、ユリアへの警戒を解いていない。

「だから……その……私の、は、恥ずかしい秘密を、全部話すわ。
 それなら、信じてくれるでしょう?
 あなたは利口だから、私が嘘を言えば分かるはずよね?
 とても恥ずかしいけれど、私は本当の私について語るわ」

 そう言うユリアは、内股になってモジモジしている。
 その姿は激しく、雄をそそる。
 しかもそんな女が、下世話な暴露話を披露すると。
 雄なら、誰でも食いつく。
 巨人族とて、例外ではない。
 だがここで、一つ問題がある。
 戦場だけあって、合戦の音がひどい。
 ユリアの声が、聞き取りづらい。
 ユリアも、同じことを感じたようだ。

「私の声が、届きにくいでしょう?
 それに私は、本当に恥ずかしい話をするの。
 大声では、言えないわ」

「では、どうしろと」

「あなたの肩に、私を乗せて。
 そこで私はあなたの耳に向かって、恥ずかしくて、
 いやらしい話を(ささや)いてあげるわ」

 ヨトゥンの息遣いが、荒くなる。
 こんないい女に耳元で、いやらしい話を囁かれる。
 雄のロマンだ。

「良かろう。だが、愚かなことは考えるなよ。
 俺はいつでも、お前を殺せる」

「もちろんよ」

 返事の声も澄んでおり、ヨトゥンの雄としての本能を刺激する。

「良かろう。俺の手に乗るがよい。肩まで、運んでやる」

 ヨトゥンはユリアの前に、開いた片手を置いた。



 『巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった』。



 片手ですら、自分がスッポリ収まるほどの大きさだ。
 今、ヨトゥンが手首を捻っただけで、自分の体は四散するだろう。
 だがユリアに、躊躇はない。
 むしろ、落ち着いていた。
 決して、急ぐ素振りなど見せない。
 腰をくねらせ尻を振りながら歩き、ヨトゥンの手の平に乗る。
 つけ入る隙は、ヨトゥンの色狂いしかない。
 女としての魅力を、全開にしなければ。
 その点に関して、ユリアは自信があった。
 自惚(うぬぼ)れではない。
 イチネンボッキで、男を誘う女の色香に磨きがかかった。
 その実感がある。
 三日三晩、イチネンボッキを体の全ての穴から注入された。
 お陰で強さも魅力も、段違いに向上した。
 自分なら必ず任務を果たせると、ユリアは自分に言い聞かせる。

 手の平の上に、立った。
 皮膚が厚いのが分かる。
 ヨトゥンが自分を肩に乗せるべく、手を上げていく。
 凄まじい速さで上昇していく。
 上がるにつれ、地上がよく見える。

 地上の様子は、「悲惨」の一言に尽きた。
 戦争だから、人々の命は奪われ、街は破壊される。
 そんな(むご)い現実を、ユリアだって冒険で見てきた。
 だがカートンの惨状は、見ていられない。
 ヨトゥンの無敵ぶりに絶望して士気が下がった兵士達が、魔物達に蹂躙されている。
 グランから教えられた、敵の魔法部隊指揮官・サバトが見える。
 空中の魔法毒に触れないよう、低空で飛んでいる。
 魔王部隊を率いる魔女なのだから、飛行魔法は使えて当たり前だ。
 向かう先はと、ユリアがサバトの動線を先読みする。
 そこには、領主のトーレスがいた。
 伝心で、知らせた方がいいだろうか?
 だが伝心を――魔法を使えば、ヨトゥンは見抜くだろう。
 今が、ヨトゥンを倒す唯一最大のチャンスだ。
 逃すわけにはいかない。
 それにイチネンボッキで結ばれたユリアには、グランがサバトの接近をトーレスに伝えているという確信があった。
 目の前の強敵に、集中しなければ。
 敵は力もあれば、知恵もある。

 そこで、惨劇が目に飛び込んできた。
 インキュバスのエトーに、ミンとクロエ、オルグ達が魔法で猛攻を浴びている。
 この高さからでも、三人が深手を負っているのが分かる。
 可能なら、彼女達の元へ飛んでいきたい。
 他の兵士達も、地上だけではなく、低空を飛ぶワイバーンやフレースヴェルグに襲われている。
 フレースヴェルグは頭部が(ワシ)で、人間の肉体を持っている。
 背中に生えた羽根の邪悪さは、ワイバーンを凌ぐ。
 神話にも登場する、手強い魔物だ。

 そして、ユリアは見た。
 カートンの外を。
 どれだけ距離があっても、見間違えるはずがない。
 外と街を隔てる壁伝いに、リーナパーティが走っている。
 自分が超えるべき上等賢者のニンチは、股間を片手で抑えながら、何やら(わめ)いている。
 新手の魔法だろうか?

(なぜここに、世界ランキング一位パーティが!?)

 ユリアは動揺した。
 ヨトゥンに動揺を悟られないよう、必死に感情を押し殺す。
 リーナ達が加勢してくれるなら、こんなに心強いことはない。
 グランかセレナ、ユリア自身が最大破壊魔法を使って完全封鎖に穴を開け、入ってきてもらえば……。

(いけない! ユリア!
 大局はグラン様やトーレス殿が考えることよ!
 あなたは、目の前の任務に集中しなさい!)

 冷静にならねば。
 敵は、ブラムスの幹部なのだ。

(この巨人を倒すこと以外、何も考えては駄目よ!)

 自身に強く言い聞かせる。
 その時、上昇が止まった。
 ヨトゥンの肩に、着いたのだ。
 緊張を必死で隠しながら、ユリアはヨトゥンの手から肩へ移動する。
 そんな自分を、ヨトゥンが視界の隅でしっかり捉えているのが分かる。
 やはり、知能が高い。
 無類の女好きという部分を突いて、懐には飛び込める。
 が、致命傷はそう簡単にあたられないだろう。
 今もユリアが妙な真似をすれば、一秒と経たないうちに、槍か酸が飛んでくる。
 ユリアはそれでも無防備に、肩の上を体をくゆらせながら歩く。
 ヨトゥンの目が、ハートマークになっていく。
 もう一歩、懐へ。

「私ったら、ヒールを()いてきちゃった。
 足元が揺れて恐いから、あなたの頬に手をついて、体を支えていい?」

 甘ったるい声を出す。
 「頬」という単語が出た途端、ヨトゥンの目がハートマークから警戒へと変わる。
 やはり、内なる声は正しかった。
 そして、二つの小隊の犠牲は無駄ではなかった。

「構わん。だが、忘れるな。俺はいつでも、お前を殺せる」

 ヨトゥンの声は、悩まし気だ。
 本来ならブラムス幹部として、最大級の警戒をすべきだ。
 でも本能に従うなら、いい女とメロメロエロエロしたい。
 二つの感情の間で、葛藤している。
 この隙に、さらに一歩、懐へ。
 ユリアは右手を、ヨトゥンの頬に置いた。
 こそばいように、サワサワと撫でる。

「ヤッダー、すっごい柔らかい! 可愛いのね!」

「そ、その辺にしておかぬか」

 雄にとって牝は、本当に天敵らしい。
 ユリアのブリッ子に、ヨトゥンはデレデレになり、骨抜きにされている。
 グランが、例外過ぎるのだ。
 酸を吐く舌は引っ込み、槍も下を向いている。
 しかし、中途半端な攻撃では駄目だ。
 この巨人を倒せない上に、自分も殺される。
 下を向けば、魔物が街を蹂躙している。
 兵士達の落ち切った士気を上げるためには、無敵とされる巨人を倒し、自分が生還せねば。
 そして、こう言うのだ。
 『ただ、大きいだけだったわ』。

「ユリアよ。そろそろ、お前の恥ずかしい話を聞かせろ」

 ヨトゥンが、要求してくる。
 ゼロ距離で魔法使いに喋られても、不安は無いらしい。
 魔法発動のためには、詠唱が必要だ。
 だが詠唱すれば、魔法を使うことが相手に知られる。
 さらに詠唱の中身から、放つ魔法の種類まで、把握されることがある。
 そこで考案されたのが、詠唱を日常会話に隠す魔法「二枚舌」だ。
 ただし、グランには見破られた。
 あの日から、二枚舌の鍛錬を積んできた。
 グラン以外の者に、見破られるとは思えない。

「絶対内緒にしてね? ユリアとの、お約束だよ」

「分かった。早く話せ」

 ヨトゥンの鼻息が荒い。
 興奮し切っている。
 可能な限り、懐へ。
 ユリアがサワサワ愛撫する振りをしながら、手で「その部分」を探す。

「私の母が淫乱なのは、話したわよね?
 私もその血を引いて、売女だと(さけず)まれたことも」

 確認のセリフを入れながら、時間と言葉を稼ぐ。
 嘘を見抜かれる可能性が高いなら、極力、事実を話すしかない。
 ユリアは必死で、「その部分」を探す。

「聞いた。早く、続きを話さぬか」

 ヨトゥンの口調に、苛立ちが含まれ始めた。
 限界だ。
 本題に入るしかない。

「実は私、本当に売女なの。それも、ドスケベで変態の売女よ」

 嘘は言っていない。
 この三日間、四人の複数プレイで、アナルを貫かれ放しだったのだ。

「私、お尻の穴を犯されるのが、大好きなの。
 毎日、お尻の穴を犯されてイッて生きていきたいわ」

 メガトン級のカミングアウトで、ヨトゥンがクラクラと揺れる。
 同時に、ユリアは「その部分」を見つけた。
 目のすぐ横。
 そこに触れると、感じる。
 「鼓動」を。
 心臓が動く感触を。
 第二小隊長が銛で胸部を刺しても、死なないわけだ。
 ヨトゥンの心臓は、頭部の中にあるのだから。

「『巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった』。
 その通りね!」

 ユリアの全身から、魔法のオーラが立ち昇る。
 不意打ちに気付いたヨトゥンだったが、油断している。
 魔法の詠唱をしている間に、殺せばいいと思っているのだ。
 その時、ヨトゥンの頭部側面を、風魔法・風刃が引き裂いた。

「馬鹿な! 誰の仕業だ!
 魔法の詠唱など、聞こえていない!」

「初めてご主人様にレイプされたあの日から、二枚舌は鍛えてきた!
 あなたのような凶悪で、野蛮な敵を討つために」

「ば、馬鹿な、やめろ……」

「第一小隊と第二小隊の兵士達が命乞いしたら、
 あなたは耳を傾けたかしら?」

 破壊と死が連綿(れんめん)と続く戦場にあって、澄んだ瞳と笑顔を失わなかった二個小隊の兵士達。

「ま、待て! 待ってくれ! 頼む!」

 立派な巨体に不釣り合いな、醜い命乞い。
 しかもユリアは、ヨトゥンが魔力を上げているのを感じる。
 命乞いで時間を稼ぎ、酸で攻撃してくるつもりだ。
 巨体の中身は、矮小で卑屈な、ただの小物だ。

「遅かったようね。
 あなたは、第二小隊長の言葉を最後まで聞くべきだった。
 彼は最後に、こう伝えたかったの。
 『俺のような戦士が、お前を討ちに来る』と」

 切り裂いた皮膚が左右に割れていき、ヨトゥンの心臓が姿を現す。

「マズくて小さくて弱い人間どもめ!」

「その人間に、あなたは殺されるの。
 その人間達が繋ぐ想いの前に、あなたは無力なの」

 ユリアはヨトゥンの心臓目掛けて、フェニックスを放つ。
 これは、ヨトゥンに命を奪われた兵士達の分。

 もう一発。
 これは、ヨトゥンに命を奪われた第一小隊の分。

 さらに一発。
 これは、第二小隊の分。

 トドメに一発。
 これは上品が服着て歩く自分に、恥ずかしい暴露話をさせた罰だ。

 心臓を完全に破壊され、絶命したヨトゥンの巨体が仰向けに倒れていく。
 ユリアは飛行魔法で、地上に戻った。
 兵士達を襲っている魔物達を焼き払い、凍結し、風で斬り、稲妻で打ち、岩石を直撃させる。
 命を救われた兵士達が、ユリアを取り囲む。
 その中の一人に、問いかけられる。

「あなたなのか!? あの無敵の巨人を倒したのは!?」

「無敵? 『ただ、大きいだけだったわ』」

 兵士達から、勝ち(どき)が上がる。
 だが周囲は、魔物だらけだ。

「魔物達の数は気にしなくていいわ!
 ヨトゥンが討ち取られて怯んでる!」

 また兵士達から、勝ち(どき)が上がる。
 ヨトゥン戦前と比べ、兵士達の士気は大きく高まった。
 
 戦局を変えるためにも。
 エトーの魔法攻撃に苦しんでいる仲間を救うためにも。
 目の前の魔物達を倒し、道を作るしかない。

「行くわよ!」
 
 ユリアを先頭に、魔物の群れに戦士達が斬り込む。
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