第37話 あなたのゴーレムを数えましょう

文字数 4,015文字

 いきなりグランとユリアの間に、金色の炎に身を包まれた人間より二回りほど大きい鳥ーーフェニックスが現れた。
 その(くちばし)は、グランの方を向いている。
 つまり、ユリアがグランに放った魔法だ。
 ゼロ距離なので、グランはかわせない。
 通常なら、この時点で勝敗は決している。
 上等魔法のフェニックスをゼロ距離で打たれて、生き残れる人間はいない。
 吸血鬼ですら、生き残れるのはせいぜい特級クラスだ。
 金色の炎鳥・フェニックスは、全てを焼き尽くして無にする。
 灰も残らない。

 だがグランは、そもそもフェニックスをかわす気がない。
 かわす必要が無いから。

 フェニックスが現れた途端、氷結した。
 凍ったまま落下して砕け散る。

「いきなり、フェニックスか。
 勝負を決める魔法を一発目に放つ。
 悪くない戦術だ」

 淡々と感想を述べるグランに取り合わず、ユリアは次の一手を仕掛ける。
 元より、この男に常識が通じるとは思っていない。
 床からムクムクと異形のモノが沸き上がり、巨体を形作(かたちづく)る。
 土魔法・ゴーレムだ。
 ゴレームは六体完成し、グランを包囲している。
 ゴーレムは術者のレベルと比例するが、基本的に素早くない。
 だが、力と耐久力は抜群だ。
 敵を包囲してしまえば、早さ勝負にはならない。
 力で勝る方が勝つ。
 この局面でも、通常なら勝敗は決している。
 相手が常識の範囲内なら。

 ユリアはゴーレムが形になる前から、グランを攻撃するよう指示している。
 なのに、全く動かない。

「俺が使ったのは、ちょっと高度な魔法技術だ。
 ゴーレムは、それ自体を破壊するか、術者を殺さないと消えない。
 そしてゴーレムに指示を送れるのは、術者のみ。
 指示を送れるということは、
 それを受け取る『(うつわ)』が、ゴーレムの中にあるということだ。
 つまり術者とゴーレムの間に、指示ラインが存在する。
 俺はユリア、お前とゴーレムを結ぶ指示ラインに侵入した。
 そして、俺を攻撃するなと命じた。
 要するに、二つの矛盾した指示が来た。
 それでゴーレムは、どうしていいか分からなくなった。
 結果、突っ立っているしかないわけだ」

 グランが種明かしすると、ユリアは悔し気な表情を一瞬見せたが、すぐに次の攻撃にかかる。

「待て待て。
 今、お前からゴーレムへの指示ラインを乗っ取っている最中だ。
 俺に乗っ取られたら、六体のゴーレムがお前を襲うぞ?」

 指摘されたユリアは、指示ラインを確認する。
 確かに、乗っ取りは時間の問題だ。
 今のうちに自壊させないと、自分が襲われてしまう。
 ユリアがゴーレムに自壊の指示を出そうとしたとき、

「まあ、この程度なら、破壊すればいいだけの話なんだが」

 グランの口調は軽い。
 直後、目で追えない速さの風刀が室内を一周する。
 バキッ!
 ゴーレム達の体に、一筋の亀裂が入る。
 その亀裂が蜘蛛の巣上に走ったかと思うと、ゴーレム達は粉々に砕けていく。

 ユリアは怒りと恐怖、混乱を必死に静める。
 初めからゴーレム達を破壊できたのに、わざわざ乗っ取りを行った。
 さらに、今の風刀で自分を殺すこともできた。
 グランの一連の魔法は、自分との実力差を見せつけるためだ。
 実際、実力差はあり過ぎる。
 それでも、ユリアは魔法を放ち続ける。
 ヴァルキリーの気高き戦士であり、世の真理を追究する誇り高き賢者なのだ。
 命尽き果てるまで、戦うのみ。
 その意気込みはしかし、空振りだった。
 土魔法・土壁を床から突き出す。
 その瞬間、グランの姿がボヤけて消える。
 直後、グランは全く違う場所に立って、ニヤニヤ笑っている。
 幻像(げんぞう)の魔法だ。
 術者のレベルに応じて、幻像の魔法が作り出す幻には差が出る。
 グランのそれは、本人と何が違うのか、第三者では分からないほどの精密さだ。
 
(落ち着いて、ユリア。
 幻に向かって土壁を突き上げた自分を恥じるのは、後でもできるわ)

 内心で自分に言い聞かせる。
 そしてユリアは、次の魔法を放つ。
 火炎球連弾。
 人間の胴体ほどの火球を、ミンがいる空間以外に無数に飛ばす。
 これで幻像をグランが使っても、逃げられない。
 ところが、グランに逃げる気など全く無いことを、ユリアは痛感させられた。
 火炎球連弾の五分の一は凍らされ。
 五分の一は、風で吹き飛ばされ。
 五分の一は、土壁で防がれ。
 五分の一は、稲妻が直撃して消滅し。
 最後の五分の一は、同じ火炎球をブツけられて相殺される。

「才能はあるし、技術も悪くない。
 やはり後は、破壊力の問題だな。
 ユリア、お前は自分自身に鎖をはめている。
 だから才能が開き切らず、力が伸びない」

 いつの間にか、グランが背後に回っていた。
 そのグランに指摘される。
 だがユリアは、聞く耳を持たない。
 ユリアも、幾多の修羅場をくぐってきた。
 掴み所の無い相手には、相手が最も得意・多様する攻撃をブツけると、効果がある。
 自分がやられる側に回った経験が、ほぼ無い。
 だから、対処の仕方を知らないのだ。
 よってユリアは、風刀をグラン目掛けて放つ。
 グランも風刀を起こし、ユリアの風刀を引き裂く。

 風刀を風刀で斬るなど、聞いたことがない。
 実力が違うというより、住む次元が違う。

「まだ、魔法の稽古を続けるか?
 俺は構わん。イチネンボッキは無限だ。
 どれだけ魔力を使おうと、お前を犯せる」

 グランが見せる下卑た笑いに、ユリアはゾッとした。
 同時に、グランの天才ぶりには敬意を抱くしかない。

 フェニックスが最も分かりやすかったが、ユリアが放つ魔法を、グランは事前に把握していた。
 放つ魔法の種類どころか、その順序まで。
 戦闘前の詠唱で、グランに知られてしまった。
 同じ魔法なら、詠唱する文言は基本的に変わらない。
 しかし中級の魔法使い以上になると、自分用にカスタマイズする。
 だから、詠唱の文言内容も変わる。
 ユリアもそうだ。
 それではなぜ、グランが見抜けたかといえば……。
 これまでの戦闘におけるユリアの観察と、実際にユリアの詠唱を聞いて推察したのだろう。
 それがどれだけ難しいか、同じ魔法使いのユリアはよく分かる。
 さすが、世界一位の黒魔導士だ。
 いや、世界一の魔法使いだろう。
 そして、自分が足元に及ばない「男」だ。
 飛び抜けて凄まじい、立派なイチモツを持っている……。
 魔法戦で疲れた頭に、昨日覗いてしまった行為が甦ってしまう。
 ユリアは頭を振って、その残像を消そうとする。
 だが一度思い出すと、頭の中を行為の記憶がどんどん埋めていく。
 それに比例して、股間が温かくなってくる。

「どうした、魔法の稽古は終わりか?
 ではゆっくりと、お前を味わってやる」

 そう言われた瞬間、ワンピース越しに片乳を揉まれ、スカートの裾をたくし上げられる。

「っ! ちょ、ちょっと!
 あなた何やってるの!? 非常識極まりないわ!
 人を呼ぶわよ! そしてパーティ追放よ!」

 必死でグランの手首を掴んで抵抗しながら、ユリアは自分の発言が滑稽(こっけい)なことに気付く。
 グランのことだから、広範囲に消音魔法をかけているだろう。
 そう思って魔法探知すると、案の定、部屋全体に消音魔法がかかっていた。

「好きなだけ叫べ。そちらの方が、俺も楽しめる」

 グランの余裕の笑み。
 ワンピースをたくし上げられて、パンティが丸見えになる。
 戒律が厳しいヴァルキリーでは、大半の者が純白の下着を身に着ける。
 だがユリアは、派手なパンティを身に着けるのが習慣になっていた。
 その理由は、自分でもよく分からない。
 ときに厳し過ぎる戒律の、息抜きかもしれない。
 今も丸見えになった股間を覆う下着は、フリルのついた紫色のパンティだ。
 生地が薄いので、陰毛が透けて見える。
 また前面の生地量が少ないので、横と下から陰毛がはみ出している。

「ほう、スケベなパンティをはいているな。
 貴重なヴァルキリーを発見したぞ」

 グランは愉快そうだ。
 反対に、ユリアはついに取り乱し始める。

「い、いや! パンティ見ないで!
 そんなジッと私のパンティ見ないで!
 あ、あと、お乳揉むの止めてよ!」

 グランに乳を荒々しく揉まれる度に、股間の奥がどんどん熱くなっていく。
 息遣いも荒くなっていく。
 まさか自分は、グランの乱暴な行為に興奮している?

「いい乳だ、賢者さんよ。
 クロエに近いほどの巨乳だな。
 しかもミンのような弾力がある。両方のいい所取りだ」

 グランの言葉を聞いて、今さらだが、ミンの存在を思い出す。
 助けてもらおうと、ミンを見ると……顔に冷たい表情を浮かべている。
 濁った水晶のような目で、自分を見ている。
 同じ女同士なら分かるが、あの目は嫉妬の目だ。
 グランに乳を褒められた自分に、ミンは嫉妬している。
 そうだ、ミンは昨日、グランに犯されて歓喜の声を上げていたではないか。
 もうミンは、グランの女だ。

 魔法感知すると、部屋全体に協力な魔法防壁が張ってある。
 これで、魔法で室外に助けを呼ぶ選択肢は消えた。
 何とか抵抗して、セレナとレスペが異変に気付き、助けに来るのを待つしかない。
 オルグは最初から、助っ人の数に入れていない。

 命をかけた魔法戦では、グランに完敗した。
 次は、ヴァルキリーとしての誇りと処女をかけた戦いが始まる。
 心理戦だ。
 ユリアは神に祈りを捧げると、心に鉄より硬い鍵をかけた。
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