第61話 急がば回れまーわれメリーゴーランド

文字数 5,010文字

 カートンの街が、遠くに見える。
 遠いが、確実に視野に捉えている。
 ネットはゾーフ、サバト、エトー、ヨトゥンに現状を説明する。

「だが同志、女王陛下の命令は速やかなカートン攻略だ。
 どうする?」

 侵攻軍副官のゾーフが指摘する。
 冷静だったネットの顔が、初めて曇る。

「副将軍でも部隊を転移させられないって?
 そんな魔法防壁張れる人間、本当にいるの?
 街の中にエルフの部隊がいたりしないよね?」

 エトーは朝から不機嫌だ。

「可能な人間を少なくとも一人、知っている」

 ネットが忌々し気に呟く。

「我等が天敵、黒魔導士のグランね。彼には、魔女も沢山殺された」

 サバトが無表情なのは、珍しい。

「これで、各門に部隊を転移させる戦術は取れなくなった。
 カサンでは裏門に部隊を配置していなかったため、
 世界ランキング一位パーティの逃亡を許してしまったのだが」

 ゾーフの言うとおりだ。
 女王は、グランを殺せと命令を出している。
 そのためには、逃げ道を封じなけばならない。

「こうなったら、力技でいくしかない。
 東西南北のうち、最も脆弱な門を使い魔で把握する。
 そこから、大半の部隊を進撃させるんだ。
 空からも援護しろ。
 残った部隊は外周を回りながら、残りの門を破壊し、制圧しろ」

「それって、いーっぱい、こっちの魔物が死んじゃうね。
 ま、どうでもいいけど」

 エトーの皮肉が、今回は当たっている。
 しかし時間が、無さ過ぎる。
 けれど、女王の命令は絶対だ。
 今日中にカートンを落とさなければ、幹部達はそろって粛清されるだろう。

「戦術は、先程言ったとおりだ。よし、始めろ」

 ネットが号令をかける。
 幹部達の背後に控えた、二個師団・四万匹の魔物達が動き始めた。
 


「『巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった』」

 またユリアは、内なる声を聞いた。
 もう数えるのを放棄したほど、何度も聞いている。
 だが、意味が分からない。
 とても大切なことを、教えてくれていると思うけれど。

「聞いているのか、ユリア?」

 グランの声で、我に返る。

「は、はい。なぜか侵攻軍が、慌てているとか……」

 そう指摘するユリアも慌てて、グランに返答する。
 今朝は宿ではなく、中央の広場に一同は集合していた。
 トーレスにモグリ、そしてグランにセレナパーティのメンバー達。

「そうだ。なぜか敵は大軍のくせに、攻め急いでいる。
 マトモな戦術も無いまま、力でゴリ押ししてくるぞ」

「まーそれならぁ、俺達は当初の戦術どおりに戦うわけでー」

 開戦当日でも、モグリは平時と変わらないように見える。

「そうだ。急ぎは禁物と奴等に教えるために、色々と仕掛けたが」

「旦那って、マジでヤバイっすよねー。
 朝っぱらから、敵が慌てん坊さんだと分かったらー、
 即席でカートン中に魔法トラップを追加しゃうとかー。
 超早起きの魔法使いさんが、三百人ぐらい必要なアンビリバボーっすわ」

 モグリの言うとおりだ。
 グランは使い魔で、敵が攻め急いでいるのを知った。
 理由までは分からないが、問題はない。
 敵は練った戦術ではなく、数でゴリ押ししてくる。
 そう読んだグランは、即席で、魔法トラップをもう一張りした。

「敵が動き出した」

 グランの報告で、一同に緊張が走る。

「兵を集結させろ。戦前の訓示を行う」

 深呼吸して自分を落ち着かせてから、トーレスは控えていた文官に指示を出した。

「旦那、一生のお願いがあるんすけど?」

「お前の一生はまだまだ続くと思うが、何だ?」

 グランはチラリとミンに目をやる。
 ミンの頬が、わずかに上気している。

「この短刀、魔法油を仕込んであるんすよ。でね。
 この短刀に、(いかづち)属性の魔法仕込んでほしいわーって」

 ミンが、シュンと俯く。
 俺の牝奴隷に、精神的攻撃を加えたな?
 グランの目つきが、険しくなる。

「わっ! そんなに激オコしなくても!」

 グランは黙って、モグリが差し出した短刀に雷属性の魔法を仕込んでやる。
 これでこの短刀は、切り結んだ相手に強烈な稲妻をあたえられる。

「激オコなのに、魔法仕込んでくれるしー。
 旦那って、情緒不安定だわー。今日、生理だったりします?」

「この戦争が終わったら、お前は王国ラントに連れていく。
 そこでミッチリ、凌辱師と調教師の元で鍛えさせてやる」

「へ? バトルマスターなのに、凌辱師や調教師になれと?」

「違う。女心を血反吐吐くまで、勉強させてやる」

 そんなやり取りをしていると、兵達が広場にやってくる。
 二万人全員は無理なので、指揮官クラスだけだ。

「『巨大だから無敵ではない。無敵になるために、巨大になった』」

 もう何度目かの内なる声を、ユリアは冷静に聞いた。
 この声の意味は、今から始まる戦争で明らかになる予感がした。



 リーナ率いるパーティは、ほぼ不眠不休で大地を駆けていた。
 馬を使わないのは、馬へのエサや手入れ、休憩などが(わずら)わしいからだ。
 他にも、理由がある。
 特に世界ランキング上位パーティは、馬では進めない道なき道を進むことが多々ある。
 何より、自分達の方が馬より体力があり、早い。
 野盗や魔物などと遭遇せず、順調に進んでいる。

(グラン、あと半日もあれば、余裕だよ。
 余裕で、あなたがいる街に到着できる。だから、それまでは……)。

 セレナ達はカートンを目指し、ひたすら駆ける。



 カートン中央広場に、連合軍幹部が全員揃った。
 全員の顔に程度の差はあれ、悲壮感が漂っている。
 当然だ。
 個体でも負ける敵が、こちらの倍の数で攻めてくるのだから。

 まず、領主のトーレスが訓示を垂れる。
 声音は落ち着いていて、分かりやすい内容だった。
 兵士の顔から、少し強張(こわば)りが落ちた。
 次は、団長であるモグリの番だ。
 連合軍指揮官として当たり前のことを、訓示しただけだ。
 だがその独特な話し方と、随所に散りばめられたジョークに、幹部達が笑顔を取り戻す。
 トーレスとモグリのコンビで、幹部達の余計な緊張は取り除けた。
 だが、モチベーションまで上げるのは無理だった。
 そして大勢の一般兵士達は、先程の幹部達と同じく、悲壮感に包まれている。

「結論から、教えてやる」

 唐突に、グランの声が聞こえてくる。
 その声は耳ではなく、脳内で直接話し掛けられているようだ。
 伝心の魔法だ。
 トーレスやモグリ、セレナ達が辺りを見渡す。
 どうやら伝心の声は幹部兵士だけではなく、一般兵士にも聞こえているようだ。
 グランは自分の言葉を、全兵士に聞かせようとしている。

「信用できるのは、自分だけだ。
 繰り返す。結論だが、信じられるのは自分だけだ」

 中央広場にいた人間全員は、焦り、動揺した。
 グランの名は世界一の魔法使いとして、世界中に(とどろ)いている。
 よって、グランの発言力は大きい。
 その言葉を聞く全員が、影響を受ける。
 それなのに一体、何を言い出すのか。

「簡単な話だ。他者はいつ、自分を裏切るか分からない。
 だが自分だけは、自分を裏切らない」

 まず我慢できなくなったのは、もちろんセレナだった。

「グラン! これから団結して戦うべき時に、なぜ逆風を吹かすんだ!
 お前の言葉……」

「黙れ」

(久々に「黙れ」と言われたが。こればかりは、私の言い分が正しいのでは?)

 セレナは納得いかないが、グランは兵士達に語り続ける。

「よって、自分だけを信じればいい」

 グランの声音が変わる。
 俯いていた皆が、ポツリポツリと顔を上げる。

 そこで言葉を切ると、グランはトーレスを見る。

「旧友との友情を、自分は大切にしたい。
 そう思うなら、そうすればいい。他者の目など、気にするな」

 トーレスがハッとする。
 パシの最後の言葉である、
 『手に負えない魔女が現れたら、噛みついてやれ。
 喉笛を噛み千切るのは、血吸いどもの専売特許じゃない』
 を、思い出す。
 パシよ、確かにそうだ。
 噛みついてでも、敵を倒してみせるさ。
 トーレスの目に、闘争心が宿る。
 
 次にグランは、ユリアを見る。

「自分の内側から声が聞こえたなら、耳を澄ませて聞く勇気を持て。
 たとえ明確な意味は分からずとも、その声は自分自身の声だ。
 だったら、素直に声に従えばいい。
 自分の声を信じてみればいい」

 ユリアもグランを見返し、力強く頷く。
 その身が放つ闘志が、セレナパーティのメンバー達に燃え広がる。
 去勢オルグでさえ、顔つきが(たくま)しい。
 若干、まどろんでいたレスペの目が覚める。

 そしてグランは、ミンとモグリを見る。

「故郷を無くした者もいるだろう。
 だがお前達は片時も、故郷を忘れていないはずだ。
 お前達はこれから、ここカートンで戦う。
 だが故郷が愛おしいなら、それを隠す必要はない。
 自分に素直になれ。
 今は無き故郷と自分達を信じて、この地で戦えばいい」

 ミンが、太陽のような笑みを浮かべる。
 モグリの全身から放ち始めた闘志が瞬く間に、兵士達へと拡散する。
 表情は相反すれど、亡国の二人の思いは一つ。
 「あなたのことが……」。

「自分さえ信じられない者が、仲間を信じられるわけがない!
 自分さえ信じられない者が、(いくさ)の勝利を信じられるわけがない!」

 中央広場から広まった闘志が、町全体を覆う。
 誰もが凛々しく顔を上げ、胸を張っている。
 それを確認したグランが、最後に咆哮する。

「信じる勇気を! 断固たる決意を! 我らの勝利を信じよ!」

 二万の連合軍兵士達から、勝ち(どき)が上がる。
 セレナパーティのメンバー達も、負けじと叫ぶ。
 悲壮感など、欠片も無くなっていた。

 敵は、すでに動き出した。
 だが、拙速だ。
 ここで初動を叩けば、有利になる。
 グランは敵の――ネットの次の一手を読み、準備に入る。
 街を歩いていると、壁に背中を預けたモグリと出会った。

「非情で有名な旦那にも、あんなホットな一面があるんすねー。
 夢に出てくるほど、サプライズですわ」

「俺がホット? ふざけるな」

「旦那ぁ、もしかしてぇ、照れてたりとか? しちゃってます?」

 からかうモグリに乗らず、グランはいつもの彼に戻っていた。

「兵の士気が低過ぎたので、集団心理操作を行った。
 人気のある王や宗教の教祖が使う(すべ)だ。
 魔法ではない。
 心理学に基づいた、科学的対処法だ。ただの学問だな」

「……それでも充分スゲーって自覚、あります?」

 グランは鼻で笑うと、その場を去る。
 モグリは肩をすくめてから、少しだけ笑った。
 次の瞬間、連合軍兵士団長の顔を取り戻す。



 唐突に、カートンが夜になった。
 セレナや兵士達が驚いて、空を見上げる。
 日が暮れたのではない。
 隠れてしまったのだ。
 空一面を覆う、醜い使い魔達によって。
 モグリやセレナを始め、各指揮官は固まってしまった。
 空に無数にいる使い魔達に、どう対処する?
 弓や魔法で戦うのは、兵站(へいたん)の浪費でしかない。
 そんなカートン軍の憂いはしかし、杞憂に終わった。
 空から、耳をつんざくような悲鳴が降ってくる。
 醜い使い魔達を、狂暴な使い魔達が殺している。
 死ねば消えるタイプの使い魔らしく、地上に死体は振ってこない。
 カートンに、陽光が戻ってくる。
 誰が敵の使い魔を全滅させたのか、カートン軍の誰もが知っている。

(やはり、空から来たか。死んでも惜しくない使い魔を使うと思ったよ)

 読みが当たっても、グランの表情は変わらない。
 空を覆うほどの使い魔を殺す大量の使い魔を放っても、グランは息一つ乱していない。

(ついに、敵が攻めてきたな)

 戦争名「奇襲と反撃のカートン」、開戦。

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