第95話 グランのために わがままに

文字数 2,831文字

 上等の吸血鬼は一匹で、魔物八百匹・一個大隊の力を持つ。
 しかしグラン一人の強さは最早、数値化できるレベルにない。
 持って生まれた底無しの戦闘スキル。
 さらに師匠は、鍛錬を拷問だと本気で思っているサディスト黒魔導士・プルガだ。
 加えて、リーナパーティ時代、幾多の修羅場をくぐり抜けた。
 三大迷宮の一つ、天空の塔を制覇した実績も持つ。
 そんなグランにとっては、上等の吸血鬼でさえ、単なる訓練相手だった。

「こ、こざかしい! た……たかが、に、人間如きが……グハッ!」

 ビシッと決めていた髪形もスーツも乱れた男吸血鬼が、吐血する。
 グランは最近使っていない攻撃魔法を、次々と男吸血鬼に放っていた。
 錆びついていないか確認するために。
 しかしグランに遊ばれようと、彼は吸血鬼。
 選民意識の塊だ。
 プライドだけなら、グランにも負けない。

「に、人間よ。まだ、名乗っていなかったな。私は……」

(よし。魔法のキレは落ちていないな)

 男吸血鬼に目も向けないグラン。

「わ、私が名乗ったのだ! 人間如きのお前も、名乗らぬか!」

「黙れ」

 次の瞬間、男吸血鬼は業火に包まれた。
 グランが彼を、火あぶりの刑にしたのだ。

 強過ぎたために、グランは彼を瞬殺してしまった。
 本来なら生け捕りにして、情報を根掘り葉掘り吐かせるべきだ。
 しかし今、グランの頭の中は、エルフの妙薬でいっぱいだ。

 この時、男吸血鬼から情報を得ていれば。
 そうすれば、「アビス」について知ることができた。
 世界二位の勇者だった彼女が、今は特級の吸血鬼になっていることを把握できた。
 これが大きな運命の分岐点になることを、グランは知る由もない。


 ********************************


 もう一人の男吸血鬼の相手を、マギヌンは極力、ミーシャに任せていた。
 こちらの男吸血鬼も名乗ったが、マギヌンもミーシャも聞いていない。

(ミーシャ一人では、さすがに上等の血吸い相手は厳しいな。
 俺でも、多少は手を焼く相手だ。グランが異常過ぎるんだ)

 グランの鬼畜の如き強さに呆れながら、マギヌンはミーシャをフォローする。
 二人の連携は見事だ。
 勝利は固い。

「血吸いよ、真の闇に落ちろ!」

 ミーシャが、炎属性魔法・フェニックスを放つ。
 ミーシャの体より大きく、黄金の炎に包まれた火鳥が飛んでいく。
 吸血鬼に直撃した。
 男吸血鬼の肉体は火炎の勢いで吹き飛び、体は原型を(とど)めていなかった。

「ミーシャ、これでお前も吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)だ。自信と実績になるな」

 この期に及んでも、マギヌンはギャップとスマイルを忘れない。


 ********************************


 一方、セレナパーティのメンバー達は、自信も実績も上げられそうにない。
 今回はセレナも、ある程度、攻撃に加わっている。

「アラバが右に展開するぞ! ミン、気功で牽制しろ!
 ……っ! タイミングが遅い!」

 セレナの声は指示というより、怒声に近い。
 相手の女吸血鬼は、アラバというらしい。
 三匹の吸血鬼の中で唯一、名前を呼んでもらっている。
 別にアラバとセレナ達が、お友達になったわけではない。
 戦闘が間延びしてしまい、敵の名を呼んで指示を出す必要性に迫られただけの話だ。

「セレナパーティよ。一体お前達は、何人いるんだ?
 俺は一人、マギヌン達は二人で倒したぞ」

 ここぞとばかりに、グランがメンバーの弱さを指摘する。
 その指摘はセレナの怒りに油を注ぎ、メンバー達を意気消沈させる。

(私は一人で、ブラムス幹部にして巨人のヨトゥンを倒した。
 未来も予知できる。きっと、アラバも倒せる!)

 このままではいけないと、ユリアは自分を鼓舞する。

(グラン様は業火で、ミーシャはフェニックスで血吸いを倒したわ。
 血吸いは火に弱い)

 ユリアの分析は当たっている。

(でも私はミーシャのように、遠距離からフェニックスを当てられない。
 だったらヨトゥンの時と同じく、ゼロ距離で放てばいいのよ!)

 ユリアの戦術は間違っている。

 セレブな人妻のような雰囲気を漂わせているが、ユリアは気性が荒い一面がある。
 今もゼロ距離で魔法を放つべく、吸血鬼に最接近する。

「ユリア待て! 援護無しに接近するな!」

 セレナの指示も、耳に入らない。

吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)になって、グラン様に認めてもらうのよ!)

 こんな時でも女という生き物は、一人の男を奪う戦争を止めない。

「ユリア! あなた、ローブしか着てないのよ!」

「このローブは物理と魔法攻撃に耐性があるわ!」

 クロエの制止も、ユリアは()ねつける。
 ユリアが、アラバの懐に入る。
 グランが強過ぎるだけで、上等吸血鬼は決して弱くない。
 アラバはあえて、ユリアを接近させた。
 ローブに宿る物理防御力など、上等吸血鬼の前では紙切れ同然だ。
 ユリアの胸部に、アラバが拳を突き出す。
 心臓ごと、体を貫く気だ。

「私の仲間に手を出すな!」

 セレナ周辺の空気が、チリチリと帯電する。
 次の瞬間、セレナが両腕を組み、アラバに向ける。
 カートン戦争で見せた最大破壊魔法・ギガディンを放つ。
 周囲を破壊しないよう、魔法を捻じ込む。

 アラバはユリアに気を取られ、隙だらけだ。
 螺旋(らせん)状に絡み合った稲妻が、アラバに直撃した。
 アラバの拳は、ユリアの胸部に届いていた。
 だが心臓を貫く前に、アラバの体は灰と化した。



 勝利の余韻など、セレナパーティには無かった。
 ユリアは胸部への衝撃で、重症を負った。
 今必死に、クロエが治癒魔法を(ほどこ)している。
 そしてまた、パーティから吸血鬼殺し(ヴァンパイア・スレイヤー)を輩出できなかった。
 肉体的にも精神的にも、ダメージは大きい。
 そこに追い打ちをかけるように、

「お前達、何を落ち込んでいる?
 これが、お前達の実力だ。そして」

 グランが畳み掛ける。

「血吸いを五匹倒した。
 ブラムスの女王様はさぞ、お怒りだろうな。
 第三波が来る。しかも次は、特級を転移させてくる」

 グランの言葉に、セレナ達が青ざめる。
 パーティ全員が総力を挙げても、上等を倒すので精一杯だった。
 それも結果的に、メンバー一人が決死の囮となり、重症を負った。
 倒したといっても、パーティリーダーの勇者が最大破壊魔法を使わざるを得なかった。
 最大破壊魔法は魔力の消費も大きいが、反動も大きい。
 セレナは今、立っているのもやっとだ。
 ここで特級の吸血鬼が現れたら……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み