第7話 それでも僕は、ストーカーした

文字数 3,552文字

「クロエ。グラン殿が話したことは、全て本当なのね?」

 パーティ全員の目がクロエに注がる。
 彼女の返事一つで、このパーティの未来が大きく変わる。

「……本当よ」

 小声でクロエは肯定した。

 クロエが真相を話せないことは、織り込み済みだ。
 話せば、自分に凌辱されたことまで広まってしまう。
 処女を喪失したことがバレれば、聖女ではいられない。

 仲間をリンチされたと聞いて、心穏やかなパーティは存在しない。
 去勢男にしてタンクのオグルまで、憤怒で顔を真っ赤にしている。
 ただ、相手は世界一位だ。
 復讐を果たすのは困難だろう。
 その事実がまた、セレナパーティの怒りに火を注ぐ。

「今さら、誰が悪いと言う気はない。ただ、パーティメンバー二人に重傷を負わせたのは事実だ。だから責任をとって、俺は抜けた」

 場が静まり返る。
 誰もが考え、誰もが結論を下せない。

「一つだけ、確認させてほしい」

 口火を切ったのは、意外にも賢者のユリアだった。

「正直に答えてほしい。あなたが、リーナをストーカーしていたという噂は本当なの?」

 中々ストレートを投げる賢者だ。
 そう思い、内心苦笑したグランは無表情で、

「本当にストーカーしていたなら、俺はとっくの昔に旧パーティの連中に殺されていた。ただ、リーナは世界一位の勇者だ。つまり、吸血鬼の女王を殺すのは彼女だと俺は確信している。そしてそう考える吸血鬼や魔物、彼女にとってかわりたい名誉欲にかられた人間から守るため、なるべく彼女から離れないようにしていた。それが誤解の原因だろうな」

 と返答する。
 よくも立て板に水で大嘘がつけるもんだと、内心、自身に呆れていた。

 リーナをストーカーした。
 脱衣所で彼女の下着を鑑賞し、香りを楽しんだ。
 入浴も覗いた。
 湯気越しに見える形が良くて弾力がある乳と、やや大きめの乳輪、その乳輪に咲いた桃色の乳首がとても綺麗だった。
 またリーナが湯に浸かっているときは、湯越しにワラワラと湯の中で漂う陰毛の卑猥さを楽しんだ。
 果ては、排尿まで覗いた。
 幼いときと変わらず、透明で清潔感が溢れる尿を股から放っていた。
 全て、高度な存在隠しと使い魔の魔法が可能にさせた芸当だ。

「私からも、一つだけいいか?」

 やっとリーダーの女勇者様が口を開いたぞ、と。
 グランはセレナの質問を聞く前から、余裕だ。

「かつて世界ランキング二位だったアビスを……その……暴行というか……」

 ハキハキとしたセレナらしくない。
 やれやれと、グランの方から話を続ける。

「アビスを凌辱したとかいう、根も葉もない噂か」

 ズバリと言ってのける。
 場の緊張感が張り詰める。

「アビスは確かに凌辱された。ただし俺ではなく、吸血鬼の女王が放った『十三の刺客』の一匹によってな。偶然、近くに居合わせた俺が急行して、アビスは助けた。『十三の刺客』は取り逃がしたが」

 全て嘘だ。
 だが、その証拠など今さら見つかるわけがない。
 アビス自身も行方不明だ。
 アビスパーティには、グランが記憶改ざんの魔法を使って、今の虚言を真相と思い込ませてある。
 さすがに五人相手に嘘の記憶を刷り込むのは、大変な魔力と時間を消耗した。
 辻褄合わせのため、嘘のシナリオを練りに練った。
 そんな諸々の苦労が、後に控えているのは分かっていた。
 それでも抱かずにはいられないほど、アビスはいい女だった。

「楽しい質問の時間は、この辺でいいか? 夜明けが近い。返事を聞かせてもらおう」

 パーティメンバー達は互いに目配せするだけで、何も口にできない。
 判断がつかないのだ。
 普段は白黒ハッキリつけないと気が済まなそうなセレナが、俯いて沈黙しているのが大きい。

「どうしても六人という人数にこだわりたいなら、俺がこの場で誰かを戦闘不能にしようか? そいつは吸血鬼にやられたと言えば、恰好はつくだろ。実際、この先にリーナが殺した吸血鬼の死体があるしな」

 その発言の直後、セレナパーティ全員の体が一瞬で重くなった。
 剣を抜くことすら困難なほどだ。
 グランが重力倍加の魔法を使ったことを、誰もが承知していた。
 そして誰もが、重力倍加という高度な魔法を広範囲に、しかも詠唱も無しに使えるグランの実力をまた痛感した。

「……分かった。あなたにはパーティに加わってもらう」

 脅しともとれるグランの発言に、ついにセレナが決断を下す。
 脅しに屈するような女には見えないので、グランは少し驚いた。
 他のパーティメンバーは黙ってセレナを見詰めている。
 決断を委ね、従うつもりなのだろう。

「ただし、初めはオブザーバーという形にしてほしい。正式なメンバー入りは、王の許可もいる」

「その辺が落とし所だろうな。それで結構だ」

 グランが鷹揚に頷く。
 正確にはパーティメンバー新加入に、王の許可は不要だ。
 だが実際は、勝手にパーティメンバーの人事を行えば、即座に各国からの支援が絶たれてしまう。
 パーティメンバーの人事は大国の既得権益であり、パーティが自分達に刀を向けないバランス調整の役目を果たす。

「許可をとるべき王は誰だ?」

「ラント国王だ」

 セレナの返答に、ウンザリした。
 また、ラントだ。
 何かにつけ、あの超大国とは縁があるらしい。

「国王には、責任を持って私が許可を取り付ける。……だから」

 セレナが言いよどむ。

「だから?」

「正式なメンバーになるまでは、冒険時以外、私達と極力一緒にいないでもらえないだろうか? 宿も私達と別にしてほしい」

 他のメンバー達が息を詰める。
 グランが本気で怒れば、この場での皆殺しも有り得ると分かっているから。

「分かった」

 あっさり許可したグランに、セレナと他のメンバーは拍子抜けした。

 今は、行動を別にした方がいい。
 特に、宿は別にした方が都合がいい。
 何しろ、今から行く街は……。



 朝日が昇ってしばらく経つと、世界二位パーティとグランは目的地に到着した。
 都市・ダイドウは、武器・防具を取り扱っている店もあれば、小さな都市には珍しく魔道具専門店まである。
 雑貨屋や洋服店もあるが、最も多いのが飲食店だ。
 唐辛子や胡椒といったスパイシーな香りに砂糖菓子の甘い匂い、そして肉が焼けるジューシーな香り。
 何より、視覚を刺激するビールやワイン。
 パーティメンバー達の胃袋は刺激され、湧き上がった食欲で涎が出そうだ。
 女といえど、冒険者であり人間だ。
 腹は減るし、喉も渇く。
 緊張を強いられた一夜に、酔いたい気分だろう。
 それはグランも同じだった。

「では約束通り、別行動を取ろう。もちろん宿も別にとる」

 そう言って去っていくグランに、パーティメンバー達は一様にホッと安堵している。
 セレナだけが、なぜか縋るような視線を送っていたことに、誰も気付かなかった。
 と、今後の行動を決めていなかったことに気付いて、グランが引き返してくる。
 メンバー達の顔が何事かと引き攣る。
 そんなメンバーの心中など無視して、セレナと明日の朝六時に正門前集合を決める。
 緊急事態が発生した場合は、時間に関係なく、西門に集合するようにとグランは指示を出した。
 賢者のユリアとアマゾネスのレペスは「緊急時?」と怪訝な顔をし、疑うような声を出したが、押し切った。
 武闘家のミンは口を出さず、ずっと冷たい目でグランを見ている。
 その人を蔑むような目もまた、凌辱心を刺激する。
 この生意気な目つきをしたストイック女も、いずれは俺の前で犬のように這わせてやる。
 ずっとグランと目を合わせようとせず、俯いているクロエが愛おしい。
 そのうち、涎を垂らして自分を欲しがるよう、しっかり調教してやる。
 去勢タンクのオルグはどうでもいい。
 気が向けば、始末しょう。

 「緊急時」は間違いなく起こる。
 その時、この都市の衛兵達は味方にならない。
 むしろ、殺す対象になるだろう。
 ならば、警護が手薄な――衛兵が少ない西門が最も都合がいい。

 話している間、セレナからは甘いクリームのようないい香りがした。
 香水を振ったのだろう。
 それが意味するとろこに、グランは気付かない。
 ただ、セレナへの性欲がより大きくなったのは確かだ。

 クロエもセレナも、いい女はいい香りがする。
 リーナもいい香りがした。
 男の性欲を千本の針で刺激するような香り。
 今は離れてしまったが、いつか必ず……。
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