第20話 部屋とY談と女武闘家

文字数 4,060文字

「ナメるな!」

 気合いとともにレスペが体を捻って、相手を居合切りする。
 それが乱戦の開始を告げる合図となった。
 いたる所で戦闘が勃発する。
 グランは一人離れ、見守っていた。
 この程度の相手を倒せないようでは、先がないからだ。

 戦いは順調だった。
 世界ランキング二位は、伊達ではない。
 ところが。
 オルグがシールドクラッシュでミスを犯してしまい、三人に包囲される。
 慌ててミンが助けに入るが、体勢が悪い。
 ミンは一瞬で呼吸を整えると、気功を放つ。
 敵の心臓部位に穴が空く。
 回し蹴りの体勢で気功を放ち、次は敵の頭部を粉砕する。
 泡を食って逃げようとした残り一人は、後ろからオルグが斬る。
 オルグとミンが一息ついて、笑顔をかわす。

(あの去勢野郎は本当に無能だな。それと戦場で、気を抜くな)

 オルグを背後から斬ろうとした敵がいた。
 ミンはオルグを両手で放り投げ、凶刃から救う。
 それが原因で、ミンの懐ががら空きになる。
 当然、敵はその懐に飛び込む。
 その敵はチックだった。
 チックが、ミンの髪を鷲掴みにする。

「あん……」

 髪を鷲掴みにされた途端、ミンの体がシナシナと力を失う。
 性感帯をつかれると、女は力を失う。
 鍛錬づくしで男を知らないミンの、何と分かりやすいことか。

(たかが偽造スキル持ちの無能兵士だが、いい仕事をしたな。ご褒美だ)

 グランは満足げな表情で、短刀をチックに向けて投げる。
 短刀は深々とチックの喉に刺さった。
 珍しいスキル持ちは、呆気なく絶命した。

 さて、ここはもういいな。
 そう判断したグランは、残党数名を深い眠りにつかせる。
 術者であるグランが死なない限り、起きない眠りだ。

「セレナの言うとおりだ。さっさと出発の準備をして、行くぞ」

 もはやグランに逆らう者はなく、メンバー全員が出発の準備に取り掛かる。
 使い魔で知っていたが、リーナがカサンにいる。
 上等ミノタウロス率いる一個中隊へのブラムスからの命令が、待ち伏せから殺害に変わっても不思議ではない。
 邪魔者は、早く始末するに越したことはない。



 連合軍兵士達の好奇の眼差しに見送られ、カートンを出発した。
 北東に向かって進む。

 リーナに近づいている感触が確かにある。
 同時に、血生臭い戦場にも近づいているのだが。

 陽が沈んできたので、野営することになった。
 グラン以外のメンバーは、今日という一日にほとほと疲れたようだ。

 夕食は、メインが干し肉と少々寂しい内容だった。
 皆の口数も少ない。
 ユリアとレスペがそれぞれ、ワインとビールを口にした程度で、他の者はアルコールを飲まなかった。
 いい豚を使った干し肉は旨いと、グランだけビールが進んだ。

 警戒のペア決めは、前回と変わらなかった。
 順番通り、ミンとオルグがグランとクロエを起こしに来た。
 警戒の交代時間だ。

 グランは眠らずに、ミンとオルグを使い魔を通して見ていた。
 人の目がない所で、驚くほど二人は大胆だった。
 手を繋いで歩いてみたり。
 頬を寄せ合ったり。
 キスしたり。
 互いの上半身、特に胸を触って刺激し合い。
 そして最後は、オルグがミンの股に手を伸ばし、軽くイジッて終わった。
 あの程度でミンはイッていないだろう。
 だが夜間警戒中はここまでと、二人の間で一線を引いているのかもしれない。

 グランはクロエと警戒に出ようとして、仮眠に入る寸前のオルグを呼び出した。
「共闘する約束だったカザマン国について情報が入った」と言うだけで、オルグはホイホイ着いてきた。
 そんなオルグを見て、だから世界二位なんだと評価を下す。
 パーティの他メンバーを守るため、邪念を捨て、まるでバカの一つ覚えのように、敵の攻撃を一身に受け入れる。
 そして教科書通りに、攻撃を受ける間隔が空けば、シールドクラッシュを放つ。
 この地味な繰り返しを粘り強く行えるタンクがいるパーティは強い。
 ただし一位になりたければ、ウザイのように敵の裏をかけなければならない。
 例えば守ると見せかけ、敵が密集したところを攻撃するなど、戦術眼が必須だ。

 まあ、今夜はいい。
 この馬鹿のお陰で、事が順調に進むし、より楽しめそうだ。
 そう考えたグランは、ご機嫌でオルグと肩を並べて歩き出した。

 ミンはすぐ寝袋に入らず、クロエと他愛ない話で盛り上がっていた。
 修羅場の一日だった。
 息抜きの時間は、お互いに欲しかった。
 ミンにとって本当の修羅場は、これから始まるが。

「おーい、ミンとクロエ。ちょっと来てくれ。大事な話がある」

 ミンとクロエからは、岩陰でオルグの腰から下が隠れている。
 そんな場所から、オルグに呼びかけられる。
 グランの姿は岩陰に隠れて完全に見えない。

「ミン、行こう。大事な話って言ってるし。きっとカザマン絡みだと思う」

 クロエに促され、ミンが歩き出す。

 不審な点はいくつかあった。
 野営警戒中なのに、オルグが大声で呼びかけたこと。
 そもそもオルグが、普段は相性の良くないグランから声をかけられたこと。
 そして大声で呼びかけられたにもかかわらず、他のパーティメンバーは誰一人起きていないこと。
 起きる気配すらないこと。
 そしてクロエがなぜか、あの場所に行くよう、自分を誘導していること。
 そして岩陰まで、それなりの距離があるのに、どれだけ近づいてもオルグの表情が変わらないこと。

 普段の冷静なミンなら、不審点のいくつかに気付いたかもしれない。
 だが、愛するオルグが今日という日にグランと大事な話をするということは、カザマン関係以外に有り得ない。
 彼どころか、母親の代まで遡る因縁。
 グランなら打開できる。
 不気味で本音も見えない。
 が、世界ランキング一位に相応しい実力は持っているグランなら。
 今日の活躍ぶりも、見事としか言えない。
 そんな、グランなら。
 グランの存在もまた、ミンの目をぼやけさせた。

 岩場に辿り着くと、ミンは凍り付いた。
 オルグの下半身が燃えている。

「心配しなくていい、今はな」

 岩陰からグランが姿を現す。
 間近でオルグを見ると、顔は真っ青で大量の汗をかき、鼻水や涙まで出ている。

「こいつの顔だろう? どうにも芝居が下手でな。分かりやすく言えば、化粧をする魔法と表情筋を作る魔法を使って、怪しい点は見つからないようにした」

 ミンは今こそ冷静になる時だと、自分に言い聞かせた。
 周囲に素早く目をやる。
 オルグの下半身は炎に包まれているが、悶絶どころか、熱すら感じていないようだ。
 つまり、グランに高度な魔法をかけられた。
 オルグは自分の下半身が炎に包まれている状態を見て、心が折れている。
 つまり、ともに戦う戦力としてカウントできない。
 次に、クロエに目を移す。
 彼女は、俯いている。
 どうやら、悪だくみの片棒を担いでいるらしい。
 ただ、クロエは芯は強い。
 誰かに脅されて行為に走った可能性は無い。
 彼女が大切に、もしくは尊敬している存在に命じられたのだろう。
 最後に、グランだ。
 日中と違い、ひどく醜い表情をしている。
 下品で野蛮で、そして卑猥だ。

 つまり、自分は孤立無援だ。
 大声で助けを呼んでも、セレナ達は起きてこないだろう。
 グランがこの点で無策とは思えない。
 そもそも自分に、大声などあげさせないだろう。

 気になるのは、グランの狙いだ。

「俺の狙いが何なのか、気になるか」

 心中を見透かされたかのようなタイミングで言われ、心臓が跳ね上がる。

「俺の狙いはミン、お前だ」

 耳を疑った。

「お前を犯してやることだ」

「愚か者」

 グランを睨みつけて短く罵ると、ミンは構えた。

「戦ってお前を抑えつけてもいい。この去勢野郎を人質にしてもいい」

 殺意を秘めたミンの決死の構えを見ても、グランの表情は全く変わらない。

「分かっていると思うが、去勢野郎の下肢を覆う炎は俺の意思一つだ。今のように見せかけも可能だが、本気で燃やすこともできる」

 そう言われても、ミンは一歩も引かない。
 グランも期待していない。
 むしろ、逆だ。
 この程度で後退するようなヤワな女なら、凌辱する意味がない。
 犯す時間がもったいない。
 日々、戦いに身をさらし、誇り高く気高くあろうとする娘を凌辱して女にし、調教して牝に堕とすことが最高の快楽なのだ。
 そしてそんな女に精をくれてやることで、強くなっていく(さま)を眺めるのが至高であり、我が人生だ。

 充分、俺の期待に沿える女だな。
 グランは確信した。

「だが、俺は少なくとも魔法戦で、お前を抑えつける気はない。去勢野郎を拷問もしない。その気になれば殺すだけだ。まあ、カザマン王の首を取るのに貢献してもらわないといけないがな」

 長々と話すグランの意図が読めず、ミンが眉間に皺を寄せる。

「つまり、お前は進んで俺に犯されろ。俺のスキル・イチネンボッキにはそれだけの価値がある。そしてお前は、俺に犯されたい淫乱女だ」

 グランから目を離さず、ミンが唾を地面に吐き捨てる。
 それがミンからグランへの返事だった。

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こんにちは。
本作は、人類と吸血鬼の死闘、そして官能の二本柱で構成されています。
どちらの柱もまだ始まったばかりで、エンディングは遥か先です。
今後、皆様に楽しんでいただける連載にするためにも、ブクマや評価ポイント、感想をいただけると、長い連載を乗り切る力になってくれます。
私も未熟ながら粉骨砕身いたします。
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