第44話 グランだぜ! Do the 根性!!
文字数 4,117文字
「リーナ嬢達は、ご無事だったかぁ。
それは何よりだよなー。
で、リーナ嬢達はどこに向かってるんすかねー?」
「それは、トーレスに聞いた方が早いだろうな」
モグリの問いに、グランが不機嫌そうに答える。
「首脳会議から、リーナパーティに緊急命令が届いた。
ラント国まで撤退せよと」
領主であるトーレスに、首脳会議の決定事項は最も早く届けられる。
早馬に乗った伝令がリーナ達に、ラントまで戻るよう伝えた。
グランは使い魔で、その現場を見ていたから把握している。
ブラムスの喉元に刃 を突き付けて、首脳会議を構成する王達は鼻高々だった。
だが結果は、都市を失い、刃――リーナパーティも失うところだった。
超大国のラントが幅を利かせる首脳会議において、同国へ撤退し、軍備再編を狙う。
それは軍事ではなく、政治だ。
現場で戦う戦士達の意志は、全く尊重されない。
プライドだけは高い超大国の王侯貴族達にとって、軍備再編の判断は常識なのだ。
必ず通り道で遭遇するにもかかわらず、リーナパーティにカサン避難民の護衛をさせることにさえ、反論を唱える者までいた。
「戦争難民の命などより、我が国の威信の問題だ。
ドラガン国の人間も混ざっているとはいえ、
リーナパーティは実質的にラントが抱えるパーティだ。
早期に軍備再編を行い、カサン奪還に向かわせろ。
我が国が泥を塗られたなら、塗った奴等を早く始末しろ。
そうしなければ、他国に我が国の強さを誇示 できないぞ」
と吠えた虚栄心の塊は、一人や二人ではない。
けれど結果的には、他国の手前、横暴は中途半場に終わった。
リーナパーティはラントに撤退させる。
ただしカサン奪還の開始時期は、首脳会議の場で協議して決定する。
灰色の決着は、政治家の利益と面子 を守る。
ラントは根本的に、リーナパーティを堂々と「ラントお抱 え」と公言できない。
事実と違うから、などという殊勝 な考えからではない。
リーナ達が戦った都市が、敵の手に落ちたのだ。
このタイミングでお抱え云々 を言い出せば、責任を追及してくる国が必ず現れる。
常日頃から、超大国・ラントの足を引っ張ろうとしている国々だ。
戦士達の誇りと犠牲は、政争の前に無力だった。
「リーナパーティは、ラントまで撤退する」。
この報告には、そこにいる全員が落胆した。
世界ランキング一位のパーティが、生き残った。
ならば、きっとここで共に戦ってくれると思っていたのに。
「リーナパーティがどこにいようと、
私達がここブラムスで、吸血鬼どもを殺すことに変わりはない」
セレナの発言には、言葉ほどの力強さは感じられない。
リーナ達が戦力に加われないことに、セレナだって落胆している。
「まあでもー。
無いものねだりしたって、虚しいだけだっつーねー」
モグリだけ、いつも表情と声音が変わらない。
けれどモグリも、落胆していた。
いや、彼だけはガッカリしていた。
せっかくグランが加わった「本物の」世界ランキング一位パーティの戦いが見られる機会だったのに。
「それで今、カサンとブラムス旅団はどうなっている?」
「血吸いの奴等は、カサンを進軍基地にしている最中だ。
今のところ、行軍の気配はない」
セレナの問いにグランが答える。
(ふんっ。
今回は私が口を挟んでもグランの奴、怒らないな。
だったら、先程の無礼は許してあげないこともない)
セレナが心中で、恥ずかしい本音をブツブツと唱える。
今回の戦いで、ブラムス側も深手を負った。
兵站 はもちろん、ブラムス本国から魔物の補充が必要だろう。
「チッ!
ではカサンの兵士達は、全員殺されたか、
ブラムスに連行されたのだな?」
吸血鬼は人間の集合体を滅ぼしても、皆殺しにはしない。
逆だ。
極力、生け捕りにする。
ブラムス本国で冷凍保存し、食料・飲料として確保する必要があるからだ。
「いや。
カサンには現在、
三十二名の兵士が拘束されている」
それを聞いたセレナは、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。
「生存者を奪還するのは義務だ!
すぐに奪還部隊を編成してカサンに向かおう!」
吠えるセレナに、誰も反応しない。
(皆、臆 したのか!? 情けない!)
そんな内心を隠しつつ、何とかトーレス達の心を動かそうとセレナは必死になる。
「戦闘は避けられないだろう。
しかしカサン兵のお陰で、敵の数は減っている。
それに今は、カサンのアジト化やブラムスからの補充の調整で、
奴等は大忙しだろう。
つまり、今現在の敵の陣容は、戦闘に不向きなはずだ。
そもそも」
セレナが一旦、言葉を切る。
相手が誰であろうと関係なく、彼女は鋭い眼光で皆の目を見詰める。
その断固たる意志で、固まってしまった仲間達の心の壁に、穴を開けるかのように。
「奪還に、理由など不要のはず。
『敵地に味方は残さない』。
これは人間の軍隊に、古 から根付く不文律 のはずだ」
「魔物達が上等揃いだと、グラン殿から報告があった。
中途半端な人数で行っても、返り討ちに遭うだけだ」
トーレスがセレナの目を見詰め返しながら、説得にかかる。
「敵は奇襲を得意としているのも、グラン殿の報告で判明した。
ここから大軍を出せば、守備が手薄になる。
そのタイミングで、敵は少数精鋭部隊で奇襲をかけてくるだろう。
ここカートンで全軍にて迎撃する以外、我々に選択肢はない」
「しかし!
トーレス殿、仲間を見捨てよというのか!?
散っていった英霊の魂に泥を塗れというのか!」
トーレスが口ごもる。
セレナの剣幕に、怯んだからではない。
それ程、臆病者ではない。
セレナの発言が、的を射ていたからだ。
「今から行っても、間に合わん」
そう言うグランの片目は、濁って焦点を結んでいない。
カサンに飛ばした使い魔と片目を共有しているのは、誰の目にも明らかだった。
そのグランが、間に合わないと結論を下した。
さすがのセレナも、任務が物理的に不可能と分かれば、それ以上粘るほど愚かではない。
「……分かった。
私達はカサンに対して何もできないまま、
ここカートンで醜い魔物どもを迎え撃てばいいんだな。
カサンで命を落とした大勢の兵士達の無念は放っておいて」
「このカートンを守り切ることができたら、
それが何よりの英霊達への敬意であり、
ブラムスへの報復になる」
トーレスが正論を吐く。
「お前等、少し黙ってろ」
突然グランが、トーレスやセレナ達に指示を出す。
「お前、何を失礼な口を……」
「カサンにいる醜い奴等に、
一泡 吹かせてやろうとは思わんか?
そしてこれは、感情論ではない。
奴等は、ここを攻めてくる。
その戦力を削れる」
咎 めるセレナの言葉を最後まで聞かず、グランが問いかける。
「何と……グラン殿、
一体どのような攻撃を仕掛けるつもりなのか?
そして、相手は誰だ?」
「暗殺だ。
奴等が転移魔法を使ったなら、こっちも使ってやる」
「転移魔法!?
グラン殿、転移を使えたのか……。
しかし、大人数を転移させるのは不可能だろう?」
「転移するのは、俺一人だ」
やり取りしていたトーレスだけではなく、セレナパーティ全員も仰天する。
今、目の前の男はこう言ったのか?
「一つの都市を滅ぼした軍勢相手に、一人で立ち向かう」
(カッカカカ! こいつぁ愉快だ!
やっぱさー、グランの旦那は化け物なんだって!
好きなだけ血吸いどもを殺してこいってかぁー)
モグリは内心で拍手喝采。
「ちょ、ちょっと! 無茶なことをするな!
お前はまだ正式なメンバーではないが、我がパーティのオブザーバーだぞ!」
「オブザーバーだから、助言してやる。
今、奴等の指揮官と最も手強い魔物の一匹を殺せたら、
戦力削減とともに、時間稼ぎもできる」
グランの言うとおりだ。
指揮官なき集団は、烏合 の衆でしかない。
次の指揮官が着任するまで、進軍はおろか、カサンの進軍基地化も滞 るだろう。
さらに手強い魔物を一匹でも殺せれば、敵は防備に数と時間を割くしかない。
やはり、カートン進軍は遅れる。
「時間を稼げれば稼げるほど、
我々が有利だ。
迎撃態勢を厚くできる」
トーレスは同意し、同時にグランに問う。
「相手の指揮官となれば、特級クラスの吸血鬼だ。
どうやって殺す?
しかも同時に、手強い魔物も殺すとなると……。
その難易度は、想像もつかない。
夜の闇に乗じて行うのか?」
「いや、もうすぐ殺る」
グランは即答した。
「なっ……!」
「こ、この昼日中 に、
ブラムス一個旅団の指揮官を殺すだと……!
転移を使った暗殺とはいえ……」
トーレスもセレナも、言葉を継げない。
「カッカカカ! サイッコーだぜ、旦那!
旦那と一緒に仲良くお手々繋いで戦えるなんざぁ、
兵士冥利 に尽きるってもんだぜぇ!」
本音はずっと内心に締まっていたモグリが、ついにさらけ出す。
グランが一目置くのは当然で、モグリは幾多の修羅場をくぐっている。
多くの生死や、ままならない運命に遭遇してきた。
そんな出来事に一喜一憂していては、精神が破壊されてしまう。
だから、感情を殺すことに決めた。
グランの決断と行動は、そんな男でさえ、感情をむき出しにさせる。
戦士達の魂を、揺さぶる。
そしてグランは、文字通り命をかけた報復に取り掛かった。
それは何よりだよなー。
で、リーナ嬢達はどこに向かってるんすかねー?」
「それは、トーレスに聞いた方が早いだろうな」
モグリの問いに、グランが不機嫌そうに答える。
「首脳会議から、リーナパーティに緊急命令が届いた。
ラント国まで撤退せよと」
領主であるトーレスに、首脳会議の決定事項は最も早く届けられる。
早馬に乗った伝令がリーナ達に、ラントまで戻るよう伝えた。
グランは使い魔で、その現場を見ていたから把握している。
ブラムスの喉元に
だが結果は、都市を失い、刃――リーナパーティも失うところだった。
超大国のラントが幅を利かせる首脳会議において、同国へ撤退し、軍備再編を狙う。
それは軍事ではなく、政治だ。
現場で戦う戦士達の意志は、全く尊重されない。
プライドだけは高い超大国の王侯貴族達にとって、軍備再編の判断は常識なのだ。
必ず通り道で遭遇するにもかかわらず、リーナパーティにカサン避難民の護衛をさせることにさえ、反論を唱える者までいた。
「戦争難民の命などより、我が国の威信の問題だ。
ドラガン国の人間も混ざっているとはいえ、
リーナパーティは実質的にラントが抱えるパーティだ。
早期に軍備再編を行い、カサン奪還に向かわせろ。
我が国が泥を塗られたなら、塗った奴等を早く始末しろ。
そうしなければ、他国に我が国の強さを
と吠えた虚栄心の塊は、一人や二人ではない。
けれど結果的には、他国の手前、横暴は中途半場に終わった。
リーナパーティはラントに撤退させる。
ただしカサン奪還の開始時期は、首脳会議の場で協議して決定する。
灰色の決着は、政治家の利益と
ラントは根本的に、リーナパーティを堂々と「ラントお
事実と違うから、などという
リーナ達が戦った都市が、敵の手に落ちたのだ。
このタイミングでお抱え
常日頃から、超大国・ラントの足を引っ張ろうとしている国々だ。
戦士達の誇りと犠牲は、政争の前に無力だった。
「リーナパーティは、ラントまで撤退する」。
この報告には、そこにいる全員が落胆した。
世界ランキング一位のパーティが、生き残った。
ならば、きっとここで共に戦ってくれると思っていたのに。
「リーナパーティがどこにいようと、
私達がここブラムスで、吸血鬼どもを殺すことに変わりはない」
セレナの発言には、言葉ほどの力強さは感じられない。
リーナ達が戦力に加われないことに、セレナだって落胆している。
「まあでもー。
無いものねだりしたって、虚しいだけだっつーねー」
モグリだけ、いつも表情と声音が変わらない。
けれどモグリも、落胆していた。
いや、彼だけはガッカリしていた。
せっかくグランが加わった「本物の」世界ランキング一位パーティの戦いが見られる機会だったのに。
「それで今、カサンとブラムス旅団はどうなっている?」
「血吸いの奴等は、カサンを進軍基地にしている最中だ。
今のところ、行軍の気配はない」
セレナの問いにグランが答える。
(ふんっ。
今回は私が口を挟んでもグランの奴、怒らないな。
だったら、先程の無礼は許してあげないこともない)
セレナが心中で、恥ずかしい本音をブツブツと唱える。
今回の戦いで、ブラムス側も深手を負った。
「チッ!
ではカサンの兵士達は、全員殺されたか、
ブラムスに連行されたのだな?」
吸血鬼は人間の集合体を滅ぼしても、皆殺しにはしない。
逆だ。
極力、生け捕りにする。
ブラムス本国で冷凍保存し、食料・飲料として確保する必要があるからだ。
「いや。
カサンには現在、
三十二名の兵士が拘束されている」
それを聞いたセレナは、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。
「生存者を奪還するのは義務だ!
すぐに奪還部隊を編成してカサンに向かおう!」
吠えるセレナに、誰も反応しない。
(皆、
そんな内心を隠しつつ、何とかトーレス達の心を動かそうとセレナは必死になる。
「戦闘は避けられないだろう。
しかしカサン兵のお陰で、敵の数は減っている。
それに今は、カサンのアジト化やブラムスからの補充の調整で、
奴等は大忙しだろう。
つまり、今現在の敵の陣容は、戦闘に不向きなはずだ。
そもそも」
セレナが一旦、言葉を切る。
相手が誰であろうと関係なく、彼女は鋭い眼光で皆の目を見詰める。
その断固たる意志で、固まってしまった仲間達の心の壁に、穴を開けるかのように。
「奪還に、理由など不要のはず。
『敵地に味方は残さない』。
これは人間の軍隊に、
「魔物達が上等揃いだと、グラン殿から報告があった。
中途半端な人数で行っても、返り討ちに遭うだけだ」
トーレスがセレナの目を見詰め返しながら、説得にかかる。
「敵は奇襲を得意としているのも、グラン殿の報告で判明した。
ここから大軍を出せば、守備が手薄になる。
そのタイミングで、敵は少数精鋭部隊で奇襲をかけてくるだろう。
ここカートンで全軍にて迎撃する以外、我々に選択肢はない」
「しかし!
トーレス殿、仲間を見捨てよというのか!?
散っていった英霊の魂に泥を塗れというのか!」
トーレスが口ごもる。
セレナの剣幕に、怯んだからではない。
それ程、臆病者ではない。
セレナの発言が、的を射ていたからだ。
「今から行っても、間に合わん」
そう言うグランの片目は、濁って焦点を結んでいない。
カサンに飛ばした使い魔と片目を共有しているのは、誰の目にも明らかだった。
そのグランが、間に合わないと結論を下した。
さすがのセレナも、任務が物理的に不可能と分かれば、それ以上粘るほど愚かではない。
「……分かった。
私達はカサンに対して何もできないまま、
ここカートンで醜い魔物どもを迎え撃てばいいんだな。
カサンで命を落とした大勢の兵士達の無念は放っておいて」
「このカートンを守り切ることができたら、
それが何よりの英霊達への敬意であり、
ブラムスへの報復になる」
トーレスが正論を吐く。
「お前等、少し黙ってろ」
突然グランが、トーレスやセレナ達に指示を出す。
「お前、何を失礼な口を……」
「カサンにいる醜い奴等に、
そしてこれは、感情論ではない。
奴等は、ここを攻めてくる。
その戦力を削れる」
「何と……グラン殿、
一体どのような攻撃を仕掛けるつもりなのか?
そして、相手は誰だ?」
「暗殺だ。
奴等が転移魔法を使ったなら、こっちも使ってやる」
「転移魔法!?
グラン殿、転移を使えたのか……。
しかし、大人数を転移させるのは不可能だろう?」
「転移するのは、俺一人だ」
やり取りしていたトーレスだけではなく、セレナパーティ全員も仰天する。
今、目の前の男はこう言ったのか?
「一つの都市を滅ぼした軍勢相手に、一人で立ち向かう」
(カッカカカ! こいつぁ愉快だ!
やっぱさー、グランの旦那は化け物なんだって!
好きなだけ血吸いどもを殺してこいってかぁー)
モグリは内心で拍手喝采。
「ちょ、ちょっと! 無茶なことをするな!
お前はまだ正式なメンバーではないが、我がパーティのオブザーバーだぞ!」
「オブザーバーだから、助言してやる。
今、奴等の指揮官と最も手強い魔物の一匹を殺せたら、
戦力削減とともに、時間稼ぎもできる」
グランの言うとおりだ。
指揮官なき集団は、
次の指揮官が着任するまで、進軍はおろか、カサンの進軍基地化も
さらに手強い魔物を一匹でも殺せれば、敵は防備に数と時間を割くしかない。
やはり、カートン進軍は遅れる。
「時間を稼げれば稼げるほど、
我々が有利だ。
迎撃態勢を厚くできる」
トーレスは同意し、同時にグランに問う。
「相手の指揮官となれば、特級クラスの吸血鬼だ。
どうやって殺す?
しかも同時に、手強い魔物も殺すとなると……。
その難易度は、想像もつかない。
夜の闇に乗じて行うのか?」
「いや、もうすぐ殺る」
グランは即答した。
「なっ……!」
「こ、この
ブラムス一個旅団の指揮官を殺すだと……!
転移を使った暗殺とはいえ……」
トーレスもセレナも、言葉を継げない。
「カッカカカ! サイッコーだぜ、旦那!
旦那と一緒に仲良くお手々繋いで戦えるなんざぁ、
兵士
本音はずっと内心に締まっていたモグリが、ついにさらけ出す。
グランが一目置くのは当然で、モグリは幾多の修羅場をくぐっている。
多くの生死や、ままならない運命に遭遇してきた。
そんな出来事に一喜一憂していては、精神が破壊されてしまう。
だから、感情を殺すことに決めた。
グランの決断と行動は、そんな男でさえ、感情をむき出しにさせる。
戦士達の魂を、揺さぶる。
そしてグランは、文字通り命をかけた報復に取り掛かった。