第65話 合鍵も愛鍵も無い鍵

文字数 4,991文字

 ゾーフは周囲の戦況より、一人の女に見入っていた。
 無造作に後ろで束ねているが、その金髪は美しい。
 アーモンド型の目に、幻想的な緑色の瞳。
 何より、あの女は勇者だ。
 先のカサン戦では、間抜けどもが世界一位の勇者を殺し損ねた。
 ここで世界二位の勇者を仕留めれば、出世の階段を二段飛ばしで上がれる。
 ゾーフが、セレナに接近する。



 グラン目掛けて、金色の炎鳥・フェニックスが放たれる。
 ユリアの時と同様、グランが氷結させる。
 その凍結した一体が地に落ちる前に、ネットは第二・第三のフェニックスを放つ。
 グランは両腕に水鞭を持ち、二羽の炎鳥を叩き落す。
 勢いそのまま、水鞭でネットを襲う。
 ネットは、右手の指を二本立てた。
 その指先から、稲妻が(ほとばし)る。
 稲妻は水鞭に直撃し、互いの魔法が霧散(むさん)する。
 ネットが次は指を全部立て、稲妻を放つ。
 雷光を発しながら、バリバリッと音を立てて、グランに接近する。
 が、グランに命中する直前、地面から土壁が立ち上がって稲妻を防ぐ。
 その土壁の向こうから、グランが大火球を高速で飛ばす。
 しかし、途中でネットに氷結されてしまう。

 開戦直後から、高度な魔法戦が繰り広げられている。
 両者息つく間もなく、魔法を相手に放ち、放たれた魔法を防ぎ続ける。
 そうしながらも、グランはネットを南門から遠ざける。
 実は戦闘中に、トーレスから伝心が入っていた。
 各門の隠し錠の無事が、確認された。
 直ちにトーレスは、完全封鎖を命じた。
 モグリの部下や技師達が、施錠は上手くこなすだろう。
 しかし門を絶対に内側から外せない理由の一つに、鍵の精巧さがある。
 よって施錠には、どうしても時間がかかる。
 そのために冒険者や兵士達ができることは、敵を門から領内へと引きずり込むことだ。
 施錠する人間の安全を守り、その時間を稼がねば。

 今のところ、南門は順調だ。
 ネットはどんどん領内深くへと入ってくる。
 皮膚がジリリッと灼けるような魔法戦の最中、グランは片頬を歪めて笑っていた。

「魔法戦では、キリがないな」

 そう言いつつ、ネットは汗もかかず、息も乱していない。
 それはグランも同じだったが。

「同感だ。では白兵戦でケリをつけよう」

 グランが不敵に笑って提案する。
 ネットも不敵な笑みを浮かべ、

「名案だな、そうしょう。門から随分と、街中に来た。
 周囲が開けているので、思いっ切り剣が触れる」

 いくらネットが切れ者とはいえ、まだ完全封鎖に気付いていない。
 だがそれも、時間の問題だ。
 気付かれる前に、ネットを倒さなければ。

 グランとネットが同時に、相手を目掛けて駆け出す。
 二人とも、何も無い空間から剣を取り出して握る。
 空間魔法だ。
 自分だけが使用できる亜空間を持ち、そこに武器や嵩張(かさば)る物資を入れておく。
 二人の剣が斬り合った瞬間、

 キィーンッ!

 と澄んだ音が鳴り響く。
 残響が起こるほど、二人の剣は名刀だ。
 また剣技の腕前も、特級のバトルマスター級だ。
 そんな二人が剣を交える度に、ジッジッと、剣が空気を斬る音が鳴る。

「魔法だけかと思っていたが、剣も使えるとは。大した人間だ」

「血を吸うだけかと思っていたが、剣も使えるとは。大した吸血鬼だ」

 二人の剣が重なり、力比べになる。
 だがグランもネットも、平時と変わらない表情で軽口を叩いて相手を挑発する。

 その時、無数の針が側面からグランを襲う。
 虎の体をした人面獣・マンティコラの部隊が、グランに奇襲をかけた。
 ネットは舌打ちする。
 何百年ぶりかの、好敵手に出会えたのに。
 この広い場所で、存分に剣を振るいたかったのに。
 グランへの不意打ちは、サバトかエトーが命じたのか。
 あるいはマンティコラは、「人肉」と呼ばれるほど人が好物だ。
 自らの意志で、魔力に満ちた美味しいグランを食らおうとしたか。

 そこでふと、ネットは気付く。
 広い場所?
 広場?
 自然と、街のほぼ中央部まで来た。
 自分の意志で、来たと思っていた。
 だが知らぬ間に、ここまで誘導されたのでは?
 ローラ女王陛下やスピラーノ将軍閣下以外の者で、自分相手に、そんな芸当が可能か?
 グランなら、可能だ。
 ならばなぜ、グランはここまで自分を誘導したのか?
 門から、自分を遠ざけるためだ。
 そのために、グランは姿を現したのだ。
 グランが出張るほどの大事(おおごと)を、人間が門で仕掛けようとしている。
 ネットは南門へと走った。

 グランは物理防壁を一瞬で張り、針を防いだ。
 マンティコラは、一個小隊・五十匹ほどいる。
 通常の兵士なら、四倍の数は必要な強敵だ。
 が、グランはマンティコラの群れに、どんどん近づいていく。
 この魔物は尻尾についた毒針や、鋭い牙に爪が武器だ。
 けれど、グランの物理防壁を破れるほどではない。
 これだけの強度の物理防壁を張れば、魔法の反動が来る。
 強い魔法を使った代償、副作用だ。
 だがグランに、躊躇いはない。
 ここで、魔物を相手にしている暇はない。
 早くネットに追いつかねば。
 奴は真相に気付いた。
 完全封鎖は、東西南北どれか一つの門でも施錠できなければ、失敗に終わる。
 だからグランはリスクを背負ってでも、急ぐしかない。
 カートン侵略を急ぐネットを鼻で笑っていたが、グランまでも急ぐ身となった。
 慌しい戦争だ。

 グランはマンティコラに動作鈍麻をかけ、動きを鈍くさせる。
 さらに、視覚と聴覚を奪っていく。
 混乱を来たした個体から順に、精神作用をかける。
 発狂する個体に、泡を吹いて棒立ちになる個体。
 中には突然、仲間に襲い掛かる個体まで現れる。
 精神作用の効果が見えない個体を、グランが次々と斬っていく。
 その剣捌きは、大活躍を見せたレスペやモグリにも劣らない。
 剣が届かない範囲にいる個体は、石化させた。

 その時、胸に鋭い痛みが走った。
 魔法の反動だ。
 痛みで、動きが止まった。
 そこを、いつの間にか現れた悪鬼・バルログに狙われた。
 バルログの鞭が、グランを直撃する。
 グランは吹き飛ばされて、店舗型の建造物に叩きつけられた。
 マンティコラ用の強靭な物理防壁を張っていなけば、即死していた。
 そして、ふと気付く。
 自分が叩きつけられた店は、フワが美味のあの店だ。
 この街に来たとき、セレナパーティのメンバー達と初めて食事をした場所。
 店主と言葉を交わし、自分が借りることになった場所。
 開戦前最後の夜、トーレスと語った場所。
 そんな思い出の場所に、自分を叩きつけるとは。
 目をやると、バルログは五匹に増えている。

(上等だ)

 グランの双眸に、狂暴な光が宿る。



 ネットは、南門近くまで戻ってきた。
 案の定、人間二十人ほどが、何か門に細工している。
 ここから魔法攻撃してもいいが、死亡する人間が出るだろう。
 女王の命令には、人間の生け捕りが含まれている。
 無論、情けからではない。
 吸血鬼が生きるうえで、人間の肉と血は欠かせない。
 氷結させるのが得策だと考えたネットは、門へと急いだ。



 悪鬼という二つ名を持つバルログ五体を、グランは倒し終えた。
 さすがに負傷したが、治癒魔法を自身にかけた。
 ただ、残念な結果が一つ。

(火まみれ鬼のせいで、店主から借りた店が、大破したか)

 グランの目の前には、基礎部分が剥き出しになった店の残骸がある。
 修繕すら不可能だ。
 しかしグランは、片頬を歪めて笑う。

(結構なことだ。店主が帰ってきたら、新築の店を贈ればいい。
 この戦争に勝った後は、戦勝と新築祝いだな)

 ニヤリと笑った直後、グランは真顔に戻る。
 ネットの後を追って、駆け出した。



 ネットが姿隠しと消音魔法を使って、南門に近付く。
 そこで人間達が行っていることを、遠目の魔法で見た。
 拍子抜けした。
 人間達はただ、門に鍵をかけていた。
 だが、見たことが無い形状の鍵だ。
 何よりグランは、この施錠のために、自分を門から遠ざけた。

 真実を知るのは簡単だ。
 施錠している人間達に、聞けばいい。
 ネットが、姿隠しと消音魔法を解く。
 突然現れたネットを見て、二十人の人間達は一瞬、驚いた。
 直後、ニヤリと不敵に笑う。

(私に敵うはずがないのは、分かっているはず。それでも、笑うか。
 狂気に支配されたか、何かを成し遂げたのか。二つに一つだ)

 ネットは人間達の半分、十人を凍結した。
 それを見た残り十人の人間達は、さすがに恐怖を感じた。
 死がすぐ近くにあるのだから。
 それでも、命乞いをしない。
 降伏もしない。

「まるで、仇を討った戦士のようだな。
 いや、役目を終えた職人と言った方が相応しいか」

 十人の人間達が、顔を見合わせる。
 ドッと笑いがおきた。
 ネットは悪い予感しかしない。

「私を前にして、笑うか。そんな不敵な人間達が素直に、真実を語るとは思えん」

 ネットが言った直後、人間の一人が短剣で自分の首を突いた。
 自害したのだ。
 直後、残り九人の人間達の手足が凍る。

「一人、間に合わなかった。
 敵の食料や飲料になるくらいなら、自死を選ぶ、か。それも、躊躇いなく」

 四肢を凍結された人間達は、苦悶の声をあげている。
 ネットは、自死した人間の死体を見下ろす。
 連合軍兵士だ。
 「敵の捕虜になるぐらいなら、死を選べ」の美学は、種族を超える。
 自害した兵士は、ネットとの力の差を理解した。
 そして逃げることすら、不可能だと判断した。
 だから、自害を選んだ。
 そんな兵士に、ネットは尊敬を覚える。
 だが今は、人間の真意を把握するのが先決だ。

「一番初めに、全てを語った者から楽に……」

「勘違いしてんじゃねえぞ!」

 脅迫するネットに、四肢を凍らされた人間達が噛みつく。

「何も隠し事するをつもりはない!」

「もう隠す必要は無いからな!」

(隠す『必要がない』? つまり、彼等は何らかの目的を達成したわけだ)

「では、話してもらおうか」

「この南門は、永久に開かない鍵で閉ざした! ここだけじゃない!
 北も東も西もだ! 空は開いてるように見えるだろう!?
 では、飛んでみるがいい! これが何を意味するか分かるか!?」

「……噂の域を超えないと思っていたが、『完全封鎖』とは」

 完全封鎖。
 名称だけは、聞いたことがある。
 鍵自体が魔力を持っており、それで施錠すると、内外を出入りできなくなる。
 脱出するには、自分クラスの吸血鬼が、最大破壊魔法を使って壁を破壊するしかない。

「さすがの血吸いも、震えて言葉が出ないだろう!
 お前等は、このカートンに閉じ込められた!
 後はモグリ団長やグラン殿に、殺されるだけだ!
 せいぜい楽に……ウグッ」

「人間よ、うるさい」

 残り九人も、ネットは完全に凍結した。
 その時、大軍が押し寄せる足音が聞こえた。
 完全封鎖は自分だけではなく、魔物達も知ったようだ。
 閉じ込められてたまるかと、門に魔物達が押し寄せる。
 東西南北の門で、同じ現象が起きていた。
 飛翔能力がある魔物は、即座に飛んだ。

「バカな! 固まって動くとは! ……私の指揮不足か」

 グランの高笑いが、聞こえた気がした。

 カートン完全封鎖、完了。

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 さーて、来週の「グランさん」は!?

 レスペです! 赤髪でアマゾネスやってますけど、寝不足だとやっぱ眠いです!
 戦時中とか関係無いっす!
 さて、次回の「グランさん」は、

 ・二位じゃダメですか!?
 ・レアキャラのアビス、戦争でクッソ忙しいのにまた登場
 ・セレナ、初のストーカー体験

 をお送りします。
 また見てくださいね(^^
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