第90話 突飛ングにエルフつゆダクで!

文字数 3,130文字

 昼食は、ベルマ城で摂る段取りだ。
 顔触れはセレナパーティのメンバー全員、そしてマギヌンとミーシャ。
 夜には排他領域奪還の任務が控えている。
 呑気に「みんなで楽しく昼食を」ではなく、ランチミーティングなのは明らかだ。



 ベルマ城に入った一行は、てっきり夜間戦闘の準備に追われた兵士達で殺気立っていると思っていた。
 が、実際は静かなものだった。



 昼食中、ミーティングの合間にセレナはその点を突いた。
 突いてきたセレナを見て、グランに突かれたことをマギヌンは見抜いた。
 これで世界ランキング二位パーティは、全員がイチネンボッキを注入されたことになる。
 去勢を除いて。

(イチネンボッキの力を得たメンバーが、五人もいるパーティか。
 この世界二位パーティは、一位の補欠とばかり思っていたが。
 認識を改める必要があるようだ)

 内心で算盤(そろばん)を弾きながらも、マギヌンギャップとスマイルで、今日も人たらしに余念がない。

「城が穏やか? ああ、排他領域への討伐隊のことか。
 彼等は精鋭で、秘密裡に今夜の準備を進めている」

 実に表情豊かに、だが最後は爽やかな印象が残るようにマギヌンが説明する。

「なぜ、秘密裡なのだ?
 ここベルマ城に、血吸いどもの使い魔が侵入したとでも言うのか?
 諜報上手は防諜上手だと聞くがな」

 セレナの発言は(もっと)もだ。
 イチネンボッキを注入されると、発言まで冴えてくるらしい。
 防諜とは、相手からの諜報――スパイ行為を防ぐことだ。
 
「敵は外側にいるんじゃない。
 内側にいるんだ。そうだろう、マギヌン?」

 上品にナイフとフォークを使って昼食を食べるマギヌンに、

(同じパーティで冒険をしていた頃は、俺より下品だったのに)

 グランはかつての仲間うちにしか分からない皮肉を込める。

「その通りだ」

 マギヌンがグランに苦笑しながら、それでも気取った所作(しょさ)でナイフとフォークを置く。
 いつものマギヌンギャップとスマイルは健在だ。
 けれど彼の雰囲気が暗くなったことに、セレナパーティの全員が気付く。
 この程度ならメンバー全員が、人間の本音を見抜ける。
 むしろ見抜けなければ、とても冒険で生き残れない。
 それこそ敵は、自然の猛威や魔物だけではないのだ。

 セレナとグランの発言は、不愉快な話題らしい。
 ミーシャが上目遣いに、マギヌンを見る。
 それを見ながらグランは、

(マギヌンを見るミーシャの目。
 あの目が上官ではなく、
 男を見る目だと気付いているメンバーはいない、か。
 まだまだ全員、イチネンボッキの注入が足りない。
 これでは血吸いどころか、ドラゴンと戦うのも無理だ。
 しかしイチネンボッキの注入管は一本しかない。
 数に限りがある。
 しかし時間は有限だ。
 やはり、アレが必要か)

 そんな内心を隠し、グランはマギヌンとミーシャを待つ。
 マギヌンがミーシャに目で合図した。
 「内幕を暴露して良し」だ。

「人類最年少で将軍になられたので、
 大勢の愚か者達が嫉妬して敵に回りました。
 現在、将軍の首を狙っている者達の数は不明です。
 逆に言えば、ミルンの諜報網でも数を把握できない程、大勢います」

 ミーシャに発言させたことには、狙いがある。
 今の発言を聞いて、セレナパーティのメンバー個々がどう反応するのか、マギヌンは観察した。
 誰が敵だ?
 誰が敵に回る可能性を秘めている?
 セレナパーティですら、マギヌンは信用していない。
 今なら、グランさえも。

 それ程、彼の出世は大きな業績であり、大きな波紋を生んだ。
 同時に、敵も多数生んだ。
 結果、慎重過ぎるほど慎重になることで、彼はサバイバルしている。

「ああ、分かったわ。
 目立つ場所で討伐隊を武装させれば、今夜、マギヌン殿がベルマ城を……」

「ここベウトンを留守にすることが、バレてしまう。
 そうなれば、クーデターを狙っている連中に付け入る隙をあたえる」

 ユリアの発言中に、クロエが割り込む。
 グラン五稜郭になったので、イチネンボッキ争奪戦が過熱してきた。

「その通りだ。
 ミルン王は公的に私を国王代理にしたのに、気に食わない人間が多数いる」

 笑って話すマギヌンスマイルに、逆にセレナ達は恐怖を感じた。
 彫りが深い端正な顔立ちだが、場違いな笑顔が怖い。

「将軍閣下。お食事中に失礼します」

 身長が低い割に、横幅は広い体格をしているツーポス副将軍が現れた。
 マギヌンと何やら囁き合っている。
 緊急の要件なのか、二人の表情は固い。
 密談が終わると、

「皆様、お食事中に失礼いたしました」

 とチビメタボな副将軍は愛想のいい笑顔で挨拶し、退室した。

「あいつは信用できない」

 グランが一刀両断する。

「そうか? どことなく、お前に表情や雰囲気が似ているぞ」

 マギヌンがグランをからかう。

「だから、信用できないんだ」

 しれっと言い返したグランが、

「で、何事だ?」

 一国の将軍に密談内容を、堂々と聞く。

「ブラムスから、ドラゴンが数匹、飛び立った」

 場の空気が凍った。
 それ程、この世界でドラゴンの力は図抜けている。

「今すぐ、ミルンがドラゴンと戦うことは無いだろう。
 だが、俺達のような冒険者は別だ。
 今回のように依頼があれば、どこの国にだって行く。
 間違いなくドラゴンと初めに一戦交えるのは、冒険者だろうな」

 このグランの発言は後々(のちのち)、的中することになる。
 ただ、戦う冒険者パーティがどのパーティかまでは、この時のグランにすら分かるはずがなかった。
 彼がよく知っているパーティにせよ。

「今でも、
 パーティのみんなが力を合わせれば、ドラゴンを必ず倒せる!」

 レスペの宣言に、他のメンバーが盛り上がる。
 グランとマギヌンの目が合う。
 グランは「やれやれ」と首を横に振る。
 マギヌンも呼応して、苦笑を返す。

「それでは駄目だ」

「特級のドラゴンでも、知恵を絞れば倒せる」

 グランにミンが反論する。

「根本的な所が、決定的に違う。
 一人で、上等のドラゴン一匹を殺せるようになれ」

 方々から「無茶苦茶よね……」と囁き声が聞こえる。

「確かに、今のままでは無理だ。
 イチネンボッキは無限の精力だが、注入管は一つしかない。
 どうしても強くなるのに、時間がかかってしまう。
 ドラゴンを隷下に置いたブラムス相手に、もう時間はかけていられない」

「そんな解決策無しの事実を突きつけて、一体どういうつもりだ?」

 グランを見るセレナの顔は険しい。
 今朝方まで、自分を抱いていた男に向ける視線ではない。
 切り替えの早さも、彼女の魅力だ。

「一つだけ、解決策がある」

「だったら、早くそれを言えばいい」

「黙れ」

 久々の「黙れ」注入に、セレナは満足した。

「解決策ならある。俺もお前達も、劇的に強くなる方法だ」

「もったいぶらずに、早く教えてくださいな」

 ユリアが体をくねらせる。

「エルフの妙薬を飲む。
 そのために、エルフの国・ベンゲルへ行く。
 独裁国家・カザマンの兵士を初め、
 多くの冒険者が帰ってこなかった秘密の森を抜けてな」

 エルフの国へ!?
 「空の大迷宮」と呼ばれる天空の塔と並んで、「地上の大迷宮」と呼ばれる秘密の森を抜けて?
 あまりに飛躍した提案に、セレナ達は言葉を失った。
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