第3話 ロリ魔導士との高度な心理戦

文字数 3,920文字

  その野望のために、グランは屈辱的な幼少期――加虐的な武術と魔法の鍛錬に耐えた。
 鍛錬というより、拷問に近かった。
 その後も、研鑽を積んだ。
 泥にまみれて血を吐きながら、魔物や吸血鬼と戦った。

 一定の地位を得ると、王国図書館に足繁く通った。
 目的はリーナに悦びを教えてやって調教し、自分だけのペットにするための書籍漁りだった。
 それ専門の書籍だけ借りたり読んでいては、図書館司書に目を付けられる。
 だから息抜きも兼ねて、他の書籍や文献に目を通すこともあった。
 そうして気が付けば、女体に精通した調教師だけではなく、錬金術や医療、薬学、果ては歴史や哲学に心理学まで詳しくなっていた。
 その知識は人類の宝だった。
 だがグランは、その知識を他人のために使う気は全く無い。
 ただ己の快楽のために、蓄積していた。

 それにしても。
 まだ、自分とリーナを除く四人の戦いが終わらないことに、グランはイラついた。
 四人などどうでも良かったが、長居したくなる場所ではない。
 四人が相手にしている魔物達の攻撃・守備力を激減させ、早さを奪った。
 いっそ自分の手で魔物を全滅させてやろうかと思った、その時。
 他の魔力を感じた。
 自分達パーティ以外の者の魔力。
 吸血鬼や魔物ではなく、人間の魔力。
 それはごく微小で、賢者のニンチでも気付かない。
 これは……使い魔だ。
 誰かがグラン達の戦闘を見るために、使い魔を送り込んだ。
 魔物の残党を狩るリーナの肢体をジットリと見詰めながら、面白いことになってきたとほくそ笑む。
 リーナの額に浮かぶ玉のような汗や、装備の継ぎ目から露出した肌を見て興奮しながら、使い魔を探す。
 一度に複数のことが行えるのは、グランの特技だ。
 そして、見つけた。
 それは、自分達を見下ろす崖の上にいた。
 
 鳩だった。
 ただし手の平より二回りは小さく、灰色で背景色と見分けがつきにくい。
 リーナの関節や肉の動きを舐めるように見ながら、意識を鳩に向け、探知魔法を使う。
 グランは探知魔法を詠唱もしなければ、魔力の漏れも無く使える。
 なので、他のパーティメンバーや、使い魔の主に知られる心配はない。

 他のパーティへの使い魔派遣は、厳しく禁止されている。
 吸血鬼側のスパイかもしれないからだ。
 ただ、それは建前。
 真相は、人間同士の醜いパーティランキング争いを防ぐためだ。
 それ故か、無断使い魔への刑は重く、死罪も有り得る。

 使い魔の鳩が飛び立つ。
 その姿を視野に入れて、グランは探知魔法を続行する。
 早速出た満足できる結果に、ニヤリと笑う。
 生まれてからずっと屹立しているペニスを、手の平でなでる。
 それは、グランの癖だった。
 これから自分の性欲を満たす際の。

 使い魔を寄越したのは、女だ。

 さて、どうしてくれようか。
 永久的に勃起している股間をさすりながら、グランは姦計を練った。



 逃げたオークの群れを追って、皆殺しにする。
 そんな単純な嘘に、パーティのメンバー達は引っ掛かった。

(全く、これで世界ランキング一位とは。情けない)

 ボヤきながらも、楽し気に使い魔の魔力追跡を行うグラン。
 確かにグランの緩い嘘にメンバーは引っ掛かった。
 リーナを除いて……。



 使い魔を飛ばした女は、飛行経路は無論、使い魔自体の痕跡を消す魔法を使っている。
 高度な魔法技術と膨大な魔力が必要だ。
 女は只者ではないらしい。
 それでも、グランの追跡魔法をかわすことはできないが。
 相手が高等な魔法使いの女と知って、グランはなお一層興奮する。
 ステータスが高い女ほど、やりがいがある。
 征服欲が満たされる。

 やがて、足元の岩が徐々に少なくなり、ついに土に変わった。
 辺り一面岸壁だった風景が、木々のそれに変わる。
 森に入ったのだ。
 グランは慎重に移動する。
 相手は高等な魔法使い。
 そこまで登り詰めるのに、魔法の鍛錬もさることながら、多くの冒険をこなしてきたはずだ。
 何度も、追手に追われた経験も持っているはずだ。
 同じ数だけ、追手を巻いてきた経験の持ち主でもある。
 自分の存在を知られても、殺す対象なら問題はない。
 どれだけ逃げ足が早かろうと、巨大な火球でもぶつけて炭にしてやればいい。
 だが今回は、生け捕りにしないと意味がない。
 ステータス高き女なので、かすり傷もつけたくない。

 狩りのこの瞬間が、グランはたまらなく好きだ。
 標的に気付かれぬよう近付く最中は、緊張で心拍が上がる。
 この緊張が、興奮に昇華する。
 そして狩りのご褒美は、標的の喉笛をかき切り、苦しむ様を眺められる権利なのだ。



 木々が開いた場所に出た。
 一軒の小屋が立っている。
 外見は汚く、生活感が無い。
 潜むには、うってつけだ。
 当たりをつけたグランは、堂々と歩き、小屋のドアを勢いよく開けた。
 待ち伏せが無い自信はあった。
 自分の追跡魔法を感知できる魔法使いなど、存在しないという自負がある。
 複数人での待ち伏せも有り得ない。
 送り込んだ使い魔は一匹。
 ならば、術者は一人。
 無断の使い魔なので、付き合う物好きはいない。



 外見とは違い、小屋の中は小綺麗だった。
 そこに、白いローブをまとった女がいた。
 低い身長と童顔から、初めは少女かと思った。

 女はこちらに背を向けていた。
 ゆっくりと振り返って、グランの顔を見る。
 余裕ありげな所作だ。
 それがブラフなのを、グランは見抜いていた。
 心臓が口から出そうなほど、緊張と恐怖で鼓動が早まっているのが分かる。
 黒魔術を使えば、相手の心身の状態も把握できる。
 地味ゆえに不人気であり、周囲に効果が分かりにくく無能扱いされる黒魔術。
 だが、これほど便利な魔法は他にないとグランは思っている。
 使いこなせるようになるまで、気が遠くなるほど厳しく長い鍛錬が待っているにせよ。
 そして五つの魔法属性全てを持つグランは、直接攻撃魔法で敵にダメージをあたえることもできる。

「あなたは誰ですか? 道に迷われたのですか?」

 白のローブと背中に大きく刺繍された神殿・デーアを表す紋章から、彼女が神に仕える聖女だと分かる。
 肩に近い両袖に刺繍された紋章から、高等白魔道士であることも分かる。
 もっともグランは、彼女が低い身長と童顔には不似合いな質と量の魔力の持ち主であることを見抜いている。
 ただの白魔導士でないことは、両袖の紋様を見るまでもなく、把握していた。
 また、ローブで隠しているが、短刀を隠し持っている。
 神殿の方針で、基本的に白魔導士は先が尖った武器を持てない。
 それが許されている点からも、彼女は将来を嘱望され、多大な功績を上げている。

「俺は迷わずに、正確にここに辿り着いた。迷ったのはお前の方だ。
 いや、血迷ったというべきか。神に仕える白魔導士から、
 無断で使い魔を送り込まれるとは思わなかったよ」

 グランの指摘に、彼女の顔色が青くなる。
 顔色こそ悪くなったが、唯一ローブから露出した顔の肌は白く滑らかだ。

「何のことを言っているのですか? 私は使い魔など……」

「どこかで見た顔だと思っていたが、世界ランキング二位の白魔導士殿ではないか。
 宮中晩餐会で会ったのが最後か。名は何といったかな?」

「……クロエ……クロエです」

「そうだ、クロエだった。では、クロエ。俺が誰か知っているな? 
 お前の証拠隠滅魔法と俺の炙り出し魔法と、どちらが優れているか試してみるか?
 ただし俺の方が優れている場合、よくて牢獄行き、最悪なら死罪だ。
 試してみるか?」

 グランが話す度に、ロリ顔のクロエが動揺する。
 その様子を見ているのは、実に愉快だ。
 全てはズバ抜けた黒魔術のお陰だ。

 物心ついたとき、戦う乙女『ヴァルキリー』の女どもから『闇』呼ばわりされた。
 そして強制的に、ドSな熟女だった高等黒魔導士に弟子入りさせられた。
 人権どころか生存権さえ無視の拷問に耐えたからこそ、今がある。
 女を凌辱するのが何よりの快楽なのは、持って生まれたものなのか。
 『ヴァルキリー』や師匠への恨みから派生したものか。
 それは、自分でも分からない。
 分かるのは、今から目の前のクロエでたっぷり楽しむことだ。

「私を脅すのですか? 
 私がグラン、あなたにも縁がある神殿・デーアの聖職者と知っていても?」

 ペッ。
 思わずグランは唾を吐いた。

「神聖なるデーアの名で唾液を吐くとは、何と無礼にして神への冒涜なのでしょう」

 この女、ロリ顔のくせに俺の過去を知っていて、それを有効に使ってくるとは。
 いや、違う。
 俺の過去は、リーナと同等レベルの機密事項だ。
 高等黒魔導士なら、神殿・デーアで鍛錬を受けたはずと、心理的な賭けに出たのだ。
 それほど、追い込まれているわけだ。
 自分の立場をよく分かっている。
 ただ、賭けで言った中身は当たっている。
 『ヴァルキリー』の女どもに、王国ラントの城塞都市であるテロスに連行された。
 そこで自分を闇深き黒魔導士であると鑑定士に鑑定された場が、神殿・デーアだ。
 今でもその名を耳にすると、ヘドが出る。

「俺を不愉快にさせたな。それは、お前の体をもって償え」

 心理戦と化した会話のイニシアティブを、再びグランが握る。

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