第52話 乾杯しても完敗するべからず

文字数 4,693文字

「急に黙って、どうした? 
 この街を要塞化する案なら、すでに出来上がっているだろう?」

「なっ……」

 グランが初めて見る、モグリの驚き顔。

(旦那って、人の心読めるんだぜ、絶対。
 だって化け物だしよ)

 内心、ちょっと()ねたモグリに、グランが苦笑する。

「そんなに驚くな。図書館に通っていてな。それで、気付いた」

「いやいや。
 通ってるだけで、フッツー、気付かないっしょ。
 あーあ、秘密にしてたのにー。
 トーレスの大将と、あーだこーだと作戦会議開いて、 
 隠し場所決めたってのに」

 グランは趣味と実益を兼ねて、図書館に足を運ぶ。
 カートンでは、ブラムスが派遣した中隊を滅ぼすため、情報を仕入れに通った。
 そして、上等ミノタウロスの弱点に行き着いた。
 正確には、そんな図書館通いの日々では気付いていない。

 図書館には、様々なジャンルの書籍や文献の背表紙(せびょうし)が並んでいる。
 その間に、特殊建築や爆破についての背表紙が見えた。
 まるでひっそりと、そこに佇んでいるように。

 ブラムスの脅威が増す度に、首脳会議はレイジ国に連合軍兵士を増員していった。
 それに比例して、まず商人の数が増えた。
 その商人相手の商人が増え……といった具合に、住民の数が増えた。
 だが、領土の大きさは変わらない。
 だからグランは、特殊建築や爆破の書籍や文献の存在を勘違いしていた。
 それらは、苦しい住環境事情を解決するためだと思い込んでいた。
 だが戦争が現実的になり、その時が近づいてくる。
 グランは魔法だけではなく、物理的にも罠を張れないかと考えた。
 そこで、特殊建築や爆破の書籍や文献を読んでみた。
 そして、真相に辿り着いた。
 それらに書かれている内容は、明らかに軍事用だったのだ。
 軍事用なので、書籍も文献も高度に暗号化されている。
 常人が読めば、通常の街作りの本だ。
 だが解読し慣れているグランなら暗号を解き、本当の内容を理解できる。

「市街地の要塞化と爆破術は、どの国でも国家機密だ。
 ただ、ここはブラムスに近過ぎる。
 血吸いの使い魔が、いつ偵察に来るか分からない。
 そこで隠し場所を、あえて誰でも出入りできる図書館にしたんだろ。
 警備が厳重な『いかにも』な場所ほど、敵は探りを入れるからな。
 いい案だ」

 モグリは苦笑して肩をすくめると、速足で移動を始めた。
 お喋りの時間はここまで。
 今から仕事だ。
 彼の背中には、そう書いてある。
 グランも同感だった。
 魔法トラップを仕掛けるため、街の観察に戻ろうとした。
 その時。

「旦那!」

 少し離れた所から、モグリが声をかけてくる。

「何でも()てられっ放しは、やっぱ嫌なもんでねー。
 とっておきの秘密?
 俺の過去?
 みたいなの、語っちゃっていいよね?」

 意図が読めないが、グランは黙って聞くことにする。

「マッシモって国、知ってたりしちゃう?」

「確か、血吸いに滅ばされた国だ」

 グランの答えを聞いても、モグリの反応は今一だ。

「旦那。もしかしてミンから、なーんも聞いてなかったりする?」

 血吸いに滅ばされた国。
 ミン。
 もしや。

「ミンの故郷か?」

「ご明察」

 当たりらしい。
 だが、それがどうした?

「俺も、マッシモ出身なんすわー。しかも師匠は、ミンのパパときた」

 宮廷付き武闘家であるミンの父が、モグリに戦闘を教えたのか。

「俺、一応、ブルーノ師匠……、
 あ、ミンのパパの名前ってブルーノなんすけどね。
 そのブルーノ師匠の一番弟子? 的なポジションだったりして。
 格闘技フェチ大集合のマッシモで、
 最後に行われた武闘大会で、優勝しちゃったりとか?
 その後すぐに、吸血鬼の少数性部隊に襲われてー。
 大会で国中の猛者が集中してる首都を、
 大量破壊魔法で焼かれーの。
 んで、滅びたんすけど」

 グランには、モグリの言いたいことが見えない。
 ただの自慢男ではなく、歴史語りもしないはずだ。

「んで、本題。俺、ミンと幼馴染なんすよねー。
 あっちは全然、覚えてないみたいだけど。
 悲報だわー。
 ミン、俺の初恋の女子だったのにー。
 師匠の下で、一緒に鍛錬したのにー」

 そのミンの尻穴を、つい先程まで犯していた。
 その事実はグランといえど、言いづらい。
 モグリにとってミンは、初恋の相手なのだ。
 リーナ……。

「旦那、そんな景気悪い顔しないでさぁ。
 ミンが旦那のイチネンボッキの対象なの、分かってるってー」

 初恋の女が、他の男に抱かれている。
 それを知っていると、モグリは告げた。
 けれど、モグリの声は陽気だ。
 強がってもいない。

「めきめき、強くしてやってよ!
 そしたら、戦争でアイツが死ぬ可能性下がるっしょ。
 それでも駄目なときは、旦那、
 ミンの命だけは守ってやってほしーわー」

 そう言うと、今度こそモグリは仕事のため、姿を消した。
 どこまでも、強い男だ。
 そんな男が、この街の兵士の指揮官なのだ。
 負けるわけがない。
 負けるわけにはいかない。
 モグリやミン、大勢の人間の思いや命を背負っている。
 グランもまた、戦争に向けた準備を始める。

 使い魔の脳を利用して、見たものを記録できる魔法がある。
 その使い魔が生きているうちは、目を共有することで、記録を見ることができる。
 グランは何度も、カサン侵攻の記録を見た。
 それを参考に、魔法で罠を張り、防御を固める。
 街とはいえ、カートンは広い。
 カサンと同程度の面積がある。
 人口も、ほぼ同じだ。
 お陰でグランは現地視察に、一日を費やした。
 それでも首脳会議はカートンを、都市に格上げしなかった。
 理由は簡単だ。
 ブラムスに滅ばされる可能性が高いのに、都市格上げの煩雑な手続きが面倒だったから。

 アッという間に、今日という一日が終わった。
 すでに、避難した(たみ)がいる。
 その一方で、大工衆や技術者達は、大声を上げながら動き回っていた。
 朝、モグリと話した要塞化を急ピッチで行っているのだ。

 グランはカートン中を見て回り、攻守の(かなめ)となる場所や、かけるべき魔法を練った。
 もう日が沈んで、暗い。
 月光のお陰で、真っ暗ではないにせよ。

 一軒の店が、まだ明かりをつけていた。
 その店はカートンに着いた日、セレナパーティ全員で、フワとビールを楽しんだ店だった。
 グランは店の戸を開け、店内に入る。
 冒険者用の飲食店だけあって、木造の店は決して清潔とは言えないが、ホッと一息つける。

「邪魔するぞ。まだ、食事は摂れるのか?」

 厨房にいた白髪の短髪男に声をかける。
 この男が、店の主人だろう。
 グラン以外に、客はいない。

「もちろん」

 そう答える店主の顔には、笑顔と強さがある。

「明日、避難するんでね。今日で永遠の店仕舞いだ。
 そう思うと、いつまで経っても店を閉められねえ。
 ……おっと、客に情けない話を聞かせちまった。申し訳ない」

 そう言いながら苦笑を浮かべる店主の顔に、悲壮感はない。
 この店に来た客をもてなし、満足してもらう。
 そんな日々を積み重ねた自負がある。
 自負があるから、後悔がない。
 だから、男は過剰に避難を悲しまない。
 けれど、今日という最後の日だけは、長年「相棒」だった店を閉める気にならないのだろう。

 カウンターに座り、フワを(さかな)にビールをチビチビと舐める。
 静かに流れる時間が、心身の疲れを癒してくれる。
 カートン中を回って、魔法トラップを仕掛けるべき場所は掴んだ。
 明日になれば、民がさらに避難して、ほぼ兵士しかいなくなる。
 魔法トラップに、民が誤って引っ掛かる恐れが無くなる。
 本格的に、魔法トラップを張れる。

 モグリのカートン要塞化は、順調なようだ。
 技師達が威勢のいい声を出して、街をどんどん改造している。
 街を囲む外壁を高くする工事も始まっており、開戦までにギリギリ間に合いそうだ。

 もう今日は、宿に帰ることにした。
 クロエとミン、ユリアの三人をイチネンボッキで犯すことも、重要な戦争準備だ。

 勘定を主人に頼むと、

「毎度。あんたが、この店の最後の客だな」

 と言われた。
 
 「この街は、この戦争で最期だな」。
 そう言われた気がした。
 実際、カサン陥落を知った民は、この街を諦めている。

「主人。では、この店を借りよう。
 賃料は、避難先のギルドが支払う。
 この口座番号……面倒だな。板を持ってきてくれ」

 ポカンとした店主が、それでもまな板サイズの板をグランに渡す。
 グランは指先に炎を灯し、自分の口座番号と暗証番号を焼き付ける。
 最後に日時と名前を記す。

「この板を持って、避難先のギルドに行くんだ。
 魔法使いのギルドだぞ。
 そうすれば、賃料をあんたに払ってくれる」

 店主はまだ信じられないようだが、言葉は出るようになった。

「いや、あんた……何者だ?
 それに、ここはもうすぐ戦場になる。
 見たところ、あんた、立派な魔法使いだろ?
 だったら、この街がどうなるか俺よりよく分かってるはずだ」

 店主に正論をぶつけられても、グランは顔色一つ変えない。

「ああ、よく分かってる。
 だから、この店を買うのではなく、借りるんだ。
 あんたが帰郷したとき、返せるように」

 店主の目が交互に(せわ)しなく、グランの顔と板を行き来する。

「グラン……グラン……さんって、
 内輪揉めで世界ランキング一位のパーティを追放された、
 世界一位の黒魔導士のグランさんなのか!?
 あの胸糞(むなくそ)悪いカザマン国の奴等を、
 追っ払ってくれたグランさん!?」

 店主はグランの正体を知り、ひっくり返るほど驚いている。
 当然だ。
 目の前で普通に食事をしていた人間が、世界一の魔法使いだと知ったのだから。

「そうだ」

 内輪もめ、か。
 まあ、当たらずとも遠からず、だな。
 グランは内心、苦笑した。

「あんた、もしかして、この街のために戦ってくれるのか?」

 この街のため。
 世界のため。
 人類のため。
 正義のため。
 首脳会議のため。
 名声のため。
 富のため。
 誇りのため。
 大切な人のため。
 ――リーナのため。

 全て違う。
 冒険者だから、戦う。
 戦士だから、戦争に挑む。
 自分は、その素質を持って生まれた。
 物心ついたときから、ずっとそんな人生を歩んできた。
 それ以外の生き方を、グランは知らない。
 他の戦士達と同じように。

 それでもグランは、

「無論」

 と返答する。
 それを聞いた店主の顔に、大輪の笑顔が花咲く。

「これは、俺からの奢りだ。乾杯しょう」

 グランの前に、新しいビールが入ったグラスが置かれる。
 店主の手にも、グラスが握られている。
 店主がグラスを上げる。

「じゃあ、えっと……そうだ! 世界一の魔法使いに」
「この街の勝利に」

 戦争前の静かな街。
 静かな人々。
 静かな夜。
 そんな夜に、グラスが重なる涼し気な音が一つ。

 ――開戦まで、あと二日と一夜。
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