第66話 「二番じゃダメなんですか?」
文字数 6,491文字
伝心で、トーレスから全員に報告が入った。
事前の打ち合わせ通り、カートン軍は故意に、完全封鎖を魔物達に伝えた。
上等の魔物は手強いが、人語が通じる。
そしてグランやモグリの予想通りに、大半の魔物達が動いた。
脱出のために、東西南北の門に押し寄せた。
一塊 になった。
飛翔能力を持つ魔物達は、一斉に飛び上がった。
「血吸いと魔物どもよ、目に焼き付けろ。これが、人間だ」
グランが、魔法トラップを発動させる。
門周囲に無数に張り巡らせた魔法線は、人間以外の生物が触れると爆発する。
東西南北の門で、爆発の狂い咲きが始まった。
飛んで逃げようとした魔物達も、空中に張った魔法線に引っ掛かる。
途端に、魔法毒が空中に散布される。
そのまま魔法毒は、カートンの空でドーム状に広がる。
これで空からも、脱出は不可能になった。
毒で即死した魔物の死骸が、土砂降りのように降ってくる。
だが一匹の魔物だけは、街の片隅にいた。
彼女には飛翔能力があったが、飛ばなかった。
グラン暗殺用に投入された、リリスだ。
裸体に、大蛇を巻いている。
魔法防壁では防げない、死の呪いを放つ。
そんな彼女は、ネットやゾーフからの指示を静かに待っていた。
*******************************
「これが竜王! 何て素晴らしい!」
アビスは興奮していた。
目の前で仁王立ちしている竜王・ニーズヘッグに、斬撃も魔法も食らわせた。
が、ほとんどダメージをあたえられていない。
元世界ランキング二位の勇者だった頃は、本気を出せば誰でも倒せた。
そして吸血鬼となり、勇者の時より強くなった。
なのに、ニーズヘッグを全力で攻撃しても、かすり傷をつけるのが精々だ。
逆に即死するドラゴンブレスを吐かれ、ギリギリでかわしている。
冒険者時代には味わえなかった死闘が、ここにはある。
無敵の竜王相手に、アビスは怯むどころか、喜々として向かっていく。
「頼もしいぞ、アビス!」
普段は人を褒めない女王・ローラが、賞賛する。
それ程、「元」世界ランキング二位の女勇者は頼もしかった。
*******************************
「現」世界ランキング二位の女勇者が、頼もしいかどうか。
その試練がやってきた。
セレナパーティは現在、別行動を取っている。
完全封鎖しても、ヨトゥンと派手に魔法を使うインキュバス付近は被害がひどい。
セレナはパーティを、自分も含めて四つに分けた。
ヨトゥンとインキュバスの元には、ミン、クロエ、オルグ、ユリアを。
レスペは遊軍だ。
自由に暴れさせた方が、彼女の場合は戦果を上げる。
セレナは北門を守るべく、残った。
結果、ジト目でこちらを見てくる吸血鬼と接触する羽目になった。
セレナは溜め息を吐きながら、酷薄そうな吸血鬼に話し掛ける。
「あんた、誰? さっきから、私のことジロジロ見て。
ストーカーなら、お気の毒。
私は『根暗野郎』は好みじゃないから! ていうか、大嫌いだぁー!」
吠えるセレナを、ゾーフが笑って見詰める。
耳まで口が裂けそうなほど、ゾーフが笑っている。
「そう言うな。私は、お前のような人間の牝が好みだ。
たかが人間の牝のくせに、プライドを持っていやがる。
そんな人間の牝は、すぐに飲み食いしない。
徹底的に犯して、そのプライドを粉砕する。すると、素顔が現れる」
ゾーフはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、セレナに近付いてくる。
セレナは生理的嫌悪で、蕁麻疹 が出そうだ。
なぜ自分は、近くにいる男達に、こんなにも恵まれない?
それは日頃の行いが原因という事実からは、目を背けるとして。
「そこで初めて牝どもは、泣きながら命乞いを始める。
散々焦らした挙句に、喉に噛みついてやるんだ。
そのときの牝どもの絶望した顔を見るのが、我が人生で唯一最大の幸福だ」
「今まで、根暗で性格が最悪な男は、とある黒魔導士だと思っていた。
だが、違うようだ。お前は人間にとって、特に女にとって、最低だな」
「だったら、どうする?」
ゾーフは楽し気だ。
常日頃は冷静なゾーフが、セレナへの仕打ちを想像して興奮している。
「お前は私を、逃がす気はない。
そして私も、逃げる気はない。
だったら、話は簡単だろ」
セレナが抜刀する。
ゾーフがネットやグランと同じく、何も無い空間から剣を取り出す。
「吸血鬼のお前等を見る度に、いつか言おうと思っていたんだが。
その黒スーツに剣は似合わないぞ?」
「心配するな。その似合わない姿を見るのも、私で見納めになる。
私は、侵攻軍副官のゾーフだ」
ブラムスの侵攻軍・副官。
その肩書から、実力と実績が高い吸血鬼であることは明白。
だがセレナは一歩も退かないどころか、顔色一つ変えない。
「それが、どうかしたか? 私はセレナ。勇者だ」
二人が対峙する。
一瞬、二人の視線が絡み合う。
直後、同時に斬り込んだ。
セレナ対ゾーフ、開戦。
*******************************
世界ランキング二位の勇者が、上等吸血鬼と戦い始めたとき。
世界ランキング一位の勇者率いるパーティが、カートンに到着した。
リーナ達はついに、戦場へと戻ってきた。
だが、街に入れない。
「嘘だろ、おい! 完全封鎖なんて都市伝説だと思ってたぞ!
これじゃあ、カートンに入れないだろ!」
戦士のムサイが吠える。
「静かに。俺達の存在が知られれば、いの一番に血吸いや魔物達が襲ってくるぞ」
タンクらしく、ウザイは冷静だ。
「カサンで奴等は、俺達に逃げられたからな。
次は皆殺しを狙ってくる。まあ、こっちが奴等を皆殺しにするんだが」
ターリロの白魔導士とは思えない過激発言。
「街に入れんじゃと!? 休憩と小便はどうすればいいんじゃ!?」
「一旦、偵察も兼ねて外周を回ってみょう。
敵に発見されるとマズイから、
私とターリロで、姿隠しと消音魔法を全員にかけるね」
ニンチを既読スルーしたリーナが、テキパキと指示を出す。
世界ランキング一位パーティーは、カートンの外周に沿って走り始める。
(着いたよ、グラン。あなたが無事なのは、感じられる。
でも、完全封鎖なんて……。
いや、いい。この壁一枚隔てた向こうに、あなたがいるのね。
待ってて。必ず、中に入ってみせるから)
走りながら、リーナはグランに呼びかける。
グランの体が、ビクッと震える。
感じる。
確かに、感じる。
この躍動感。
距離があっても体に入り込んでくる熱量。
そして空間を超越する、気高かさ。
リーナだ。
外周の壁一枚隔てた向こうに、リーナがいる。
「見つけたぞ、グラン」
その声で、グランは我に返った。
目の前に、ミノタウロスやワーウルフにワームといった魔物が二百匹以上はいる。
最後尾には、またバルログがいる。
逆に、周囲に味方は誰もいない。
「上等だ。どこまでも上等だ」
グランが言い放つ。
その圧は、魔物の群れが一歩後退するほどだ。
上等級の魔物達二百匹の群れに、グランが魔法を放つ。
(リーナは、俺の女だ。俺だけの女だ。
他の男には、指一本触れさせない。誰にも渡さない。
トーレスの言うとおりだ。俺はこの戦争で勝って生き延び、リーナを……)
グランの死闘が始まる。
*******************************
グラン対ネット戦同様、セレナとゾーフの戦いもまた、激しい剣技と魔法の応酬だった。
だが、ゾーフが押している。
セレナの体は、裂傷と火傷が目立つ。
息も上がり始めた。
「おい、まだ降参しないだろう?
勇者クラスの牝が、この程度で心折れては困る。
お前みたいなプライドの塊のような牝を嬲 るのが、快感なんだ。
もっと私を楽しませくれ」
「この変態野郎」
憎まれ口を返すが、このままでは負ける。
セレナは、小さな溜め息を一つ吐いた。
「この魔法は、お前等の女王を討ち取るために身に着けたんだが。
まさか、お前のような無名相手に使う羽目になるとは」
無名呼ばわりされたゾーフの顔が、怒気で引きつる。
「言わせておけば、人間の牝ごときが……!
不愉快だ。もう、お前で遊ぶのは止めだ」
ゾーフが、セレナを凍結させようとした、その時。
周囲の空気全体が、帯電し始める。
「……まさかお前、最強破壊魔法であるギガディンを使うつもりか?」
ギガディンは、勇者だけだ使える雷属性の最強破壊魔法だ。
「ああ。何か問題あるか?」
返答するセレナの声は掠 れている。
(火傷はまだいいとして、出血がマズイな。
体に、力が入らなくなってきた。
ちょっと、視界もボヤけてきたか?
かといって、目の前のキモ吸血鬼は治癒させる猶予をあたえてくれんしな。
腹を括るしかない、か)
顔つきも発言も強気で通すが、セレナは覚悟を決めた。
「このカートンを封鎖したのは、お前等人間の方だろ?
なのに、閉鎖空間で最強破壊魔法を使うと?
笑止。お前は仲間を殺して、平気でいられるタイプではない」
ゾーフの指摘は正しい。
最強破壊魔法は、強過ぎる威力が、拡散してしまう。
結果、周囲の友軍を巻き込み、守るべき街そのものを破壊する。
ギガディンも例外ではない。
ましてここは、完全封鎖された空間だ。
破壊力は外側に洩れず、内側に圧縮されてしまう。
地上での被害は、通常より大きくなる。
「ご心配どうも。だがこっちも、ギガディンに二つほど仕込みを入れてある。
罠を張るのは、根暗の黒魔導士の専売特許ではない」
(勝つために、相手の一歩先をいくことも、な)
心中でセレナが付け足す。
セレナが、手を組む。
そのまま両腕を、ゾーフに向ける。
「ついに暴走したか。だがその前に、お前を凍らせて……」
「もう遅い。食らえ、勇者専用の最大破壊魔法を」
セレナの両腕から、極太の稲妻が螺旋 状に絡み合ったギガディンが放たれる。
「宿で缶詰だったお陰で、たっぷり鍛錬できた。
お陰で、できることが増えた。
例えばこうやって、ギガディンを拡散させることなく、
ねじり込んで相手に放つとか、な」
(それだけじゃなくて、もう一つ仕込んであるけどな)
「私が、人間の牝如きが放った魔法に負けるものか!」
ゾーフが、次々と土壁を築く。
だがギガディンは、土陰を次々と貫通していく。
「……! 何たる破壊力!」
土壁で防げなかったギガディンを、ゾーフが両腕を組んで防ぐ。
魔法防壁を、両腕に一極集中してかけた。
ゾーフの体ごと吹き飛ばす威力のギガディン。
それを何とか防ぐ魔法防壁。
「惜しかったな、人間の牝奴隷よ」
ゾーフは、冷静さを取り戻していた。
それは、思い上がりでも負け惜しみでもない。
ギガディンは、魔法防壁を突破できなかった。
だが、セレナの表情は変わらない。
「誰かお前を、ギガディン“だけ”で倒すと言ったか?」
――ゾクリ。
ゾーフは背筋に殺気を感じた。
その直後、
「私の名は、アマゾネ……間に合わなかった! アマゾネスのレスペだ!」
ゾーフの背後にある建造物三階から飛び降りながら、レスペはゾーフを頭から斬った。
ゾーフは、心底驚いた。
まさか自分が、後ろを取られるとは。
セレナは、心底驚いた。
背後から斬るのに、なぜ三階から飛び降りる必要があるのか?
気配を殺して、背後から接近すれば済む話なのに。
レスペは、心底驚いた。
最高の見せ場なのに、名乗る前に着地してしまった。
着地してから名乗ったけど、格好悪く思われていないだろうか?
斬られたゾーフの体は切断されず、気化していく。
ついには、全身が白い気体となった。
「ヒャッハー! ビッチども!
まさか俺に勝ったとか思ってねーよな!?」
気化したゾーフは姿形ばかりか、人格まで変わっている。
「それが、お前の本性だろう。やはり、下衆 だな」
「下衆とか笑わすなよ! このクソビッチ!
体を気体化できる、この無敵スキルが俺だから!」
「気体になっている間は、攻撃しても無駄なんだろう」
セレナは遂に足だけで体を支えきれず、剣に両手をついて体を支える。
よく締まった形のいい尻が、プンッと後ろに突き出される。
「分かってるじゃねえかビッチ!
その間に俺は、治癒魔法で回復すると!
俺って無敵様過ぎだろ!」
特別なスキルの中には、使うと人格が変わる類のものがある。
ゾーフの気体化がいい例だ。
「さて! 元に戻るぞ! 戻ったら、徹底的にお仕置きしてやるからな!」
不愉快な大声を上げながら、ゾーフが気体から固体へと戻っていく。
「気付かないか? 気化している最中のお前は、精神的におかしかった。
だから私はお前に、精神作用の魔法をかけた」
「だから何だビッチ!
精神作用の魔法だけで、俺を何とかできると思ってんなよビッチ!」
ゾーフの汚い言葉に取り合わず、セレナが続ける。
「誰かさんのせいで、黒魔法は大嫌いだ。
だがその黒魔法に、命を救われた。
その有意義さに気付いた。
私は、勇者だ。黒魔導士が使える魔法なら、私も使える」
「何が言いたいのか、よく分からねえよビッチ!
ま、もうじき、元に戻る! 戻ったら、ゆっくり話を聞いてやるビッチ!」
言葉遣いこそ変わっていないが、ゾーフは焦っていた。
精神作用の魔法が効き、上手く固体に戻れない。
(落ち着け。精神作用は、精神に直接かけられる魔法だ。
ならば、精神を強く保てば、屈することはない)
ゾーフは雑念を払い、固体に戻ることに集中した。
結果、固体に戻れた。
「お前が俺にかけた魔法は、無駄になったぞ」
勝ち誇るゾーフ。
しかし。
「うわあ……気持ち悪い」
レスペが気持ち悪そうな目で、ゾーフを見ている。
ゾーフ自身も違和感を感じ、全身を見下ろす。
そこに、復活前の姿は無かった。
ただの脂肪の塊に、頭部だけが生えたようだ。
「な、何だ、こ、この状態は……」
脂肪の肉団子から、歪 に首だけが生えている。
そんな形態のゾーフが呆然としている。
「何度も言わせるな。
『誰かお前を、ギガディン“だけ”で倒すと言った』?
魔法毒を仕込んでおいた」
「チ、チックショー! このクソビッチが!」
「私が最高に軽蔑している魔法使いは、
先手を取るために、常に保険をかけておく。
その戦術だけは、最高に尊敬している」
魔法毒がゾーフの体中に回るのに、時間稼ぎが必要だった。
だから、精神作用の魔法を咄嗟 にかけた。
この辺の臨機応変さも、大嫌いない黒魔導士から学んだ。
セレナがゾーフに近付く。
「や、やめろビッチが! 俺はお前なんかに……」
「黙れ」
セレナが剣を一閃する。
脂肪の塊が、左右に割れる。
世界ランキングナンバー2の勇者は、カートン侵攻軍のナンバー2を討ち取った。
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皆様からいただくブクマや感想が連載の励みになります。
お手間を取らせますが、よろしくお願いいたします。
事前の打ち合わせ通り、カートン軍は故意に、完全封鎖を魔物達に伝えた。
上等の魔物は手強いが、人語が通じる。
そしてグランやモグリの予想通りに、大半の魔物達が動いた。
脱出のために、東西南北の門に押し寄せた。
飛翔能力を持つ魔物達は、一斉に飛び上がった。
「血吸いと魔物どもよ、目に焼き付けろ。これが、人間だ」
グランが、魔法トラップを発動させる。
門周囲に無数に張り巡らせた魔法線は、人間以外の生物が触れると爆発する。
東西南北の門で、爆発の狂い咲きが始まった。
飛んで逃げようとした魔物達も、空中に張った魔法線に引っ掛かる。
途端に、魔法毒が空中に散布される。
そのまま魔法毒は、カートンの空でドーム状に広がる。
これで空からも、脱出は不可能になった。
毒で即死した魔物の死骸が、土砂降りのように降ってくる。
だが一匹の魔物だけは、街の片隅にいた。
彼女には飛翔能力があったが、飛ばなかった。
グラン暗殺用に投入された、リリスだ。
裸体に、大蛇を巻いている。
魔法防壁では防げない、死の呪いを放つ。
そんな彼女は、ネットやゾーフからの指示を静かに待っていた。
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「これが竜王! 何て素晴らしい!」
アビスは興奮していた。
目の前で仁王立ちしている竜王・ニーズヘッグに、斬撃も魔法も食らわせた。
が、ほとんどダメージをあたえられていない。
元世界ランキング二位の勇者だった頃は、本気を出せば誰でも倒せた。
そして吸血鬼となり、勇者の時より強くなった。
なのに、ニーズヘッグを全力で攻撃しても、かすり傷をつけるのが精々だ。
逆に即死するドラゴンブレスを吐かれ、ギリギリでかわしている。
冒険者時代には味わえなかった死闘が、ここにはある。
無敵の竜王相手に、アビスは怯むどころか、喜々として向かっていく。
「頼もしいぞ、アビス!」
普段は人を褒めない女王・ローラが、賞賛する。
それ程、「元」世界ランキング二位の女勇者は頼もしかった。
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「現」世界ランキング二位の女勇者が、頼もしいかどうか。
その試練がやってきた。
セレナパーティは現在、別行動を取っている。
完全封鎖しても、ヨトゥンと派手に魔法を使うインキュバス付近は被害がひどい。
セレナはパーティを、自分も含めて四つに分けた。
ヨトゥンとインキュバスの元には、ミン、クロエ、オルグ、ユリアを。
レスペは遊軍だ。
自由に暴れさせた方が、彼女の場合は戦果を上げる。
セレナは北門を守るべく、残った。
結果、ジト目でこちらを見てくる吸血鬼と接触する羽目になった。
セレナは溜め息を吐きながら、酷薄そうな吸血鬼に話し掛ける。
「あんた、誰? さっきから、私のことジロジロ見て。
ストーカーなら、お気の毒。
私は『根暗野郎』は好みじゃないから! ていうか、大嫌いだぁー!」
吠えるセレナを、ゾーフが笑って見詰める。
耳まで口が裂けそうなほど、ゾーフが笑っている。
「そう言うな。私は、お前のような人間の牝が好みだ。
たかが人間の牝のくせに、プライドを持っていやがる。
そんな人間の牝は、すぐに飲み食いしない。
徹底的に犯して、そのプライドを粉砕する。すると、素顔が現れる」
ゾーフはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、セレナに近付いてくる。
セレナは生理的嫌悪で、
なぜ自分は、近くにいる男達に、こんなにも恵まれない?
それは日頃の行いが原因という事実からは、目を背けるとして。
「そこで初めて牝どもは、泣きながら命乞いを始める。
散々焦らした挙句に、喉に噛みついてやるんだ。
そのときの牝どもの絶望した顔を見るのが、我が人生で唯一最大の幸福だ」
「今まで、根暗で性格が最悪な男は、とある黒魔導士だと思っていた。
だが、違うようだ。お前は人間にとって、特に女にとって、最低だな」
「だったら、どうする?」
ゾーフは楽し気だ。
常日頃は冷静なゾーフが、セレナへの仕打ちを想像して興奮している。
「お前は私を、逃がす気はない。
そして私も、逃げる気はない。
だったら、話は簡単だろ」
セレナが抜刀する。
ゾーフがネットやグランと同じく、何も無い空間から剣を取り出す。
「吸血鬼のお前等を見る度に、いつか言おうと思っていたんだが。
その黒スーツに剣は似合わないぞ?」
「心配するな。その似合わない姿を見るのも、私で見納めになる。
私は、侵攻軍副官のゾーフだ」
ブラムスの侵攻軍・副官。
その肩書から、実力と実績が高い吸血鬼であることは明白。
だがセレナは一歩も退かないどころか、顔色一つ変えない。
「それが、どうかしたか? 私はセレナ。勇者だ」
二人が対峙する。
一瞬、二人の視線が絡み合う。
直後、同時に斬り込んだ。
セレナ対ゾーフ、開戦。
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世界ランキング二位の勇者が、上等吸血鬼と戦い始めたとき。
世界ランキング一位の勇者率いるパーティが、カートンに到着した。
リーナ達はついに、戦場へと戻ってきた。
だが、街に入れない。
「嘘だろ、おい! 完全封鎖なんて都市伝説だと思ってたぞ!
これじゃあ、カートンに入れないだろ!」
戦士のムサイが吠える。
「静かに。俺達の存在が知られれば、いの一番に血吸いや魔物達が襲ってくるぞ」
タンクらしく、ウザイは冷静だ。
「カサンで奴等は、俺達に逃げられたからな。
次は皆殺しを狙ってくる。まあ、こっちが奴等を皆殺しにするんだが」
ターリロの白魔導士とは思えない過激発言。
「街に入れんじゃと!? 休憩と小便はどうすればいいんじゃ!?」
「一旦、偵察も兼ねて外周を回ってみょう。
敵に発見されるとマズイから、
私とターリロで、姿隠しと消音魔法を全員にかけるね」
ニンチを既読スルーしたリーナが、テキパキと指示を出す。
世界ランキング一位パーティーは、カートンの外周に沿って走り始める。
(着いたよ、グラン。あなたが無事なのは、感じられる。
でも、完全封鎖なんて……。
いや、いい。この壁一枚隔てた向こうに、あなたがいるのね。
待ってて。必ず、中に入ってみせるから)
走りながら、リーナはグランに呼びかける。
グランの体が、ビクッと震える。
感じる。
確かに、感じる。
この躍動感。
距離があっても体に入り込んでくる熱量。
そして空間を超越する、気高かさ。
リーナだ。
外周の壁一枚隔てた向こうに、リーナがいる。
「見つけたぞ、グラン」
その声で、グランは我に返った。
目の前に、ミノタウロスやワーウルフにワームといった魔物が二百匹以上はいる。
最後尾には、またバルログがいる。
逆に、周囲に味方は誰もいない。
「上等だ。どこまでも上等だ」
グランが言い放つ。
その圧は、魔物の群れが一歩後退するほどだ。
上等級の魔物達二百匹の群れに、グランが魔法を放つ。
(リーナは、俺の女だ。俺だけの女だ。
他の男には、指一本触れさせない。誰にも渡さない。
トーレスの言うとおりだ。俺はこの戦争で勝って生き延び、リーナを……)
グランの死闘が始まる。
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グラン対ネット戦同様、セレナとゾーフの戦いもまた、激しい剣技と魔法の応酬だった。
だが、ゾーフが押している。
セレナの体は、裂傷と火傷が目立つ。
息も上がり始めた。
「おい、まだ降参しないだろう?
勇者クラスの牝が、この程度で心折れては困る。
お前みたいなプライドの塊のような牝を
もっと私を楽しませくれ」
「この変態野郎」
憎まれ口を返すが、このままでは負ける。
セレナは、小さな溜め息を一つ吐いた。
「この魔法は、お前等の女王を討ち取るために身に着けたんだが。
まさか、お前のような無名相手に使う羽目になるとは」
無名呼ばわりされたゾーフの顔が、怒気で引きつる。
「言わせておけば、人間の牝ごときが……!
不愉快だ。もう、お前で遊ぶのは止めだ」
ゾーフが、セレナを凍結させようとした、その時。
周囲の空気全体が、帯電し始める。
「……まさかお前、最強破壊魔法であるギガディンを使うつもりか?」
ギガディンは、勇者だけだ使える雷属性の最強破壊魔法だ。
「ああ。何か問題あるか?」
返答するセレナの声は
(火傷はまだいいとして、出血がマズイな。
体に、力が入らなくなってきた。
ちょっと、視界もボヤけてきたか?
かといって、目の前のキモ吸血鬼は治癒させる猶予をあたえてくれんしな。
腹を括るしかない、か)
顔つきも発言も強気で通すが、セレナは覚悟を決めた。
「このカートンを封鎖したのは、お前等人間の方だろ?
なのに、閉鎖空間で最強破壊魔法を使うと?
笑止。お前は仲間を殺して、平気でいられるタイプではない」
ゾーフの指摘は正しい。
最強破壊魔法は、強過ぎる威力が、拡散してしまう。
結果、周囲の友軍を巻き込み、守るべき街そのものを破壊する。
ギガディンも例外ではない。
ましてここは、完全封鎖された空間だ。
破壊力は外側に洩れず、内側に圧縮されてしまう。
地上での被害は、通常より大きくなる。
「ご心配どうも。だがこっちも、ギガディンに二つほど仕込みを入れてある。
罠を張るのは、根暗の黒魔導士の専売特許ではない」
(勝つために、相手の一歩先をいくことも、な)
心中でセレナが付け足す。
セレナが、手を組む。
そのまま両腕を、ゾーフに向ける。
「ついに暴走したか。だがその前に、お前を凍らせて……」
「もう遅い。食らえ、勇者専用の最大破壊魔法を」
セレナの両腕から、極太の稲妻が
「宿で缶詰だったお陰で、たっぷり鍛錬できた。
お陰で、できることが増えた。
例えばこうやって、ギガディンを拡散させることなく、
ねじり込んで相手に放つとか、な」
(それだけじゃなくて、もう一つ仕込んであるけどな)
「私が、人間の牝如きが放った魔法に負けるものか!」
ゾーフが、次々と土壁を築く。
だがギガディンは、土陰を次々と貫通していく。
「……! 何たる破壊力!」
土壁で防げなかったギガディンを、ゾーフが両腕を組んで防ぐ。
魔法防壁を、両腕に一極集中してかけた。
ゾーフの体ごと吹き飛ばす威力のギガディン。
それを何とか防ぐ魔法防壁。
「惜しかったな、人間の牝奴隷よ」
ゾーフは、冷静さを取り戻していた。
それは、思い上がりでも負け惜しみでもない。
ギガディンは、魔法防壁を突破できなかった。
だが、セレナの表情は変わらない。
「誰かお前を、ギガディン“だけ”で倒すと言ったか?」
――ゾクリ。
ゾーフは背筋に殺気を感じた。
その直後、
「私の名は、アマゾネ……間に合わなかった! アマゾネスのレスペだ!」
ゾーフの背後にある建造物三階から飛び降りながら、レスペはゾーフを頭から斬った。
ゾーフは、心底驚いた。
まさか自分が、後ろを取られるとは。
セレナは、心底驚いた。
背後から斬るのに、なぜ三階から飛び降りる必要があるのか?
気配を殺して、背後から接近すれば済む話なのに。
レスペは、心底驚いた。
最高の見せ場なのに、名乗る前に着地してしまった。
着地してから名乗ったけど、格好悪く思われていないだろうか?
斬られたゾーフの体は切断されず、気化していく。
ついには、全身が白い気体となった。
「ヒャッハー! ビッチども!
まさか俺に勝ったとか思ってねーよな!?」
気化したゾーフは姿形ばかりか、人格まで変わっている。
「それが、お前の本性だろう。やはり、
「下衆とか笑わすなよ! このクソビッチ!
体を気体化できる、この無敵スキルが俺だから!」
「気体になっている間は、攻撃しても無駄なんだろう」
セレナは遂に足だけで体を支えきれず、剣に両手をついて体を支える。
よく締まった形のいい尻が、プンッと後ろに突き出される。
「分かってるじゃねえかビッチ!
その間に俺は、治癒魔法で回復すると!
俺って無敵様過ぎだろ!」
特別なスキルの中には、使うと人格が変わる類のものがある。
ゾーフの気体化がいい例だ。
「さて! 元に戻るぞ! 戻ったら、徹底的にお仕置きしてやるからな!」
不愉快な大声を上げながら、ゾーフが気体から固体へと戻っていく。
「気付かないか? 気化している最中のお前は、精神的におかしかった。
だから私はお前に、精神作用の魔法をかけた」
「だから何だビッチ!
精神作用の魔法だけで、俺を何とかできると思ってんなよビッチ!」
ゾーフの汚い言葉に取り合わず、セレナが続ける。
「誰かさんのせいで、黒魔法は大嫌いだ。
だがその黒魔法に、命を救われた。
その有意義さに気付いた。
私は、勇者だ。黒魔導士が使える魔法なら、私も使える」
「何が言いたいのか、よく分からねえよビッチ!
ま、もうじき、元に戻る! 戻ったら、ゆっくり話を聞いてやるビッチ!」
言葉遣いこそ変わっていないが、ゾーフは焦っていた。
精神作用の魔法が効き、上手く固体に戻れない。
(落ち着け。精神作用は、精神に直接かけられる魔法だ。
ならば、精神を強く保てば、屈することはない)
ゾーフは雑念を払い、固体に戻ることに集中した。
結果、固体に戻れた。
「お前が俺にかけた魔法は、無駄になったぞ」
勝ち誇るゾーフ。
しかし。
「うわあ……気持ち悪い」
レスペが気持ち悪そうな目で、ゾーフを見ている。
ゾーフ自身も違和感を感じ、全身を見下ろす。
そこに、復活前の姿は無かった。
ただの脂肪の塊に、頭部だけが生えたようだ。
「な、何だ、こ、この状態は……」
脂肪の肉団子から、
そんな形態のゾーフが呆然としている。
「何度も言わせるな。
『誰かお前を、ギガディン“だけ”で倒すと言った』?
魔法毒を仕込んでおいた」
「チ、チックショー! このクソビッチが!」
「私が最高に軽蔑している魔法使いは、
先手を取るために、常に保険をかけておく。
その戦術だけは、最高に尊敬している」
魔法毒がゾーフの体中に回るのに、時間稼ぎが必要だった。
だから、精神作用の魔法を
この辺の臨機応変さも、大嫌いない黒魔導士から学んだ。
セレナがゾーフに近付く。
「や、やめろビッチが! 俺はお前なんかに……」
「黙れ」
セレナが剣を一閃する。
脂肪の塊が、左右に割れる。
世界ランキングナンバー2の勇者は、カートン侵攻軍のナンバー2を討ち取った。
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