第66話 「二番じゃダメなんですか?」

文字数 6,491文字

 伝心で、トーレスから全員に報告が入った。
 事前の打ち合わせ通り、カートン軍は故意に、完全封鎖を魔物達に伝えた。
 上等の魔物は手強いが、人語が通じる。
 そしてグランやモグリの予想通りに、大半の魔物達が動いた。
 脱出のために、東西南北の門に押し寄せた。
 一塊(ひとかたまり)になった。
 飛翔能力を持つ魔物達は、一斉に飛び上がった。

「血吸いと魔物どもよ、目に焼き付けろ。これが、人間だ」

 グランが、魔法トラップを発動させる。

 門周囲に無数に張り巡らせた魔法線は、人間以外の生物が触れると爆発する。
 東西南北の門で、爆発の狂い咲きが始まった。
 飛んで逃げようとした魔物達も、空中に張った魔法線に引っ掛かる。
 途端に、魔法毒が空中に散布される。
 そのまま魔法毒は、カートンの空でドーム状に広がる。
 これで空からも、脱出は不可能になった。
 毒で即死した魔物の死骸が、土砂降りのように降ってくる。

 だが一匹の魔物だけは、街の片隅にいた。
 彼女には飛翔能力があったが、飛ばなかった。
 グラン暗殺用に投入された、リリスだ。
 裸体に、大蛇を巻いている。
 魔法防壁では防げない、死の呪いを放つ。
 そんな彼女は、ネットやゾーフからの指示を静かに待っていた。

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「これが竜王! 何て素晴らしい!」

 アビスは興奮していた。
 目の前で仁王立ちしている竜王・ニーズヘッグに、斬撃も魔法も食らわせた。
 が、ほとんどダメージをあたえられていない。
 元世界ランキング二位の勇者だった頃は、本気を出せば誰でも倒せた。
 そして吸血鬼となり、勇者の時より強くなった。
 なのに、ニーズヘッグを全力で攻撃しても、かすり傷をつけるのが精々だ。
 逆に即死するドラゴンブレスを吐かれ、ギリギリでかわしている。
 冒険者時代には味わえなかった死闘が、ここにはある。
 無敵の竜王相手に、アビスは怯むどころか、喜々として向かっていく。

「頼もしいぞ、アビス!」

 普段は人を褒めない女王・ローラが、賞賛する。
 それ程、「元」世界ランキング二位の女勇者は頼もしかった。

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 「現」世界ランキング二位の女勇者が、頼もしいかどうか。
 その試練がやってきた。
 セレナパーティは現在、別行動を取っている。
 完全封鎖しても、ヨトゥンと派手に魔法を使うインキュバス付近は被害がひどい。
 セレナはパーティを、自分も含めて四つに分けた。
 ヨトゥンとインキュバスの元には、ミン、クロエ、オルグ、ユリアを。
 レスペは遊軍だ。
 自由に暴れさせた方が、彼女の場合は戦果を上げる。

 セレナは北門を守るべく、残った。
 結果、ジト目でこちらを見てくる吸血鬼と接触する羽目になった。
 セレナは溜め息を吐きながら、酷薄そうな吸血鬼に話し掛ける。

「あんた、誰? さっきから、私のことジロジロ見て。
 ストーカーなら、お気の毒。
 私は『根暗野郎』は好みじゃないから! ていうか、大嫌いだぁー!」

 吠えるセレナを、ゾーフが笑って見詰める。
 耳まで口が裂けそうなほど、ゾーフが笑っている。

「そう言うな。私は、お前のような人間の牝が好みだ。
 たかが人間の牝のくせに、プライドを持っていやがる。
 そんな人間の牝は、すぐに飲み食いしない。
 徹底的に犯して、そのプライドを粉砕する。すると、素顔が現れる」

 ゾーフはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、セレナに近付いてくる。
 セレナは生理的嫌悪で、蕁麻疹(じんましん)が出そうだ。
 なぜ自分は、近くにいる男達に、こんなにも恵まれない?
 それは日頃の行いが原因という事実からは、目を背けるとして。

「そこで初めて牝どもは、泣きながら命乞いを始める。
 散々焦らした挙句に、喉に噛みついてやるんだ。
 そのときの牝どもの絶望した顔を見るのが、我が人生で唯一最大の幸福だ」

「今まで、根暗で性格が最悪な男は、とある黒魔導士だと思っていた。
 だが、違うようだ。お前は人間にとって、特に女にとって、最低だな」

「だったら、どうする?」

 ゾーフは楽し気だ。
 常日頃は冷静なゾーフが、セレナへの仕打ちを想像して興奮している。

「お前は私を、逃がす気はない。
 そして私も、逃げる気はない。
 だったら、話は簡単だろ」

 セレナが抜刀する。
 ゾーフがネットやグランと同じく、何も無い空間から剣を取り出す。

「吸血鬼のお前等を見る度に、いつか言おうと思っていたんだが。
 その黒スーツに剣は似合わないぞ?」

「心配するな。その似合わない姿を見るのも、私で見納めになる。
 私は、侵攻軍副官のゾーフだ」

 ブラムスの侵攻軍・副官。
 その肩書から、実力と実績が高い吸血鬼であることは明白。
 だがセレナは一歩も退かないどころか、顔色一つ変えない。

「それが、どうかしたか? 私はセレナ。勇者だ」

 二人が対峙する。
 一瞬、二人の視線が絡み合う。
 直後、同時に斬り込んだ。

 セレナ対ゾーフ、開戦。

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 世界ランキング二位の勇者が、上等吸血鬼と戦い始めたとき。
 世界ランキング一位の勇者率いるパーティが、カートンに到着した。
 リーナ達はついに、戦場へと戻ってきた。
 だが、街に入れない。

「嘘だろ、おい! 完全封鎖なんて都市伝説だと思ってたぞ!
 これじゃあ、カートンに入れないだろ!」

 戦士のムサイが吠える。

「静かに。俺達の存在が知られれば、いの一番に血吸いや魔物達が襲ってくるぞ」

 タンクらしく、ウザイは冷静だ。

「カサンで奴等は、俺達に逃げられたからな。
 次は皆殺しを狙ってくる。まあ、こっちが奴等を皆殺しにするんだが」

 ターリロの白魔導士とは思えない過激発言。

「街に入れんじゃと!? 休憩と小便はどうすればいいんじゃ!?」

「一旦、偵察も兼ねて外周を回ってみょう。
 敵に発見されるとマズイから、
 私とターリロで、姿隠しと消音魔法を全員にかけるね」

 ニンチを既読スルーしたリーナが、テキパキと指示を出す。
 世界ランキング一位パーティーは、カートンの外周に沿って走り始める。

(着いたよ、グラン。あなたが無事なのは、感じられる。
 でも、完全封鎖なんて……。
 いや、いい。この壁一枚隔てた向こうに、あなたがいるのね。
 待ってて。必ず、中に入ってみせるから)

 走りながら、リーナはグランに呼びかける。



 グランの体が、ビクッと震える。
 感じる。
 確かに、感じる。
 この躍動感。
 距離があっても体に入り込んでくる熱量。
 そして空間を超越する、気高かさ。
 リーナだ。
 外周の壁一枚隔てた向こうに、リーナがいる。

「見つけたぞ、グラン」

 その声で、グランは我に返った。
 目の前に、ミノタウロスやワーウルフにワームといった魔物が二百匹以上はいる。
 最後尾には、またバルログがいる。
 逆に、周囲に味方は誰もいない。

「上等だ。どこまでも上等だ」

 グランが言い放つ。
 その圧は、魔物の群れが一歩後退するほどだ。
 上等級の魔物達二百匹の群れに、グランが魔法を放つ。

(リーナは、俺の女だ。俺だけの女だ。
 他の男には、指一本触れさせない。誰にも渡さない。
 トーレスの言うとおりだ。俺はこの戦争で勝って生き延び、リーナを……)

 グランの死闘が始まる。
 
 *******************************

 グラン対ネット戦同様、セレナとゾーフの戦いもまた、激しい剣技と魔法の応酬だった。
 だが、ゾーフが押している。
 セレナの体は、裂傷と火傷が目立つ。
 息も上がり始めた。

「おい、まだ降参しないだろう? 
 勇者クラスの牝が、この程度で心折れては困る。
 お前みたいなプライドの塊のような牝を(なぶ)るのが、快感なんだ。
 もっと私を楽しませくれ」

「この変態野郎」

 憎まれ口を返すが、このままでは負ける。
 セレナは、小さな溜め息を一つ吐いた。

「この魔法は、お前等の女王を討ち取るために身に着けたんだが。
 まさか、お前のような無名相手に使う羽目になるとは」

 無名呼ばわりされたゾーフの顔が、怒気で引きつる。

「言わせておけば、人間の牝ごときが……!
 不愉快だ。もう、お前で遊ぶのは止めだ」

 ゾーフが、セレナを凍結させようとした、その時。
 周囲の空気全体が、帯電し始める。

「……まさかお前、最強破壊魔法であるギガディンを使うつもりか?」

 ギガディンは、勇者だけだ使える雷属性の最強破壊魔法だ。

「ああ。何か問題あるか?」

 返答するセレナの声は(かす)れている。

(火傷はまだいいとして、出血がマズイな。
 体に、力が入らなくなってきた。
 ちょっと、視界もボヤけてきたか?
 かといって、目の前のキモ吸血鬼は治癒させる猶予をあたえてくれんしな。
 腹を括るしかない、か)

 顔つきも発言も強気で通すが、セレナは覚悟を決めた。

「このカートンを封鎖したのは、お前等人間の方だろ?
 なのに、閉鎖空間で最強破壊魔法を使うと?
 笑止。お前は仲間を殺して、平気でいられるタイプではない」

 ゾーフの指摘は正しい。
 最強破壊魔法は、強過ぎる威力が、拡散してしまう。
 結果、周囲の友軍を巻き込み、守るべき街そのものを破壊する。
 ギガディンも例外ではない。
 ましてここは、完全封鎖された空間だ。
 破壊力は外側に洩れず、内側に圧縮されてしまう。
 地上での被害は、通常より大きくなる。

「ご心配どうも。だがこっちも、ギガディンに二つほど仕込みを入れてある。
 罠を張るのは、根暗の黒魔導士の専売特許ではない」

(勝つために、相手の一歩先をいくことも、な)

 心中でセレナが付け足す。
 セレナが、手を組む。
 そのまま両腕を、ゾーフに向ける。

「ついに暴走したか。だがその前に、お前を凍らせて……」

「もう遅い。食らえ、勇者専用の最大破壊魔法を」

 セレナの両腕から、極太の稲妻が螺旋(らせん)状に絡み合ったギガディンが放たれる。

「宿で缶詰だったお陰で、たっぷり鍛錬できた。
 お陰で、できることが増えた。
 例えばこうやって、ギガディンを拡散させることなく、
 ねじり込んで相手に放つとか、な」

(それだけじゃなくて、もう一つ仕込んであるけどな)

「私が、人間の牝如きが放った魔法に負けるものか!」

 ゾーフが、次々と土壁を築く。
 だがギガディンは、土陰を次々と貫通していく。

「……! 何たる破壊力!」

 土壁で防げなかったギガディンを、ゾーフが両腕を組んで防ぐ。
 魔法防壁を、両腕に一極集中してかけた。
 ゾーフの体ごと吹き飛ばす威力のギガディン。
 それを何とか防ぐ魔法防壁。

「惜しかったな、人間の牝奴隷よ」

 ゾーフは、冷静さを取り戻していた。
 それは、思い上がりでも負け惜しみでもない。
 ギガディンは、魔法防壁を突破できなかった。
 だが、セレナの表情は変わらない。

「誰かお前を、ギガディン“だけ”で倒すと言ったか?」

 ――ゾクリ。
 ゾーフは背筋に殺気を感じた。
 その直後、

「私の名は、アマゾネ……間に合わなかった! アマゾネスのレスペだ!」

 ゾーフの背後にある建造物三階から飛び降りながら、レスペはゾーフを頭から斬った。

 ゾーフは、心底驚いた。
 まさか自分が、後ろを取られるとは。
 セレナは、心底驚いた。
 背後から斬るのに、なぜ三階から飛び降りる必要があるのか?
 気配を殺して、背後から接近すれば済む話なのに。
 レスペは、心底驚いた。
 最高の見せ場なのに、名乗る前に着地してしまった。
 着地してから名乗ったけど、格好悪く思われていないだろうか?

 斬られたゾーフの体は切断されず、気化していく。
 ついには、全身が白い気体となった。

「ヒャッハー! ビッチども!
 まさか俺に勝ったとか思ってねーよな!?」

 気化したゾーフは姿形ばかりか、人格まで変わっている。

「それが、お前の本性だろう。やはり、下衆(げす)だな」

「下衆とか笑わすなよ! このクソビッチ!
 体を気体化できる、この無敵スキルが俺だから!」

「気体になっている間は、攻撃しても無駄なんだろう」

 セレナは遂に足だけで体を支えきれず、剣に両手をついて体を支える。
 よく締まった形のいい尻が、プンッと後ろに突き出される。

「分かってるじゃねえかビッチ!
 その間に俺は、治癒魔法で回復すると!
 俺って無敵様過ぎだろ!」

 特別なスキルの中には、使うと人格が変わる類のものがある。
 ゾーフの気体化がいい例だ。

「さて! 元に戻るぞ! 戻ったら、徹底的にお仕置きしてやるからな!」

 不愉快な大声を上げながら、ゾーフが気体から固体へと戻っていく。

「気付かないか? 気化している最中のお前は、精神的におかしかった。
 だから私はお前に、精神作用の魔法をかけた」

「だから何だビッチ!
 精神作用の魔法だけで、俺を何とかできると思ってんなよビッチ!」

 ゾーフの汚い言葉に取り合わず、セレナが続ける。

「誰かさんのせいで、黒魔法は大嫌いだ。
 だがその黒魔法に、命を救われた。
 その有意義さに気付いた。
 私は、勇者だ。黒魔導士が使える魔法なら、私も使える」

「何が言いたいのか、よく分からねえよビッチ!
 ま、もうじき、元に戻る! 戻ったら、ゆっくり話を聞いてやるビッチ!」

 言葉遣いこそ変わっていないが、ゾーフは焦っていた。
 精神作用の魔法が効き、上手く固体に戻れない。

(落ち着け。精神作用は、精神に直接かけられる魔法だ。
 ならば、精神を強く保てば、屈することはない)

 ゾーフは雑念を払い、固体に戻ることに集中した。
 結果、固体に戻れた。

「お前が俺にかけた魔法は、無駄になったぞ」

 勝ち誇るゾーフ。
 しかし。

「うわあ……気持ち悪い」

 レスペが気持ち悪そうな目で、ゾーフを見ている。
 ゾーフ自身も違和感を感じ、全身を見下ろす。
 そこに、復活前の姿は無かった。
 ただの脂肪の塊に、頭部だけが生えたようだ。

「な、何だ、こ、この状態は……」

 脂肪の肉団子から、(いびつ)に首だけが生えている。
 そんな形態のゾーフが呆然としている。

「何度も言わせるな。
 『誰かお前を、ギガディン“だけ”で倒すと言った』?
 魔法毒を仕込んでおいた」

「チ、チックショー! このクソビッチが!」

「私が最高に軽蔑している魔法使いは、
 先手を取るために、常に保険をかけておく。
 その戦術だけは、最高に尊敬している」

 魔法毒がゾーフの体中に回るのに、時間稼ぎが必要だった。
 だから、精神作用の魔法を咄嗟(とっさ)にかけた。
 この辺の臨機応変さも、大嫌いない黒魔導士から学んだ。
 
 セレナがゾーフに近付く。

「や、やめろビッチが! 俺はお前なんかに……」

「黙れ」

 セレナが剣を一閃する。
 脂肪の塊が、左右に割れる。

 世界ランキングナンバー2の勇者は、カートン侵攻軍のナンバー2を討ち取った。
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