第57話 女好きの巨人、年増の魔女、油断フェチの吸血鬼

文字数 5,598文字

 我々は、人間など簡単に皆殺しにできる。
 しかし何かを待つように、女王は総攻撃の(めい)を下さない。
 その事実に、副将軍のネットは首を(かし)げていた。

 増援部隊とともにカサンに到着したネットは、カートン侵攻への最終調整を行っていた。

「相変わらず、辛気臭い顔をされて。
 とても、あなたに似合っているけれど」

 妖艶(ようえん)な笑みを浮かべながら、黒いドレス姿の女が近づいてくる。
 明るい茶髪と、同色の瞳。
 唇に引いた真っ赤な(べに)が、一際(ひときわ)目を引く。
 スーツ姿の吸血鬼と同じく、戦場とは思えない恰好だ。
 魔女であり、魔法部隊の指揮官、サバトだ。
 彼女は副将軍のネットに、敬語を使わない。
 
 吸血鬼がこの世界に現れ、大半の魔物を隷下(れいか)に置いた。
 それ程、吸血鬼の力は抜きん出ている。
 その吸血鬼の隷下に入っていないのが、ドラゴン達と魔女、精霊の一部だ。  

 無能な人間だけが知らないようだが、亜空間にはいくつもの世界が存在する。
 ドラゴン達と魔女も、吸血鬼と同じく、別世界の統治者だった。
 一つの世界を治めてきた実績と実力があるため、プライドは高い。

 吸血鬼は、魔女と同盟を結んだ。
 この世界で両者は「よそ者」同士だ。
 「侵略者」同士だ。
 利益が一致する点が、多々ある。
 もちろん、一致しない点もある。
 だがそれは、人間を滅ぼしてから、ゆっくり考えればいい。

 ドラゴン達は、吸血鬼を見下している。
 なので、互いに不干渉だ。
 だがいずれ、吸血鬼の力を思い知らせて、服従させるだろう。
 女王・ローラの支配欲に勝るものなど、どの空間にも存在しない。

「私が考え込んでいる顔が辛気くさかろうと、貴女に関係あるまい」

「見ているだけで、不愉快になってしまうの」

 ネットの眼光が一瞬、怒気を帯びる。
 戦争のドサクサに紛れて、魔女の一人や二人殺しても、問題はあるまい。
 戦えば吸血鬼側にも被害が出るという理由だけで、魔女と同盟を結んだ。
 魔女一人など、特級とはいえ、ネットの敵ではない。

「同志よ、内輪揉めほど醜いものはない」

 斜め後ろに、カートン侵攻軍副官にして上等吸血鬼のゾーフが立っていた。
 女王直轄の精鋭部隊「十三の刺客」と同じ強さを持つネットが、後ろをとられた。
 暗殺術だけなら、ネットはゾーフに遅れをとるかもしれない。
 同じ吸血鬼達からゾーフは、その冷徹さを恐れられている。
 銀色の冷たい瞳には、常に何も映っていない。
 スリムで、引き締まった肉体をしている。
 短剣と魔法を使い、これまで多くの人間を生け捕りにしてきた。
 ただし追い詰められたときのみ、彼は本性を見せる。
 その本性が、平時の彼とかけ離れている。
 それを見れば、多くの同志が驚愕するだろう。
 その場面を想像すると、なぜかネットは愉快な気分になれる。

「オッサンとオバサンが、何をごちゃごちゃ話しているの? キモイよ?」

 また、面倒臭いのが現れた。
 今度は、悪魔だ。
 それも、インキュバス。

「ふん、私達をあなたがそんなふうに呼ぶとは。
 何て滑稽(こっけい)なのでしょう。
 あなたも、何千年と生きているのに」

「そう思わせない見た目と内面が、ボクの飛びっきりの魅力だよね」

 魔女のサバトが嫌味を言うが、インキュバスは意に介さない。
 インキュバスのエトーは黒い羽根を持ち、前髪は目元が完全に隠れるほど伸びている。
 手足の先端は、鋭く尖っている。
 だがそれで攻撃する姿を、見た者はいない。
 彼は魔法使いなのだ。
 それも、特殊なスキルを持っている。
 エトーの体は、人間の少女ほどのサイズしかない。
 サバトの方が、背が高いくらいだ。
 しかし彼と戦った者達は皆、人を外見で判断することの愚かさを痛感して死んでいく。
 下等インキュバスは、せいぜい女をレイプする程度だ。
 だがエトーほどの特級になると、ブラムス侵攻軍の幹部に抜擢される。

「たかが淫魔が、無礼な」

 ゾーフが、エトーを睨みつける。
 二人は犬猿の仲だ。
 というより、エトーと仲が良い者は、吸血鬼にも魔物にもいない。

「アララ、副官、ゴメンね。
 ま、副官っていっても、逃げ足が上手いだけなんだけど。
 しかも、情緒不安定さんだしね」

「貴様!」

 ゾーフの目に冷たく鋭い殺気が宿る。

「同志よ。内輪揉めが醜いと言ったのは、お前だろう」

 ネットが止めなければ、ゾーフは抜刀していた。
 その時。
 ネット、ゾーフ、サバト、エトーは暗闇に包まれた。
 正確には、日光が完全に遮られた。
 四人が、空を見上げる。
 そこには、巨人族の中でも凶悪で有名なヨトゥンが立っていた。
 ヨトゥンは眼球がない白目以外は、人間と同じ作りをしている。
 髪と(ひげ)は伸ばし放題だが。

「副将軍よ、準備は整った。
 我ら二個師団はいつでも、行軍を開始できる」

 ヨトゥンが話すと、大気が震える。
 彼が、地上部隊の指揮官だ。
 見上げる程の巨躯(きょく)でありながら、知能は高い。
 また、その巨体に似合わず、見事な槍さばきを見せる。

「ヨトゥンって白目剥いたノッポさんのくせに、
 女好きなんだよね。そこだけ、ボクみたいだよ」

 エトーがケタケタ笑う。
 そんなエトーにヨトゥンが殺意を向けたので、

「分かった。指示あるまで、待機せよ」

 ネットは指示をあたえて、ヨトゥンを下がらせる。
 同時に、ネット達に太陽の光が戻る。

「口が過ぎるぞ、エトー。口は災いの元だ。
 実際、喋りが過ぎて死んだ精霊や魔女、魔物は少なくない」

「ゴメンね、ボク気を付けるよ。
 副将軍閣下とゾーフは、油断に注意してね。
 油断が原因で、人間の黒魔導士如きに暗殺された吸血鬼がいるんだってさ。
 アンポンタンだよね」

 ネットは不愉快になり、ゾーフは再びエトーに殺意を向ける。

「そうだ、大事なことを忘れてたよ。
 ヨトゥンに、あんまりスケベが過ぎると死ぬよって、言ってあげないと」

「他人の前に、あなたは自分の心配をしなさいな」

 無駄だと分かっているが、サバトはエトーに注意する。

「魔女のオバサンに、指図されちゃった。
 人生最悪の一日だよ。オバサン、キモイから黙っててもらえる?」

「……たかが淫魔の分際で、図に乗るな」

 サバトが魔力を高める。
 エトーを魔法攻撃するつもりだ。

「無駄だよ、オバサン。ボクに魔法は通用しないから」

 エトーとサバトのやり取りを無視して、ゾーフはネットに尋ねる。

「魔法といえば、先程もチラリと話題に出たが。
 グランをどうする?
 あの忌々しい黒魔導士には、
 世界ランキング一位の勇者・リーナと同じ数ほど、
 同志を殺られている」

「心配しなくていい。奴の暗殺に、リリスを投入する」

「リリスといえど、無敵ではない。
 グラン暗殺前に、死ぬ可能性はある」

「リリスは、温存しておく。
 戦況が激しくなり、敵味方入り乱れたタイミングで投入する」

 それを聞いて安心したのか、ゾーフは一歩後ろに下がり、口を閉じた。

「副将軍、ボクは温存じゃないよね?
 女好きの巨人に、年増の魔女、油断フェチの吸血鬼じゃ、
 人間如きに遅れをとるよ」

「心配しなくていい。
 副官のゾーフも含めて、全員、戦場に投入する」

 ネットは口に出さないが、自分が戦う展開も有り得ると考えている。
 カサン侵攻における、最後の人間の抵抗が原因だ。

「やったね! 人間なんて、ボク一人で充分だよ」

「自己中心的過ぎるから、あなたはどの部隊も任せてもらえず、
 いつまでも遊撃なのよ」

 年増呼ばわりされたサバトが、理詰めの嫌味で攻撃する。
 またも不毛な舌戦が繰り広げられようとした、その時。

「諸君、黙りたまえ。女王陛下から、緊急の命令が来た」

 ネットの有無を言わせぬ圧に、誰もが黙り込む。
 伝心の魔法で、ネットはローラからの命令を受ける。

 ローラは女王らしく、常に超然としている。
 だが時折、ヒステリックになることがある。
 今も、そうだ。
 命ずる声はヒステリックで、焦りさえ感じる。

(ネットよ、いつまでカサンにいる気だ!
 さっさとカートンに進軍しろ!
 いや、さっさとカートンを潰せ!
 ただし大量の人間を生け捕りにせよ!
 とにかく急げ! お館様に……)

 そこで伝心は切れた。
 ローラが切った。
 時折、ローラの発言に混じる「お館様」。
 過去に一人の吸血鬼がローラに、それが誰なのか問うた。
 翌日、その者の生首が(さら)された。
 晒したローラ自身も、何かに脅えていた。
 「お館様」はローラ以外にとって、絶対のタブーであると皆が思い知った。

 何にせよ、急いでカートンを落とさねばならない。
 軍勢の規模からして、カートン陥落は確実だ。
 ただ、今回はローラというより、「お館様」からの命令だ。
 陥落させるのに時間がかかれば、次は自分の首が晒されるだろう。
 この命令が(のち)に、戦争に多大な影響を及ぼす。
 だが今は、誰もそれを知る由はない。

 ネットには、急ぐことしか選択肢がない。

「総員、進軍せよ! 目指すは人間の街・カートンだ!」

 ネットの号令に、方々から魔物達の勝ち(どき)が上がる。
 カサンから二個師団・四万匹の大軍が、カートンへの進軍を始めた。



 世界ランキング一位パーティもまた、カートンへ急いでいた。
 進軍用の背嚢(はいのう)を背負っているのに、岩場を飛ぶように進んでいく。

「次はワーウルフだけじゃない!
 マンティコラも他の魔物も全部引きずり出して斬る!」

 ムサイが吠える。

「パシ殿の意志は永遠であることを見せてやる!」

 ウザイが呼応する。

「もう誰も死なせん!
 さっさとガーゴイルどもを皆殺しにして、俺は治癒に専念だ!」

 ターリロも覚悟を見せる。

「私達はもう負けない! さあみんな行くよ!」

 リーナの掛け声に、三人の戦士達が「オウ!」と返す。

「(敵は二個師団、四万匹もいるって、言いづらくなったのう。
 まあ、いいか。現地に行けば、分かることじゃ。
 それにしても、休憩はまだか? 小便がしたい。それに眠たい)」
 
 ニンチだけが、小声でボソボソと呟いている。
 悪い年の取り方を、上等賢者が身をもって教えてくれる。

「よし、岩場を抜けた! 走るよ!」

 リーナが指示を飛ばす。
 平地に着地したパーティメンバー達は、速度を緩めない。
 カートンに向けて、駆け続ける。



 カートンに、夜が来た。
 グランの自室では、クロエ・ミン・ユリアが裸身に汗を浮かべながら、肉と肉をぶつけ合っていた。
 ハアハアと性交で息切れした女達もまた、卑猥で淫欲をかき立てる。

「よし、出してやったぞ」

「ああ……ハアハア、あ、ありがとうございました、ご主人様」

 ミンは、グランに尻穴発射された。
 オルガスムで、下半身が痙攣している。
 だがミンは無理矢理、グランに土下座して感謝する。

 三人の女達はすでに、尻穴を二回ずつ犯されている。
 犯される度に尻穴が拡張するので、巨根受け入れが当初よりは円滑だ。

 ミンが、グランの性器を口に含む。
 お掃除フェラは、犯された女が責任をもって行う。
 それが、ルールだ。

 誠意を込めてイチモツを口で奇麗にしながら、ミンはモグリのことを考えていた。
 父の一番弟子だった。
 故郷・マッシモ国で、最後となってしまった武闘大会で優勝した男。
 そして何より、ミンの初恋の人。
 常日頃はクールな武闘家だが、男に対して、ミンはウブだ。
 モグリを見るなり、無数の思い出が蘇った。
 そして、胸が高鳴った。
 けれど、モグリに気持ちを伝えられない。
 色恋沙汰とは、無縁の人生を送ってきた。
 どう伝えていいのか、分からない。
 しかも、人類の命運を決する戦争前だ。
 けれど。
 この戦争が終わったら、モグリに気持ちを素直に伝えよう。
 今でも、あなたのことを……。

(ミンは今、モグリのことを考えているな)

 自分のイチモツを頬張る女を見ながら、グランはその気持ちを当ててみせる。

(ミンはモグリのことを、忘れていなかった。
 いやむしろ、ミンの方も、モグリに()れている)
 
 グランは一旦そこで、思考を切り替える。
 色恋沙汰から、清濁併(せいだくあわ)せた真実へと。

(この二人がそれぞれ戦士になったのは、偶然ではない。
 マッシモは、優秀な武闘家を数多く輩出していたからな。
 各大国はマッシモ亡き後、生き残りを引き抜いて、極秘裏に鍛えたんだろう。
 その一人はドラガン国を代表する武闘家となり、
 世界ランキング二位パーティのメンバーにまで上り詰めた。
 もう一人はバトルマスターまで駆け上がり、さらに暗殺者となった。
 ここカートンの連合軍団長と兼務だが)

「終わりました、ご主人様」

 掃除フェラを終えたミンが、三つ指ついて報告する。

「ご苦労……ミン」

「はい、ご主人様?」

「……いや、何でもない」

 ミンは少し、小首をかしげた。

 なあ、モグリとミンよ。
 あまり、悲恋を俺に見せつけるな。
 お前達は近くにいるから、まだいい。
 リーナ……。

 そして、夜が明けた。

 ――開戦まで、あと一日。
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