第10話 去勢野郎とイチネンボッキは足して2で割ると丁度いい

文字数 4,792文字

「次に向かう先は、都市・カサンだ」

 グランの発言に、メンバー全員が反発する。

「遠過ぎる。せめてカートンの街に寄って、
 食料や装備を補充・修理しなければ、冒険は継続できない」

 まずレスペが、反論する。

「それに、カサンは最もブラムスに近い都市よ。
 いつ何時(なんどき)、吸血鬼と戦闘になってもおかしくないわ。
 ブラムス近郊の情報をカートンで仕入れてから、カサンに向かうべきよ」

 長い睫毛に縁どられた二重の涼し気な目元を歪めて、ユリアが賢者らしく論理的に発言する。

「クロエはどう思うの?」

 オルグがクロエに尋ねる。
 自分がグランに向かって発言すれば、また烈火の如く怒鳴られる。
 だからクロエ越しに反論を試みた。
 中々の策士ぶりだ。

「……私は……私は、セレナの決断通りに行動するわ」

 グランとセレナ以外の一同にとって、予想外の返答だった。
 クロエは後ろ盾が神殿・デーアのためか、白魔道士にしては意見をハッキリ言うタイプだった。
 冒険中、単独行為も何回か見られたほどだ。
 それをメンバー達が非難しなかったのは、その単独行動が全てパーティへの貢献に繋がったからだ。
 無断使い魔の一件を除いて。
 何はともあれ、セレナは結論を迫られた。

「……まず、カートンの街に向かう。
 出来るだけ早めに準備を整え、カサンに向かう」

 グランから目を逸らしながら、セレナが方針を示す。
 メンバー達に、無言の安堵の輪が広がる。
 いつもは歯切れがいいのに、グランに気を使った言い回しには、やや引っ掛かったものの。
 セレナ以外のメンバーの目がグランに向く。
 次の彼の発言で、パーティの命運が大きく変わるから。

「分かった。カートンに向かおう」

 あっさり方針転換したグランにメンバー達は脱力し、詰めていた息を吐き出す。

「ん? どうした? 俺の今の立場はオブザーバーだ。
 助言はするが、セレナの決定には従う」

 この言葉でパーティの空気が緩む。
 クロエだけ、複雑な表情をしていた。
 グランの『分身』が顔にドッサリと勢いよくかかり、いくらか飲んで血肉となったクロエだけが。

(そう、俺は助言する。カサンの街に行くよう言ったからな)

 内心苦笑しながら、グランは肩をすくめる。
 吸血鬼の統治国・ブラムスが近い。
 使い魔を飛ばしたのは、ニンチだけではない。
 さらにグランは、自身の使い魔である(カラス)(フクロウ)を駆使して、ブラムスの隣国・レイジを詳細に偵察している。
 敵性勢力の張った罠は把握している。

(全員生き残れたらいいな)

 剣呑な感情と裏腹にグランは鼻歌を歌いながら、カートンを目指すメンバーについていく。



「危ないところじゃった」

 肉汁たっぷりの香ばしい焼肉をフォークとナイフで切りながら、ニンチが突然言い出す。
 都市・カサンに到着したリーナ一行は、領主に到着等の報告を終えると、馬肉が有名な店で昼食を摂っていた。

「何がどう危なかったのか、ハッキリ言えよ」

 乾杯のビールと赤ワインでほろ酔いのウザイがニンチに絡む。
 酔っていながら、いつでも腰の中剣と背負った盾は使える体勢だ。
 世界一位になるには、酔っていても敵がいれば倒せて当たり前。
 酔ったウザイの荒い口調にも、ニンチは表情一つ返ない。
 これがムサイなら取っ組み合いが始まっている。

「血吸いめ、ニーナ暗殺に上等ミノタウロスをカートンに送り込みおったわ。
 ノール一個中隊もな。
 そのノールも上等揃いとはのう」

 ウザイの酔いが一瞬で覚めた。
 全身をブ厚い筋肉で覆われ、頭部が牛で巨漢のミノタウロスは強敵だ。
 下級なら力押ししてくるだけだが、その馬鹿力も無視できない。
 それが上級ともなると、両手に武器を持ち、人語も操る。
 魔法すら唱えられる。
 その一匹でも脅威だ。
 加えてノールが一個中隊、二百匹も投入された。
 ノールは下級なら、体格が人間に近い犬が凶暴化して、二足歩行している程度だ。
 それが上級になると、牙も爪も鋭くなり、小ぶりだが鋼製の鎧と盾を装備している。
 そして下級が素手なのに対し、上級は斧で襲ってくる。
 野良犬と鍛え抜かれた兵士ほどの差がある。

「今の自分達なら、苦戦するだろうな」

 言ったターリロ自身が後悔する。
 が、すでに遅い。

「『今の』っては、どういう意味だ?」

 ムサイが目を細めて絡んでくる。

「そこまでにして。ニンチ、その一個中隊は私を追ってきているの?」

 仲間割れをリーナが防ぐ。

「いや、カートンとカサンの中間地点に隠れておる」

「何で隠れる? いや、何から隠れているんだ?」

 ターリロが話題を変えようと、最もな問いを発する。

「行き違いでリーナを逃した奴等に、血吸いの女王め、違う命令を下しおった」

「違う命令だと? リーナを討つ以外に、重要な任務があるのか?」

 酔いから覚めたウザイが冷静に質問する。

「すでにこの地は、ブラムスに近い。
 そこにリーナがおるのじゃ。
 ワシでも、リーナパーティへの援軍が来ることを確信して、
 その援軍殲滅を狙うのう」

 先程まで賑やかだった昼食の席が静まり返る。
 美味い肉が冷めて固くなるが、誰も気に留めない。

「援軍の話など、今は無いけれど。
 確かに、敵がそう考えて動くのは理に適っているわね」

 リーナが溜息を吐く。
 他の冒険者が巻き込まれなければいいのだが。

「俺達には関係ないが、カサンの領主に報告は必要だな。
 後続の冒険者や商隊が襲われる危険がある」

 ムサイが的を射た発言をするのは珍しい。

「そうね。早速、領主に会いに行くわ。
 酔っているのは許されるでしょう。緊急事態なんだから」

 リーナの結論に、一同が立ち上がった。



「ここで野営する」

 足場は踏みしめるのに適度な固さの土。
 周囲には岩や陥没箇所があるが、見通しはいい。
 つまり大群から攻められにくい。
 絶好の場所で、セレナは一夜を過ごすことに決めた。
 グランを加えてから、初めての野営だった。
 が、グランは薪集めなどの雑務をよくこなしていた。
 さらに、使い魔である烏や梟を何羽か飛ばし、偵察役も兼ねてくれる。

 日中のうちに狩っておいた鳥や豚、鹿の肉を串に刺し、焚火で焼く。
 塩を振りながら焼きの仕上げにかかると、香ばしい匂いが空腹を刺激する。
 食器は各々のものを使う。
 ユリアが持っていたワインが、全員の木製のコップに注がれる。
 セレナの音頭で、乾杯する。
 そこからは、ちょっとした祝宴の始まりだ。
 冒険者だけの特権である。
 セレナとミン、レスペは酒に強かった。
 ユリアもワインを常備しているだけあって、人妻のような卑猥で誘うような見た目と雰囲気と裏腹に、酒はいける口だった。
 同じ白魔導士でも、ターリロは飲酒していたが、クロエは神殿の教義上、飲酒は厳禁と口をつけない。
 去勢野郎のオルグは知ったことではない。

 セレナの進行で、改めて、簡単な自己紹介が始まる。
 グラン加入後、そういえば正式な自己紹介をしていない。
 せずとも、世界一位の黒魔導士と世界二位のパーティメンバーなので、大体のことは分かっているが。
 それでも上手い肉と酒で、グラン加入後、初めてパーティが砕けた雰囲気になる。

「黒魔導士を殺すのは簡単だ。タンクの側で戦わせろ。
 基本的に軟弱だから、流れ弾の被弾で勝手に死んでくれるぞ」

 昔からの黒魔導士ジョークをグランが披露すると、場がドッと沸く。

「アマゾネスの殺し方は戦士と一緒だ。武器を取り上げればいい。
 戦いしか能が無いんだから」

 レスペの自虐ネタも、全員の笑いを誘う。
 これも昔からの戦士系ジョブのジョークだ。

「武闘家はどう殺せばいいの?」

 ミンが酔った目で、周囲に絡む。

「難解な医学書を強制的に読ませればいい。
 武闘家は、脳味噌まで筋肉だ。最初の一ページで即死するさ」

 グランのアドリブに、場がこの日一番の盛り上がりを見せる。

「勇者の殺し方は」

 セレナが言いかけると、他メンバー全員が、

「賭博場に連れていけ!」

 と声を揃えて叫ぶ。
 これもお馴染みの勇者ネタ。
 高尚な勇者は博打づけで堕とせという皮肉だ。

 パーティで今のところ、最も犬猿の二人の溝を埋めるためか、セレナがオルグの加入話を始める。
 去勢男には反吐しか出ない。
 が、男が戦う乙女・『ヴァルキリー』に加入した経緯には、確かに興味がある。

「彼女の母親もヴァルキリーだった」

 それを聞いた時点で、話の流れは分かった。
 それでもグランは、黙って話の続きを待った。

「気になる点は無いのか?」

 セレナが不思議そうな顔をする。
 グランは苦笑する。

「ヴァルキリーは原則、聖女の部隊だから、処女しかいないという話だろ。
 だが何事にも、例外がある。
 欲望に負けて処女を捨てたなら追放だが、力づくで奪われたなら話は別だ」

 オルグの肩がビクリと震える。
 どうやら後者らしい。
 力づくで犯され、結果、オルグが生まれた。
 だが母親はキッカケとなる戦闘で深手を負ったのか、出産に耐え切れず死んだ。
 復讐のために、ヴァルキリーへ入隊を決意する。
 だが、男子禁制。
 そこで去勢する。
 そんな例がいくつか存在するのは、書籍や会話で学んだ。

「その通り。独裁国家・カザマンと戦うため派遣された当時のヴァルキリー大隊は、
 返り討ちに遭った。捕虜となった隊員達は……」

 セレナが言い淀む。
 カザマン国は独裁国であり、軍事国家だ。
 師団レベルの兵力を投入しないと、どうにもならないだろう。

「隊員達は、無理矢理犯されて処女を奪われたうえに、
 その後も慰みモノにされた。
 そして奴等は飽きた頃に、殴る蹴るのリンチを加えた。
 救出部隊が全員ではないが、一部の隊員を救出できた。
 すでにオルグの母親は、出産直前だった。
 そんな妊婦の腹を蹴り飛ばして、カザマン国の奴等は喜んでいたそうだ……」

 毅然としたセレナだが、さすがに歯切れが悪い。
 グランはセレナではなく、初めてオルグ自身に言葉をかけた。

「で、オルグ。お前の母親は、敵の捕虜にされた。
 そして何度も何度も汚いペニスで凌辱された。妊娠するほど、な。
 妊娠したらしたで、お前が子宮にいるせいで、
 膨れた腹を蹴り飛ばして楽しんでいたそうだ」

 グランが一拍置く。
 セレナをはじめ、パーティメンバーは黙って目を伏せている。

「お前の母親に暴行を働いた馬鹿野郎達を、今はどう思っている?」

 グランの質問の意味が分からず、オルグは困惑している。
 怒声以外の声をかけられたのは、初めてだ。

「昔の話だから、もう水に流したか? つまり、復讐は考えていないのか?
 それとも、かの国にお前の父親がいる。パパとケンカしたくないのか?」

 グランがオルグに近づく。
 オルグが憤怒で身を震わせる。

「どれだけ年月が経とうと、消えない怨念は存在する。
 もう一度、聞く。復讐は考えていないのか?」

「いつの日か必ず、カザマンは滅ぼす!」

 オルグが強く感情表現するのは初めてらしく、他メンバーが驚いている。

「いいだろう。俺もカザマンを滅ぼしたい。その時が来たら、共に戦おう」

 グランが伸ばした手を、オルグが固く握る。
 立派過ぎる男のシンボルを持つ男と去勢男の記念すべき握手だった。
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