第28話 男の性器より魔物の心臓

文字数 4,708文字

 セレナ達の覚悟をよそに、グランは怒り、呆れていた。

(リーナが近づいているのに、何て邪魔な奴等だ)

 そして、つけ加える。

(すでに勝負はついたのに)

 グランはすでに、ミノタウロスに精神作用の魔法をかけ終えていた。

 突然、ミノタウロスが斧で、直近のノールの首を撥ねた。
 セレナ達もノール達も目が点になる。
 そんな周囲の目など関係なく、ミノタウロスはノール達の首を撥ねていく。
 やっとノール達は、ミノタウロスが混乱し、何者かに操られていると悟った。
 その「何者」が誰かは、セレナパーティのメンバー達には明白だった。
 そして”上等”だけあって、ノール達も気付いた。
 姿を見せたタイミングと、ミノタウロスが操られたタイミング。
 そして、黒魔導士の特徴である黒いローブ。
 黒魔導士が黒魔法を使い、ミノタウロスを操っている。
 その魔法を解くには、ミノタウロスか術者のどちらかを殺すしかない。
 上等ノール達は、当たり前の選択肢を選ぶことにした。
 グランを殺そうと、ノール達が襲いかかる。
 が、操り人形と化したミノタウロスの攻撃に、セレナパーティのメンバーによる反撃が加わった。

 カートンの図書館にあった文献には、ミノタウロスの致命的な弱点が記されていた。
 斧を持った腕と魔法の杖を持った腕。
 どちらかの腕にある武器を取り上げると、途端に冷静さを失い、我を見失うと。

 その通りになったが、それを目撃したのはグランだけだった。
 ミノタウロスに尋常ではない焦燥を見た瞬間、精神作用の魔法をかけたから。
 精神が弱っているほど、魔法は効く。
 今のミノタウロスに、精神作用の魔法は抜群の効果をみせた。
 精神作用の基本的効果は、幻視・幻聴・幻想など、精神をかき乱すこと。
 だが精神作用の最大の効果は「操り」だ。
 今、ミノタウロスはその状態にある。
 口に出さずとも、伝心の魔法で命じるだけで、グランの意のままに操れる。
 そして、グランは短く心の中で命じる。
「人間以外で武器を持った生き物を殺せ」と。

 精神作用が最大に効いている状態なので、ミノタウロスは痛みも感じない。
 だから攻撃時に、斧を振りかぶり過ぎて関節が破壊されようと、何の心配もない。
 ただ破壊のために動く狂戦士(バーサーカー)と化す。
 そうなった上等ミノタウロスは強かった。
 人間もエルフもドワーフも震え上がる、吸血鬼女王の直轄部隊にして最精鋭部隊「十三の刺客」に近いほどだ。

 またたく間に、ノール達は一掃された。
 皆殺しにされたノールに、グランは微塵も興味はない。
 操っているミノタウロスにも興味はない。

 リーナだ。
 リーナが、段々近づいている。
 その存在を、どんどん間近に感じる。
 気分が高揚する。
 それでも体に染みついた世界ランキング一位の戦闘技能は、グランに一切の油断をさせない。
 操っている状態のミノタウロスに、さらに拘束魔法をかける。

(俺が本当に拘束したいのは、こんな牛頭の醜い化け物ではないがな)

 一つ溜め息をつくと、グランは黙ってミノタウロスに向かって歩き出す。
 途中、レスペがいたので、剣を拝借する。
 戦士が戦場で剣を手放すのは、死を意味する。
 何より戦士にとって、最悪の屈辱だ。
 だからいつの間にか、グランの手に自分の剣が握られているのを見たとき、レスペは一瞬、怒りが湧きかけた。
 けれどこの場を、いや、この戦闘自体の趨勢(すうせい)を決めたのはグランなのだ。
 その事実の前には、耐えるしかない。

 特にもったいぶった言動をとることはなかった。
 グランは歩きながら、フワリと飛び上がると、ミノタウロスの首を撥ねた。
 そして何事も無かったかのように、着地する。
 そのまま振り返ることなく、後ろ向きに剣を(ほう)る。
 レスペは今いる位置を動くことなく、グランが放った剣を受け取ることができた。
 その剣技は、上等レベルの戦士を超え、もはや特級レベルに匹敵する。
 セレナパーティのメンバー達はまたも、グランの底無しの強さに信頼と尊敬、そして嫉妬と恐怖を覚えた。

 そのままグランは止まらず、歩を進める。
 後方でミノタウロスの巨体がドオゥッと音を立てて倒れたことにも、興味はない。
 歩き続ける。
 こっちだ。
 こっちなんだ。
 こちらの方角から、リーナが近づいてきている。



 全身に穴を開けるような豪雨に打たれ、リーナパーティは行軍した。
 しばらくすると、雨は上がった。
 が、すぐに身を焼くほどの灼熱の日光に照らされる。
 レイジ国は元々、寒暖の差がほぼない住みやすい土地だったらしい。
 だが、ブラムスの瘴気(しょうき)にあてられた。
 天候まで狂ってしまった。
 濡れた体は通常の二十五倍、体力を奪っていく。
 豪雨の中、強行軍で進んだ。
 その後に、この熱さだ。
 これにはさすがに、歴戦の世界一位パーティのメンバー達も辟易した。
 だが、さすがは世界一位だ。
 そんな悪条件でも、他のパーティが四日かかる冒険を、一日で踏破(とうは)してみせる。
 そして今、上等ミノタウロス率いる中隊が潜む森まで、あと一時間ほどの距離まできた。

「しかしな、ニンチのジイさん。
 何でお前の使い魔じゃなくて、
 保険で飛ばしたターリロの使い魔がミノタウロス様御一行を見つけてんだ?」

 戦士のムサイが、剣の柄を握ったり開いたりしなが、ニンチに詰問する。
 別にニンチを斬るつもりではない。
 決戦に向け、柄の握りを確認している。

「ワシの使い魔だって、牛頭を見つけたわい」

 ニンチがムサイをジロリと睨む。

「どっちが先に見つけたのかは知らん。
 だがな、先にパーティにそれを報告した方が役に立つ。当たり前だろ」

 ウザイは背負った盾の表面を、拳でガンガンと叩いている。
 別にニンチにシールドクラッシュを食らわせるためではない。
 ムサイ同様、”相棒”の具合を確かめているだけだ。

「ふん。早く言えばいいわけではないぞ。
 ワシの使い魔は、牛頭どもをジックリと観察しておったのだ」

 ニンチが今度はウザイを睨みつける。

「ニンチじいさん、黙っておいてやろうと思っていたがな。
 お前の使い魔、木の枝に止まって寝てたぞ」

 ターリロが、魔法杖の先端に埋め込まれた水晶を覗きながら、冷たい目でニンチを見る。
 別にニンチに偉大にして聖なる白魔法・ホーリーを放つためではない。
 戦士達同様、ターリロは練った魔力の質を見て、戦いに備えている。

「眠っておるように見えたか。ワシの計画どおりじゃ。これで……」

「今、このパーティの魔法を背負ってるのは、俺だな」

 ニンチの言い訳を無視して、ターリロが宣言する。
 その途端、

「それは無いわね」

「それは無いのじゃ」

 思わず本音を口走ってしまったリーナは肝を冷やした。
 だがニンチの発言が(かぶ)ったので、ソッと安堵の溜め息をつく。
 怒ったターリロは、どちらに怒りをぶつけてやろうかと考えた。
 が、考えるまでもなく、ニンチに決まっている。
 リーナは名実ともに、絶対に敵に回してはいけない存在だ。

「『根暗のグラン』さんとかいう黒魔導士は、元々役に立たなかった。
 しかも挙句に、聖女を犯して追放された。残された魔法使いは二人。
 うち一人は、もう隠居間近、いやさっさと引退した方がいい老賢者だ。
 俺がこのパーティの魔法を(つかさど)るのは、至極真っ当だろ」

 消去法でいけばね――と、リーナは溜め息をつく。
 世界ランキング一位パーティを代表する魔法使いとして、ターリロとグランでは雲泥の差がある。
 グランの後釜に座るということは、この世界ランキング一位のパーティで、リーナの相棒になることと同義だ。
 最高機密に指定された情報の報告を行うため、首脳会議や一部の大国の王が集まった会議に出席する。
 貴族達のパーティにも顔を出したりと、社交性が求められる。
 それらを全く無視して自分を貫いたため、グランには悪評がつきまとった。
 だが他の者にしてみれば、グランのポジションは、人脈作りにうってつけだ。
 垂涎(すいぜん)の的だろう。
 いくつになっても、冒険者を続けられるわけではない。
 引退する日は、必ず来る。
 その日までに、満足な貯蓄があるとは限らない。
 まして冒険者は、次の瞬間、何等(なんら)かのトラブルで冒険ができない体になるかもしれない。
 冒険者の後の人生を見据えたとき、セレブな人間達とのパイプは大きな意味を持つ。

 冒険後……。
 吸血鬼の女王を倒したあと、グランはどうするつもりなんだろう。
 そんなことを考えていると、ニンチがボソボソと、

「至急、カサンに戻った方がいいのう。血吸いの大軍が湧きよった」

 と、聞き捨てならない重要な報告をする。

「女王が動いたのか!? 大軍って、数は具体的に何匹だ!?」

「俺達がカサンを出るとき、そんな気配は無かった。完璧な奇襲だ。
 吸血鬼側に、姿隠しや消音魔法の使い手がわんさかいるんだろうぜ」

 ムサイは問いを発し、ウザイは現状を分析する。

「吸血鬼まじりの一個旅団じゃ」

「なっ……」

 ニンチの返答に、ターリロが呻いて、顔色を無くす。
 ブラムスが、一個旅団、つまり一万匹を放った。
 カサンどころではない。
 レイジ国を落とすつもりだ。

「でも、私はカサンを発つとき、大軍の気配は感じなかった」

 リーナが顎に手をやり、考える。

「奴等がブラムスを出たのは、ワシらが雨を避けるために、洞窟にいたときじゃ」

「おい、ジイさん! さっさと報告しろよ!」

 ニンチの呑気な物言いに、ムサイが噛みつく。

「ワシは洞窟の中で、確かに言うたぞ。
 聞く耳を持つか否かは、お前達の勝手じゃろうな」

 今度こそ、ムサイがニンチを斬ろうと剣の柄を掴む。

「ムサイ! そんな場合じゃない! 今は……うっ」

 リーナの心を強く刺す衝撃。
 ……いる。
 近くにいる。
 近くに、彼がいる。
 近くに、グランがいる!

 方角からして、グランも上等ミノタウロス中隊の討伐に向かっているのだろう。
 いや、すでに交戦しているかもしれない。
 このまま進めば、グランに会える。
 グランに、また会える。

 けれど。
 カサンが落とされれば、そこを拠点にレイジ国は滅ばされるだろう。
 世界中から兵士が集結した連合軍とはいえ、カサン駐留の連合軍だけで、ブラムス一個旅団相手に戦うのは無理だ。
 カサンが敵の拠点になれば、そこから波状攻撃を仕掛けてくる。
 その波状攻撃を跳ね返すには、多くの犠牲を払うことになる。
 最悪でも、カサンと引き換えに、敵の数を減らす必要がある。
 速やかなカサン奪還に向けて。

 あと、少しだった。
 一時間も歩かないうちに、グランと出会えた。
 でも自分は、世界ランキング一位パーティのリーダー・勇者だ。
 決断に私情を挟むことは、一切許されない。
 リーナは一瞬、俯いたのち、

「カサンに大至急戻るわよ! 
 カサン駐留連合軍とともに、ブラムス一個旅団を迎撃するわ!」

 リーナの決断に、パーティメンバーから勝ち(どき)が上がる。

 リーナは、グランがいる方角に背を向けた。
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