第11話 さらわれて拷問とかいう王道

文字数 5,114文字

  カザマン国はミツクニ国と同じく、吸血鬼の女王打倒後の黒魔導士の存在に危機感を抱いている。
 軍事国家ゆえの乱暴さと早急さで、今のうちに殺害しおうと躍起になっている。
 だからといって、黒魔導士の自分が黙って殺されるいわれはない。
 自分を殺すと決めた人間がいるなら、先に殺すまでだ。
 よってグランの殺害リスト上位に、カザマン王の名がある。



 食後の後始末をし、就寝中の警護を決める。
 セレナは当然、男同士であるグランとオルグを組ませようとした。
 だがグランが「クロエから、聞かねばならない話がある。他人には聞かせられない内容だ」と譲らない。
 結局、グランとクロエが組むことになった。

 それから就寝までは、皆、自由に過ごした。
 武器と防具の手入れをしているレスペ。
 魔法書を読んでは瞑想を繰り返すユリア。
 最初に警護に立つミンとオルグは、周囲の地形を頭に入れるため、辺りの偵察に出ている。
 焚火の残り火を囲みながら、グランとセレナ、クロエの三人が話していた。

「グラン。お前は、神殿・デーアを嫌っているようだが?
 いや、王国・ラントそのものか。何があった?」

(鋭いな。さすがに世界二位の勇者相手に、全てを秘密にしておくのは無理があるか)

 そう判断したグランは、まず質問した。

「ヴァルキリーのヒステリー隊長、ドールはまだ生きているのか?」

 セレナとクロエが顔を見合わせる。

「ドール様を呼び捨てにするな。
 今は神殿・デーア内のヴァルキリー本部において、副将軍でいらっしゃる」

「ふーん。あのヒステリーで神経質女がねえ。偉くなったもんだ」

「いくら世界一位の黒魔導士といえど、副将軍への侮辱は……」

 セレナはいつでも抜刀できるよう、剣の柄に手をかけている。
 逆にグランの声音は、ノンビリしたものだった。
 敵単体なら一瞬で消し去る「消去」の魔法は、いつでも放てる準備を終えていたが。

「人さらいだぞ? 
 まだドールが隊長だったとき、俺が生まれたサウル村にあの女が来た。
 そして俺とリーナは、あの女に拉致されたんだ」

「え? そ、そんな……」

「な! ……詳しく聞こう」

 クロエとセレナにとっては、衝撃的だったらしい。
 事の顛末を、グランは語って聞かせる。



 自分とリーナが五歳の頃、サウル村に兵站補給でヴァルキリー一個小隊が寄った。
 それ自体はよくある話だ。
 辺境ゆえに凶悪な魔物が頻繁に湧くが、補給地はサウルしかない。
 問題は当時小隊長だったドールが、寒気を覚えるほどの圧倒的な「力」を感じたことだ。
 それも、二つ。
 そしてドールは彼女の人生どころか、この世界を変える二人と出会う。
 リーナとグラン。
 光と闇。
 勇者と黒魔導士。
 吸血鬼の食糧になるだけの人間の未来を、変えられる存在と出会った。
 ドールはすぐにリーナとグランを王国・ラントの城塞都市・テロスに連行した。



「あんたとリーナ殿の親に、許可は取らなかったのか?」

「知らんな。それ以来、親にも会っていない。
 そもそも俺もリーナも、あの時以来、サウス村に帰っていない。
 ただ五歳児の記憶としては、有無を言わさず俺達は馬に乗せられた」

 (いぶか)しがるセレナに、グランは淡々と答える。

「なぜドール様は、グラン様とリーナ様の親御さんに、
 許可を取らなかったのでしょう?」

「取る必要性が無かったから、だろうな。
 法に明記された緊急逼迫(ひっぱく)の事態ってやつだ」

 クロエの疑問に、グランが答える。

 セレナは考える――ドールが二人の親に事情を説明して、反対されたら? 
 二人の親が「ラントに行けば、永遠に我が子は帰ってこない!」と泣き叫んで抵抗したら? 
 殺すしかないだろう。
 無用な殺生は避けたい。
 だが、絶対に放っておけないポテンシャルを秘めた子ども二人がいる。
 当時のドールに、選択肢があったとは思えない。
 法にはそのような場合を想定し、一定の権限ある者は、保護者や所轄官庁の許可を取ることなく行動してよいと明記されている。
 ただし後で、王国や魔法技術院、神殿に事後承認を取らねばならない。
 ドールが児童誘拐で処分を受けたとは、聞いたことがない。
 当時、その行動は正しいと判断されたのだ。
 つまりドールも、彼女の行動を是とした機関も、何としても二人の力は手中に収めたかった……いや、収めねばならなかった。
 人類がこの戦争に勝つために。
 五歳にして、すでにそう認識される二人。
 これが、自分達が届かない「世界一」の規格なのだ。

「ドール様が、テロスにお二人をお連れになったのは、
 神殿の鑑定士殿が目的でしょうね」

「その通りだ」

 クロエの推論に、グランが頷く。

「テロスに着くなり、すぐに神殿に直行だ。そして一人ずつ、鑑定士に鑑定された」

「適性ジョブと今現在の実力、今後の見通しですね?」

 グランにクロエが尋ねる。

「そうだ。ジョブは想像通りだったらしいが。
 今後とやらは、鑑定士にも見えなかったそうだ。
 鑑定士がガクガクと震えていたのを思い出すな」

「なっ……! 神殿の鑑定士が見通せない未来を持つとは……」

 セレナは滅多に、自分にとって弱味となる感情を表に出さない。
 そんな彼女が、先程から驚いてばかりいる。

「私の記憶が正しければ……ドール様が小隊長だった頃、
 神殿の鑑定士殿は、史上最高と謳われていたはずです……」

 クロエの声は、少し震えていた。
 焚火の残り火では不足なほど、寒気に襲われる。

「最後の別れ際、ヒステリードールは神経質にこう言っていた。
 『お前には闇が見える。底無しの闇が。
 ここで殺すべきなのか、その底無しの闇の魔力に賭けるべきなのか。
 答えを見いだせん』だとよ」

 もはやドールを侮辱されても、セレナとクロエに非難する余裕はない。
 ドールが、その出来事を忘れているわけがない。
 つまり今も、グランという「底無しの闇」を希望とするか、危険分子として殺処分するか判断がつきかねている。
 世界で指折りの精鋭部隊・ヴァルキリーのナンバー二が。
 そしてそんな人間と、自分達は冒険をしている最中なのだ。

「話は変わるが。プルガのババアはまだ生きてるのか?
 まあ、殺してもくたばらんタマだがな」

「グラン様。プルガ様は大司教のお一人。
 失礼な発言は、神殿全体を敵に回しますよ」

 グランの発言を、クロエがたしなめる。

「ふん。あの児童虐待フェチのババアが、大司教とは。世も末だ」

「大司教様に対する無礼な発言、容認できず」

 一線を超えたと判断したセレナが、抜刀しかける。

「俺の師匠だったんだが?」

 ノンビリとしたグランの返事に、セレナとクロエがまた顔を見合わせる。

「確かに、プルガ大司教様の専門は……黒魔術だ。
 だが師弟関係が大嫌いなプルガ様は、弟子を取っていないはず」

「神殿にある書斎庫の書籍が正しければ、プルガ様は一人だけ弟子を取っています。
 それも、ヴァルキリーからの正式な依頼によって……」

 セレナの発言を、クロエが訂正する。

「ヴァルキリーが、『闇』属性の黒魔術関係で依頼書を出すということは……」

「俺が悪なら、その場ですぐに殺せと、
 その依頼書には明記されていたんだろう。
 つまり、俺が持つ『闇』が人類への貢献となるか破滅となるか、
 見極めたうえで、適正な処置を取れと。違うか?」

 深刻な物言いのセレナと、対照的に軽いグラン。
 だが指摘自体は的を射ているので、ヴァルキリーの一員であるセレナとクロエは気まずくて何も言えない。

「調子に乗って『プルガが殺さなかったから、俺は正義だ』と言う気はない」

 意外な言葉に、セレナとクロエは困惑する。

「プルガ……あのサディスティックなババアの修練は、
 俺を殺しにかかっていたからな。
 あのババアが俺をどうジャッジしたかなんて、分からん」

 詠唱なく高度な魔法を使うためには、常に質の高い魔力を出し続けなければならない。
 ただグランはイチネンボッキの精力のお陰で、魔力を無限に生み出せる。

「……イチネン……ボッ……キ……」

 初耳のセレナは、ただただ目を丸くするばかり。

 実物で(もてあそ)ばれたクロエは、感慨深いものがあった。
 グランのペニスは、やはり特殊なのだ。
 だから私の心を捕えて離さない。
 凌辱されてなお、屈服したくなるほどの威圧と威光がある。

 神秘の領域にまで達したスキルを、気安く他人に教えるバカはいない。
 下手をすれば、スキルの内容が広まって敵性勢力の耳に入り、対策を講じられる可能性があるからだ。
 だがグランは、隠さない。
 対策など、講じようが無いからだ。
 イチネンボッキを封じようと思ったら、常に自分を射精状態にしなければならない。
 ハニートラップを仕掛けるなら、魔法や弓が飛び交う戦場に、特上のセックススキル持ちの美女を、何人も並べなければならない。
 非戦闘地域で配置できたとしても、不自然過ぎてやはり引っ掛かることはない。

「話を元に戻そう。プルガが俺の師匠となり、
 俺がイチネンボッキで無限の精力と魔力を持っているところからだ」

 グランが、地獄の幼少期を語り始める。



 プルガは、

「お前のような下品な奴は、女を汚すに決まっている。
 それも、大量にな。
 それでも魔力を出し続けられるように、鍛えてやる」

 と吐き捨てるように言うと、グランの四肢を拘束した。
 素っ裸で。
 そうして、自分の手でグランのペニスを弄んで射精させ、魔力を出させ続けた。
 イチネンボッキは無限なので、治癒魔法でも追いつかないほど、両手が腱鞘炎になった。
 すると次は、口でペニスを絡めとり、精力を発射させ続けた。
 大量の精子が飲み込めず、顔をグランの精子まみれにしながら、

「魔力が落ちてきてる! 出せ! 出すんだ! 出し続けるんだよ!」

 と吠えた。
 その壮絶な顔面に、さすがのグランも恐怖を感じた。
 精力と魔力を最大出力で出し続けるのは、当時のグランには無理だった。
 干からびた。
 それでも、精力と魔力をプルガが満足するまで出さなければ、解放してもらえない。

 魔法・科学的に立証されていないが、黒魔導士は闇に落ちやすいとされる。
 つまり、人間の敵性勢力に回る可能性がある。
 プルガはグランの闇が深すぎると罵り、やはり四肢を拘束され、聖なる鞭で皮がめくれるほど打たれた。
 さらに、皮がめくれて肉がのぞいた部分に、聖なる蝋燭のロウを垂らした。
 プルガによると、この儀式で、内に潜む闇を追い出せると。
 グランは無痛感覚の持ち主ではない。
 激痛と熱さに悶絶し、ときには気絶した。
 それを笑いながらプルガは観賞し、鞭をふるい、ロウを垂らした。

「質の高い高等魔法は、限界まで追い込まれないと、人間は修得できないのさ」

 との方針のもと、朝から晩まで修練というより拷問を受けた。
 満足な食事もあたえられず。
 そして一日が終わろうかという時になって、ブ厚い魔術書を渡される。

「一回だけ読ませてやる。それで全て覚えな」

 高等黒魔導士でも十回は読まねば、書かれた魔法の理屈を理解できない代物だ。
 それでも一回で覚えないと、さらに違うブ厚い魔法書を渡される。
 魔法書を一回で覚えるまで、その不可能鍛錬は続けられる。
 つまり年齢と経験に不釣り合いで、理論的に不可能な芸当を強制された。
 しかし当時のグランには、プルガに抵抗するという選択肢はなかった。
 命じられたとおり、魔法書を一冊読み終えて、書かれた魔法が使えなければならない。
 使えなければ、睡眠がとれない。
 一日の拷問からくる疲労と睡魔に襲われながら、文字通り死ぬ気で魔法を覚えていった。



「……言葉も出ない」

 セレナが率直に本音を吐露する。

「でもそうやって魔法の修練を積んだから、今があるのですね。修練はどれほど続いたのですか?」

 クロエの質問には、やや呑気な響きがあるようにグランは感じる。
 内容からして三か月、長くて半年程度と思っているのだろう。

「三年だ」

「……!」

 今度は、クロエも言葉が出ない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み