第82話 脂肪遊戯

文字数 4,727文字

 世界最大規模を誇るラント城は、幾何学模様の塔が何重にも絡み合ったような外見をしている。
 由緒ある古城ながら、豪華絢爛。
 そんなラント城を出たリーナパーティは、城塞都市・テロスに入った。
 向かうは、信仰の聖地である神殿・デーアだ。
 教皇を筆頭に、世界の宗教を動かす偉人達が(つど)っている。
 そして、ヴァルキリーの本拠地がある。



 テロスも世界有数の都市だけあって、建物と人は多い。
 ただカートンやカサンのように、雑多な盛り上がりはない。
 全てが上品な仕上がりになっている。
 この都市は人々にとって楽しむためではなく、職務を遂行するために存在する。
 よって、多くの建造物は古くて巨大だ。
 中には、歴史的に貴重なモノもある。
 だから見飽きることは無い。
 が、派手さは一切ない。
 往来を行き来する人間達にも、同じことが言える。

「ここに来ると、勇者見習い時代を思い出しちゃって。
 とても厳しい鍛錬の日々だったから、あんまりいい思い出は無いや」

 リーナが鼻に皺を寄せて、苦笑する。
 そんなリーナを男三人衆は、鼻の下伸ばして見ている。
 逆にニンチには、眼力だけで殺せそうな視線を送る。

「オイッ! パーティの過去話は全て聞かせろ!
 もう少しで、ガルサ将軍の前で恥をかくところだったぞ!」

 神殿・デーアが近い。
 が、相変わらずターリロは、世間一般の白魔導士像を粉々にする。

「ガルサはどうでもいい。
 だがな、俺とウザイとターリロは、
 途中からパーティに入ったんだ。
 初期メンバーの重要なポイントは、あらかじめ伝えとけや!
 マギヌンなんて、最高にナウでヤングだろうが!」

 ムサイは今にも、抜刀しそうだ。
 しかし当のニンチは、あくびを噛み殺していた。
 荒くれ冒険者の発言に一々動じているようでは、上等賢者は務まらない。

 ミルン国将軍・マギヌン。
 今をときめく、ちょっとした有名人。
 公的記録上、人類最年少で、将軍の座に就いた。
 しかも今は病魔に侵された王に代わり、国の舵取りを行っている。
 そんな有名人が、同じパーティに在籍していたとは。

「ゴメン、本当だよね。
 うーん、私とニンチとか初期メンバーは、
 マギヌンがいて当たり前だったからねえ。
 急に有名人になっても、今一(いまいち)ピンと来なくて。
 『あ、故郷で頑張ってるな』ぐらいで。
 でもみんなには、伝えるべきだったよね。本当にゴメン」

 リーナがペコリと頭を下げる。
 艶のある黒い長髪がフワリと揺れる。
 鼻孔に優しい、甘い香りが漂ってくる。
 荒くれ三人は、それで全てが許せてしまう。



 神々や神話などを表す紋様が刻まれた何本もの太い支柱。
 その支柱に高い屋根を支えられ、神殿・デーアは静かに、そして厳かに建っている。
 ラント城と違い、見た目はシンプルな造りだ。
 だが内部は、複雑な造りになっている。

 ラントより、リーナ達は驚いた。
 報告を、枢機卿が聞くというのだ。
 枢機卿は教皇に次ぐ最高幹部だ。
 次の教皇候補でもある。
 世界中に散った神殿からの情報は、デーアに集約される。
 ブラムスの猛進撃を一早く把握し、最も危機感を抱いているのがデーアかもしれない。
 枢機卿が動くなら、ヴァルキリーも無視はできない。
 これ幸いとばかりに、リーナ達は報告に向かう。
 枢機卿の前では、一切の武装は許されない。
 武装解除したリーナ達が通された謁見の間は、広くて豪華だった。
 金がかかった部屋だ。

「(なあ。こんな贅沢な部屋作る金があるんだろう?
  だったら、その金で貧乏人を救えるんじゃねえか?
  チマチマ各神殿で募金活動しなくてもよ)」

「(組織が大きくなるほど、人は増える。
  人が増えれば、その上に立つ人間は権力を持つ。
  権力を持てば……なあ?)」

 ムサイとウザイの掛け合いは、謁見の間で許される内容ではない。
 だがリーナは、(とが)めなかった。
 同感だったから。
 この世界は、一神教だ。
 よって人間の数だけ、信者が集まる。
 神聖なる宗教組織も、組織が巨大になり過ぎた。
 肥大した組織は、上から腐っていく。



「……以上で、報告を終わります」

 リーナ達は直立不動で、一人悠然と座る枢機卿・アーリアへの報告を終えた。
 食べ過ぎと運動不足でデップリと太ったアーリアには、威厳など欠片も無い。
 アーリアの顔を見た瞬間、リーナはやる気を無くした。
 アーリアにやる気が無いからだ。
 わざわざ報告を受けたのは、他に狙いがあるとしか思えない。

「枢機卿。
 まずはヴァルキリー全軍に、ブラムス進軍の圧力をかけてください。
 そうすれば、ここラントも含め、多くの国が続きます。
 さらに、世界ランキング上位の冒険者達も参戦します。
 人類最強の軍隊でブラムスを攻撃できます」

 枢機卿・アーリアのやる気の無さに気付かないターリロが、熱弁を振るう。
 ムサイとウザイは沈黙を貫いていた。
 戦士系ジョブの人間達は、王族・貴族と政治家・官僚、宗教が大嫌いだ。
 ニンチは股間を見ながら嬉しそうに「ついに復活が……」と笑っている。
 何が復活するのか、リーナにはサッパリ分からない。

「全ては神が決めることだ」

 その一言だけを残し、脂肪だらけの体を揺らしながら、アーリアは退室してしまった。
 全てを神頼みにしたら、教皇や枢機卿の存在意義はない。
 神殿も、引いては信仰も意味が無い。
 そんな単純なことを、神殿幹部は分かっていない。
 それを把握できただけでも、収穫だ。
 リーナ達はそう考えて、怒りを押し殺す。

「リーナ、どうすんだ? 枢機卿様は、神様をアテにしろってよ」

 ムサイが吐き捨てる。

「神様もアテにしてるよ。
 そしてもう一つ、私はアテにしてる人達がいる。
 直接、話してみたいと思う」

「ヴァルキリーか」

 ウザイがぼやく。
 戦う乙女達は、男を軽蔑し、忌避する傾向がある。
 だが、世界ランキング一位パーティの正式な協議申し入れは拒否できないだろう。

「ランキング一位って肩書を、存分に使わせてもらおうか」

 ウザイの言葉に頷きながら、リーナはヴァルキリー本部に向かう。
 退室しかけたリーナが、キッと宙を睨む。
 体内圧の魔法をかけられた(ハエ)の体が四散する。

「どうした、リーナ!?」

 リーナから怒気を感じたムサイが慌てる。

「蠅を使い魔にして、私達を見ていた者がいる」

「枢機卿への報告を使い魔で覗き見かよ!?
 大事(おおごと)だろ! 枢機卿に知らせよう!」

「枢機卿も、知っていたよ」

「へ?」

 ムサイが間抜けな声を出す。

「ガルサ将軍の言うとおりだよ。
 人間はまだまだ、一枚岩じゃない。
 この神聖な神殿にすら、邪悪な考えを持った人間がいる。
 神殿の自浄作用が働かないなら、
 その人間達に退場してもらうのも、私達の任務だよ」

 見えぬ敵に、リーナは宣戦布告した。


 *******************************


 薄暗い地下室で、脂肪の枢機卿・アーリアは全裸だった。
 その両手首には手錠が()められ、天井から伸びた鎖に繋がれている。
 両腕を上げた立位で拘束されたアーリアの背中を、極太の鞭が打つ。
 バッシイィン! と激しい音が響く度に、背中の皮膚が傷つく。
 そんなハードな鞭打ちにしかし、アーリアは陶酔した表情を浮かべている。

「聖女以外の若い娘に会えて、
 お前の粗末なココは勃ってたんだろう!」

 黒のボンテージに身を包んだプルガが、アーリアのイチモツを乱暴に掴んで振り回す。
 かつてグランの師匠だった黒魔法使いは、今や神殿・デーアの大司教だ。
 ただ大司教は、地位で枢機卿に劣る。
 それはプルガにとって、問題ではない。
 好物の男がいれば知恵と力を使って、自分の奴隷にしてきた。

「でも会えと命令されたのは、女王様ではないですか……」

「口答えするな! この変態脂肪が!」

 また、プルガが鞭打つ。
 アーリアは悲鳴を上げながら、(よだれ)を垂らして喜悦の笑みを浮かべる。

 年は四十を超えているが、プルガの肌は十代の張りを保っている。
 きつい顔つきの美貌も崩れていない。
 若作りなど、一切していないのに。
 全て、絶大なる魔力のなせる(わざ)だ。
 体内で醸成される魔力は、肉体の健康や頑健さに直結する。

「あの小娘!
 世界ランキング一位だか何だか知らないけど、生意気な!
 私の使い魔に気付きやがるとは!」

 そう言ってまた、鞭を振るう。
 ただ力任せではなく、明らかに鞭の扱いに長けている。
 特級の調教師だ。

 プルガは使い魔を蠅にした上に、最小化の魔法をかけた。
 さらに姿隠しと消音魔法も。
 それでもあの小娘は、使い魔の存在に近付いた。
 大きさではない。
 魔力と悪意に気付いたのだ。

 リーナが来たと聞いて、プルガは奴隷であるアーリアに謁見を命じた。
 枢機卿相手なら、武装解除は必須だからだ。
 素手の世界ランキング一位勇者を殺せるか、観察するのが目的だった。
 結果は――無理だ。

「あの小便臭い小娘、素手でも生意気な強さじゃないか。
 上等の武闘家より強く、上等の賢者より魔法を使えるとは」

 そう言って、また鞭を一振り。

「あの小娘が生意気なのも、全てグランのせいだ!
 鍛錬にかこつけて、殺そうとしたのに。
 しぶといガキだったよ。
 クロエのレイプを奴の責任にして、さっさと殺害命令を出しな!」

 命じながら、鞭を一振り。
 世間的には、クロエ暴行の顛末(てんまつ)はウヤムヤになっている。
 よって、誰かを罰することもできない。

「しかし女王様!
 首脳会議はその件で、グランは罰しないと決定を下しました!」

「あのボンクラな王どもが!
 奴等が決めた結果をひっくり返すのが、教皇とお前の役割だろう!」

 そう言って、また一振り。
 アーリアの背中は皮膚がめくれて出血している。
 が、アーリア本人は快感で呆けた表情を浮かべていた。

「でも女王様。
 グラン暗殺を仕掛けようとする度に、
 なぜかヴァルキリーの処女どもが、邪魔をしてくるのです。
 処女のくせに!」

「そう言うお前は、処女レイプが好物の鬼畜デブじゃないか!
 立場を利用して、神殿の聖女達を犯して回りやがって!」

 プルガは鞭を振るわず、アーリアの固くなったイチモツをこすり上げる。

「ああ! 女王様! イッてしまいます!」

「ヴァルキリーが邪魔を、ねえ。
 ふん、ドール辺りが糸を引いているのか」

 プルガが、不敵な笑みを浮かべる。
 アーリアは、イク寸前の醜い顔つきだ。

 ヴァルキリー副将軍・ドール。
 小隊長だった頃、兵站補給に寄ったサウル村で、リーナとグランを見出した。
 だから彼女が、歴史を動かすキッカケを作ったといえる。

「ふん。ドール如き、凌辱して奴隷にしてやる! 久々の百合だよ!」

 「ああ、女王様、イキます!」と吠えて、アーリアの全身脂肪がブルンブルンと震える。
 こすったイチモツから白濁液が飛び出すのを見ながら、プルガは声を出して笑う。
 
 この世界を守りし神を奉る神聖なる神殿が、悪魔の笑みに飲み込まれた。
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