第13話 赤信号って「ア・リトル・注意して進んで」だよね? 

文字数 2,078文字

「笑ってやがった」

「え?」

 北条の唐突な一言。
 戸惑う明智。

「一人目の未成年は、谷岡っていうんだが……柴田を……柴田の喉を刺したあと、谷岡は少女の白くて細い喉に出刃包丁あてながら、笑ってやがった。俺は……俺は谷岡の額を撃ち抜いた……真田も撃ち抜いたけどな」

 言葉も出ない明智。

 「二人目の未成年は、藤間っていうんだが……暴行した少女の、白くて細い首に出刃包丁あてながら、笑ってやがったた。何がおかしいのかサッパリ分からねえけど。俺は……俺は藤間の右目を撃ち抜いた」

 北条が煙草を吐き捨てて、ブーツの裏で火を揉み消す。

 「俺のやったことが正しいなんて、これっぽちも思ってねえ。けどな、間違ったとも思ってねえ」

「ほんでも周りの奴等は、違ったんやろ? 柴田さんの復讐で、谷岡を射殺したと思ってるんやのう。藤間のときは『北条は未成年射殺の常習犯』やって思ったと違うんか?」

「そうだ! だが違う! 撃たなかったら人質の少女達は殺されてた! 二人の未成年……少年は、本気で人質を殺す気だったんだ! 撃つしかねえだろ! 人質が盾になってよ、顔しか撃つトコが無かった……」
 
 カツカツカツ。
 駐車場内に響く甲高い足音。
 見ずとも、誰かは明白。
 耳障りな音が、発する者の高飛車さを連想させる。
 それで北条は我に返った。
 
 遅刻してきた割に、上杉は泰然としていた。
 明智のようにインフォーマルをビシッと着こなしている。
 が、上杉に関しては、それは毎度のこと。

 「これは遅刻警部補殿。相変わらずセレブで」
 
「地下駐車場は禁煙だ。ポイ捨ては言語道断、条例違反だ。だが北条、安心しろ。俺の遅刻と相殺にしてやる」

 北条の皮肉に、上杉が倍返し。

(ムカつくんだけどな……何かコイツから、同じ匂いがすんだよな。元SATじゃねえだろうし)

 北条の内心をヨソに、明智が覆面の運転席のドアを開ける。
 上杉は当たり前のように、後部座席に乗り込んだ。



 駅前に県庁と市役所、県警本部が林立する空間を抜けて、国道八号線を南下する。
 助手席に座った北条が、横目で明智を見る。
 覆面のハンドルを握る明智の目は、凄味を帯びていた。
 何かの覚悟を決めたように。

(藤間と谷岡を射殺したとき、自分もこんな目だったのか? クソッ、二人の名前が思い出せねえ。頭ん中で何かが邪魔してるみてえだ。真田はどうなった?)

 「北条、拾い食いでもしたか?」

 現実に北条を引きずり戻す、上杉のノンビリ声。
 
 田舎とはいえ、国道沿いはデパートや遊戯施設が”一応”並んでいる。
 その道一本を挟んだ裏側は、住宅街だが。
 国道沿いの都会のサル真似は張りぼて。

 住宅街にしたところで、少し時間を巻き戻せば、田んぼが一面広がるノスタルジック空間。
 東京生まれ・裏東京育ちの北条にとって、この辺りが「灰色」だ。

 赤信号で明智が止まる。

 「クソ、赤か。明智、行っちまえ。サイレン鳴らしたら捕まんねえって」
 
 北条の、実に警官らしい発言。
 その罰か、雨が降ってきた。

 「クソッ。バカッ面にハチ公前かよ。福井の雨はイライラすんだよ」

 「もしかして、泣きっ面に蜂のことか? バカはお前だ」
 
 上杉の衝撃呆れ視線が、北条の後頭部に突き刺ささる。

 (あ、やっちまった。ん? 明智っ?)

 明智の体中に緊張が漲り、筋肉が硬直している。
 燃えるキツネ目の顔面は凄絶だった。
 北条が慌てて前を向く。

 (目え合わせたら、石んなっちまう。間違いなく、石んなっちまう)

 あまりの恐怖に硬直していたが、赤信号が長過ぎた。

 「そだ、明智。お前の切り札、どんなカードなんだ?」
 
 意識して軽い口調の北条。
 意識しなくても、北条の言葉に重みがあった試しはない。

 「超大物大先輩が、とんでもねえ時間と金を使ってゲットしたSなんやのう」
 
 S獲得のために、現場のハムはあらゆる手を使う。
 ただし、暴力・脅迫はほとんどない。
 意味がないからだ。
 ほんの小さなキッカケで接触する。
 そして誰にでもある不安と不満、欲望に徹底的に付き合う。
 この積み重ねが効く。
 友情すら超えた関係が出来上がる。
 この関係があって初めて、新鮮でディープ、純度百パーセントの情報が得られる。

 「そのSは、何者なんだよ?」

 「暴走組だ」
 
 言われてみれば、当然かもしれない。
 銃火器を最も欲しているのは、暴走組だろう。

 「暴走組にSいんのか。田舎の公安も、結構やんなあ」

 「暴走組ほど獲得しやすい連中はおらん。あいつらは不安と不満の塊や。ただ運用が難しい。軽めの情報一つ取ってくるのも、あいつらにとってはマジ命がけやでのう」

 喋り過ぎは、明智の緊張の裏返し。
 本人も気付いたらしい。

 「青や。行くで」

 ようやく青になった。

 走り出す、覆面。

 動き出す、三人の刑事の運命。
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