第16話 プチメタボの結末なんて誰が知りたいんだよ

文字数 1,502文字

 全ての窓に『テナント募集』と書かれた廃墟の四階建てビル。
 その屋上に上杉はいた。
 追跡劇がよく見える。
 それはイコール、狙撃に適した環境だ。
 
 上杉は、黒いバッグを持っていた。
 バッグの中から、光反射防止剤が塗布された黒いパーツを手際よく取り出し、効率的に並べていく。
 それらを慣れた手つきで組み立て始めた。



 前方が、急に開けた。
 迷路界隈を抜け、国道沿いの歩道に出たらしい。
 
 (山本は?)

 そこで北条の思考は停止した。
 全てがスローモーションで展開していく。
 
 車道に飛び出す山本。
 顔は引き攣っていた。

 山本のプチメタボな体が、(いびつ)な体勢で宙に舞う。
 透明なワイヤーで、下手クソに引っ張られたように。
 そのまま落下し、地面に叩きつけられた。
 山本の体周辺に、赤い海ができる。
 
 明智は喚きながら、山本の体をいじくり回している。

 北条は車道に目を向ける。
 
 白いセダンが一台、一瞬だけ停止した。
 直後、猛スピードで遠ざかっていく。
 
 北条は『空っぽ』になった。



 目の前に死体がある。
 また、死体がある。
 その脇に、二人の少年が立っていた。
 谷岡は狂気が宿った目を爛々とさせ、耳まで裂けた笑みを浮かべている。
 藤間は俯いて、漆黒の双眸を北条に向ける。
 虚無の北条は、暗黒の影に支配されかける。

(……なあ、お前等の名前、何だっけ? どうしても、思い出せねえ……)

 その暗黒から救い出したのは、『バディ』だった。
 「来月、お前が親になんだよな。世も末だ。で、男の子? 女の子?」。
 柴田は優しい笑みを浮かべ、北条を見詰めている。



 「北条、何ボサッとしてんだ!」

 上杉の怒声で、少年二人と柴田が消える。
 北条が我に返る。
 スローモーションが通常速度になり、周囲の音が耳に飛び込んでくる。

 上杉は明智を突き飛ばして、山本の体に飛びつく。

 「身体捜検してる場合か! 心肺蘇生しろ! 救急車呼べ! AEDも持ってこい!」
 
 上杉が怒鳴りながら止血に入り……放棄した。

 無駄だったから。
 脳漿が頭蓋から飛び出している。

 「明智、救急車はいい! 応援を呼べ! 現場を保存する必要がある! 北条、三人で現場確保だ!」

 スマートな上杉が、セミロングの髪を振り乱して指示を飛ばす。
 
 ポツポツと小雨が降ってきた――と感じた瞬間、土砂降りの雨が地上に降り注いだ。



 事件現場で『神』になるのは鑑識だ。
 ゆえに鑑識作業中は、刑事すらも停止線に書かれたとおり『Keep Out』。

 三人は、雨の滝に打たれるがままだった。
 誰もが無表情で微動だにしない。
 雨で血が洗い流された山本の亡骸を見詰めていた。



 帰庁すると、沼津から出頭を命じられた。

 デジャブだった。
 沼津に浅妻、武田の三人が待ち受けていた。
 違うのは、口を開いたのは沼津だけだったこと。
 それも一言だけ。

 「不問に付す」

 その説明など一切ないまま、三人は退室を命じられた。



 山本は轢き殺された。
 轢き逃げだ。

 該当車輌は窓に黒いスモークが貼ってあり、運転手の顔を視認するのは不可能だった。

 桜田門でたらい回しにされた北条は、どの部署でも#人着__にんちゃく__#と車輌のナンバープレート記憶を叩き込まれた。
 そのお陰で、自然と逃走車輌のそれを記憶していた。
 それをもとに緊急配備(キンパイ)が敷かれた。

 現時点で、車輌確保の連絡は、まだない。
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